3EMI - 転生した平凡令嬢が好感度マイナスの義兄から溺愛されるまで
5章:この気持ちがそうだというなら - 5 -
冬休みに入ると、家族でアイスガルテン侯爵領──リューレン山脈の険しい峰の向こう、白銀高地 で開かれる冬の盛大な舞踏会に出席した。
澄みきった蒼氷の夜、天には凍光が舞い、神秘的な極光 が揺れていた。
会場には切りだされた氷の彫像が林立し、透明な塔や竜、精霊の像が月光を浴びて、見る者の目を楽しませている。
中央広場は大きな人工スケートリンクに仕立てられ、氷面は鏡のように磨かれて、煌めく照明を反射していた。
会場で刃靴 を貸りることもできるが、客人の多くは持参していた。防寒に優れた帽子や外套を纏 い、楽しそうに、ゆっくり氷上を滑っている。
両親は空調のきいた観覧広間へ移ったが、エミリオたちは自前の刃靴 を履いてリンクに降りた。
氷に足をのせると、頬を打つ風は鋭く、それでいて祝祭の熱に包まれた。
大勢が群舞のように一方向に滑る光景は、非日常で、普段にはない解放感と一体感がある。
見知らぬ者同士ですら、氷上では旧き友人のように肩を寄せ、笑みを交わす。王都の豪勢な冬至祭や仮面舞踏会とは趣 が異なり、純白の雪明りのような和やかで暖かな空気に満ちていた。
エイミーもシドニーも浮き立つ心を隠しきれず、目を輝かせ、頬は薔薇の花弁のように紅潮している。
「ようこそ、ゼラフォンダヤ公爵家の皆さん」
刃靴 を軽やかに鳴らしながら、アンジスタが顕れ、声をかけてきた。
「「お招きありがとうございます」」
エイミーとシドニーはスピードを落とし、声をそろえて満面の笑みで挨拶した。
「こちらこそ、遠くからきてくれてありがとう」
「素敵なスケートリンクですね」
エイミーは胸を弾ませながらいった。
「ありがとう、エイミー嬢。シルヴァニールより冷えるだろう? カウンターで生姜茶やホット・チョコレート、茹で餃子を頼めるよ」
ホット・チョコレートと聞いて、シドニーの瞳が星のように輝いた。弟の大好物で、最近は毎日のように飲んでいるのだ。
「ひとまず、端に寄ろう」
エミリオは声をかけた。立ち止まると流れを阻んでしまうため、四人は壁際へと身を寄せた。
「姉様、カウンターにいっていいですか?」
シドニーはエイミーの袖をちょんと引き、小声で訊ねた。
「後で一緒にいきましょ」
エイミーは優しく弟の頭を撫でてから、アンジスタに向き直った。
「先日は、優勝おめでとうございます。素晴らしい試合で、本当に見応えがありました。息が詰まるほど面白かったです」
「ありがとう。勝利の百合はエミリオではなく、エイミー嬢に捧げれば良かったな」
冗談めかしてアンジスタがいうと、エイミーは思わずといった風に笑った。
「お義兄さまに渡してくださって、ありがとうございました」
「僕は気色悪かった」
低く呟くエミリオ。アンジスタは呵々 と笑う。
「不快にさせて悪かった。次は選手として対戦しよう」
「ああ」
「ふたりの試合が見られたら、嬉しいわ」
「次は、エイミー嬢に百合を捧げても?」
芝居がかった調子で、アンジスタが訊ねた。
「次なんてない。僕が勝つ」
間髪を入れずに割りこんだエミリオに、エイミーもアンジスタも声をあげて笑った。氷上に一瞬、春めいた和やかさが咲く。
だがエミリオの胸には、別の棘が芽吹いていた。
エイミーの頬は紅潮し、はにかんだ微笑を浮かべている。その眼差しはアンジスタへ……いや、正しくは彼の頭上 へ向けられていた。照れるときに見せる、あの仕草だ。
僅かに逸れた視線にアンジスタも気づいてしまった。興味を引かれたように、いや、それ以上の何かを探るように、彼はエイミーをまじまじと見返していた。
「ホット・チョコレートをもらいにいこうか」
空気を断ち切るように、エミリオはいった。シドニーが待ってました! とばかりに破顔し、うんうんと頷いている。
「エミリオ、双子の王子と王女がきているよ」
アンジスタが思いだしたように告げた。
「判ってる、後で両親と挨拶にいく」
面倒だが仕方ない。表情にはださないが、つい平坦な声になった。
心中察したようにアンジスタは微笑を浮かべると、刃靴 の音を残して、別の招待客のところへいった。
今夜の名簿には、公爵家に比肩 する古貴族 と、第二王子ルキウスと第二王女プリシラ――青金髪と白金の瞳を持つ、十四歳の双子の王族も名を連ねていた。
氷上を優雅に滑る双子の王子と王女に、うら若き令嬢や令息たちは憧憬 のこもった視線を注いでいる。王家の血の華やぎは、それ自体が雪原の大篝火 のようだ。
エミリオも、王女の婚約候補として名を挙げられていることは知っていた。しかし一片の興味もなかく、むしろ煩わしい縁談の火種としか思えなかった。
エイミーとシドニーも高貴な招待客に対する関心は薄そうだ。殊にシドニーは白い湯気が揺蕩 うホット・チョコレートを両手で抱えこみ、その甘い香りに夢中になっている。
暖かい飲み物で一息ついた後、刃靴 を脱いで、観覧広間へ向かった。
そろそろ氷上の幻想舞踏が始まるので、その前に両親と合流し、主賓への挨拶を済ませねばならない。
スケートに興じていた他の客人も広間に集まっており、そのなかには王族の姿もあった。
公務として訪れている王子と王女は礼儀正しく、表情は整えられていたが、王女の眼差しに熱を感じて、エミリオは憂鬱になった。
「美しい王女様ね」
挨拶の列から外れたところで、エイミーが小声で囁いた。
「……そうだね」
「お義兄さま、お見合いなさるの?」
「しないよ」
淡々と返した瞬間、母の視線が突き刺さった。
「気持ちはわかるけど、リオ。高貴な女性を、鼻であしらうような真似はできなくてよ。断るにしても、誠意は示しなさい」
釘をさされて、エミリオは黙った。
不意に――指先が眉間を突いた。驚いて顔をあげると、エイミーが悪戯っぽい目をしてこちらを見ていた。
「銀色の眉根が寄ってたから、押してみたの」
「……それは、ごめん……」
いや、謝る必要あるか?
反射的にその指を掴み、軽く睨みつける。エイミーは目を丸くして小さく息を呑んだ。
「眉根が寄ってるからって、人の眉間を押していい理由にはならない。まさか……こんな真似を、他の男にもしているんじゃないだろうね?」
「まさか! しないわ」
きっぱり否定する声に、なお疑念をこめて目を細める。
この義妹は、意外とスキンシップに躊躇いがないのだ。男心の機微を判ってやっているのか不明だが、妙に小悪魔めいた仕草をすることがある。
──あるいは、そう感じる自分に問題があるのだろうか?
胸の奥をざわめかせるのは、彼女の所作そのものよりも、それを意識してしまう自分自身なのかもしれなかった。
十二月の終わりに、エミリオは十五歳になった。
弟妹の今年の誕生日はリクエスト制だったので、エミリオも晩餐の席で、次の実戦に同行させてほしいと父に願いでてみた。
これまでにも何度かくちにしたことはあるが、まだ早いと一度も許されなかったことだ。今日も断られるかと思ったが、
「判った。次は連れていこう」
父は、エミリオの目を見て頷いた。
「! ……ありがとうございます」
ようやく父に認められたことが、誇らしくて、嬉しかった。
晩餐の後、ある種の高揚感に包まれたまま、部屋に戻ろうとするエイミーをエミリオは呼び止めた。
「なぁに?」
「あのさ、朝シドニーがでかける時にするように、僕にもキスをしてくれる?」
振り向いたエイミーに、前から思っていたことをいってみた。
ずっと弟が羨ましかったのだ。その気持ちは疚しいことではないと自分のなかで結論がでていたので、軽い気持ちで提案できたのだが、真っ赤になってしまったエイミーを見て、つられて赤くなってしまった。
冷静に考えると、すごいことをくちにした気がする。いくら誕生日だからといって、高揚感のあまり、気が大きくなり過ぎていたかもしれない。
「……無理はしなくていいよ」
助け船をだすつもりでいうと、ぱっとエイミーは顔をあげた。背伸びをしてエミリオの肩に手を乗せる。反射的に少し屈みこむと、頬に柔らかな感触がした。
「無理じゃないよ。今度から、そうするね」
一瞬のことで、咄嗟に反応できなかった。
頬にキスをされたのだと理解した瞬間、首からうえが燃えるように熱くなった。
掌で頬を押さえながら、エイミーをじっと見つめる。
彼女は視線を泳がせ、いつもの癖で、照れ隠しからエミリオの頭上 を仰ぎ見ていた。
「ぇっ……」
小さな驚きの声をあげるエイミー。
「どうかした?」
「いえ、なんでも……」
そばかすの散った頬が、林檎のように赤く染まっている。照れた表情が、すごくかわいらしかった。
──自分も返礼のキスをして良いだろうか?
手を伸ばそうか迷っていると、
「お休みなさい」
逃げるように踵をかえす背を、ただ茫然と見送るしかなかった。
(……今度から……また、してくれるのか。新学期が楽しみだな)
こんなにも浮かれた気分になったのは、生まれて初めてだった。
夢見心地で、部屋に戻るまでの足取りは、現実味がないほど軽く感じられた。
浮ついた気持ちは、寝るときになっても収まらなかった。
夜、明かりを落とした寝台にあおのき目をつむると、エイミーの恥じらう姿が思いだされた。
想像のなかで、エイミーの手をひき寄せ……左腕で彼女を抱き、もう片方の手を彼女の顎にかけ、上向かせて、くちびるをふさいだ。柔らかな感触を食み、吐息を奪って――
そこで目を開けた。
胸の鼓動が、激しく打っていた。
想像のなかとはいえ、ついに一線を越えてしまった。
頬へのキスは親愛の範疇といえるが、くちびるは違う。あんな風には、家族にしない。
――ずっと考えまいとしてきたのに。
許されない衝動だから、意識して、あるいは無意識に、妹として大切にしようと箍 を嵌めてきたのに、とうとう堰 を破ってしまった。
他の誰にも惹かれたことはなかったのに。義妹を、エイミーを、こんなにも意識している。
正常さを欠いているのだろうか? まだ引き返せる? 眠れば忘れられるだろうか?
……。
……。
……。
……無理だ。
頭からエイミーのことが離れない。
彼女が目の前にいなくても、こうしてひとりでいるときに、想いを寄せている。
――もう、誤魔化せない。
この感情は、この気持ちがそうだというなら、義妹を、エイミーを好きになってしまった。
エイミーに恋をしている。
澄みきった蒼氷の夜、天には凍光が舞い、神秘的な
会場には切りだされた氷の彫像が林立し、透明な塔や竜、精霊の像が月光を浴びて、見る者の目を楽しませている。
中央広場は大きな人工スケートリンクに仕立てられ、氷面は鏡のように磨かれて、煌めく照明を反射していた。
会場で
両親は空調のきいた観覧広間へ移ったが、エミリオたちは自前の
氷に足をのせると、頬を打つ風は鋭く、それでいて祝祭の熱に包まれた。
大勢が群舞のように一方向に滑る光景は、非日常で、普段にはない解放感と一体感がある。
見知らぬ者同士ですら、氷上では旧き友人のように肩を寄せ、笑みを交わす。王都の豪勢な冬至祭や仮面舞踏会とは
エイミーもシドニーも浮き立つ心を隠しきれず、目を輝かせ、頬は薔薇の花弁のように紅潮している。
「ようこそ、ゼラフォンダヤ公爵家の皆さん」
「「お招きありがとうございます」」
エイミーとシドニーはスピードを落とし、声をそろえて満面の笑みで挨拶した。
「こちらこそ、遠くからきてくれてありがとう」
「素敵なスケートリンクですね」
エイミーは胸を弾ませながらいった。
「ありがとう、エイミー嬢。シルヴァニールより冷えるだろう? カウンターで生姜茶やホット・チョコレート、茹で餃子を頼めるよ」
ホット・チョコレートと聞いて、シドニーの瞳が星のように輝いた。弟の大好物で、最近は毎日のように飲んでいるのだ。
「ひとまず、端に寄ろう」
エミリオは声をかけた。立ち止まると流れを阻んでしまうため、四人は壁際へと身を寄せた。
「姉様、カウンターにいっていいですか?」
シドニーはエイミーの袖をちょんと引き、小声で訊ねた。
「後で一緒にいきましょ」
エイミーは優しく弟の頭を撫でてから、アンジスタに向き直った。
「先日は、優勝おめでとうございます。素晴らしい試合で、本当に見応えがありました。息が詰まるほど面白かったです」
「ありがとう。勝利の百合はエミリオではなく、エイミー嬢に捧げれば良かったな」
冗談めかしてアンジスタがいうと、エイミーは思わずといった風に笑った。
「お義兄さまに渡してくださって、ありがとうございました」
「僕は気色悪かった」
低く呟くエミリオ。アンジスタは
「不快にさせて悪かった。次は選手として対戦しよう」
「ああ」
「ふたりの試合が見られたら、嬉しいわ」
「次は、エイミー嬢に百合を捧げても?」
芝居がかった調子で、アンジスタが訊ねた。
「次なんてない。僕が勝つ」
間髪を入れずに割りこんだエミリオに、エイミーもアンジスタも声をあげて笑った。氷上に一瞬、春めいた和やかさが咲く。
だがエミリオの胸には、別の棘が芽吹いていた。
エイミーの頬は紅潮し、はにかんだ微笑を浮かべている。その眼差しはアンジスタへ……いや、正しくは彼の
僅かに逸れた視線にアンジスタも気づいてしまった。興味を引かれたように、いや、それ以上の何かを探るように、彼はエイミーをまじまじと見返していた。
「ホット・チョコレートをもらいにいこうか」
空気を断ち切るように、エミリオはいった。シドニーが待ってました! とばかりに破顔し、うんうんと頷いている。
「エミリオ、双子の王子と王女がきているよ」
アンジスタが思いだしたように告げた。
「判ってる、後で両親と挨拶にいく」
面倒だが仕方ない。表情にはださないが、つい平坦な声になった。
心中察したようにアンジスタは微笑を浮かべると、
今夜の名簿には、公爵家に
氷上を優雅に滑る双子の王子と王女に、うら若き令嬢や令息たちは
エミリオも、王女の婚約候補として名を挙げられていることは知っていた。しかし一片の興味もなかく、むしろ煩わしい縁談の火種としか思えなかった。
エイミーとシドニーも高貴な招待客に対する関心は薄そうだ。殊にシドニーは白い湯気が
暖かい飲み物で一息ついた後、
そろそろ氷上の幻想舞踏が始まるので、その前に両親と合流し、主賓への挨拶を済ませねばならない。
スケートに興じていた他の客人も広間に集まっており、そのなかには王族の姿もあった。
公務として訪れている王子と王女は礼儀正しく、表情は整えられていたが、王女の眼差しに熱を感じて、エミリオは憂鬱になった。
「美しい王女様ね」
挨拶の列から外れたところで、エイミーが小声で囁いた。
「……そうだね」
「お義兄さま、お見合いなさるの?」
「しないよ」
淡々と返した瞬間、母の視線が突き刺さった。
「気持ちはわかるけど、リオ。高貴な女性を、鼻であしらうような真似はできなくてよ。断るにしても、誠意は示しなさい」
釘をさされて、エミリオは黙った。
不意に――指先が眉間を突いた。驚いて顔をあげると、エイミーが悪戯っぽい目をしてこちらを見ていた。
「銀色の眉根が寄ってたから、押してみたの」
「……それは、ごめん……」
いや、謝る必要あるか?
反射的にその指を掴み、軽く睨みつける。エイミーは目を丸くして小さく息を呑んだ。
「眉根が寄ってるからって、人の眉間を押していい理由にはならない。まさか……こんな真似を、他の男にもしているんじゃないだろうね?」
「まさか! しないわ」
きっぱり否定する声に、なお疑念をこめて目を細める。
この義妹は、意外とスキンシップに躊躇いがないのだ。男心の機微を判ってやっているのか不明だが、妙に小悪魔めいた仕草をすることがある。
──あるいは、そう感じる自分に問題があるのだろうか?
胸の奥をざわめかせるのは、彼女の所作そのものよりも、それを意識してしまう自分自身なのかもしれなかった。
十二月の終わりに、エミリオは十五歳になった。
弟妹の今年の誕生日はリクエスト制だったので、エミリオも晩餐の席で、次の実戦に同行させてほしいと父に願いでてみた。
これまでにも何度かくちにしたことはあるが、まだ早いと一度も許されなかったことだ。今日も断られるかと思ったが、
「判った。次は連れていこう」
父は、エミリオの目を見て頷いた。
「! ……ありがとうございます」
ようやく父に認められたことが、誇らしくて、嬉しかった。
晩餐の後、ある種の高揚感に包まれたまま、部屋に戻ろうとするエイミーをエミリオは呼び止めた。
「なぁに?」
「あのさ、朝シドニーがでかける時にするように、僕にもキスをしてくれる?」
振り向いたエイミーに、前から思っていたことをいってみた。
ずっと弟が羨ましかったのだ。その気持ちは疚しいことではないと自分のなかで結論がでていたので、軽い気持ちで提案できたのだが、真っ赤になってしまったエイミーを見て、つられて赤くなってしまった。
冷静に考えると、すごいことをくちにした気がする。いくら誕生日だからといって、高揚感のあまり、気が大きくなり過ぎていたかもしれない。
「……無理はしなくていいよ」
助け船をだすつもりでいうと、ぱっとエイミーは顔をあげた。背伸びをしてエミリオの肩に手を乗せる。反射的に少し屈みこむと、頬に柔らかな感触がした。
「無理じゃないよ。今度から、そうするね」
一瞬のことで、咄嗟に反応できなかった。
頬にキスをされたのだと理解した瞬間、首からうえが燃えるように熱くなった。
掌で頬を押さえながら、エイミーをじっと見つめる。
彼女は視線を泳がせ、いつもの癖で、照れ隠しからエミリオの
「ぇっ……」
小さな驚きの声をあげるエイミー。
「どうかした?」
「いえ、なんでも……」
そばかすの散った頬が、林檎のように赤く染まっている。照れた表情が、すごくかわいらしかった。
──自分も返礼のキスをして良いだろうか?
手を伸ばそうか迷っていると、
「お休みなさい」
逃げるように踵をかえす背を、ただ茫然と見送るしかなかった。
(……今度から……また、してくれるのか。新学期が楽しみだな)
こんなにも浮かれた気分になったのは、生まれて初めてだった。
夢見心地で、部屋に戻るまでの足取りは、現実味がないほど軽く感じられた。
浮ついた気持ちは、寝るときになっても収まらなかった。
夜、明かりを落とした寝台にあおのき目をつむると、エイミーの恥じらう姿が思いだされた。
想像のなかで、エイミーの手をひき寄せ……左腕で彼女を抱き、もう片方の手を彼女の顎にかけ、上向かせて、くちびるをふさいだ。柔らかな感触を食み、吐息を奪って――
そこで目を開けた。
胸の鼓動が、激しく打っていた。
想像のなかとはいえ、ついに一線を越えてしまった。
頬へのキスは親愛の範疇といえるが、くちびるは違う。あんな風には、家族にしない。
――ずっと考えまいとしてきたのに。
許されない衝動だから、意識して、あるいは無意識に、妹として大切にしようと
他の誰にも惹かれたことはなかったのに。義妹を、エイミーを、こんなにも意識している。
正常さを欠いているのだろうか? まだ引き返せる? 眠れば忘れられるだろうか?
……。
……。
……。
……無理だ。
頭からエイミーのことが離れない。
彼女が目の前にいなくても、こうしてひとりでいるときに、想いを寄せている。
――もう、誤魔化せない。
この感情は、この気持ちがそうだというなら、義妹を、エイミーを好きになってしまった。
エイミーに恋をしている。