3EMI - 転生した平凡令嬢が好感度マイナスの義兄から溺愛されるまで
4章:アガサの灯火 - 7 -
「やぁ、エミリオ」
ふと涼やかな声音が聴こえた。
エイミーが振り向くと、見知らぬ黄金種 の少年がいた。
白金に透ける髪がきらきらと木漏れ日に煌めき、光の精霊 が顕現したのかと思った。人を圧倒するオーラといい、透明度の高い美貌には不思議と見覚えがあった。
「アンジスタ? どうしてここに?」
エミリオは怪訝な顔で、やってきた少年を見つめた。
「驚いたよ。君が、本当に女の子と一緒にいるなんて」
好奇心を湛えた白金の瞳が、エイミーを捉えた。
「生徒会の、お友達?」
エイミーがエミリオに訊ねると、
「どうかな」とエミリオは曖昧に小首を傾げ、アンジスタは「そう」と断言した。
「ひどいな、友よ」
ストイックな仮面に、うっすらと笑みが浮かぶ。
涼しげな微笑は、先ほどお目にかかったルシア・ルナ・アイスガルテン侯爵夫人によく似ていた。
「初めまして、エイミー嬢。アンジスタ・リュクス・アイスガルテンです」
やっぱり、とエイミーはほほえんだ。
「初めまして。エイミー・アガサ・ゼラフォンダヤです。先ほど、お母様にご挨拶しました」
「うん、聞いてる。母から、エミリオが妹君と一緒にると聞いて、これは挨拶せねばと思ってね」
「面白がっているだけだろ。義妹と過ごしているんだ、帰れ」
つれない義兄の物言いが珍しくて、エイミーは目を瞬かせた。
「邪険にしないでくれたまえ」
肩をすくめるアンジスタ。その表情は親しい友人に向けるもので、どうやら本当に面白がっているらしい。
「そっちこそ、邪魔をするな。生徒会の見回りはどうした?」
「してるさ、ちゃんと。合間に、こうして休憩するのも仕事のうち」
「勝手だな」
エミリオは呆れたようにいった。
「少しだけ、一緒してもいいかい?」
「よくない。エイミーがゆっくり食べられないだろう」
ぽんぽんと交わされる会話の応酬に、エイミーはくすりと笑みをこぼした。
義兄の知らない一面、同年代の友人にだけ見せる少年らしい一面が新鮮で、ふたりのやりとりを聞いているだけでわくわくする。
(お義兄さま、友達にはこんな感じなんだ)
「エイミー嬢、気にせず召しあがって。僕も何か頼もう。お詫びに、フルーツの盛りあわせを献上するよ」
「いいから、帰れ」
ぴしゃり。
礼儀正しいエミリオが、ここまでぞんざいな口を効くのも珍しい。生徒会の仲間には、こういう顔も見せるのか。
ほんのり笑って給仕を呼ぶアンジスタ。軽やかな仕草でケーキセットを注文し、手を洗ってくるといい残してアンジスタは席を離れた。
その背が遠ざかるのを見届けてから、エイミーはこそっと義兄に囁いた。
「お義兄さま、アンジスタさんと仲がいいのね」
エミリオはわずかに眉根を寄せた。
「そう見える?」
「うん」
「遠慮していないだけだよ。ああいう、人の話を聞かない相手には、つい口調が雑になる」
困ったような微笑を見て、エイミーは胸が高鳴るのを感じた。これは、自分にしか見せてくれない表情だ。笑みを漏らさずにはいられない。
「お義兄さまが楽しそうで良かった」
ふと、エミリオは真面目な顔をした。
「エイミーは……本当に、復学に興味はない?」
「ないわ。通信制の方が、気楽でいいもの」
小さく首を振って応じると、彼はほんの一瞬だけ寂しげに眼差しを落とした。
「でも、今日みたいに、たまにはお義兄さまと学園でお会いしたいわ」
そうエイミーが笑って続けると、エミリオもまた柔らかな笑みで応えた。
「お安い御用だよ」
ちょうどその時――
「お待たせ」
朗らかに戻ってきたアンジスタが、両手に涼しげなフローズンフルーツの皿を携えていた。
「別に待ってない」「お帰りさない」
ぴったり重なる二人の返事に、アンジスタは楽しげに笑った。
「ありがとう、エイミー嬢。お近づきの印に、フルーツを献上しよう」
「わぁ、ありがとうございます!」
身を乗りだして皿を受け取ろうとした瞬間、エイミーとアンジスタの顔が図らずも近づく。すると、エミリオの手がすっと伸びて、少年の胸を制した。
「近い」
「心、狭くない?」
「相手による」
ふたりの軽口を聞きながら、エイミーは照れ笑いを浮かべた。エミリオの過保護めいた仕草がくすぐったくて、嬉しい。
アンジスタと目があうと、にこっと笑みかけられた。
「エイミー嬢。スピーチ、素晴らしかったよ」
「ありがとうございます」
思わず、背筋を伸ばして答えるエイミー。
「“アガサの灯火”は素晴らしい試みだと思う。勇気づけられる子供たちは大勢いるはずだ。奨励金の受給者は、もう決まっているのかな?」
「はい。五名は確定しています。私がお世話になった孤児院の子たちです。これからも、院長先生に紹介して頂く予定で、年内には二十名に増やしたいと思っています」
孤児院という言葉をくちにしても、アンジスタの友好的な表情は揺らがなかった。
「すぐに希望者が殺到するさ。今日のスピーチは話題になる、機会を待っている子供たちの耳にも届くと思うよ。エイミー嬢の声は、まだ見ぬ誰かの未来を、確かに開くと思う」
暖かい激励の言葉に、エイミーは感謝の笑みを浮かべた。エミリオを見てから、アンジスタに視線を戻す。
「ありがとうございます、賛同してくれる方がいて心強いです。義兄も、ずっと応援してくれていて……皆さんのおかげなんです。今日、壇上に私が立てたのは」
まっすぐ見つめてくる白金の瞳を、エイミーは見つめ返した。真心が通じあうのを感じたが、間もなく、全く別の驚きに意識を奪われた。
アンジスタの頭上に、光の粒子が舞い始めたのだ。
(え、うそ、まさか……)
胸がざわめく。
これは、まさか──好感度の兆 し?
58%
好感度だ!! しかもけっこう高い!!
笑顔のまま固まったエイミーを、ふたりの美少年が同時に覗きこむ。
「エイミー?」「エイミー嬢?」
「あ、いえ……いただきます」
ごまかすように葡萄を一粒、くちに運ぶ。
皮を割って、じゅわりと甘酸っぱい果汁が舌を濡らす。その清涼な刺激よりもずっと強く、内心は驚きで泡立っていた。
ーーこの能力が発現してから、数値が見えたのはエミリオとテンペスティスだけだった。
なのに今日は、ほんの数時間で、ふたりも増えたなんて……
(ここが学院だから? 出会いが多いということ?)
普段のエイミーは、引きこもりといって過言ではない。通信制で交流のある友人は女の子ばかりだし、あちこちから届く招待状も、面倒だからと応じていない。つまり、同年代の男の子と知りあう機会は殆どなかった。
――恋を楽しみなさい。
ふいに、耳元で風がくすくす笑った気がした。
女神様の悪戯めいた囁き。
ひょっとして、ものぐさなエイミーに焦れて、背中を押しているのだろうか?
そのあとは、他愛のない会話が続いた。
アンジスタは生徒会の日常や、ちょっとした裏話、学院の出来事を面白おかしく語ってくれた。
同級生の視点から語られるエミリオの姿は、エイミーにとってどれもが新鮮で、まるで異国の絵葉書を眺めているようだった。
お返しに、エイミーも自宅──ゼラフォンダヤ公爵邸で過ごす“お家のエミリオ”の話を披露したり、通信制の親友や、勉強についても触れた。
気がつけば、三人とも紅茶をおかわりし、硝子の器に盛られていた冷たい果実は、ほとんど残っていなかった。
カラーン……コローン……
午後四時を告げる鐘が、遠く高く、響いて聴こえた。
規則正しく続いた鐘の音のあと、澄み透ったカリヨンの音色が響く。誰かが、聖なる鐘を奏でているのだろう。
「素敵ね」
エイミーは陶然 と目を細め、椅子の背にもたれた。
会話はふっと途切れ、三人はそれぞれ、木立の向こうから聴こえる音に耳を澄ませた。
そよ風に、梢が揺れる。
涼しげな葉擦れの音、森の音楽と、澄んだ鐘の音色が重なる。
やがて音が止み、夢から醒めたような静寂が訪れた。
それは同時に、午後ののんびりした休息が終わりを告げた合図のようでもあった。
「……いい演奏だったね」
アンジスタは名残惜しそうに呟くと、膝をぽんと叩いた。
「さて、僕はもういくよ。生徒会の仕事に戻らないと」
「そうか」
「アンジスタさん、お話できて楽しかったです」
すっと席を立ってお辞儀すると、アンジスタの顔に晴れやかな笑みが浮かんだ。好ましい者を見る眼差し。白金の虹彩が、まるで陽の光を受けた湖面のように、柔らかく優しく揺れていた。
「ありがとう、こちらこそ楽しかったよ。学園にきたら、また声をかけてほしい。エイミー嬢となら、いくらでも話せそうだ」
エイミーは、賛成の意をこめてうなずいた。きびすを返して去る姿が、舞台俳優みたいだと思いながら。
ふたりきりになると、エミリオとエイミーは目をあわせた。
ーーそろそろいく? と視線で問い交わしたとき、互いの携帯水晶 から通知音が聴こえた。
「母からだ。あと一時間後に集合だって」
エイミーも自分のウィスプを見て頷く。残念だが、そろそろ帰る時間らしい。
カフェをでる際、すでに会計が済んでいることを知らされた。アンジスタが、何もいわずに払っていったのだ。
「お義兄さま、よくお礼を伝えてくださいね」
「うん」
「アンジスタさん、アイスガルテン侯爵夫人にそっくりだったわ。ふたりとも、光の精霊の戦士みたい」
そういうと、エミリオは片眉を器用にあげてみせた。なんだそのたとえは? とでもいいたげな顔だ。
「黄金種 は皆美しいけど、あのふたりは、なんていうか……舞台俳優みたい。常にスポットライトを浴びているみたいな」
「アンジスタが気になる?」
「そういうんじゃない」
即答すると、エミリオはふと立ち止まり、まっすぐにエイミーを見た。
「まだ少し時間があるから、祠堂 に寄っていく?」
「さっきの鐘が聴こえた場所?」
「そう」
「近いの?」
「うん。この先の階段を登れば、すぐ」
「また階段~?」
思わずうなだれたエイミーに、エミリオの肩がくくっと震える。
笑っている。めずらしく──声をだして。
エイミーは顔をあげた。
彼の楽しそうな様子が嬉しくて、気がつけば、自然に頷いていた。
「ええ、いってみたいわ」
ふと涼やかな声音が聴こえた。
エイミーが振り向くと、見知らぬ
白金に透ける髪がきらきらと木漏れ日に煌めき、
「アンジスタ? どうしてここに?」
エミリオは怪訝な顔で、やってきた少年を見つめた。
「驚いたよ。君が、本当に女の子と一緒にいるなんて」
好奇心を湛えた白金の瞳が、エイミーを捉えた。
「生徒会の、お友達?」
エイミーがエミリオに訊ねると、
「どうかな」とエミリオは曖昧に小首を傾げ、アンジスタは「そう」と断言した。
「ひどいな、友よ」
ストイックな仮面に、うっすらと笑みが浮かぶ。
涼しげな微笑は、先ほどお目にかかったルシア・ルナ・アイスガルテン侯爵夫人によく似ていた。
「初めまして、エイミー嬢。アンジスタ・リュクス・アイスガルテンです」
やっぱり、とエイミーはほほえんだ。
「初めまして。エイミー・アガサ・ゼラフォンダヤです。先ほど、お母様にご挨拶しました」
「うん、聞いてる。母から、エミリオが妹君と一緒にると聞いて、これは挨拶せねばと思ってね」
「面白がっているだけだろ。義妹と過ごしているんだ、帰れ」
つれない義兄の物言いが珍しくて、エイミーは目を瞬かせた。
「邪険にしないでくれたまえ」
肩をすくめるアンジスタ。その表情は親しい友人に向けるもので、どうやら本当に面白がっているらしい。
「そっちこそ、邪魔をするな。生徒会の見回りはどうした?」
「してるさ、ちゃんと。合間に、こうして休憩するのも仕事のうち」
「勝手だな」
エミリオは呆れたようにいった。
「少しだけ、一緒してもいいかい?」
「よくない。エイミーがゆっくり食べられないだろう」
ぽんぽんと交わされる会話の応酬に、エイミーはくすりと笑みをこぼした。
義兄の知らない一面、同年代の友人にだけ見せる少年らしい一面が新鮮で、ふたりのやりとりを聞いているだけでわくわくする。
(お義兄さま、友達にはこんな感じなんだ)
「エイミー嬢、気にせず召しあがって。僕も何か頼もう。お詫びに、フルーツの盛りあわせを献上するよ」
「いいから、帰れ」
ぴしゃり。
礼儀正しいエミリオが、ここまでぞんざいな口を効くのも珍しい。生徒会の仲間には、こういう顔も見せるのか。
ほんのり笑って給仕を呼ぶアンジスタ。軽やかな仕草でケーキセットを注文し、手を洗ってくるといい残してアンジスタは席を離れた。
その背が遠ざかるのを見届けてから、エイミーはこそっと義兄に囁いた。
「お義兄さま、アンジスタさんと仲がいいのね」
エミリオはわずかに眉根を寄せた。
「そう見える?」
「うん」
「遠慮していないだけだよ。ああいう、人の話を聞かない相手には、つい口調が雑になる」
困ったような微笑を見て、エイミーは胸が高鳴るのを感じた。これは、自分にしか見せてくれない表情だ。笑みを漏らさずにはいられない。
「お義兄さまが楽しそうで良かった」
ふと、エミリオは真面目な顔をした。
「エイミーは……本当に、復学に興味はない?」
「ないわ。通信制の方が、気楽でいいもの」
小さく首を振って応じると、彼はほんの一瞬だけ寂しげに眼差しを落とした。
「でも、今日みたいに、たまにはお義兄さまと学園でお会いしたいわ」
そうエイミーが笑って続けると、エミリオもまた柔らかな笑みで応えた。
「お安い御用だよ」
ちょうどその時――
「お待たせ」
朗らかに戻ってきたアンジスタが、両手に涼しげなフローズンフルーツの皿を携えていた。
「別に待ってない」「お帰りさない」
ぴったり重なる二人の返事に、アンジスタは楽しげに笑った。
「ありがとう、エイミー嬢。お近づきの印に、フルーツを献上しよう」
「わぁ、ありがとうございます!」
身を乗りだして皿を受け取ろうとした瞬間、エイミーとアンジスタの顔が図らずも近づく。すると、エミリオの手がすっと伸びて、少年の胸を制した。
「近い」
「心、狭くない?」
「相手による」
ふたりの軽口を聞きながら、エイミーは照れ笑いを浮かべた。エミリオの過保護めいた仕草がくすぐったくて、嬉しい。
アンジスタと目があうと、にこっと笑みかけられた。
「エイミー嬢。スピーチ、素晴らしかったよ」
「ありがとうございます」
思わず、背筋を伸ばして答えるエイミー。
「“アガサの灯火”は素晴らしい試みだと思う。勇気づけられる子供たちは大勢いるはずだ。奨励金の受給者は、もう決まっているのかな?」
「はい。五名は確定しています。私がお世話になった孤児院の子たちです。これからも、院長先生に紹介して頂く予定で、年内には二十名に増やしたいと思っています」
孤児院という言葉をくちにしても、アンジスタの友好的な表情は揺らがなかった。
「すぐに希望者が殺到するさ。今日のスピーチは話題になる、機会を待っている子供たちの耳にも届くと思うよ。エイミー嬢の声は、まだ見ぬ誰かの未来を、確かに開くと思う」
暖かい激励の言葉に、エイミーは感謝の笑みを浮かべた。エミリオを見てから、アンジスタに視線を戻す。
「ありがとうございます、賛同してくれる方がいて心強いです。義兄も、ずっと応援してくれていて……皆さんのおかげなんです。今日、壇上に私が立てたのは」
まっすぐ見つめてくる白金の瞳を、エイミーは見つめ返した。真心が通じあうのを感じたが、間もなく、全く別の驚きに意識を奪われた。
アンジスタの頭上に、光の粒子が舞い始めたのだ。
(え、うそ、まさか……)
胸がざわめく。
これは、まさか──好感度の
58%
好感度だ!! しかもけっこう高い!!
笑顔のまま固まったエイミーを、ふたりの美少年が同時に覗きこむ。
「エイミー?」「エイミー嬢?」
「あ、いえ……いただきます」
ごまかすように葡萄を一粒、くちに運ぶ。
皮を割って、じゅわりと甘酸っぱい果汁が舌を濡らす。その清涼な刺激よりもずっと強く、内心は驚きで泡立っていた。
ーーこの能力が発現してから、数値が見えたのはエミリオとテンペスティスだけだった。
なのに今日は、ほんの数時間で、ふたりも増えたなんて……
(ここが学院だから? 出会いが多いということ?)
普段のエイミーは、引きこもりといって過言ではない。通信制で交流のある友人は女の子ばかりだし、あちこちから届く招待状も、面倒だからと応じていない。つまり、同年代の男の子と知りあう機会は殆どなかった。
――恋を楽しみなさい。
ふいに、耳元で風がくすくす笑った気がした。
女神様の悪戯めいた囁き。
ひょっとして、ものぐさなエイミーに焦れて、背中を押しているのだろうか?
そのあとは、他愛のない会話が続いた。
アンジスタは生徒会の日常や、ちょっとした裏話、学院の出来事を面白おかしく語ってくれた。
同級生の視点から語られるエミリオの姿は、エイミーにとってどれもが新鮮で、まるで異国の絵葉書を眺めているようだった。
お返しに、エイミーも自宅──ゼラフォンダヤ公爵邸で過ごす“お家のエミリオ”の話を披露したり、通信制の親友や、勉強についても触れた。
気がつけば、三人とも紅茶をおかわりし、硝子の器に盛られていた冷たい果実は、ほとんど残っていなかった。
カラーン……コローン……
午後四時を告げる鐘が、遠く高く、響いて聴こえた。
規則正しく続いた鐘の音のあと、澄み透ったカリヨンの音色が響く。誰かが、聖なる鐘を奏でているのだろう。
「素敵ね」
エイミーは
会話はふっと途切れ、三人はそれぞれ、木立の向こうから聴こえる音に耳を澄ませた。
そよ風に、梢が揺れる。
涼しげな葉擦れの音、森の音楽と、澄んだ鐘の音色が重なる。
やがて音が止み、夢から醒めたような静寂が訪れた。
それは同時に、午後ののんびりした休息が終わりを告げた合図のようでもあった。
「……いい演奏だったね」
アンジスタは名残惜しそうに呟くと、膝をぽんと叩いた。
「さて、僕はもういくよ。生徒会の仕事に戻らないと」
「そうか」
「アンジスタさん、お話できて楽しかったです」
すっと席を立ってお辞儀すると、アンジスタの顔に晴れやかな笑みが浮かんだ。好ましい者を見る眼差し。白金の虹彩が、まるで陽の光を受けた湖面のように、柔らかく優しく揺れていた。
「ありがとう、こちらこそ楽しかったよ。学園にきたら、また声をかけてほしい。エイミー嬢となら、いくらでも話せそうだ」
エイミーは、賛成の意をこめてうなずいた。きびすを返して去る姿が、舞台俳優みたいだと思いながら。
ふたりきりになると、エミリオとエイミーは目をあわせた。
ーーそろそろいく? と視線で問い交わしたとき、互いの
「母からだ。あと一時間後に集合だって」
エイミーも自分のウィスプを見て頷く。残念だが、そろそろ帰る時間らしい。
カフェをでる際、すでに会計が済んでいることを知らされた。アンジスタが、何もいわずに払っていったのだ。
「お義兄さま、よくお礼を伝えてくださいね」
「うん」
「アンジスタさん、アイスガルテン侯爵夫人にそっくりだったわ。ふたりとも、光の精霊の戦士みたい」
そういうと、エミリオは片眉を器用にあげてみせた。なんだそのたとえは? とでもいいたげな顔だ。
「
「アンジスタが気になる?」
「そういうんじゃない」
即答すると、エミリオはふと立ち止まり、まっすぐにエイミーを見た。
「まだ少し時間があるから、
「さっきの鐘が聴こえた場所?」
「そう」
「近いの?」
「うん。この先の階段を登れば、すぐ」
「また階段~?」
思わずうなだれたエイミーに、エミリオの肩がくくっと震える。
笑っている。めずらしく──声をだして。
エイミーは顔をあげた。
彼の楽しそうな様子が嬉しくて、気がつけば、自然に頷いていた。
「ええ、いってみたいわ」