メル・アン・エディール - 飛空艦と少女 -
3章:ゴットヘイル襲撃 - 6 -
翌朝。
ユーノが朝食を運んできた時に、リオンについて尋ねてみた。
“リオン大尉の治療は完了しました。現在、独房に隔離されています”
独房。衝撃的な言葉に、飛鳥は目を剥いてユーノに詰め寄った。
「リオンは無事なの?」
『アスカ?』
“リオン大尉に、何か?”
「ユーノ、私、リオンに会いたい」
澄んだ赤い瞳はじっと飛鳥を見つめる。
“リオン大尉の面会は規制されています。査問が終わるまでは、面会できません”
「査問って、何それ……」
状況から見て、飛鳥が拉致されそうになった一端は、リオンにあるのだろう。ウルファンと最初に対峙した時、リオンは動かなかった。ウルファンもまた、リオンを敵とは見なしていなかった。
しかし。
リオンは、飛鳥を助けようとしてくれた。連れ去られそうになった時、止めようとしてくれた。銃弾を受けた後も、飛鳥を庇おうとしてくれた。
それらを証言できるのは、あの場にいた飛鳥だけだ……視線をあちこち彷徨わせ、こちらを見つめる少年に声をかける。
『ルーシーを、呼んでください』
昨夜教わったばかりの言葉を口に載せると、ユーノは頷き、一度部屋を出ていくと間もなくルーシーを連れて戻ってきた。
『アスカ? ***リオン******』
“リオンがどうしかしましたか?”
「リオンに会わせてください!」
ルーシーは眉根を寄せたが、飛鳥が同じ言葉を繰り返すと、もしかして、という風に思考を閃かせた。
“リオンに会いたい?”
首肯すると、ルーシーは飛鳥を見つめたまま黙考する。飛鳥が尚も懇願すると、彼は諦めたようにため息をついた。
“……判りました”
ほっとして、笑顔で感謝を口にしたが、ルーシーは顔色を変えずに淡々と応えた。
“リオンもアスカに会いたいそうです。貴方に会わせないと、情報開示しないと……。割らせるつもりでしたが、いいでしょう。許可します”
隔離室を出た後、第四甲板の奥に案内された。
鉄格子のゲートを幾つも抜けると、やがて硬質な扉が並ぶ通路に着いた。なんだかアルカトラズの刑務所のようだ。
ルーシーは鉄扉 の前で立ち止まると、傍に控えている兵士に声をかけて扉を開けさせた。ギギ……と重たい音を響かせて、分厚い鋼鉄の扉が開く。
飛鳥はルーシーの背中越しに、恐る恐る中を覗いた。薄暗い部屋に光の筋が入りこむ。陰影に光が当たると、鎖に繋がれた人の姿を明らかにした。
リオン――。
両手を鎖で拘束されて、寝台に腰かけている。飛鳥は恐怖も忘れて、リオンの傍に駆け寄った。
「リオンッ!!」
リオンは瞑目していた瞼を上げると、飛鳥を見て、安心したように息を吐いた。
“良かった……無事だったんだ”
治療を受けたはずではなかったのか。この非道な扱いはなんだ――不意に、猿ぐつわを噛ませられた時の、煮えたぎるような憤 りが蘇った。
飛鳥は震える両手を、中途半端にリオンへ伸ばす。
『アスカ、******』
“離れて”
伸ばした手は、リオンに触れることはなかった。後ろからルーシーに肩を引き寄せられる。
「ルーシー……」
飛鳥はルーシーを見上げて首を左右に振った。視界は自然と涙で潤む。
「彼は、私を助けてくれたんです」
『*********』
“心配しなくても、拷問はしていませんよ”
リオンの手錠を差して首を左右に振ったが、ルーシーは鋼のように冷たい表情を崩さない。
“ありがとう、アスカ。いいんだ……”
リオンの声を聞いて、飛鳥は彼の傍へ近寄ろうとした。しかし、すかさずルーシーに肩を引き寄せられる。近付くことを許してくれない。
“治療を受けさせてもらえただけでも、感謝しなくては。アスカ、君に言わなくてはいけないことがある……”
「私も、お礼を言わないと……」
“ルジフェル閣下は、アスカを狙っている”
「え……」
“ゴットフリート襲撃は、閣下の詭計 だ。バビロンに到着すれば、アスカはエルヴァラート陛下の守護にくだる。容易に手を出せなくなると考え、艦をバビロンから遠ざけ、ゴットフリート襲撃に乗じて拉致 する手筈だった。艦に空賊を手引きしたのは、私なんだ……”
リオンは淀みなく思考を伝えてきた。絶対に伝える、という強い覚悟すら感じる。衝撃に目を瞠る飛鳥に構わず、リオンは更に続ける。
“私は君の様子を、逐一閣下に報告していた。艦長の様子が変わったと報告した時、閣下はアスカに強い興味を持ったのだと思う”
心臓が、ドクンッと音を立てた。
“全て、私のせいだ。言い訳にしかならないが……家族を人質に取られている。望んでやったことでは、なかった……”
「リオン……」
『アスカ? ******、************?』
ルーシーは飛鳥の顔を見るなり、厳しい眼差しをリオンに向けた。動こうとするが、飛鳥は視線を動かさずに手だけで制する。
“仕方ないと、自分に言い聞かせていた。けれど、何の罪もない君を陥れていい理由にはならない。ウルファンに連れ去られようとしているアスカを見て、ようやく目が覚めた。守護神の一翼にありながら、正義に背く行為だった。本当に済まない。どうか許して欲しい……”
飛鳥は苦痛を堪えるように呻いた。リオンの優しさに裏があったのかと思うと、辛い……けれど、真摯に打ち明けてくれる彼を、正面から詰 ることもできない。それに、彼が何かを隠していることは、薄々気付いていた。
どうにか小さく頷くと、リオンは疲労の滲む顔に微かな安堵を浮かべた。
“こんな一方的な告白で済まない……”
『いいえ……』
“――何を話している? 平気?”
声なき会話に、蚊帳の外のルーシーは苛立ったように、飛鳥に訴えてきた。もう少しだけリオンと会話したい。飛鳥は宥めるように、前を向いたままルーシーの胸を叩いた。
“アスカが聖域に現れたことを知る者は他にもいる。誰もが君を欲しがるだろう。エルヴァラート陛下を頼るんだ。艦長も、きっと力になってくださる”
リオンの目を見て首肯した。誰かの手を取るしかないのなら、言われるまでもなく、ルーシーがいい。
「ルーシー、リオンの鎖を取ってあげられませんか?」
たとえ彼に裏切りがあったのだとしても、鎖に繋ぐのは、あまりに不当な扱いだ。しかし、ルーシーは首を左右に振って応える。
“もう行きましょう”
「待って! リオンは怪我をしているんです。鎖に繋ぐなんて」
『アスカ、*********』
“アスカ、ありがとう。いいんだ。どんな処罰も、受け入れなくては……”
リオンの諦観に触れて、飛鳥は思わず手を伸ばした。しかし、ルーシーは許さない。暴れる飛鳥を後ろから抱きすくめ、有無を言わさず部屋の外へ引きずり出した。
「ルーシー!」
降り返れば、鋭い視線に射抜かれる。飛鳥も臆せずに見返し、鋼鉄のような視線が絡み合い、火花が散った。
しかし、扉は無情にも飛鳥の目の前で閉じられた。
“やけにリオンを気にかけますね”
非難めいた視線と言葉に、今度は返答に詰まる飛鳥を見下ろし、ルーシーもそれ以上は何も言わず、飛鳥を隔離室に戻した。
ユーノが朝食を運んできた時に、リオンについて尋ねてみた。
“リオン大尉の治療は完了しました。現在、独房に隔離されています”
独房。衝撃的な言葉に、飛鳥は目を剥いてユーノに詰め寄った。
「リオンは無事なの?」
『アスカ?』
“リオン大尉に、何か?”
「ユーノ、私、リオンに会いたい」
澄んだ赤い瞳はじっと飛鳥を見つめる。
“リオン大尉の面会は規制されています。査問が終わるまでは、面会できません”
「査問って、何それ……」
状況から見て、飛鳥が拉致されそうになった一端は、リオンにあるのだろう。ウルファンと最初に対峙した時、リオンは動かなかった。ウルファンもまた、リオンを敵とは見なしていなかった。
しかし。
リオンは、飛鳥を助けようとしてくれた。連れ去られそうになった時、止めようとしてくれた。銃弾を受けた後も、飛鳥を庇おうとしてくれた。
それらを証言できるのは、あの場にいた飛鳥だけだ……視線をあちこち彷徨わせ、こちらを見つめる少年に声をかける。
『ルーシーを、呼んでください』
昨夜教わったばかりの言葉を口に載せると、ユーノは頷き、一度部屋を出ていくと間もなくルーシーを連れて戻ってきた。
『アスカ? ***リオン******』
“リオンがどうしかしましたか?”
「リオンに会わせてください!」
ルーシーは眉根を寄せたが、飛鳥が同じ言葉を繰り返すと、もしかして、という風に思考を閃かせた。
“リオンに会いたい?”
首肯すると、ルーシーは飛鳥を見つめたまま黙考する。飛鳥が尚も懇願すると、彼は諦めたようにため息をついた。
“……判りました”
ほっとして、笑顔で感謝を口にしたが、ルーシーは顔色を変えずに淡々と応えた。
“リオンもアスカに会いたいそうです。貴方に会わせないと、情報開示しないと……。割らせるつもりでしたが、いいでしょう。許可します”
隔離室を出た後、第四甲板の奥に案内された。
鉄格子のゲートを幾つも抜けると、やがて硬質な扉が並ぶ通路に着いた。なんだかアルカトラズの刑務所のようだ。
ルーシーは
飛鳥はルーシーの背中越しに、恐る恐る中を覗いた。薄暗い部屋に光の筋が入りこむ。陰影に光が当たると、鎖に繋がれた人の姿を明らかにした。
リオン――。
両手を鎖で拘束されて、寝台に腰かけている。飛鳥は恐怖も忘れて、リオンの傍に駆け寄った。
「リオンッ!!」
リオンは瞑目していた瞼を上げると、飛鳥を見て、安心したように息を吐いた。
“良かった……無事だったんだ”
治療を受けたはずではなかったのか。この非道な扱いはなんだ――不意に、猿ぐつわを噛ませられた時の、煮えたぎるような
飛鳥は震える両手を、中途半端にリオンへ伸ばす。
『アスカ、******』
“離れて”
伸ばした手は、リオンに触れることはなかった。後ろからルーシーに肩を引き寄せられる。
「ルーシー……」
飛鳥はルーシーを見上げて首を左右に振った。視界は自然と涙で潤む。
「彼は、私を助けてくれたんです」
『*********』
“心配しなくても、拷問はしていませんよ”
リオンの手錠を差して首を左右に振ったが、ルーシーは鋼のように冷たい表情を崩さない。
“ありがとう、アスカ。いいんだ……”
リオンの声を聞いて、飛鳥は彼の傍へ近寄ろうとした。しかし、すかさずルーシーに肩を引き寄せられる。近付くことを許してくれない。
“治療を受けさせてもらえただけでも、感謝しなくては。アスカ、君に言わなくてはいけないことがある……”
「私も、お礼を言わないと……」
“ルジフェル閣下は、アスカを狙っている”
「え……」
“ゴットフリート襲撃は、閣下の
リオンは淀みなく思考を伝えてきた。絶対に伝える、という強い覚悟すら感じる。衝撃に目を瞠る飛鳥に構わず、リオンは更に続ける。
“私は君の様子を、逐一閣下に報告していた。艦長の様子が変わったと報告した時、閣下はアスカに強い興味を持ったのだと思う”
心臓が、ドクンッと音を立てた。
“全て、私のせいだ。言い訳にしかならないが……家族を人質に取られている。望んでやったことでは、なかった……”
「リオン……」
『アスカ? ******、************?』
ルーシーは飛鳥の顔を見るなり、厳しい眼差しをリオンに向けた。動こうとするが、飛鳥は視線を動かさずに手だけで制する。
“仕方ないと、自分に言い聞かせていた。けれど、何の罪もない君を陥れていい理由にはならない。ウルファンに連れ去られようとしているアスカを見て、ようやく目が覚めた。守護神の一翼にありながら、正義に背く行為だった。本当に済まない。どうか許して欲しい……”
飛鳥は苦痛を堪えるように呻いた。リオンの優しさに裏があったのかと思うと、辛い……けれど、真摯に打ち明けてくれる彼を、正面から
どうにか小さく頷くと、リオンは疲労の滲む顔に微かな安堵を浮かべた。
“こんな一方的な告白で済まない……”
『いいえ……』
“――何を話している? 平気?”
声なき会話に、蚊帳の外のルーシーは苛立ったように、飛鳥に訴えてきた。もう少しだけリオンと会話したい。飛鳥は宥めるように、前を向いたままルーシーの胸を叩いた。
“アスカが聖域に現れたことを知る者は他にもいる。誰もが君を欲しがるだろう。エルヴァラート陛下を頼るんだ。艦長も、きっと力になってくださる”
リオンの目を見て首肯した。誰かの手を取るしかないのなら、言われるまでもなく、ルーシーがいい。
「ルーシー、リオンの鎖を取ってあげられませんか?」
たとえ彼に裏切りがあったのだとしても、鎖に繋ぐのは、あまりに不当な扱いだ。しかし、ルーシーは首を左右に振って応える。
“もう行きましょう”
「待って! リオンは怪我をしているんです。鎖に繋ぐなんて」
『アスカ、*********』
“アスカ、ありがとう。いいんだ。どんな処罰も、受け入れなくては……”
リオンの諦観に触れて、飛鳥は思わず手を伸ばした。しかし、ルーシーは許さない。暴れる飛鳥を後ろから抱きすくめ、有無を言わさず部屋の外へ引きずり出した。
「ルーシー!」
降り返れば、鋭い視線に射抜かれる。飛鳥も臆せずに見返し、鋼鉄のような視線が絡み合い、火花が散った。
しかし、扉は無情にも飛鳥の目の前で閉じられた。
“やけにリオンを気にかけますね”
非難めいた視線と言葉に、今度は返答に詰まる飛鳥を見下ろし、ルーシーもそれ以上は何も言わず、飛鳥を隔離室に戻した。