残酷少女と悪魔の団欒
残酷少女と悪魔の団欒 - 2 -
とある日の晩餐。
シャンデリヤに照らされた縦長の優美な食卓には、定番の挽肉の玉ねぎあえ、子鳩のソテー、レンズ豆の煮込みスープが並んでいる。
家人達は各々決められた椅子に座り、赤ワインや白ワイン、コニャックにウォッカ、各々好きな酒を飲んでいる。
「私、これ好きじゃない」
メグはふて腐れた顔で、レンズ豆のスープを遠ざけた。美しい母、マリアリリスは上品な仕草で、ため息を落とす。
「メグちゃん、お豆はとっても栄養があるのよ」
「毎日、目玉焼きとホットケーキがいい」
不平を零すメグの頭を、隣に座る二番目の兄、レオナルドが撫でた。少々力が強く、頭が振り子のように左右に揺れる。
「好き嫌いしていると、背ぇ伸びないぞ?」
黒髪に蒼氷色 の瞳を持つ長身の次兄は、父のメフィスティに面影が似ている。彼もまた、魔性めいた美貌の持ち主だ。
「やだけど……」
それとこれとは話が別だ。旨そうに血のように赤いワインを飲むレオナルドを、メグは上目遣いで睨んだ。
あの液体が苦く、喉を焦がすほどに熱いということは、身を以て経験している。大好きな家族ではあるが、食の好みはまるで違う。
家族は、蟠 った瘴気を好む。メグが食べるような固形物や水分は必要としないのだが、嗜好品として口にしているらしい。
どんなに煽っても酔っ払いやしないのに、今夜も、レオナルドは景気よくグラスを空けている。
「お姉様、僕が食べましょうか?」
小声で提案するシャルルを見て、メグはきらりと瞳を光らせた。ささっ、と隣の器に豆を残らず移す。
「もぉ、めぐちゃん。めっ!」
見咎めて、マリアリリスは睨むが大して怖くはない。
「今日は何をして遊んだ?」
真鍮の小箱から葉巻煙草を取り出しながら、長兄のサタナキアが問うた。
白金髪に蒼氷色の瞳を持つ、貴公子のように華やかな容姿をしている。どこか鋭利な刃物を連想させるレオナルドとは、また違った美貌の持ち主だ。
「サタナキア。食事中はおやめなさい」
まだ火のついていない咥え煙草を、マリアリリスが取り上げた。サタナキアは軽く肩をすくめただけで、大人しく小箱を閉じた。
「夢で遊んだの」
「そう。楽しかった?」
「うん。ねぇ、切り裂き魔の夢を、今度覗いても良い?」
甘えたようにメグが言うと、サタナキアは微苦笑を浮かべた。
「あれは性質の悪い夢だ。覗いてはいけないよ」
「どう性質が悪いっていうの」
「下劣で残虐非道、身の毛もよだつ恐怖さ。悪魔に魂を売り渡した、人間の皮を被った化物の仕業だね」
悪魔であるサタナキアが、それほどまでに言うとは。ますます気になってしまう。見てみたい……
「いけないよ」
「でも」
「いけない」
「……」
二度も繰り返され、ふて腐れ気味にメグは頷いた。
「でもキアもレオも、犠牲者達の夢を食べているんじゃないの?」
「ま、そりゃな。すげーうめぇし」
手酌でワインを注ぎながら、レオナルドが応えた。
「じゃぁ、放っておくの?」
いかにも、とレオナルドは人の悪い笑みを浮かべた。
「殺すには惜しい。質のいい悪夢を狩れるから、俺は大歓迎だぜ」
家族は、人間の精気を糧にしている。
狩りの方法は幾つかあり、中でも夢を操る手法は、彼等の得意とするところだ。
眠る人間に、欲に塗れた夢を見せることもあるが、大抵は身の毛もよだつ悪夢を見せて、恐怖心を貪っている。
貪られた相手は、餌食になったとは露知らず目を覚ます。むしろ、淀みは晴れて爽快であろう。
ただし、悪魔に魅入られれば、やがて衰え、じわじわと死に至らしめる。
家族はめったにそこまではしない。良質の悪夢を見る人間は、殺さない程度に食餌しているらしい。
「……ねぇ、ひょっとして、切り裂き魔の正体を知っているの?」
千里眼を持つ彼等なら、ありえない話ではない。
「まぁな」
「レオナルド」
瞳を輝かせてメグが口を開く前に、窘めるように長兄が口を挟み、
「もう、その話題はやめましょう。ね? メグちゃんの教育に悪いわ」
マリアリリスがとどめをさした。
兄弟達は肩をすくめて口を噤んでしまう。この興味深い話題を、メグはもっと掘り下げたかったが、そんな雰囲気ではない……
食事を終え、アイロンの利いたナプキンを畳む頃、マリアリリスは手を鳴らした。
「音楽がいいわ」
そう言って、少女のように無邪気に微笑んだ。
食事を終えても、皆すぐには部屋に戻らない。グランド・ホールに残ったまま、団欒を愉しむのだ。
マリアリリスは繊手を鍵盤に乗せると、優雅にパイプオルガンを奏で始めた。
煙る月夜にぴったりな、哀調の旋律が流れ出す。
音色が重なる――サタナキアは琴 をつま弾き、シャルルはヴァイオリンを、レオナルドはチェロを奏でる。
寝椅子で寛ぐ父のメフィスティは、メグを手招いた。傍へ寄ると、大きな手に頭を撫でられる。
彼等のように上手に演奏のできないメグは、いつもメフィスティと一緒に耳を傾けている。父は何でも上手に楽器を奏でるが、メグが寂しい思いをしないように、音楽会が始まると、こうして傍にいてくれるのだ。
「……綺麗な音ね」
哀調のメロディに耳を傾けながら、メグはメフィスティの膝に頭を乗せた。
シャンデリヤに照らされた縦長の優美な食卓には、定番の挽肉の玉ねぎあえ、子鳩のソテー、レンズ豆の煮込みスープが並んでいる。
家人達は各々決められた椅子に座り、赤ワインや白ワイン、コニャックにウォッカ、各々好きな酒を飲んでいる。
「私、これ好きじゃない」
メグはふて腐れた顔で、レンズ豆のスープを遠ざけた。美しい母、マリアリリスは上品な仕草で、ため息を落とす。
「メグちゃん、お豆はとっても栄養があるのよ」
「毎日、目玉焼きとホットケーキがいい」
不平を零すメグの頭を、隣に座る二番目の兄、レオナルドが撫でた。少々力が強く、頭が振り子のように左右に揺れる。
「好き嫌いしていると、背ぇ伸びないぞ?」
黒髪に
「やだけど……」
それとこれとは話が別だ。旨そうに血のように赤いワインを飲むレオナルドを、メグは上目遣いで睨んだ。
あの液体が苦く、喉を焦がすほどに熱いということは、身を以て経験している。大好きな家族ではあるが、食の好みはまるで違う。
家族は、
どんなに煽っても酔っ払いやしないのに、今夜も、レオナルドは景気よくグラスを空けている。
「お姉様、僕が食べましょうか?」
小声で提案するシャルルを見て、メグはきらりと瞳を光らせた。ささっ、と隣の器に豆を残らず移す。
「もぉ、めぐちゃん。めっ!」
見咎めて、マリアリリスは睨むが大して怖くはない。
「今日は何をして遊んだ?」
真鍮の小箱から葉巻煙草を取り出しながら、長兄のサタナキアが問うた。
白金髪に蒼氷色の瞳を持つ、貴公子のように華やかな容姿をしている。どこか鋭利な刃物を連想させるレオナルドとは、また違った美貌の持ち主だ。
「サタナキア。食事中はおやめなさい」
まだ火のついていない咥え煙草を、マリアリリスが取り上げた。サタナキアは軽く肩をすくめただけで、大人しく小箱を閉じた。
「夢で遊んだの」
「そう。楽しかった?」
「うん。ねぇ、切り裂き魔の夢を、今度覗いても良い?」
甘えたようにメグが言うと、サタナキアは微苦笑を浮かべた。
「あれは性質の悪い夢だ。覗いてはいけないよ」
「どう性質が悪いっていうの」
「下劣で残虐非道、身の毛もよだつ恐怖さ。悪魔に魂を売り渡した、人間の皮を被った化物の仕業だね」
悪魔であるサタナキアが、それほどまでに言うとは。ますます気になってしまう。見てみたい……
「いけないよ」
「でも」
「いけない」
「……」
二度も繰り返され、ふて腐れ気味にメグは頷いた。
「でもキアもレオも、犠牲者達の夢を食べているんじゃないの?」
「ま、そりゃな。すげーうめぇし」
手酌でワインを注ぎながら、レオナルドが応えた。
「じゃぁ、放っておくの?」
いかにも、とレオナルドは人の悪い笑みを浮かべた。
「殺すには惜しい。質のいい悪夢を狩れるから、俺は大歓迎だぜ」
家族は、人間の精気を糧にしている。
狩りの方法は幾つかあり、中でも夢を操る手法は、彼等の得意とするところだ。
眠る人間に、欲に塗れた夢を見せることもあるが、大抵は身の毛もよだつ悪夢を見せて、恐怖心を貪っている。
貪られた相手は、餌食になったとは露知らず目を覚ます。むしろ、淀みは晴れて爽快であろう。
ただし、悪魔に魅入られれば、やがて衰え、じわじわと死に至らしめる。
家族はめったにそこまではしない。良質の悪夢を見る人間は、殺さない程度に食餌しているらしい。
「……ねぇ、ひょっとして、切り裂き魔の正体を知っているの?」
千里眼を持つ彼等なら、ありえない話ではない。
「まぁな」
「レオナルド」
瞳を輝かせてメグが口を開く前に、窘めるように長兄が口を挟み、
「もう、その話題はやめましょう。ね? メグちゃんの教育に悪いわ」
マリアリリスがとどめをさした。
兄弟達は肩をすくめて口を噤んでしまう。この興味深い話題を、メグはもっと掘り下げたかったが、そんな雰囲気ではない……
食事を終え、アイロンの利いたナプキンを畳む頃、マリアリリスは手を鳴らした。
「音楽がいいわ」
そう言って、少女のように無邪気に微笑んだ。
食事を終えても、皆すぐには部屋に戻らない。グランド・ホールに残ったまま、団欒を愉しむのだ。
マリアリリスは繊手を鍵盤に乗せると、優雅にパイプオルガンを奏で始めた。
煙る月夜にぴったりな、哀調の旋律が流れ出す。
音色が重なる――サタナキアは
寝椅子で寛ぐ父のメフィスティは、メグを手招いた。傍へ寄ると、大きな手に頭を撫でられる。
彼等のように上手に演奏のできないメグは、いつもメフィスティと一緒に耳を傾けている。父は何でも上手に楽器を奏でるが、メグが寂しい思いをしないように、音楽会が始まると、こうして傍にいてくれるのだ。
「……綺麗な音ね」
哀調のメロディに耳を傾けながら、メグはメフィスティの膝に頭を乗せた。