人食い森のネネとルル
1章:底なし沼の珍事と共生のはじまり - 10 -
棲家へ戻る前に、ブナ林に寄り道をした。鬱蒼 とした茂みだが、この辺りで、ネネの好物であるネマガリタケを収穫できるのだ。数ある山菜の中で、一・二を争う美味である。乱獲はしない主義だが、こればかりは収穫の度に、持ち帰れるだけ持ち帰ってしまう。
「ネネは物知りだね」
ネマガリタケ採りに夢中になっていると、頭上からルルに声を掛けられて、びくりと肩が跳ねた。またしてもルルのことを忘れていた……。
「昔、いろいろ教えてくれた人がいたんだ」
「ふぅん、どんな人?」
「本物の猟師だよ。獲物を捕って、街に卸してた」
「街って? カタルカナユ・サンタ・ガブリール?」
返答に迷った。これ以上説明すると、話したくない過去に触れてしまう……。
「ネネ?」
「違うよ……。でもこの話は、もうお終い」
ルルもそれ以上は口にしなかった。
聖銀の革袋をルルに持ってもらい、ネネは山盛りネマガリタケを背負って家路についた。
露の降りた笹薮 で夢中になって採っていた為、ブーツとズボンがドロドロになってしまった。ちなみに、ルルはずっと樹の上にいたので綺麗なものだ。
葉っぱで大雑把に泥を落として中へ入ろうとしたら、ぐいっと腕を引かれた。
「ネネ、汚い」
「え? どこが?」
「ドロドロじゃない」
「ちょっと」
ルルに腕を引かれて、盥 の前に連れて行かれた。どうするつもりだろう、と見ていると、ふわりと手を翳 しただけで、盥に水を張った。
「えっ、うそ」
「私に出来ないことはないの」
ルルは淡々というと、盥の前で片膝をついた。ボロ雑巾に目を留めて、眉を顰 める。不思議に思って見ていると、ルルはびっくりするような行動に出た。
襟元の真っ白いレースのジャボを外して、水に浸けたかと思ったら、ネネのドロドロのブーツを拭きだしたのだ。
「――ルルッ、汚れる……っ!」
「ネネの方が汚れているよ。ちゃんとお風呂入ってる?」
ムッとした。そんなの、入っているに決まっている。
「台所の盥で、ちゃんと身体拭いてるよ」
「うわっ、何それ。思うんだけど……、ネネの暮らしって、百年くらい遅れてるんじゃない?」
「大袈裟だなぁ。街に降りたって、旅館でも行かない限り、立派な浴槽なんてないよ。それに森で暮らす以上は仕方ないでしょ。贅沢とは無縁の生活なのよ、お嬢様?」
「私に頼もうとは思わないの?」
「何を?」
「どんな贅沢だって叶えてあげられるのに」
「別に贅沢がしたいわけじゃない」
「森を出て、街で暮らそうとは思わないの?」
「思わないね」
「どうして?」
「――ルル、約束したろ。なんで此処に住んでいるかは教えないって」
不満そうなルルの手を振り払って、さっさと家の中に入った。
別に、ルルになら教えても良かったのだが、その為に奴隷として働いていた過去を思い出すのは、十五になった今でも苦痛だった。
あの頃のことを、忘れられるのなら、忘れてしまいたいくらいだ……。 気を取り直して、収穫したネマガリタケの調理にとりかかった。掌サイズのネマガリタケを、次から次へと皮を剥いていく。薄く切った猪肉を炒めて、水と一緒にネマガリタケを火にかける。アクをすくいながら、柔らかくなるまで煮込めば完成である。
ちなみに、シンプルに茹でただけのネマガリタケに、岩塩を振りかけて食べても美味しい。素揚げにしても美味しい……。
「幸せそうだね……」
「うん」
何故かルルに呆れた目で見られた。
「ルル、ありがとうね。いろいろ手伝ってくれて」
素直に感謝の気持ちを伝えると、増々変な目で見られた。
「そんなことが嬉しいの……?」
「嬉しいさ。ま、食べてみてよ。美味しいから!」
腕によりをかけて、ネマガリタケで五品作った。ルルはなんだかんだ言いながら、完食してくれた。
食べることは生きることだ――。
「ネネは物知りだね」
ネマガリタケ採りに夢中になっていると、頭上からルルに声を掛けられて、びくりと肩が跳ねた。またしてもルルのことを忘れていた……。
「昔、いろいろ教えてくれた人がいたんだ」
「ふぅん、どんな人?」
「本物の猟師だよ。獲物を捕って、街に卸してた」
「街って? カタルカナユ・サンタ・ガブリール?」
返答に迷った。これ以上説明すると、話したくない過去に触れてしまう……。
「ネネ?」
「違うよ……。でもこの話は、もうお終い」
ルルもそれ以上は口にしなかった。
聖銀の革袋をルルに持ってもらい、ネネは山盛りネマガリタケを背負って家路についた。
露の降りた
葉っぱで大雑把に泥を落として中へ入ろうとしたら、ぐいっと腕を引かれた。
「ネネ、汚い」
「え? どこが?」
「ドロドロじゃない」
「ちょっと」
ルルに腕を引かれて、
「えっ、うそ」
「私に出来ないことはないの」
ルルは淡々というと、盥の前で片膝をついた。ボロ雑巾に目を留めて、眉を
襟元の真っ白いレースのジャボを外して、水に浸けたかと思ったら、ネネのドロドロのブーツを拭きだしたのだ。
「――ルルッ、汚れる……っ!」
「ネネの方が汚れているよ。ちゃんとお風呂入ってる?」
ムッとした。そんなの、入っているに決まっている。
「台所の盥で、ちゃんと身体拭いてるよ」
「うわっ、何それ。思うんだけど……、ネネの暮らしって、百年くらい遅れてるんじゃない?」
「大袈裟だなぁ。街に降りたって、旅館でも行かない限り、立派な浴槽なんてないよ。それに森で暮らす以上は仕方ないでしょ。贅沢とは無縁の生活なのよ、お嬢様?」
「私に頼もうとは思わないの?」
「何を?」
「どんな贅沢だって叶えてあげられるのに」
「別に贅沢がしたいわけじゃない」
「森を出て、街で暮らそうとは思わないの?」
「思わないね」
「どうして?」
「――ルル、約束したろ。なんで此処に住んでいるかは教えないって」
不満そうなルルの手を振り払って、さっさと家の中に入った。
別に、ルルになら教えても良かったのだが、その為に奴隷として働いていた過去を思い出すのは、十五になった今でも苦痛だった。
あの頃のことを、忘れられるのなら、忘れてしまいたいくらいだ……。 気を取り直して、収穫したネマガリタケの調理にとりかかった。掌サイズのネマガリタケを、次から次へと皮を剥いていく。薄く切った猪肉を炒めて、水と一緒にネマガリタケを火にかける。アクをすくいながら、柔らかくなるまで煮込めば完成である。
ちなみに、シンプルに茹でただけのネマガリタケに、岩塩を振りかけて食べても美味しい。素揚げにしても美味しい……。
「幸せそうだね……」
「うん」
何故かルルに呆れた目で見られた。
「ルル、ありがとうね。いろいろ手伝ってくれて」
素直に感謝の気持ちを伝えると、増々変な目で見られた。
「そんなことが嬉しいの……?」
「嬉しいさ。ま、食べてみてよ。美味しいから!」
腕によりをかけて、ネマガリタケで五品作った。ルルはなんだかんだ言いながら、完食してくれた。
食べることは生きることだ――。