残酷少女と悪魔の団欒
残酷少女と悪魔の団欒 - 4 -
とある日の、晩餐後。
闇よりも黒い外套を羽織ったサタナキアの背中に、メグは駆け足で傍に寄った。
「キア! 出掛けるの?」
「ああ」
「私も連れて行って」
「え?」
「お願い。まだ眠くないんだもの。夜空を飛びたい」
「……最近、夜更かししていない?」
す、鋭い。
探るような眼差しに、メグは淡い笑みで応えた。先日、レオナルドの狩りについて行ったことを、知られているのだろうか……
「んー、いいよ」
逡巡した後、サタナキアは微笑んだ。やった、と喜ぶメグの隣で、シャルルはそわそわしてる。
「僕も行きたいです」
予想通りの言葉を聞いた途端に、メグは言いようのない苛立ちを感じた。
「駄目。シャルはお留守番」
「どうして?」
「私の方が先にお願いしたんだから。シャルは駄目」
傲慢に言い放つメグを、シャルルは恨めしそうに見た。
「ずるいよ、お姉様。僕も行きたいです」
「駄目ったら駄目」
きつく言うメグの頭に、サタナキアは手を乗せた。
「俺は構わないよ」
「だって……シャルがいたら、邪魔でしょ? 飛ぶ時とか……」
ふて腐れ気味に呟くと、シャルルは小さく瞳を瞠った。
「僕、一人で飛べます」
「……」
確かに、シャルルには翼がある。家族とお揃いの、漆黒の羽だ。メグが欲しくて欲しくてたまらないものを、シャルルは全て持っている。
「ふむ……」
サタナキアはメグの頬を、両手で包み込んだ。蒼氷色 の瞳に、今にも泣き出しそうなメグが映っている。
「しょうがないお姫様だな。今夜は二人で行こうか」
抱き上げられて、メグは首に腕を回してしがみついた。夏だというのに、上着を着込んだ彼の体温は相変わらずひんやりとしている。
しょげたように、肩を落とすシャルルを視界の端に捉えても、メグは何も言わなかった
「……シャルルはがっかりしていたよ」
部屋を出て二人になると、サタナキアは苦笑を零した。
「……」
「あの子は、メグが大好きなんだ」
「キアは?」
「ん?」
「シャルより、私の方が好き?」
愛を探して瞳を覗き込むメグを見て、サタナキアは微笑んだ。思わず、といった風にいとけない額に唇を落とす。
「大好きだよ。うちの家族は皆、メグのことが大好きなんだ」
バルコニーに出ると、サタナキアは闇よりも昏い、大きな翼を広げた。メグを横抱きにしたまま、空に足を踏み出す。
+
カサンドラ国。王都ルイ・ジャンは、昼も夜も賑やかだ。
闇夜に溶け込み、二人は王都を見下ろした。
豊かな丘に立つ王城を先頭に、四方に伸びる楡の並木道が、街の端まで伸びていく。
大きな木々は、昼ともなれば強い日射しを遮り、石切り場のようにひんやりとした、心地よい影を提供することだろう。
通りには、旅館、劇場、辻公園や聖堂があり、夜でも人の往来で賑わっている。
貧富の差に民は喘ぎ、急進派と保守派が政治の覇権を競っていても、天空にいては、美しい夜景に覆い尽くされ腐敗は見えない。
「私は、いつになったら翼が生えるんだろう」
美しい夜景を見下ろしながら、メグは自分の意志で素晴らしい夜景を見れないことを、残念に思った。
「そのうちね」
「そのうちっていつ?」
「大人になったら?」
「いつ大人になるの?」
質問攻撃を続けるメグを見て、サタナキアは額にキスをした。
「よく食べて、よく眠ったら」
「シャルはあんなに大きくなったのに。どうして私は、背が伸びないの?」
「少し伸びたよ」
「五センチね。シャルは一〇〇センチも伸びたのに」
不満そうにメグが言うと、ほら、とサタナキアは気を逸らすように声をかけた。
「見てごらん。謝肉祭が近いから、人間がいたるところで合唱している」
揃いの白い衣装をまとった少年達が、大聖堂に清らかな歌声を響かせている。天上の歌声に、悪魔のメグもサタナキアも耳を澄ませた。
「……綺麗な歌声ね」
「こんな歌声が響き渡ると、聖堂が欲に塗れた格好の狩場だということを忘れそうになるね」
彼が思うことも、宜 べなるかな……
崇高な信念を説く教会は、しばしば人道に外れた振る舞いをする。社会不安をもたらした存在に、あらぬ罪を着せて処刑する迫害様式は、彼等が広めたようなものだ。
「こうして見下ろしていると、とても綺麗なのにね」
「人間ほど上手に仮面を被る生き物はいないよ。信仰心さえあれば、どれだけ人を殺しても聖なる行いなんだから」
彼にしては珍しく、メグの前で異教徒狩りを嘲るように嗤った。
「外見だけじゃ、何も判らないよね」
優しい顔。綺麗な格好をしていても、おぞましい夢を見る人間はたくさんいる。
五年前は、特に酷かったと聞いた。
猛威を振るった疫病の根源は、毒殺散布とされ、罪のない憐れな健常者が、毒殺呪術の嫌疑にかけられ処刑されたのだ。
かの有名な、マガハラ大聖堂の処刑である。
一部の権威者達が、貧しい六名の人間を犠牲にして、街に暮らす数万人の心を救い上げた。
しかし――
その処刑のあまりの残酷さに、内外から批判の声が強まり、悪しき異教徒狩に終止符は打たれた。
人間は、しばしば物語の中で悪魔を残酷と評するが、本当に残酷なのは、果たしてどちらだろうか?
闇よりも黒い外套を羽織ったサタナキアの背中に、メグは駆け足で傍に寄った。
「キア! 出掛けるの?」
「ああ」
「私も連れて行って」
「え?」
「お願い。まだ眠くないんだもの。夜空を飛びたい」
「……最近、夜更かししていない?」
す、鋭い。
探るような眼差しに、メグは淡い笑みで応えた。先日、レオナルドの狩りについて行ったことを、知られているのだろうか……
「んー、いいよ」
逡巡した後、サタナキアは微笑んだ。やった、と喜ぶメグの隣で、シャルルはそわそわしてる。
「僕も行きたいです」
予想通りの言葉を聞いた途端に、メグは言いようのない苛立ちを感じた。
「駄目。シャルはお留守番」
「どうして?」
「私の方が先にお願いしたんだから。シャルは駄目」
傲慢に言い放つメグを、シャルルは恨めしそうに見た。
「ずるいよ、お姉様。僕も行きたいです」
「駄目ったら駄目」
きつく言うメグの頭に、サタナキアは手を乗せた。
「俺は構わないよ」
「だって……シャルがいたら、邪魔でしょ? 飛ぶ時とか……」
ふて腐れ気味に呟くと、シャルルは小さく瞳を瞠った。
「僕、一人で飛べます」
「……」
確かに、シャルルには翼がある。家族とお揃いの、漆黒の羽だ。メグが欲しくて欲しくてたまらないものを、シャルルは全て持っている。
「ふむ……」
サタナキアはメグの頬を、両手で包み込んだ。
「しょうがないお姫様だな。今夜は二人で行こうか」
抱き上げられて、メグは首に腕を回してしがみついた。夏だというのに、上着を着込んだ彼の体温は相変わらずひんやりとしている。
しょげたように、肩を落とすシャルルを視界の端に捉えても、メグは何も言わなかった
「……シャルルはがっかりしていたよ」
部屋を出て二人になると、サタナキアは苦笑を零した。
「……」
「あの子は、メグが大好きなんだ」
「キアは?」
「ん?」
「シャルより、私の方が好き?」
愛を探して瞳を覗き込むメグを見て、サタナキアは微笑んだ。思わず、といった風にいとけない額に唇を落とす。
「大好きだよ。うちの家族は皆、メグのことが大好きなんだ」
バルコニーに出ると、サタナキアは闇よりも昏い、大きな翼を広げた。メグを横抱きにしたまま、空に足を踏み出す。
+
カサンドラ国。王都ルイ・ジャンは、昼も夜も賑やかだ。
闇夜に溶け込み、二人は王都を見下ろした。
豊かな丘に立つ王城を先頭に、四方に伸びる楡の並木道が、街の端まで伸びていく。
大きな木々は、昼ともなれば強い日射しを遮り、石切り場のようにひんやりとした、心地よい影を提供することだろう。
通りには、旅館、劇場、辻公園や聖堂があり、夜でも人の往来で賑わっている。
貧富の差に民は喘ぎ、急進派と保守派が政治の覇権を競っていても、天空にいては、美しい夜景に覆い尽くされ腐敗は見えない。
「私は、いつになったら翼が生えるんだろう」
美しい夜景を見下ろしながら、メグは自分の意志で素晴らしい夜景を見れないことを、残念に思った。
「そのうちね」
「そのうちっていつ?」
「大人になったら?」
「いつ大人になるの?」
質問攻撃を続けるメグを見て、サタナキアは額にキスをした。
「よく食べて、よく眠ったら」
「シャルはあんなに大きくなったのに。どうして私は、背が伸びないの?」
「少し伸びたよ」
「五センチね。シャルは一〇〇センチも伸びたのに」
不満そうにメグが言うと、ほら、とサタナキアは気を逸らすように声をかけた。
「見てごらん。謝肉祭が近いから、人間がいたるところで合唱している」
揃いの白い衣装をまとった少年達が、大聖堂に清らかな歌声を響かせている。天上の歌声に、悪魔のメグもサタナキアも耳を澄ませた。
「……綺麗な歌声ね」
「こんな歌声が響き渡ると、聖堂が欲に塗れた格好の狩場だということを忘れそうになるね」
彼が思うことも、
崇高な信念を説く教会は、しばしば人道に外れた振る舞いをする。社会不安をもたらした存在に、あらぬ罪を着せて処刑する迫害様式は、彼等が広めたようなものだ。
「こうして見下ろしていると、とても綺麗なのにね」
「人間ほど上手に仮面を被る生き物はいないよ。信仰心さえあれば、どれだけ人を殺しても聖なる行いなんだから」
彼にしては珍しく、メグの前で異教徒狩りを嘲るように嗤った。
「外見だけじゃ、何も判らないよね」
優しい顔。綺麗な格好をしていても、おぞましい夢を見る人間はたくさんいる。
五年前は、特に酷かったと聞いた。
猛威を振るった疫病の根源は、毒殺散布とされ、罪のない憐れな健常者が、毒殺呪術の嫌疑にかけられ処刑されたのだ。
かの有名な、マガハラ大聖堂の処刑である。
一部の権威者達が、貧しい六名の人間を犠牲にして、街に暮らす数万人の心を救い上げた。
しかし――
その処刑のあまりの残酷さに、内外から批判の声が強まり、悪しき異教徒狩に終止符は打たれた。
人間は、しばしば物語の中で悪魔を残酷と評するが、本当に残酷なのは、果たしてどちらだろうか?