残酷少女と悪魔の団欒
残酷少女と悪魔の団欒 - 3 -
夜のしじま。
寝返りをうつばかりで、一向に睡魔が訪れない。そうして一刻が過ぎた頃、メグは諦めて身体を起こした。どうせ眠れないのなら、好きなことをして遊んでいたい。
遊び相手を探して、メグは部屋を抜け出した。
洋燈 に明かりを灯して、仄暗い廊下を歩く。
真夜中だが、家族の誰かしらは起きているはずだ。
なにせ、悪魔は睡眠を必要としない。
読書家のサタナキアやメフィスティは、一晩中でも本を読んでいるし、マリアリリスは絵画に没頭していたりする。
時には、メグも一緒に絵を描くが、何を描いてもべたべたと黒く塗り潰された不気味な仕上がりになってしまうので、最近はあまり描いていない。サタナキアは前衛的だと褒めてくれるが、レオナルドには精神を病んでいるのか、と半ば本気で心配されてしまう始末だ。
長兄のサタナキアは城で静かに過ごすことを好むが、次兄のレオナルドは夜遊び好きで、大抵の夜は王都へ繰り出すか、或いは上位次元 を渡って狩をしている。
ちなみに、シャルルは睡眠を必要としないくせに、メグの寝床に頻繁に潜りたがる。
今夜、傍にいないということは、彼も王都へ繰り出しているのだろう。
案の定、シャルルの部屋の扉を鳴らしたが、返事はなかった。
「……なによ、自分ばっかり」
いつもは追い払っても、しつこくメグの後をついてくる癖に、夜になればメグを置いて出掛けてしまう。非情な弟だ。
「メグ?」
背中に声をかけられて、思わず肩が撥ねた。振り向けば、闇の中にレオナルドが立っている。
「驚かさないで」
家族は、常に気配を消して動く習性がある。メグが嫌がるので、最近は気をつけているようだが、今みたいな不意打ちが偶にある。レオナルドは少々罰の悪い表情でメグを見た。
「悪い。こんな時間に、どうした?」
「目が覚めちゃったの。ねぇ、出掛けるなら私も連れていって」
上目遣いにお願いをすると、レオナルドは困ったように腕を組んだ。
「もう寝る時間じゃないのか?」
「眠れないんだもの」
「眠るまで、傍にいてやろうか?」
寝かしつけられてたまるものか、と頭を撫でる優しい手を、メグは煩げに振り払った。
「連れていってよ。シャルだって勝手に抜け出しているんだから、いいでしょう?」
弟の癖に、メグより夜更かしが許されるなんて納得がいかない。
「あいつは……まぁ」
「シャルばっかりずるい!」
「今夜は王都に遊びに行くわけじゃないよ。狩りに行こうと思ってたんだ」
「私も行きたい」
「明日の昼なら、王都に連れて行ってやるよ」
「今がいい」
「メグを狩りに連れて行くと、キアとマリアが煩いんだよなぁ……」
前はそうでもなかったのに、切り裂き魔が王都に現れてから、家族の心配性は酷くなったように思う。
「絶対に邪魔はしないから、お願い連れて行って」
「うーん……」
「お願い」
「今夜の狩りは、ちょっとアレだしなぁ……」
「……」
「……しょうがないなぁ」
必死に見つめていると、想いが通じたのか、ついにお許しが出た。レオナルドは苦笑と共に、メグの頭を撫でる。
「わーい」
なんだかんだ言って、レオナルドはメグに甘い。
「じゃあ、メグのベッドに行こう」
「はーい」
出来損ないのメグは、自力で上位次元 に渡れない。
毎回、意識を誰かに引き上げてもらわねばならない。その間、身体は抜け殻のようにそこにある。メグ以外の家族は、存在ごと変幻させられるのだが、メグはまるで幽体離脱したかのように、身体を置いて意識だけを飛ばすのだ。
再びベッドに横になると、レオナルドは優しくメグにシーツをかけて、あやすように上から、ぽんぽんと叩いた。
「……寝かしつけようとしていない?」
「子供は寝る時間だよ」
「もー……」
「眠れそうにない?」
「連れて行ってよ!」
焦れたようにメグが言うと、レオナルドは軽く肩をすくめてみせた。同意とみて目を閉じると、意識は深く沈み込んでいく……
気がつけば、薄靄かかる空間に、レオナルドと共に浮いていた。ここはもう、上位次元だ。
眼下には、大小様々な無数の明かりが浮いている。一つ一つが人間の見ている夢だ。
「今夜は誰?」
「あいつさ」
手を引かれて、雲を突きぬけて下界へ降りるように、メグは宙を落下した。今宵の晩餐 に接続するのだ。
「孤児を集めて、金持ちに売り飛ばしている男だよ」
「ふぅん」
いびきをかいて眠っている男。
でっぷりとした死の商人は、夢の中までも、子供に値段をつけて売り飛ばしていた。薄汚れたローブを頭から被った男に、今まさに縄に戒められた少年を売り渡そうとしている。
俯く少年の顔はよく見えないが、絹糸のような白金色の髪が美しい。
きっと、高額な値がついたのだろう。強欲な商人は、金勘定をしてほくそ笑んでいる。
「酷い奴。碌な死に方しないわね」
呆れたようにメグが言うと、レオナルドは皮肉げな笑みを浮かべた。
「日頃の行いのおかげで、俺みたいな悪魔に狙われるわけだ」
「たっぷり食べていいよ」
腕を組んで、メグはどこか高飛車に告げた。ありがたく、とレオナルドは愉しげに笑う。
「こいつは最後まで喰らい尽くすと決めていたんだ。今夜が最期だ」
魔性を宿して、瞳が青く光る。精気吸収の手綱を緩め、レオナルドは思いきり食らい尽くした。
子供を攫い続けた、死の商人。
男の見る悪夢は無限地獄。
自分が売り飛ばした子供達から、延々逃げ続けなければならない。眼が覚めてもまだ夢の中……精気が尽きるまで、永遠に終わらない夢を見続ける。
窓から陽が射した――
宝石を散りばめた豪華なベッド。
でっぷりした身体を横たえて、もう二度と、男が目覚めることはない。
寝返りをうつばかりで、一向に睡魔が訪れない。そうして一刻が過ぎた頃、メグは諦めて身体を起こした。どうせ眠れないのなら、好きなことをして遊んでいたい。
遊び相手を探して、メグは部屋を抜け出した。
真夜中だが、家族の誰かしらは起きているはずだ。
なにせ、悪魔は睡眠を必要としない。
読書家のサタナキアやメフィスティは、一晩中でも本を読んでいるし、マリアリリスは絵画に没頭していたりする。
時には、メグも一緒に絵を描くが、何を描いてもべたべたと黒く塗り潰された不気味な仕上がりになってしまうので、最近はあまり描いていない。サタナキアは前衛的だと褒めてくれるが、レオナルドには精神を病んでいるのか、と半ば本気で心配されてしまう始末だ。
長兄のサタナキアは城で静かに過ごすことを好むが、次兄のレオナルドは夜遊び好きで、大抵の夜は王都へ繰り出すか、或いは
ちなみに、シャルルは睡眠を必要としないくせに、メグの寝床に頻繁に潜りたがる。
今夜、傍にいないということは、彼も王都へ繰り出しているのだろう。
案の定、シャルルの部屋の扉を鳴らしたが、返事はなかった。
「……なによ、自分ばっかり」
いつもは追い払っても、しつこくメグの後をついてくる癖に、夜になればメグを置いて出掛けてしまう。非情な弟だ。
「メグ?」
背中に声をかけられて、思わず肩が撥ねた。振り向けば、闇の中にレオナルドが立っている。
「驚かさないで」
家族は、常に気配を消して動く習性がある。メグが嫌がるので、最近は気をつけているようだが、今みたいな不意打ちが偶にある。レオナルドは少々罰の悪い表情でメグを見た。
「悪い。こんな時間に、どうした?」
「目が覚めちゃったの。ねぇ、出掛けるなら私も連れていって」
上目遣いにお願いをすると、レオナルドは困ったように腕を組んだ。
「もう寝る時間じゃないのか?」
「眠れないんだもの」
「眠るまで、傍にいてやろうか?」
寝かしつけられてたまるものか、と頭を撫でる優しい手を、メグは煩げに振り払った。
「連れていってよ。シャルだって勝手に抜け出しているんだから、いいでしょう?」
弟の癖に、メグより夜更かしが許されるなんて納得がいかない。
「あいつは……まぁ」
「シャルばっかりずるい!」
「今夜は王都に遊びに行くわけじゃないよ。狩りに行こうと思ってたんだ」
「私も行きたい」
「明日の昼なら、王都に連れて行ってやるよ」
「今がいい」
「メグを狩りに連れて行くと、キアとマリアが煩いんだよなぁ……」
前はそうでもなかったのに、切り裂き魔が王都に現れてから、家族の心配性は酷くなったように思う。
「絶対に邪魔はしないから、お願い連れて行って」
「うーん……」
「お願い」
「今夜の狩りは、ちょっとアレだしなぁ……」
「……」
「……しょうがないなぁ」
必死に見つめていると、想いが通じたのか、ついにお許しが出た。レオナルドは苦笑と共に、メグの頭を撫でる。
「わーい」
なんだかんだ言って、レオナルドはメグに甘い。
「じゃあ、メグのベッドに行こう」
「はーい」
出来損ないのメグは、自力で
毎回、意識を誰かに引き上げてもらわねばならない。その間、身体は抜け殻のようにそこにある。メグ以外の家族は、存在ごと変幻させられるのだが、メグはまるで幽体離脱したかのように、身体を置いて意識だけを飛ばすのだ。
再びベッドに横になると、レオナルドは優しくメグにシーツをかけて、あやすように上から、ぽんぽんと叩いた。
「……寝かしつけようとしていない?」
「子供は寝る時間だよ」
「もー……」
「眠れそうにない?」
「連れて行ってよ!」
焦れたようにメグが言うと、レオナルドは軽く肩をすくめてみせた。同意とみて目を閉じると、意識は深く沈み込んでいく……
気がつけば、薄靄かかる空間に、レオナルドと共に浮いていた。ここはもう、上位次元だ。
眼下には、大小様々な無数の明かりが浮いている。一つ一つが人間の見ている夢だ。
「今夜は誰?」
「あいつさ」
手を引かれて、雲を突きぬけて下界へ降りるように、メグは宙を落下した。今宵の
「孤児を集めて、金持ちに売り飛ばしている男だよ」
「ふぅん」
いびきをかいて眠っている男。
でっぷりとした死の商人は、夢の中までも、子供に値段をつけて売り飛ばしていた。薄汚れたローブを頭から被った男に、今まさに縄に戒められた少年を売り渡そうとしている。
俯く少年の顔はよく見えないが、絹糸のような白金色の髪が美しい。
きっと、高額な値がついたのだろう。強欲な商人は、金勘定をしてほくそ笑んでいる。
「酷い奴。碌な死に方しないわね」
呆れたようにメグが言うと、レオナルドは皮肉げな笑みを浮かべた。
「日頃の行いのおかげで、俺みたいな悪魔に狙われるわけだ」
「たっぷり食べていいよ」
腕を組んで、メグはどこか高飛車に告げた。ありがたく、とレオナルドは愉しげに笑う。
「こいつは最後まで喰らい尽くすと決めていたんだ。今夜が最期だ」
魔性を宿して、瞳が青く光る。精気吸収の手綱を緩め、レオナルドは思いきり食らい尽くした。
子供を攫い続けた、死の商人。
男の見る悪夢は無限地獄。
自分が売り飛ばした子供達から、延々逃げ続けなければならない。眼が覚めてもまだ夢の中……精気が尽きるまで、永遠に終わらない夢を見続ける。
窓から陽が射した――
宝石を散りばめた豪華なベッド。
でっぷりした身体を横たえて、もう二度と、男が目覚めることはない。