メル・アン・エディール - 飛空艦と少女 -

1章:古代神器の魔法 - 4 -

 気まずくて顔を上げられずにいる間、男の観察するような視線を全身に感じた。

“年は? 子供が、何故ここに……”

 肩にかけてくれた上着の重みを感じながら、恐る恐る顔を上げると、思慮深い双眸に見下ろされていた。彼ならば力になってくれるかもしれない、そんな淡い期待が胸に起こる。

“空母に連れて行かなくては……。大人しくついて来るか?”

 空母とは何だろう……。どんな所かは判らないが、いずれにしても、ここにいても仕方がない。
 飛鳥は勇気を出して顔を上げると、勇気が萎んでしまう前に口を開いた。

「あの、葛城飛鳥と言います。どうか、よろしくお願いします」

 お辞儀をすると、男は瞠目した。

『カトゥギアスカ?』

「葛城です」

 何度か繰り返したが、カツラギの発音が難しいらしく、“カトゥアギ”になってしまう。どうしても自分の名前に聞こえず、落ち着きが悪いので下の名前で呼んでもらうことにした。

「飛鳥、です」

『アスカ』

「はい!」

 笑いかけたら、男も微笑んでくれた。思わずドキッとするほど、魅力的な笑顔だ。

『**ルーシー・アッシュバード******……』

「ルーシー、アッシュバードさん?」

 完璧に復唱したつもりであったが、微妙に違うらしく何度か訂正された。「ルーシー」と繰り返すので、お言葉に甘えて「ルーシー」と呼ばせてもらうことにする。なんだか可愛らしい響きだ。

『アスカ、***********』

「はい」

 差し出された手を掴もうとしたら、袖が長すぎて指先すら出せなかった。慌てて袖から手を出そうとする飛鳥を見て、ルーシーは小さく笑う。

“子供だな”

 あらためて差し出された手を掴むと、膝裏に腕を入れられて、小さな子を抱き上げるように、片腕で持ち上げられた。

「えっ!?」

 決して軽いとは言えない飛鳥を、ルーシーは軽々と片腕で持ち上げた。すらりとした外見からは想像もつかない程、触れる腕も肩も鋼のように硬い。
 暫し瞳に互いの姿を映して、見つめ合った。ルーシーの瞳は、光の加減で紫にも青にも見える。星屑のような金色の光が煌めいていて、まるでオーロラのようだ。よく見れば、耳の形は妖精のように少し尖っている。
 人知を超えた美貌に、不意をつかれて見惚れていると、ルーシーは飛鳥をしっかりと抱え直した。

“大人しいな。今のうちに……”

 小島に接舷していた飛空船には、いつの間にかタラップが架けられていた。甲板に兵士達の姿がちらほら見える。
 タラップの下段は地面から一メートル程離れているが、ルーシーは飛鳥を抱えたまま、軽く跳躍して飛び乗った。

「えっ!?」

 驚異的な跳躍を目の当たりにして、飛鳥は目を丸くした。素晴らしい身体能力だ。ルーシーはちらりと見ただけで、すぐに視線を戻すと、あっという間に甲板の上に降り立った。

『******?』

“大人しいな”

 この世界の人間は皆、彼のように優れた身体能力を持っているのだろうか。疑問に思っている間に、ルーシーは丁寧な仕草で、飛鳥を甲板の上に降ろした。
 光沢のある木造の甲板は、木材と帆布はんぷ、それから油の燃焼する匂いがする。
 甲板に兵士達が集まってきた。中には女性もいる。皆とても背が高く、肌は白い。髪はブロンド系の色合いが多いようだ。
 彼等もやはり、飛鳥の知らない言葉を口にした。地球の言葉ではない。口から発せられる言葉よりも、彼等の心の声に耳を傾ける。

“誰だ? 子供?”

“艦長の上着だ”

“どうやって聖域に?”

“子供……、変わった容姿だな”

“基地に報告を”

“話せないのか?”

 訝しむような、探るような声ばかりだ。飛鳥が聖域にいたことは、彼等にとって重大なことらしい。

「初めまして、葛城飛鳥と言います。よろしくお願いします」

 勇気を出してお辞儀をすると、全員の視線が飛鳥に集中した。