3EMI - 転生した平凡令嬢が好感度マイナスの義兄から溺愛されるまで
2章:公爵邸をでようかしら? - 6 -
夏が過ぎ、秋が訪れても、エミリオは公爵邸に帰ってこなかった。
十二月。
雪が降り始めた頃、冬至祭にも帰らないというエミリオの報告が公爵邸に届くと、義母の顔には不満の色が濃く浮かび、唇を尖らせた。何故なら、十二月二十五日はエミリオの十歳の誕生日であり、義母はエミリオのために盛大なパーティーを企画していたからだ。
エミリオは進級試験の準備で忙しく、パーティーに出る余裕はないという。(面倒くさいだけかもしれないが)
エミリオの天才的な頭脳にとって、小等部の授業は退屈の極みであり、彼は飛び級して大学入学試験を受けるつもりらしい。通常、義務教育は十六歳までと定められているが、格別な成績を修めた者には、その束縛から解放される特権が与えられるのだ。
結局、義母はエミリオの事情を理解し、盛大な誕生パーティーは断念した。その代わりに家族だけの晩餐会を開くことを決めた。
それを聞いたエイミーは、早速、誕生日プレゼントを探し始めた。エミリオは面倒に感じているかもしれないが、エイミーは久しぶりに会えることが嬉しかった。せっかくなら、彼に喜んでもらえるような、素敵なプレゼントをあげたい。
この世界の買い物は進んでいて、並列化水晶 のVR回遊モードに切り替えれば、まるで本当にその場所にいるかのように、お店の商品を手に取って眺めることができる。
街並みは冬至祭モードに彩られ、どの店も蝋燭や常緑樹のリースで華やかに飾られている。冬至祭の贈り物や食料品を求めて、多くの客が賑わうなか、エイミーは雰囲気の良い古書店を見つけ、足を踏み入れた。
店内は、静寂と古い紙の香りに包まれていた。気儘に本棚を眺めていると、偶然、古い装丁の魔法冒険物語を見つけた。十代の男の子向けの内容のようだが、エミリオにはどうだろう? 彼には子供っぽいかも?
少し迷ったけれど、豪華な装丁と手触りの良い紙に心惹かれ、買うことにした。包装が美しく映えるように、あえて紙本で選んだのだ。エイミー自身もデータ版で同じ本を購入し、エミリオとお互いの感想を話しあえたらいいな、と密かに期待して。
晩餐会は、王都の象徴とも称されるアビス時計台の最上階、会員制の高級レストランで開かれた。
義母が予約したこの場所は、半年先まで予約が埋まるほどの人気を誇るが、ゼラフォンダヤ公爵家の名のもとでは、たとえ当日でもその特別な席が確保される。
灰色や黄褐色の石を積みあげて築かれた時計塔は、蒼古 として美しく、歴史の重みを感じさせる。その威厳ある姿は春から秋の間、一般公開されているが、最上階へ足を踏み入れるには、特別な予約が必要だ。
最上階は、絢爛たる豪華さに満ち溢れていた。
豪華な額縁に収められた絵画が壁を飾り、装飾的なランプが柔らかな光を灯す。緑を基調としたダマスク柄の壁紙が空間を彩り、アンティーク調の格式高い家具が整然と並ぶその様は、まるで時を越えた古城のようだ。重厚な緞帳が大きな窓の左右にまとめられ、王都の街並みを一望できる。
夜景が綺麗。星屑が鏤められているみたいだ。
緋色の絨毯のうえを歩く天上人も、星のように綺羅を飾っている。
もちろん養父母も、エイミーも。
義父は、精巧な金の装飾が施された黒の長衣に、白いシャツと黒のベスト、銀ストライプのネクタイをあわせている。
義母は、肩を露出させた縫製の、胸元からウエストにかけて緩やかなドレープが美しく落ちる純白のドレスに身を包み、古代の女神のように金色の額飾りを身につけている。
ふたりとも洗練されていて素敵だ。
なお、エイミーは定番のゴシック・ロリータ&ゼラフォンダヤ公爵家風でキメている。重みのある黒を基調としたデザインは、ウエストを絞ったメリハリのあるシルエットで、胸元の大きなリボンタイには、家紋が意匠 された白いカメオがついてる。フリルが重なるミニスカートに、アーガイル柄のニーハイソックスと底あげのエナメル靴。少々人目をひく恰好だが、これがエイミーだ。
エイミーが胸を高鳴らせながら最上階の待合室に足を踏みいれると、ソファーに腰掛けていたエミリオが立ちあがった。
光沢のあるグレーのスーツを身に纏い、スタイルの良い体型と共にその魅力を引き立たせている。今日も目の醒めるような美少年だ。
「久しぶりね、リオ。また背が伸びたのではなくて?」
義母は嬉しそうに微笑みを浮かべながら、エミリオに声をかけた。
「御無沙汰しています。母上も父上もご健勝で」
エミリオの礼儀正しい挨拶に、
「試験勉強は順調か?」
と義父が訊ねると、
「はい、順調です」
エミリオは自信に満ちた笑みを浮かべた。少し痩せたようだが、表情は明るく、本当に順調であることがうかがえた。
すっかり義兄に見惚れていたエイミーは、思いがけず菫色の瞳と遭って、ドキッした。
「久しぶり、エイミー」
「お久しぶりです、お義兄さま」
エイミーが笑みかけると、エミリオは少し間を置いてから、訊ねた。
「いい子にしてた?」
「はい、お義兄さま」
エイミーが即答すると、義母はエイミーの肩を抱きよせた。
「いい子にしていたわよね? エイミー、チェロがすごく上達したのよ。演奏を聴いたら、リオも驚くと思うわ」
感心の目を向けてくる義兄を見て、エイミーは慌てた。
「お義母さま、褒めすぎだから」
そのとき、義兄の頭上に光が集まりはじめたので、エイミーは緊張に強張った。残念ながら、案内役の給仕に声をかけられたため、光はすぐに霧散してしまった。
見晴らしの良いテラス席に案内されると、王都の夜景が一望できた。今日は二歳のシドニーはお留守番で、子供二人と両親で対面に着席した。
星屑のように弾けるシャンパンで乾杯した後、両親はエミリオにプレゼントを渡した。義父は懐中時計を、義母はエミリオをイメージして調合したという香水を。それぞれがセンスの良い贈り物だった。二人の素晴らしい贈り物の後で、エイミーは少し気後れしつつも、プレゼントの包みをエミリオに差しだした。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
エミリオは礼儀正しく受け取り、リボンをほどいて中身を見ると、興味深そうな表情を浮かべた。
「“メル・アン・エディール”?」
「海賊物語で、なかなか面白かったよ。勉強に疲れた時にでも、読んでみて」
「エイミーも読んだの?」
「うん。データ版だけど」
「僕もデータ派」
「やっぱり?」
エイミーは苦笑いを浮かべた。データのチケットIDを贈った方が良かったかもしれない。
「ありがとう、紙本をもらったのは初めてだ。読んでみるね」
エミリオの頭上に数字が顕れた。
“8%”
あがった! 最後に見た時は1%だったから、ちゃんと上昇している。思ったよりも好感触でほっとした。
晩餐会は、素晴らしいアビス時計台の最上階で、格式と優雅さを持って行われ、エイミーはずっと幸福感に包まれていた。
けれども、心の片隅に小さな寂寥感もあった。
スーツ姿の大人びたエミリオの姿に、色々な意味で感銘を受けたのだ。彼のテーブルマナーは完璧だし、思慮深く頭脳明晰で、義父と世界情勢について意見交換もできる。
感心するばかりだが、十歳の子供なら、もっと無邪気で良いはずだ。彼の資質もあるのだろうが、公爵家跡取りの教育が厳しすぎるように思う。
同情というか、ある種の寂しさを覚える一方で、エイミーも、自らの将来について考えさせられた。
今年の夏にエミリオから最後通牒をいい渡されたことを、忘れたわけではない。
あと一年……いや、もう一年を切っている。次の誕生日までに、エミリオのエイミーに対する評価が変わらなければ、僻地の寄宿学校に入れられてしまうのだ。
エイミーは六歳の時、傷害事件を起こして名門魔導学院を退学している。同時に、義父から罰として二年間の自宅謹慎を命じられていた。エミリオはエイミーが復学を希望していると思っているのかもしれないが、それは勘違いだ。謹慎が明けても、エイミーは通信制の授業を続けるつもりでいた。
そもそも、エイミーは学校に良いイメージを持っていない。傷害事件も、公爵家の養子という生い立ちを馬鹿にされたことが原因だった。エイミーのスキャンダルは公爵家が揉み消したため、世間には知られていないが、同級生たちは覚えているだろう。復学すれば再会する可能性が高く、今度は生い立ちに加えて傷害事件をネタにされそうだ。考えるだけでも億劫である。
笑美の記憶でも、小学校は家が貧乏なことをからかわれ、毎日の登校が苦痛だった。
エイミーはエミリオと違って勉強は得意ではないし、好きでもない。魔力も持っていない。
ただ、興味のある分野ははっきりしている。専門知識を身につければ、将来の役に立つと確信している。
そう、笑美で培った投資の肌感覚は、エイミーにも活かせると確信していた。
笑美は八十二歳の時、投資のおかげで総資産八千万円以上を保有していた。三十代から投資を始めたこと、世界的不景気の渦中に大手銘柄の株式を購入したことが功を奏し、一時はけっこうな金持ちだった。まあ、そのせいで結婚詐欺に引っかかってしまったのだが……今となっては良い経験だ。男に騙されなければ、資産は一億円を突破していただろう。
資産形成の転機は、絶妙な時期に購入した国内株と、米ETF(上場投資信託)に強気で張ったおかげだった。現金はせいぜい三百万円程度を確保し、あとは全て投資に回していた。お金は、ある程度増えると勝手に増えるもので、後半は仕事をしなくても、年金と配当金だけで日常生活を送ることができていた。一般人の笑美がこれだけ資産を増やせたのだから、億単位で資金を動かせる投資家なら、それこそ揺るがない資産を形成できるだろう。
そして今。エイミーは、世界有数の大金持ちに養子入りした。この特権を活かさない手はない。
計画はこうだ。
まず、資金七一〇万ルアー(約一億円)を公爵家に前借りする。そして国内三大証券会社の口座を開設する。
・黄金魔法証券
・メイジ証券
・アークマナ証券
この三つ。
こちらの世界にも魅力的な金融商品があるので、それぞれの口座で分散投資する。魔力債券、魔法投資信託、竜貴金(ドラゴン・ゴールド)ETFなんて夢があっていい。(竜の保有する金は非常に価値が高く、世界的に信頼されている)
呪文・魔法特許は、エミリオが興味を持ちそうだ。これは新しい呪文や魔法技術の特許を扱う金融商品で、魔法技術の発展に伴い、特許料が収益となる。
これらの有力な金融商品を、それぞれ三つの証券会社で、月あたり合計四・六万ルアー(約六五〇万円)で定期購入する。年間一四・二万ルアー(約二千万円)、五年かけて七一〇万ルアー(約一億円)を投資する。雑に見積もっても、五年後には一・五から二倍の資産増加を見込めるだろう。
利益をそのまま公爵家に返済しても良いが、公爵家にとってはちっぽけな金額だと思うので、違う形で還元する。
“孤児院育ちのエイミー”として孤児院や舞踏学校、慈善団体に寄付するのだ。エイミー奨励金制度も作る。すると世間の注目を浴びて、若き投資家としてインタビューを受けるだろう。
「私はお義母さまに見つけてもらい、公爵家に引き取られて幸せになりました。頂いた御恩を、今度は他の子供たちに返したいのです」
こんな感じで答えれば、世間の公爵家と義母に対する評価はあがる。お手本のような富める者の務めだ。
名付けて“エイミー独り立ち&公爵家イメージアップ大作戦!”
投資の年収支を義父と義兄に報告すれば、五年も経つ頃には信用を得られるだろう。家に寄りつこうとしないエミリオも、帰ってくる気になるかもしれない。
この国では十四歳以上なら、親の承認さえあれば不動産を借りられるはずなので、十四歳になったら即独り暮らしを始めるつもだりだ。社会勉強として、週二、三日の短時間労働をしてもいい。
我ながら完璧な計画だ。
投資に黄金種 も混血種 も関係ないのである。金と基礎知識さえあれば、誰でも始められる。引きこもりのエイミーにうってつけだ。
さぁ、詳細を練って、完璧なプレゼン資料を作ろう。八歳の誕生日になる前に、両親とエミリオに見せるのだ。
十二月。
雪が降り始めた頃、冬至祭にも帰らないというエミリオの報告が公爵邸に届くと、義母の顔には不満の色が濃く浮かび、唇を尖らせた。何故なら、十二月二十五日はエミリオの十歳の誕生日であり、義母はエミリオのために盛大なパーティーを企画していたからだ。
エミリオは進級試験の準備で忙しく、パーティーに出る余裕はないという。(面倒くさいだけかもしれないが)
エミリオの天才的な頭脳にとって、小等部の授業は退屈の極みであり、彼は飛び級して大学入学試験を受けるつもりらしい。通常、義務教育は十六歳までと定められているが、格別な成績を修めた者には、その束縛から解放される特権が与えられるのだ。
結局、義母はエミリオの事情を理解し、盛大な誕生パーティーは断念した。その代わりに家族だけの晩餐会を開くことを決めた。
それを聞いたエイミーは、早速、誕生日プレゼントを探し始めた。エミリオは面倒に感じているかもしれないが、エイミーは久しぶりに会えることが嬉しかった。せっかくなら、彼に喜んでもらえるような、素敵なプレゼントをあげたい。
この世界の買い物は進んでいて、
街並みは冬至祭モードに彩られ、どの店も蝋燭や常緑樹のリースで華やかに飾られている。冬至祭の贈り物や食料品を求めて、多くの客が賑わうなか、エイミーは雰囲気の良い古書店を見つけ、足を踏み入れた。
店内は、静寂と古い紙の香りに包まれていた。気儘に本棚を眺めていると、偶然、古い装丁の魔法冒険物語を見つけた。十代の男の子向けの内容のようだが、エミリオにはどうだろう? 彼には子供っぽいかも?
少し迷ったけれど、豪華な装丁と手触りの良い紙に心惹かれ、買うことにした。包装が美しく映えるように、あえて紙本で選んだのだ。エイミー自身もデータ版で同じ本を購入し、エミリオとお互いの感想を話しあえたらいいな、と密かに期待して。
晩餐会は、王都の象徴とも称されるアビス時計台の最上階、会員制の高級レストランで開かれた。
義母が予約したこの場所は、半年先まで予約が埋まるほどの人気を誇るが、ゼラフォンダヤ公爵家の名のもとでは、たとえ当日でもその特別な席が確保される。
灰色や黄褐色の石を積みあげて築かれた時計塔は、
最上階は、絢爛たる豪華さに満ち溢れていた。
豪華な額縁に収められた絵画が壁を飾り、装飾的なランプが柔らかな光を灯す。緑を基調としたダマスク柄の壁紙が空間を彩り、アンティーク調の格式高い家具が整然と並ぶその様は、まるで時を越えた古城のようだ。重厚な緞帳が大きな窓の左右にまとめられ、王都の街並みを一望できる。
夜景が綺麗。星屑が鏤められているみたいだ。
緋色の絨毯のうえを歩く天上人も、星のように綺羅を飾っている。
もちろん養父母も、エイミーも。
義父は、精巧な金の装飾が施された黒の長衣に、白いシャツと黒のベスト、銀ストライプのネクタイをあわせている。
義母は、肩を露出させた縫製の、胸元からウエストにかけて緩やかなドレープが美しく落ちる純白のドレスに身を包み、古代の女神のように金色の額飾りを身につけている。
ふたりとも洗練されていて素敵だ。
なお、エイミーは定番のゴシック・ロリータ&ゼラフォンダヤ公爵家風でキメている。重みのある黒を基調としたデザインは、ウエストを絞ったメリハリのあるシルエットで、胸元の大きなリボンタイには、家紋が
エイミーが胸を高鳴らせながら最上階の待合室に足を踏みいれると、ソファーに腰掛けていたエミリオが立ちあがった。
光沢のあるグレーのスーツを身に纏い、スタイルの良い体型と共にその魅力を引き立たせている。今日も目の醒めるような美少年だ。
「久しぶりね、リオ。また背が伸びたのではなくて?」
義母は嬉しそうに微笑みを浮かべながら、エミリオに声をかけた。
「御無沙汰しています。母上も父上もご健勝で」
エミリオの礼儀正しい挨拶に、
「試験勉強は順調か?」
と義父が訊ねると、
「はい、順調です」
エミリオは自信に満ちた笑みを浮かべた。少し痩せたようだが、表情は明るく、本当に順調であることがうかがえた。
すっかり義兄に見惚れていたエイミーは、思いがけず菫色の瞳と遭って、ドキッした。
「久しぶり、エイミー」
「お久しぶりです、お義兄さま」
エイミーが笑みかけると、エミリオは少し間を置いてから、訊ねた。
「いい子にしてた?」
「はい、お義兄さま」
エイミーが即答すると、義母はエイミーの肩を抱きよせた。
「いい子にしていたわよね? エイミー、チェロがすごく上達したのよ。演奏を聴いたら、リオも驚くと思うわ」
感心の目を向けてくる義兄を見て、エイミーは慌てた。
「お義母さま、褒めすぎだから」
そのとき、義兄の頭上に光が集まりはじめたので、エイミーは緊張に強張った。残念ながら、案内役の給仕に声をかけられたため、光はすぐに霧散してしまった。
見晴らしの良いテラス席に案内されると、王都の夜景が一望できた。今日は二歳のシドニーはお留守番で、子供二人と両親で対面に着席した。
星屑のように弾けるシャンパンで乾杯した後、両親はエミリオにプレゼントを渡した。義父は懐中時計を、義母はエミリオをイメージして調合したという香水を。それぞれがセンスの良い贈り物だった。二人の素晴らしい贈り物の後で、エイミーは少し気後れしつつも、プレゼントの包みをエミリオに差しだした。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
エミリオは礼儀正しく受け取り、リボンをほどいて中身を見ると、興味深そうな表情を浮かべた。
「“メル・アン・エディール”?」
「海賊物語で、なかなか面白かったよ。勉強に疲れた時にでも、読んでみて」
「エイミーも読んだの?」
「うん。データ版だけど」
「僕もデータ派」
「やっぱり?」
エイミーは苦笑いを浮かべた。データのチケットIDを贈った方が良かったかもしれない。
「ありがとう、紙本をもらったのは初めてだ。読んでみるね」
エミリオの頭上に数字が顕れた。
“8%”
あがった! 最後に見た時は1%だったから、ちゃんと上昇している。思ったよりも好感触でほっとした。
晩餐会は、素晴らしいアビス時計台の最上階で、格式と優雅さを持って行われ、エイミーはずっと幸福感に包まれていた。
けれども、心の片隅に小さな寂寥感もあった。
スーツ姿の大人びたエミリオの姿に、色々な意味で感銘を受けたのだ。彼のテーブルマナーは完璧だし、思慮深く頭脳明晰で、義父と世界情勢について意見交換もできる。
感心するばかりだが、十歳の子供なら、もっと無邪気で良いはずだ。彼の資質もあるのだろうが、公爵家跡取りの教育が厳しすぎるように思う。
同情というか、ある種の寂しさを覚える一方で、エイミーも、自らの将来について考えさせられた。
今年の夏にエミリオから最後通牒をいい渡されたことを、忘れたわけではない。
あと一年……いや、もう一年を切っている。次の誕生日までに、エミリオのエイミーに対する評価が変わらなければ、僻地の寄宿学校に入れられてしまうのだ。
エイミーは六歳の時、傷害事件を起こして名門魔導学院を退学している。同時に、義父から罰として二年間の自宅謹慎を命じられていた。エミリオはエイミーが復学を希望していると思っているのかもしれないが、それは勘違いだ。謹慎が明けても、エイミーは通信制の授業を続けるつもりでいた。
そもそも、エイミーは学校に良いイメージを持っていない。傷害事件も、公爵家の養子という生い立ちを馬鹿にされたことが原因だった。エイミーのスキャンダルは公爵家が揉み消したため、世間には知られていないが、同級生たちは覚えているだろう。復学すれば再会する可能性が高く、今度は生い立ちに加えて傷害事件をネタにされそうだ。考えるだけでも億劫である。
笑美の記憶でも、小学校は家が貧乏なことをからかわれ、毎日の登校が苦痛だった。
エイミーはエミリオと違って勉強は得意ではないし、好きでもない。魔力も持っていない。
ただ、興味のある分野ははっきりしている。専門知識を身につければ、将来の役に立つと確信している。
そう、笑美で培った投資の肌感覚は、エイミーにも活かせると確信していた。
笑美は八十二歳の時、投資のおかげで総資産八千万円以上を保有していた。三十代から投資を始めたこと、世界的不景気の渦中に大手銘柄の株式を購入したことが功を奏し、一時はけっこうな金持ちだった。まあ、そのせいで結婚詐欺に引っかかってしまったのだが……今となっては良い経験だ。男に騙されなければ、資産は一億円を突破していただろう。
資産形成の転機は、絶妙な時期に購入した国内株と、米ETF(上場投資信託)に強気で張ったおかげだった。現金はせいぜい三百万円程度を確保し、あとは全て投資に回していた。お金は、ある程度増えると勝手に増えるもので、後半は仕事をしなくても、年金と配当金だけで日常生活を送ることができていた。一般人の笑美がこれだけ資産を増やせたのだから、億単位で資金を動かせる投資家なら、それこそ揺るがない資産を形成できるだろう。
そして今。エイミーは、世界有数の大金持ちに養子入りした。この特権を活かさない手はない。
計画はこうだ。
まず、資金七一〇万ルアー(約一億円)を公爵家に前借りする。そして国内三大証券会社の口座を開設する。
・黄金魔法証券
・メイジ証券
・アークマナ証券
この三つ。
こちらの世界にも魅力的な金融商品があるので、それぞれの口座で分散投資する。魔力債券、魔法投資信託、竜貴金(ドラゴン・ゴールド)ETFなんて夢があっていい。(竜の保有する金は非常に価値が高く、世界的に信頼されている)
呪文・魔法特許は、エミリオが興味を持ちそうだ。これは新しい呪文や魔法技術の特許を扱う金融商品で、魔法技術の発展に伴い、特許料が収益となる。
これらの有力な金融商品を、それぞれ三つの証券会社で、月あたり合計四・六万ルアー(約六五〇万円)で定期購入する。年間一四・二万ルアー(約二千万円)、五年かけて七一〇万ルアー(約一億円)を投資する。雑に見積もっても、五年後には一・五から二倍の資産増加を見込めるだろう。
利益をそのまま公爵家に返済しても良いが、公爵家にとってはちっぽけな金額だと思うので、違う形で還元する。
“孤児院育ちのエイミー”として孤児院や舞踏学校、慈善団体に寄付するのだ。エイミー奨励金制度も作る。すると世間の注目を浴びて、若き投資家としてインタビューを受けるだろう。
「私はお義母さまに見つけてもらい、公爵家に引き取られて幸せになりました。頂いた御恩を、今度は他の子供たちに返したいのです」
こんな感じで答えれば、世間の公爵家と義母に対する評価はあがる。お手本のような富める者の務めだ。
名付けて“エイミー独り立ち&公爵家イメージアップ大作戦!”
投資の年収支を義父と義兄に報告すれば、五年も経つ頃には信用を得られるだろう。家に寄りつこうとしないエミリオも、帰ってくる気になるかもしれない。
この国では十四歳以上なら、親の承認さえあれば不動産を借りられるはずなので、十四歳になったら即独り暮らしを始めるつもだりだ。社会勉強として、週二、三日の短時間労働をしてもいい。
我ながら完璧な計画だ。
投資に
さぁ、詳細を練って、完璧なプレゼン資料を作ろう。八歳の誕生日になる前に、両親とエミリオに見せるのだ。