ラージアンの君とキス

2章:生きるか死ぬか - 9 -

「私も、黙ってスタジアムを抜けて、ごめんね……」

「夏樹――!」

 ディーヴァは嬉しそうに夏樹に抱き着いた。可憐な少女とは思えないくらい、力強い抱擁だ。というよりも、首が締まって苦しい。

 ――死ぬ……!

 息苦しさに喘いでいると、シュナイゼルが引き剥がしてくれた。

「そうだった、そうだった……。夏樹はか弱い人間……」

「けほ……っ、わ、忘れないでくれる……?」

「ごめんね、夏樹……」

「ううん、その……。来てくれて、ありがとう」

「ふふ、昼間はサッカー出来なかったから、これで遊ぼうと思って」

 ディーヴァは人間臭い仕草で「じゃーん」と言いながら、トランプを取り出した。まさか、ラージアンを交えて、トランプをしようとでも言うのだろうか。

「トランプしよう!」

 彼等はトランプを知っているのだろうか……。
 ディーヴァは夏樹の返事も待たずに家に入ると、リビングを見るなり、シンプルなテーブルを跡形もなく消し去った。代わりに豪華なカジノテーブルを設置する。真っ白い部屋の中で、そこだけ色づいたようだ。完全に浮いている。
 洒落た回転式の椅子を人数分設置すると、女主人よろしく「さぁ、始めましょう」と笑顔で仕切り始めた。
 夏樹に拒否権はない。

「カーツェはさっき会ったよね。こっちの大きい個体は司令の一柱、シドだよ。よろしくね」

 スタジアムの暴動を見ているだけに、彼等が大人しくトランプを出来るのか、そもそも知っているのか疑問だったが、いらぬ心配だった。
 彼等は粛々とゲームに参加し、またトランプに非常によく精通していた。
 定番のババ抜き、七並べ、神経衰弱、ダウト……、うすのろは反射神経を要するゲームで、夏樹はぼろ負けした。
 というより、彼等と争って、中央に置かれたコインを本気で取りに行ったら、骨折するんじゃないかという恐怖から、手を抜かざるをえなかった。
 スタジムの一件を反省したのか、ラージアン達は皆大人しくゲームをしている。
 額の信号が水色にきらきらと煌めいている様子を見ると、無口な彼等もそれなりに楽しんでいるのかもしれない。

「シド、夏樹は光互換水晶クリスタル使えないってことを忘れずにね。声帯使わないと、伝わらないよ」

 ディーヴァの言葉に夏樹は顔を上げた。
 体格の大きいシドは、夏樹を見つめた後、不慣れな様子で口を動かした。

「俺が、ナツキを恐がらせていると聞いた。コロニーの同胞を、傷つけたりはしない」

 たどたどしい言葉は、夏樹の心に響いた。シドを見て、ぺこりと頭を下げる。

「――はい。私も、失礼な態度をとって、ごめんなさい」

 シドの信号が水色に煌めいたのを見て、夏樹も控えめな笑みを浮かべた。
 無理やりにでも、トランプする場を設けてくれたディーヴァには、感謝しなてくはいけないのかもしれない。

「次は、大富豪やろー!」

 時計がないので、いまいち判らないが、そろそろ深夜になるのではないだろうか……。
 疲れ知らずのディーヴァは元気いっぱいだ。
 夏樹はそろそろ眠くなってきた。おまけに空腹だ……。思えば、朝食をとってから何も口にしていない。

「ディーヴァ、夏樹はそろそろ……」

 船を漕ぎ始める夏樹を見かねて、シュナイゼルは助け舟を出してくれたが、ディーヴァは聞く耳持たず。
 大富豪が始まり、夏樹も気合いで三戦付き合ったが、最期は沈み込むように意識を手放した――。
 優しくて、力強い腕がベッドまで運んでくれた気がする……。




+




 あれ以来、ディーヴァはラージアンを連れて毎日夏樹の元を訪れている。
 トランプ、チェス、将棋、囲碁……。
 果ては最新機のプレイステーションまで持ち出して、格闘ゲームから、ホラーゲームまで、ありとあらゆる対戦ゲームに付き合わされた。
 真っ白で、殺風景だった家のリビングは、ディーヴァの趣味で、最近カオスと化している。カジノテーブル、巨大スクリーン、各種コンシューマー機、UFOキャッチャーまである。
 肝心のサッカーは、未だチームとプレイヤーの選出で揉めているらしく、再開の目途は立っていない。
 ディーヴァはまだまだ夏樹と遊ぶことに飽きないらしく、地球に帰れる目途もさっぱり立っていない。

 ――ラージアンが、対戦好きっていうことは、よぉーく判った……。

 贅沢な悩みかもしれないが、夏樹は最近、遊び疲れしていた。
 たまには何もせず、ぼーっと過ごしたい……。
 午前中は一人で過ごせる貴重な時間だ。
 昼になると、ディーヴァ達がやってきて、くたくたになるまで付き合わせられるので、今のうちに限界まで眠っておくことが、ここ最近の流れだ。

 ――でも……。たまには、外を歩いてみようかな。

 初日は、大勢のラージアンに囲まれて腰を抜かしたものだが、あれ以来、彼等が夏樹の家の周りを囲むことはない。
 それでも遠くまで歩くのは何だか心配で、外に出てみたものの、家が視界に映る範囲内を歩いた。

 心にゆとりさえあれば、コロニーはとても美しく、過ごしやすいところだ。
 宇宙に浮かぶコロニーの中で思うのも不思議だが、空気もとても澄んでいる。
 緑に溢れ、時間によって空の色も変わる。
 自然と科学の調和した、夏樹の知らない新しい世界。
 小鳥が囀り、可愛らしい栗鼠が幹を駆け上がっていく。

 ――平和だなぁ……。

 そう思った途端、足を止めた。
 一体の、見知らぬラージアンと目が合った。

「あ……、こんにちは」

 怯えることはない――。
 自分に言い聞かせながら、挨拶をすると、ラージアンは大きな歩幅で、あっという間に夏樹の前にやってきた。
 額の信号は水色をしているから、夏樹に害意はなさそうだが……。

「――!?」

 反応に困っていると、ラージアンは目の前の巨木を、いともあっさり、片手で薙ぎ倒した――。
 ドォンッ、巨木の倒れる震動が足元を揺らした。
 言葉を失くす夏樹の前で、体格のいいラージアンは倒した巨木を力強く踏みしめ、瞬く間に粉砕していく。
 何をしたいのか、意味が、判らない。
 ただ恐くて、煩いほどに心臓が鳴った。

「あ、あ……」

 足が震えて、動けない。
 その場にへたりと腰を抜かして座りこむと、散々に巨木を粉砕していたラージアンが、夏樹の傍へやってきた。

 ――殺される……!?