PERFECT GOLDEN BLOOD

1章:十七歳の誕生日 - 10 -

 小夜子が頷くと、ルイはほっとしたような、感心しているような表情を浮かべた。
「ありがとう、信頼してくれて。君は素晴らしい女性だよ、小夜子」
「そんなことありません。い、いくなら早くいきましょう」
 照れ隠しに急ぐ小夜子の腕を、ルイは優しく掴んだ。
「そうしよう。乗って」
 小夜子は、どうかしていると思いつつ、再びフェラーリの助手席に腰を落ち着けた。シートベルトをしめると同時に、車はなめらかに発進した。
「あの、どこへいくんですか?」
「僕の家」
「えっ?」
 小夜子は思わず頓狂な声をあげた。ルイはちらりと小夜子を見て、意味深な笑みを浮かべた。
「友人たちと一緒に暮らしているんだ。家のことをやってくれる執事もいるし、女性もいるから安心して」
 小夜子は混乱をおさめるように、掌を額に押し当てた。女性もいると聞いて少し安堵したが、執事? お屋敷にでも住んでいるのだろうか? 謎は深まるばかりだ。
「さっきの話……よく判らないんですけれど、ルイさんの特別な力の調律に、どう私が関係しているんですか?」
 ルイは正面を向いたまま、黙りこんだ。小夜子が辛抱強く待っていると、彼は躊躇いつつ口を開いた。
「……事情が複雑なんだ。さっきもいったけれど、小夜子は僕を調律することができる。というのも君は神から、特別な贈りものギフトをもらっているんだよ」
贈りものギフトって?」
「“真実の眼”や“聖霊の幸運”といったたぐいの……いい面もあるけど、逆に悪いものも惹きつけてしまう」
「……幽霊が視えたり?」
「もっと怖いものも視えるよ」
 不意に、女の冷酷な笑い声が耳朶の奥に蘇った。ぞっと背筋が冷えて、思わず両腕をさする小夜子を横目で見、ルイはつけ加えた。
「大丈夫、小夜子のことは絶対に守る」
 その声には、騎士の誓いのような、厳かな響きがあった。小夜子は胸の高鳴りを覚えながら、漠然とした疑問を抱いた。
「どうして、ルイさんは、その……親切にしてくれるんですか?」
 ルイは逡巡し、小夜子をちらと見てから唇を開いた。
「君はすごくいい匂いがするし、傍にいるとくらくらするよ。でも、僕が君といたいと思うのは、贈りものギフトが目当てじゃない。ただ、小夜子を助けたいんだ」
「……贈りものギフトっていわれても、実感がありません」
「だろうね……でも君は、黄金律に愛されている。君の声や匂い、血は、ある生きものたちにとって、本当に魅力的なんだ」
 小夜子は戸惑いながら、ルイを見つめた。
「どうして、私が黄金律だって判るんですか?」
「そんなの簡単だよ。だって小夜子の血は、」
 ルイは不意に言葉を切った。
「……私の血は?」
 小夜子が促すと、ルイは困ったように笑った。
「薔薇のように甘く香るから。食屍鬼グールも同じ。人外の嗅覚と聴覚で、たとえ小夜子が雑踏に紛れていたとしても、一発で見分けられる」
 血が甘く香る? まるで吸血鬼みたいだ。
「ルイさんは……」
 小夜子はいいかけて、言葉を詰まらせた。人間ですか? 何者ですか? どう訊けばいいのだろう?
 小夜子の戸惑いを察知したように、ルイの方から言葉を継いだ。
「僕の能力ギフトは、退魔の力なんだ。おかげで、上司にこき使われている」
 ルイは説明しながら、後半をどこか投げやりな口調でいった。
「……除霊みたいな?」
「いや、霞のような幽霊は相手にしない。僕は、普通の人間では対処できない、食屍鬼グールや悪魔が専門なんだ」
「だから、ルイさんは銃を持っているの?」
 ルイはちょっと笑うと、ひとさし指を唇に押し当てた。
「内緒だよ。日本では銃刀法違反だからね」
「銃が通用するなら、警察に助けてもらえないのでしょうか?」
「それができたらいいけれど、人間の武器は通用しないからね。彼等が組織単位で事態を把握し、きちんと武装して望めば可能性はあるけど、準備が大変すぎる。第一、神の意志に反する」
「だめ元で、相談してみては?」
「理解されないよ。されたとしても、混乱を招くだけだ。あいつらは、どこにでも忍びこめるし、物理的な障壁は効かないんだから。個々の殺傷能力が異常に高い上に、群れて行動する。人間の手には負えない」
 黒々とした怪物を思いだして、小夜子はぶるっと震えた。
「……ゴキブリみたい」
 ルイは悪戯っぽく笑った。
「ゴキブリなんてかわいいものさ。食屍鬼グールは悪夢だ。鋭い牙や爪が肌をかすめれば、あっけなく血が噴きだすからね。そうやってほふった獲物を食べるんだ」
「……人間を、食べるの?」
 蒼褪めた顔を見て、ルイはしまったというような顔をした。身を乗りだし、膝の上で硬く握りしめられた小夜子の手に、そっと手を重ねる。
「ごめん、今いったことは忘れて。大丈夫、僕が小夜子を守る。食屍鬼グールを近づけさせたりしないよ」
 小夜子がのろのろと顔をあげてルイを見ると、彼は力強く頷いてから姿勢を戻した。
「ウルティマスの思惑通りかと思うと腹立たしいけれど、これは不可抗力だ。小夜子は確かに僕の……」
「……なんですか?」
 ルイは誤魔化すようにかぶりをふった。
「なんでもない。ちょっと、上司にいわれたことを思いだして、むかついただけ」
 小夜子は不得要領に頷いた。どうもルイは、上司と仲がよくないらしい。彼に対する幾つもの疑問が思い浮かぶが、これだけは訊いておかねばならない。
「ルイさんは、人間ですよね?」
 ルイの瞳の奥を一瞬、複雑な光がよぎったのだが、あまりにもかすかな光で小夜子には判別できなかった。
「僕は神の子供だよ」
 不思議そうにしている小夜子を見て、ルイは困ったように笑った。
「まぁ、概ね人間だと思うよ」