メル・アン・エディール - 飛空艦と少女 -

1章:古代神器の魔法 - 1 -

 XXXX年。八月。
 十六歳、高校一年生の葛城飛鳥かつらぎあすかは、夏休みに家族全員で、生まれて初めての海外旅行を楽しんでいた。
 行先は、眩しい太陽の降り注ぐアメリカ西海岸。
 日頃は引きこもりがちな飛鳥だが、カリフォルニアに到着してから、アグレッシブな母と姉に引きずられて、毎日あちこちへ繰り出していた。
 夢の詰まったディズニーランド、霧のかかるゴールデン・ゲートブリッジ、絶景のアルカトラズ監獄島、バック・トゥ・ザ・ヒューチャーの時計塔、ユニバーサル・スタジオ、そして美しい海に抱かれた丘の街サンフランシスコ。観光はもちろん、うんざりするほど買いものにも付き合わされた。
 観光最終日の今日は、スヌーピーと仲間たちが迎えてくれるテーマパーク、ナッツベリー・ファームへ行く予定だ。絶叫マシンがたくさんあると聞いているので、とても楽しみにしている。
 ホテルから直通のマイクロバスが出ており、三時間もすれば到着予定だ。
 連日の観光疲れから、飛鳥はバスに乗るなり、石のごとく座席に沈み込む。しかし、出発から三十分も経たないうちに、姉のしずくが容赦なく揺さぶってきた。

「飛鳥、見て見て」

「お姉ちゃん、寝かせてよぉ……」

 飛鳥とは違う、白くほっそりした手を振り払っても、雫は諦めてくれない。安眠マスクをしている飛鳥に、酷い仕打ちである。

「すごくない? 気付いたら五百枚も撮ってた」

 あまりにもしつこいので、仕方なく安眠マスクをずらした。雫はデジカメを操作して、飛鳥の前でスライド再生を始める。

「サンフランシスコ、綺麗だったねー」

 明るく染めたふわふわの髪を揺らして、雫は可愛らしく微笑んだ。

「そうだねぇ……」

 確かに、青空に映える港に面した街並みは、心を奪われるくらい美しかった。思わず足を止めて、目の前の光景を瞳の奥に焼きつけたほどだ。

「飛鳥、可愛く写ってるよ」

「そうかなぁ」

 飛鳥は不服そうな顔をした。雫はいつも通り可愛く映っているが、隣に並ぶ飛鳥は、色白で華奢な雫と比べて色黒で太って見える……。

「私変な顔してる」

 消してやろうと手を伸ばしたら、姉にぴしゃりと叩かれた。
 写真は苦手だ。撮る時は自然に笑っているつもりでも、後から見ると笑顔がぎこちなく見える。雫は、たくさん撮れば何枚かは気に入るから、とにかく撮れと言うが、なかなかそうは思えない。

「こんなに撮って、現像するの?」

「するよー」

「全部?」

「ざっと見て、いらないの捨てたら全部現像する」

「すごい枚数になりそうだね」

 写真好きな雫は、結構いいカメラを使っている。これは確か、十万円以上したはずだ。現像のし甲斐もあるだろう。

「いろいろ行ったよねー、飛鳥はどこが良かった?」

「サンフランシスコかなぁ」

「ずっと見てたもんね」

 ちょうどスライド再生も、サンフランシスコ観光に差し掛かった。

「お姉ちゃんは?」

「ロスかなぁ、お買いもの楽しかったしね。あとディズニーランド。ずっと行ってみたかったから、行けて良かった」

「お姉ちゃん、買い物はもうお終い?」

「んーん、明日また買う」

「え、まだ買うの?」

 雫は自分の買い物はもちろん、友達や同僚にも菓子や酒など、山ほど買い込んでいた。

「欲しいコスメがあるんだよね」

 ふぅん、と頷こうとしたところで、突然――戦闘機が空を駆け抜けるような轟音が聞こえた。

「何っ!?」

 飛鳥は叫んだ。周囲の乗客も不安そうに、窓の外を見ている。次いで「あれ!」といった驚きの声がいくつも上がった。

「何あれ」

 飛鳥と雫も、窓から空を見上げて目を丸くした。
 何か、とてつもなく巨大な、真っ赤に燃えたものが、轟音と共に近づいてくる。流れ星なんてものじゃない、もっとずっと大きい――隕石だ。既に大気圏を突き抜けて、長い灰煙の尾を引きながら、地面に向かって空を斜めに走ってくる。
 バスの中は恐慌状態に陥った。
 両親も心配そうに周囲を見渡している。
 周囲から「止めろ!」という声が幾つも上がったが、運転手は戸惑いながらもバスを走らせた。高速で走る周囲の車の流れに逆らえないのだ。スピードを落とせば事故になりかねない。

「やばくない?」

 雫は飛鳥の腕に触れながら、不安そうに呟いた。飛鳥も同じ気持ちだ。飛鳥だけじゃない、全員が最悪の想像をしていた。

「やばいやばい、こっち来るよ」

「やだっ」

 窓硝子は悲鳴を上げるように細かく振動している。バスの隣を走る車がブレーキを踏み、後続車と衝突して火柱を噴き上げた。悲惨な玉突き事故が次々と起こる。
 いよいよ空は真っ白に光り、飛鳥は雫と手を取り合った――。