メル・アン・エディール - 飛空艦と少女 -
1章:古代神器の魔法 - 7 -
部屋に閉じ込められてから、しばらく経過した。誰もやって来ない。その間に、部屋に時計らしきものを見つけた。文字盤は読めないけれど、円形の金属板に長針と短針がついていて、規則正しく針が動いている。
空腹を感じていると、しばらくしてロクサンヌが食事を持って現れた。
『アスカ、**********?』
“お腹すいてる?”
ロクサンヌは机の上に銀色のトレーを置くと、飛鳥を手招いた。お皿から湯気が立っている。作り立てを持ってきてくれたらしい。
『******?』
“食べれる?”
飛鳥はロクサンヌに笑いかけると、机の前に座り「いただきます」と手を合わせて料理に手をつけた。
クロワッサンのような柔らかなパンに、カボチャに似た味の暖かいスープ、じゃが芋と燻製肉に香草やチーズを振りかけて焼いた、香ばしい料理。林檎に似た味のジュース。
空腹は最大の調味料というが、慣れ親しんだ味と共通点が多く、どれも美味しく食べられる。
飛鳥が食事を始めると、間もなくロクサンヌは部屋を出て行った。追いかければ良かったと後悔したが、食べ終える頃を見計らったように戻ってきた。
『*******?』
“多かった?”
ロクサンヌは皿に視線を落としてから、優美な首を傾げて、問いかけるように飛鳥を見やる。
せっかく用意してくれたのに、半分残してしまった飛鳥は、済まなそうに頭を下げた。
「すみません……」
『******、***********』
“顔色、少しよくなった”
ロクサンヌの心を読んで、飛鳥の張り詰めていた気持ちは少しだけ和らいだ。
部屋に閉じ込められてはいるが、彼女はいろいろと気遣ってくれる。
残念ながら、ロクサンヌの思考を読んでも、飛鳥の今後に関する情報は得られなかった。知らないのか、あるいは興味がないのか……。
ふと、あの魔法を使ってみようか、という気になった。
メル・アン・エディール――。
魔法が本当なら、心から飛鳥を助けてくれるようになるかもしれない。
でも……。
結局、迷っているうちにロクサンヌは部屋を出て行ってしまった。背中を追いかけたが、出てはだめ、と言うように肩を押し戻される。
結局、親切な彼女も、ここから出してはくれないらしい。迷ったりせずに、魔法を使えば良かったのだろうか。
「でもなぁ……」
苦悩に満ちた声が、誰もいない部屋に虚しく響いた。明日をこんなに不安に思ったことはない。
ルーシーは飛鳥を見て「報告しなければ」と考えていた。その報告する相手が、飛鳥の今後を左右するのかもしれない。誰なのかを知りたい。
飛鳥は憂鬱を払うように頭を振った。考えるのは明日にしよう。
チェストを開けると、ピシッと糊のきいた白い上下のパジャマと、女性物の下着を取り出した。パジャマはかなりサイズが大きいが、この際何でもいい。
暖かいシャワーはとても気持ち良かった。体だけでなく、心も癒してくれる。
さっぱりして、清潔なパジャマに着替えると、柔らかいタオルで髪をガシガシとふいた。この部屋には大体何でも揃っているが、ドライヤーはないらしい。
ドライヤーどころか、テレビも携帯もない。手持無沙汰でやることがない。
考えることなら山ほどあるが、それももう疲れた。今日はもう十分だ。枕にタオルを敷くと、横になり眼を閉じた。
少し硬い寝台の上で、身体は電池が切れたように弛緩する。晴れない憂慮を噛みしめながら、深い眠りへと誘 われていく……。
叶うことなら、あの懐かしい世界で目を覚ましたい――。
+
部屋に閉じ込められて、三日が経過した。
飛鳥の世話は、ロクサンヌがしてくれる。それから、リオンという名前の男が時々やってくるようになった。ルーシーは一度も来ない。
扉は必ず外から鍵がかけられ、飛鳥が自力で出ることは叶わない。
食事は、八時、十二時、十八時の一日三回で、毎回ロクサンヌが持ってきてくれる。
料理は暖かくて美味しいけれど、一人きりで食べていると寂しさが募った。
家族と暮らしていた頃は、沈黙の食卓なんてありえなかった。バラエティ番組に皆で突っ込みを入れながら、賑やかに食事したものだ。
リオンは、空母勤務の操縦士らしく、なぜか飛鳥を気に掛けてくれる。年は三十前後で、澄んだ碧眼の恰好いい男性だ。優しげな雰囲気の持ち主で、柔らかな黒髪にも親近感を覚える。リオンは飛鳥に対して、後ろめたく思っているらしい。別に飛鳥の境遇は、彼のせいではないのだが……、きっと善良な人なのだろう。
来る時はいつも、小さな女の子が好みそうな、お菓子、絵本、ぬいぐるみ等を差し入れてくれる。どうも、実年齢よりも幼く見られている気がする。
それでも、贈り物は大歓迎だ。
なにせここには、テレビも雑誌も携帯も、暇を潰すものが何一つないのだ。そのくせ朝は八時前に起こされる。窓もない、外にも出られない……、退屈で死にそうになる。
考える時間だけはたっぷりあるので、しょっちゅう鬱になる。お風呂に入りながら、泣いてしまうこともあった。そしてベッドに入ると、夢も見ない深い眠りに落ちていく。毎日、その繰り返しだ。希望なんてない。
この三日間、何度かロクサンヌやリオンに魔法を使ってしまおうか迷った。ギリギリのところで思い留まっていられるのは、この囚人のような監禁生活が間もなく終わることを知っているからだ。
彼等の思考を読んだ限りでは、空母は今、空中都市バビロンへの帰港途中にあるらしく、あと数日で到着するらしいのだ。その時は、確実にこの部屋を出られると判っている。
あと数日の辛抱なら、なんとか我慢できる――たぶん。
この部屋を出て行けるのであれば、もうきっかけは何でも良かった。
空腹を感じていると、しばらくしてロクサンヌが食事を持って現れた。
『アスカ、**********?』
“お腹すいてる?”
ロクサンヌは机の上に銀色のトレーを置くと、飛鳥を手招いた。お皿から湯気が立っている。作り立てを持ってきてくれたらしい。
『******?』
“食べれる?”
飛鳥はロクサンヌに笑いかけると、机の前に座り「いただきます」と手を合わせて料理に手をつけた。
クロワッサンのような柔らかなパンに、カボチャに似た味の暖かいスープ、じゃが芋と燻製肉に香草やチーズを振りかけて焼いた、香ばしい料理。林檎に似た味のジュース。
空腹は最大の調味料というが、慣れ親しんだ味と共通点が多く、どれも美味しく食べられる。
飛鳥が食事を始めると、間もなくロクサンヌは部屋を出て行った。追いかければ良かったと後悔したが、食べ終える頃を見計らったように戻ってきた。
『*******?』
“多かった?”
ロクサンヌは皿に視線を落としてから、優美な首を傾げて、問いかけるように飛鳥を見やる。
せっかく用意してくれたのに、半分残してしまった飛鳥は、済まなそうに頭を下げた。
「すみません……」
『******、***********』
“顔色、少しよくなった”
ロクサンヌの心を読んで、飛鳥の張り詰めていた気持ちは少しだけ和らいだ。
部屋に閉じ込められてはいるが、彼女はいろいろと気遣ってくれる。
残念ながら、ロクサンヌの思考を読んでも、飛鳥の今後に関する情報は得られなかった。知らないのか、あるいは興味がないのか……。
ふと、あの魔法を使ってみようか、という気になった。
メル・アン・エディール――。
魔法が本当なら、心から飛鳥を助けてくれるようになるかもしれない。
でも……。
結局、迷っているうちにロクサンヌは部屋を出て行ってしまった。背中を追いかけたが、出てはだめ、と言うように肩を押し戻される。
結局、親切な彼女も、ここから出してはくれないらしい。迷ったりせずに、魔法を使えば良かったのだろうか。
「でもなぁ……」
苦悩に満ちた声が、誰もいない部屋に虚しく響いた。明日をこんなに不安に思ったことはない。
ルーシーは飛鳥を見て「報告しなければ」と考えていた。その報告する相手が、飛鳥の今後を左右するのかもしれない。誰なのかを知りたい。
飛鳥は憂鬱を払うように頭を振った。考えるのは明日にしよう。
チェストを開けると、ピシッと糊のきいた白い上下のパジャマと、女性物の下着を取り出した。パジャマはかなりサイズが大きいが、この際何でもいい。
暖かいシャワーはとても気持ち良かった。体だけでなく、心も癒してくれる。
さっぱりして、清潔なパジャマに着替えると、柔らかいタオルで髪をガシガシとふいた。この部屋には大体何でも揃っているが、ドライヤーはないらしい。
ドライヤーどころか、テレビも携帯もない。手持無沙汰でやることがない。
考えることなら山ほどあるが、それももう疲れた。今日はもう十分だ。枕にタオルを敷くと、横になり眼を閉じた。
少し硬い寝台の上で、身体は電池が切れたように弛緩する。晴れない憂慮を噛みしめながら、深い眠りへと
叶うことなら、あの懐かしい世界で目を覚ましたい――。
+
部屋に閉じ込められて、三日が経過した。
飛鳥の世話は、ロクサンヌがしてくれる。それから、リオンという名前の男が時々やってくるようになった。ルーシーは一度も来ない。
扉は必ず外から鍵がかけられ、飛鳥が自力で出ることは叶わない。
食事は、八時、十二時、十八時の一日三回で、毎回ロクサンヌが持ってきてくれる。
料理は暖かくて美味しいけれど、一人きりで食べていると寂しさが募った。
家族と暮らしていた頃は、沈黙の食卓なんてありえなかった。バラエティ番組に皆で突っ込みを入れながら、賑やかに食事したものだ。
リオンは、空母勤務の操縦士らしく、なぜか飛鳥を気に掛けてくれる。年は三十前後で、澄んだ碧眼の恰好いい男性だ。優しげな雰囲気の持ち主で、柔らかな黒髪にも親近感を覚える。リオンは飛鳥に対して、後ろめたく思っているらしい。別に飛鳥の境遇は、彼のせいではないのだが……、きっと善良な人なのだろう。
来る時はいつも、小さな女の子が好みそうな、お菓子、絵本、ぬいぐるみ等を差し入れてくれる。どうも、実年齢よりも幼く見られている気がする。
それでも、贈り物は大歓迎だ。
なにせここには、テレビも雑誌も携帯も、暇を潰すものが何一つないのだ。そのくせ朝は八時前に起こされる。窓もない、外にも出られない……、退屈で死にそうになる。
考える時間だけはたっぷりあるので、しょっちゅう鬱になる。お風呂に入りながら、泣いてしまうこともあった。そしてベッドに入ると、夢も見ない深い眠りに落ちていく。毎日、その繰り返しだ。希望なんてない。
この三日間、何度かロクサンヌやリオンに魔法を使ってしまおうか迷った。ギリギリのところで思い留まっていられるのは、この囚人のような監禁生活が間もなく終わることを知っているからだ。
彼等の思考を読んだ限りでは、空母は今、空中都市バビロンへの帰港途中にあるらしく、あと数日で到着するらしいのだ。その時は、確実にこの部屋を出られると判っている。
あと数日の辛抱なら、なんとか我慢できる――たぶん。
この部屋を出て行けるのであれば、もうきっかけは何でも良かった。