メル・アン・エディール - 飛空艦と少女 -
2章:キスと魔法と逃走 - 2 -
その日の夕食は、ルーシーと共に、見慣れない少年が運んできた。
『アスカ、*******』
恐らく、こんばんは、といった意味の挨拶をルーシーは口にした。飛鳥も「こんばんは」と応えながら、視線は少年に釘づけだ。
飛鳥と同じ年頃に見える。十五、六歳。背も大して変わらない。少し彼の方が高いくらいだ。褐色の肌に、艶やかな白髪のショートヘアがよく映えている。血のようなピジョンブラッドの両瞳の下に、ほくろが一つずつ。全体的に眼を引く色彩をしているが、それよりも、うすら寒さを覚えるほど完璧に整った顔立ちに目を奪われた。ただし、人形のように一切の表情が抜け落ちている。
“彼はユーノ。単独進撃型殺戮兵器――人型魔導兵器です。ロクサンヌに代わり、今後はユーノにアスカの世話を任せます”
「えっ!?」
飛鳥は衝撃を受けて、改めてユーノを見つめた。人形のように無表情だとは思ったけれど、まさか機械だとは思わなかった。
しかし、言われてみると確かに、ユーノの思考を一切読み取れない。透明な水を覗いているかのよう。まるで心がないみたいだ……。
ユーノは、とても滑らかな動作で銀色のトレーを机の上に置いた。
“戦闘を目的に造られた機械ですが、六四通りの変体に富み、単独飛行も可能です。蓄積独立人工知能ユミル最新型搭載。製造番号一九〇七、識別名ユーノ。学習速度は非常に優秀です。アスカのサポート役として、何ら不足はないでしょう”
ルーシーは呪文を唱えたのかと思った。半分も理解出来なかったが、ユーノが、とても優秀であるということだけは何となく伝わった。
ユーノは、硝子玉のように澄んだ赤い瞳で、飛鳥をじっと見つめている。血の通わない、精巧なビスクドールが動いているのだと思うと、途端に薄気味悪さを覚えた。
“人型魔導兵器を見るのは初めてですか?”
飛鳥が頷くと、ルーシーは得心したように頷いた。
“とても高価ですからね。無限空でも、所有している国は少ないでしょう”
ユーノから目を離せない飛鳥を見て、ルーシーは小さく笑った。
“安心してください、人に危害を加えることはありませんよ”
飛鳥は探るようにルーシーを見つめた。そんな高価な魔導兵器に、どうして飛鳥の世話をさせるのか。心を読むまでもない。
機械なら、飛鳥が心を読んだり、魔法をかけたり出来ないから――。
考えた途端、心がずしりと重くなった。ユーノを怖がる資格なんてない。人間かどうか疑わしいのは、飛鳥も同じだ。
“アスカ、ユーノの思考を読むことは出来ますか?”
飛鳥は傷ついたが、素直に首を左右に振った。
“魔導学の結晶なのですが……、金属には、古代神器の力も及ばないのでしょうか”
予想に反して、ルーシーは淡々と呟いた。今の台詞だと、飛鳥がユーノの心を読めても構わない、そう言っているようにも聞こえる。
飛鳥は訝しみながら、心なき人型魔導兵器――ユーノを眺めた。美しい少年は淡々と、しかし丁寧な仕草で、グラスにレモンウォーターを注いだり、室内の水差しを補給したりしている。とても機械には見えない。人間そのものだ。
「ユーノ」
『****』
試しに名前を呼ぶと、ユーノは、アルトより少し低い、落ち着いた声で返事をした。透明なピジョンブラッドの瞳で、飛鳥を真っ直ぐに見つめる。
『アスカ?』
ルーシーは興味深そうに飛鳥を呼んだが、視線は合わせず首を左右に振って応えた。ユーノを呼んだことに深い意味はない。ただ、反応を見たかっただけだ。
“何かあれば、室内ベルを鳴らしてください。すぐにユーノが駆けつけますから”
どうやら本当に、高価な魔導兵器に飛鳥の身の回りの世話を任せるらしい。呼び出しに応じてくれるという点は、これまでよりも待遇がいいくらいだ。
“さぁ、食べて”
彼等は、飛鳥が用意された昼食を食べ終えるまで、部屋を出て行くつもりはないらしい。飛鳥は言われた通りに席につくと、ナプキンを膝に当てて、銀器に手を伸ばした。
食材は不明だが、美味しそうなパテ。白アスパラガスにアーティーチョークに似た温サラダ。香ばしいお肉に、果実ソースをかけたメイン料理は、とても洗練された味付けで美味しい。
ここへ来てから、食に関してだけは文句のつけようがない。よほど腕のいい料理人が乗っているのだろう。
部屋の隅に立つユーノを視界の端に捉えて、果たして魔法も効かないのかどうか……、ふと疑問に思ったが、本当にかけたいわけではなかった。この時は――。
『アスカ、*******』
恐らく、こんばんは、といった意味の挨拶をルーシーは口にした。飛鳥も「こんばんは」と応えながら、視線は少年に釘づけだ。
飛鳥と同じ年頃に見える。十五、六歳。背も大して変わらない。少し彼の方が高いくらいだ。褐色の肌に、艶やかな白髪のショートヘアがよく映えている。血のようなピジョンブラッドの両瞳の下に、ほくろが一つずつ。全体的に眼を引く色彩をしているが、それよりも、うすら寒さを覚えるほど完璧に整った顔立ちに目を奪われた。ただし、人形のように一切の表情が抜け落ちている。
“彼はユーノ。単独進撃型殺戮兵器――人型魔導兵器です。ロクサンヌに代わり、今後はユーノにアスカの世話を任せます”
「えっ!?」
飛鳥は衝撃を受けて、改めてユーノを見つめた。人形のように無表情だとは思ったけれど、まさか機械だとは思わなかった。
しかし、言われてみると確かに、ユーノの思考を一切読み取れない。透明な水を覗いているかのよう。まるで心がないみたいだ……。
ユーノは、とても滑らかな動作で銀色のトレーを机の上に置いた。
“戦闘を目的に造られた機械ですが、六四通りの変体に富み、単独飛行も可能です。蓄積独立人工知能ユミル最新型搭載。製造番号一九〇七、識別名ユーノ。学習速度は非常に優秀です。アスカのサポート役として、何ら不足はないでしょう”
ルーシーは呪文を唱えたのかと思った。半分も理解出来なかったが、ユーノが、とても優秀であるということだけは何となく伝わった。
ユーノは、硝子玉のように澄んだ赤い瞳で、飛鳥をじっと見つめている。血の通わない、精巧なビスクドールが動いているのだと思うと、途端に薄気味悪さを覚えた。
“人型魔導兵器を見るのは初めてですか?”
飛鳥が頷くと、ルーシーは得心したように頷いた。
“とても高価ですからね。無限空でも、所有している国は少ないでしょう”
ユーノから目を離せない飛鳥を見て、ルーシーは小さく笑った。
“安心してください、人に危害を加えることはありませんよ”
飛鳥は探るようにルーシーを見つめた。そんな高価な魔導兵器に、どうして飛鳥の世話をさせるのか。心を読むまでもない。
機械なら、飛鳥が心を読んだり、魔法をかけたり出来ないから――。
考えた途端、心がずしりと重くなった。ユーノを怖がる資格なんてない。人間かどうか疑わしいのは、飛鳥も同じだ。
“アスカ、ユーノの思考を読むことは出来ますか?”
飛鳥は傷ついたが、素直に首を左右に振った。
“魔導学の結晶なのですが……、金属には、古代神器の力も及ばないのでしょうか”
予想に反して、ルーシーは淡々と呟いた。今の台詞だと、飛鳥がユーノの心を読めても構わない、そう言っているようにも聞こえる。
飛鳥は訝しみながら、心なき人型魔導兵器――ユーノを眺めた。美しい少年は淡々と、しかし丁寧な仕草で、グラスにレモンウォーターを注いだり、室内の水差しを補給したりしている。とても機械には見えない。人間そのものだ。
「ユーノ」
『****』
試しに名前を呼ぶと、ユーノは、アルトより少し低い、落ち着いた声で返事をした。透明なピジョンブラッドの瞳で、飛鳥を真っ直ぐに見つめる。
『アスカ?』
ルーシーは興味深そうに飛鳥を呼んだが、視線は合わせず首を左右に振って応えた。ユーノを呼んだことに深い意味はない。ただ、反応を見たかっただけだ。
“何かあれば、室内ベルを鳴らしてください。すぐにユーノが駆けつけますから”
どうやら本当に、高価な魔導兵器に飛鳥の身の回りの世話を任せるらしい。呼び出しに応じてくれるという点は、これまでよりも待遇がいいくらいだ。
“さぁ、食べて”
彼等は、飛鳥が用意された昼食を食べ終えるまで、部屋を出て行くつもりはないらしい。飛鳥は言われた通りに席につくと、ナプキンを膝に当てて、銀器に手を伸ばした。
食材は不明だが、美味しそうなパテ。白アスパラガスにアーティーチョークに似た温サラダ。香ばしいお肉に、果実ソースをかけたメイン料理は、とても洗練された味付けで美味しい。
ここへ来てから、食に関してだけは文句のつけようがない。よほど腕のいい料理人が乗っているのだろう。
部屋の隅に立つユーノを視界の端に捉えて、果たして魔法も効かないのかどうか……、ふと疑問に思ったが、本当にかけたいわけではなかった。この時は――。