メル・アン・エディール - 飛空艦と少女 -

1章:古代神器の魔法 - 5 -

 彼等の思考を読む限りでは、ルーシーは彼等の上司らしい。中にはルーシーよりずっと年配の兵士もいるが、ここではルーシーが一番偉い。周囲からは艦長と呼ばれている。
 彼等は、何らかの方法で聖域に異変を感じとり、調査しに来たらしい。そこで見つけた飛鳥を、これから空母に連れ帰ろうとしているようだ。
 飛鳥はここで、淡い光――魔法と融合してしまったわけだが、それを仄めかすような声は一つもなかった。飛鳥の正体について、誰も答えられないようだ。

『******!』

 ルーシーは声を張り上げた。それを合図に、全員がきびきびと甲板の上を動き始める。やがて空中に停泊していた飛空船は、震動と共に動き始めた。

「わ……」

 蹈鞴たたらを踏む飛鳥の肩を、ルーシーは支えてくれた。とても大きな手だ。顔を上げて感謝を口にしたが、ルーシーは前を向いたまま視線を動かさなかった。
 飛空船は、しゃぼん玉のような虹色の膜に覆われた。瞬く間に消えたと思ったら、驚くほどスムーズに、そして高速で走り出す。
 勢いよく雲は流れゆくが、不思議と風を殆ど感じない。
 視覚に意識を囚われ過ぎて、周囲の思考から注意が逸れていた。飛空船に慣れてきたところで、意識してルーシーの心を読んでみる――。

“アスカは、古代神器に繋がる鍵かもしれない”

 驚いて、思わずルーシーを見上げた。彼は飛鳥の存在に、ある程度の心当たりがあるらしい。しかも、割と的を得ている気がする。

“どうした……、何を驚いている?”

 飛鳥は淡く微笑むと、前を向いてルーシーの探るような眼差しから逃げた。
 彼等は飛鳥が思考を読めることを知らない。その秘密は知られない方がいい。思考を読んで知り得たことは、顔には出さず、判らないって顔をしないといけない。表情や態度に、もっと気を配らなくては。
 どうして聖域にいたのか聞かれても、真実は非常に難解だ。飛鳥ですら理解し切れていない。例え言葉を話せても、理路整然と説明することは難しいだろう……。
 一先ず、助かったと思っていいのだろうか。
 彼等は国の公的な機関のはず。飛鳥を保護して、然るべき対処をしてくれるのだと信じたい。
 考えてみれば、この世界では帰る家も、食べるものも、何も持っていない。魔法を手に入れても、使えなければ意味がない。今一人にされても、どこへ行って、何をすればいいのか全く判らない。
 先行きの見えない未来が、急に重く圧し掛かってきた。
 どうして、こんなことになってしまったのだろう。
 本当なら、今頃ナッツベリー・ファームに着いて、遊園地を満喫しているはずだった。母と雫に振り回されて、絶叫マシンに乗っているはずだったのに……。
 隕石の衝突に巻き込まれただけでも、相当運が悪いのに、異次元に飛ばされた揚句、魔法と融合してしまうだなんて、天文学的な確率ではないだろうか。
 いっそ、あのまま――。

『アスカ、******?』

 ルーシーの声で我に返った。絶望の淵にいたせいで、周囲の風景も、ルーシーの言葉も思考も、完全に意識の外だった。
 気付けば、前方にとんでもなく巨大な鉄の塊が見える。あれが空母なのだろう。全長は公式のサッカーフィールドよりも尚長い。高さもビル二十階以上はありそうだ。
 空母には帆もプロペラもエンジンも見当たらないが、微動だにせず空中に浮いている。まるで空から、見えないワイヤーで吊るされているみたいだ。入り組んだ鋼が、陽の光を反射して鈍色に輝いている。
 今乗っている飛空船は、アンティークな印象を受けたが、あのスタイリッシュな空母には未来を感じる。
 空母の天辺は平らな滑走路になっており、幾つもの戦闘機が泊まっていた。スラリとした両翼に機関銃を搭載した禍々しい戦闘機だ。中には、前後に車輪のついたスマートなホバーバイクもある。
 空に浮かぶ鋼の威容は、飛鳥の瞳には不動の要塞のように映った。空恐ろしくも感じる。
 滑走路に着陸すると、すぐに飛空船にタラップが架けられ、降りるよう促された。甲板では大勢の兵士達が忙しそうに動き回っている。視界に映るだけでも百人はいそうだ。

『******』

 委縮して立ち止まる飛鳥の背中を、ルーシーはそっと手で押した。すれ違う兵士達は、右手の拳を左胸につけた姿勢でルーシーに敬礼している。

“誰だ? 子供?”

“どこから来た?”

“艦長の上着”

“何者だ?”

“見慣れない子供だな”

 彼等の思考を読もうとした途端、膨大な情報が飛び交い、くらりと眩暈を覚えた。人が多過ぎる。ルーシーはすかさず、よろめく飛鳥の肩を支えてくれた。

『******?』

「すみません……」

 まるでラジオのチャンネルを同時に開いて、一斉に聞くような感覚だ。慣れるまでに、もう少し時間がかかるだろう。