PERFECT GOLDEN BLOOD

3章:Auオール revoirボワール - 6 -

 Vたちは、空間を超越するウルティマスの祭壇を通じて、メキシコシティの路地裏に立っていた。
 十日前。ウルティマスの予見により、霊的エネルギーの密集地域――食屍鬼グールの巣を見つけた。
 それから毎晩、世界中に点在する巣穴を片づけていき、残すは、メキシコシティのみ。とりわけ巨大な巣穴だ。Vたちは、今夜、決着をつけるつもりでいた。
 不吉な風が吹いていて、頭上の空は曇り、淀んでいる。日常世界から道路一本を挟んで、そこは闇の別世界だった。
 封鎖された地下鉄道への入り口を前に、Vたちは、吐き気にも似た不快感を覚えた。
 立っているだけで、魑魅魍魎どもによる精神的な攻撃を全身に感じる。殺気、毒気、不老の肉体をも腐敗せしめんとする、嫌らしい気が充満している。人間であれば、即刻、深層意識を支配され、精神に異常をきたすことだろう。
「今夜は長丁場だ。よろしく頼む」
 ルイの言葉に、全員が頷いた。
 この巣穴を放置すれば、間もなくおびただしい数の食屍鬼グールが地上に吹きだし、世界を永劫の恐怖に突き落とすだろう。巨大な巣穴だが、陽が昇る前に殲滅しなければならない。ウルティマスがいうには、今夜中に片をつけねば、女王の召喚詠唱を完成させてしまう恐れがあるというのだ。
「いこう」
 ルイは覚悟を決めて足を踏み入れた。
 作戦は単純明快。正面から突入し、魔窟を殲滅すればVの勝ちだ。
「先にいくぜ」
 アラスターはショットガンを構えて、黒い洞へ吸いこまれるようにして飛びこんでいった。
 先陣を切った彼に続いて、ルイたちも侵入した。
 暗闇のなかから、発砲音が聴こえてくる。猛々しく吠えるアラスターは、地獄の裂け目からやってきた悪魔のようだった。
 彼を含め、ルイたちは普段は温厚なVたちであるが、神に創られし戦闘種族である。戦いともなれば攻撃性と残虐性が増すのは必然だった。
 可憐な少女、千尋も優美な聖鉄扇を拡げて、舞うようにして巣穴に飛びこんだ。
 ぐびゅッと肉の重吹しぶく音と共に、千尋の聖鉄扇が悪鬼の後頭部にめりこんだ。おぞましい断末魔が迸る。黒々とした瘴気をまき散らしながら、食屍鬼グールは地面に焦げついた。
 酷い匂いだ。
 腐臭たちこめる下水に、蜂の巣状の食屍鬼グールの巣が展開されており、ルイたちを辟易させた。
 戦うほどに疲労は蓄積されていったが、彼等の集中力が途切れることはなかった。
 予測不可能な異界の穴から、火山の噴射の如く新たな食屍鬼グールが飛びだしてきて、Vたちは吹き飛ばされた。巨岩が砕けるほどの衝撃であっても、強靭な肉体をもつVが傷を負うことはないが、汚水と食屍鬼グールの肉に塗れて、潔癖なアンブローズはもちろん、千尋までもが珍しく口汚く罵った。
「こんなところ、もうたくさん!」
 と、聖鉄扇を畳み、厳ついショットガンを構えてぶっ放す。華奢な体躯に不釣り合いな凶器から、硝煙と火花が散った。
 全員の一斉射撃により、常人では鼓膜を痛める大音量が轟いた。敵をおびきよせる目的があるため、消音機はつけられていないのだ。
 Vたちはやぶれかぶれに乱射しているように見えても、狙いは的確だった。打った弾の数だけ、次々と食屍鬼グールが倒れていく。
 たとえ、目と鼻の先に食屍鬼グールが迫ろうとも、怯むことなく、正確に引き金を引いた。
 やがて射撃を止めると、最後に薬室から飛びだした薬莢が床に落ちて、妙に澄んだ音色を辺りに響かせた。
「おしまいか?」
 アラスターが訝しげにいった。
「いや、まだだ」
 ルイは慎重にいった。
 視界の先に、凝灰岩を掘ってできた、深淵の穴が口を開けている。異界に続いていると判る、異様な霊気を孕んでいた。
 洞窟内は真っ暗だ。
 だが、Vたちは迷うことなく銃を構えて照準した。洞窟内に銃声が轟く。暗闇のなかを目くらめっぽうに乱射しているように見えても、暗視ナイトヴィジョンをもつVの射撃は正確無比で、銃弾の一発も無駄にすることはなかった。
 Vたちは、猛然と駆けてくるグールを、次々と屠った。
 泉のように溢れでる悪鬼どもは、黒煙と燐火をのぼらせながら、地に焦げついて消えていった。
 戦闘からしばらく、ついに、最後の一匹を潰し終えた。
「やっと終わった……」
 ヴィエルがくたびれたようにいった。他の面々も、やれやれ、といわんばかりに肩を揉んだり、膝に手をついて荒い呼吸を整えていたりする。
 だがルイは、食屍鬼グールを駆逐し終えた深淵を覗きこみ、こみあげる疑念を払拭できずにいた。
「……これで全部だろうか。この穴を辿っていけば、女王の本拠地へいけるかもしれない」
 アラスターは首を振った。
「一匹残らず狩り尽くしたさ。こんなところ、さっさとでよう」
「だけど――」
「よせ。もう限界だ」
 アラスターは強い口調で遮った。ルイは挑むようにアラスターを振り向いたが、その後ろから案じる眼差しを向けてくる仲間たちを見て、剣を和らげた。
 ルイ自身、リスクを冒していることは判っていた。
 獅子奮迅の活躍を見せたルイは、誰よりも食屍鬼グールを屠ったが、その代償も大きかった。無理をして悪魔の力を解放するしかなかったのだ。瞳孔は獣性を帯びて銀色に輝き、こめかみは極度の緊張と興奮で脈打っている。うちなる悪魔が暴れているのだ。これ以上は自我の限界に触れる危険がある。しかし――
 ルイは、迷うように昏穴に視線を注いだ。
 今にも飛びこんでいきそうな様子を見て、ルイの肩を左からアラスター、右からアンブローズが掴んだ。
「戻りましょう。夜が明けます」
 アンブローズは静かにいった。
「帰って休もう。くたくただ」
 と、アラスター。
 彼の言う通り、Vたちは疲労困憊していた。今夜だけで、いったいどれほどの食屍鬼グールを屠っただろう?
「嫌だわ、夢にでてきそう」
 千尋がいささか蒼褪めた顔で、うんざりしたようにいった。
 その一言が決め手となり、Vたちは踵を返した。ルイもそうしたが、一抹の不安を拭いきれなかった。
 これで終わりだと、本当に信じていいのだろうか?
 自分たちは本当に、女王の陰謀を砕きったのだろうか?
 だが引き返してしまったからには、考えすぎだ、神経質になっているのだろう……そう自分を納得させるしかなかった。

 美しい館ベル・サーラに戻ると、さしものVたちも深いため息を禁じ得なかった。
 各々が部屋へと戻っていき、ルイも訓練塔のシャワーブースで汗を流してから、三階の部屋に入ると、小夜子が心配そうな顔で起きて待っていた。
「お帰りなさい」
 ほっとしたような、今にも泣きだしそうな、心細そうな表情を見た途端に、ルイは全身から力が抜けていくのを感じた。
「ただいま、小夜子……」
 華奢な躰を抱き寄せ、いたわるように髪を撫でた。
「全部終わったよ。もう君が心配することは、何もないからね」
 慰めを口にしながら、まるで、自分にいい聞かせているようだと、ルイは感じずにはいられなかった。