人食い森のネネとルル

1章:底なし沼の珍事と共生のはじまり - 9 -

 朝食を終えた後、ルルと一緒に外へ出た。朝は空気がシンと冷えて、吐息が白い。
 「人食い森」の朝は、一年中こんなものだ。
 日中は四季の変化を感じれるものの、基本的に寒冷地で通年寒い。特に明け方は霜が降りる程冷える。

 納屋に入ると、一晩吊るしておいた猪の傍へ寄った。手がかじかむ程の寒さだ。血抜きされた猪も凍っていた。

「何するの……?」

 後ろから、ルルに怪訝そうに声を掛けられた。

「一晩血抜きしておいた。これから解体するんだよ。……怖けりゃ、向こう行ってな、お嬢様」

 さっきの仕返しとばかりに「お嬢様」と言ってやった。ルルは面白くなさそうに顔をしかめる。

「別に、怖くない。ネネが獣臭くなるのが、嫌なだけ……。手伝おうか?」

「ほんと!?」

 それはありがたい。大きな獲物は皮をぐだけでも苦労する。今日は半日ががりの解体作業を覚悟していたところだ。
 ルルにもなたを渡すと、意気揚々と足から剥ぎにかかった。

「まどろっこしいから、毛を焼ききろうか?」

「そんなこと出来るの!?」

「私に出来ないことはないの」

 ルルは得意そうに言うと、掌を拡げて青い炎を浮かべてみせた。何て便利なんだろう……。

「あ……、でも待って。毛皮欲しいから、燃やさないで」

「え――……」

「二人でやれば早いよ。ほら」

 ぶつぶつ文句を言いながらも、ルルは最後まで手伝ってくれた。なんと、いつもの半分の時間で解体し終えた。素晴らしい。まだ昼にもなっていないではないか。

「ルル、えらいっ! 今日はめいいっぱい、時間使えるよ。早めに睡蓮沼行こっか」

「疲れたよ。ご褒美がほしい」

「ご褒美って?」

「食餌させて」

「えっ? さっきしたでしょ」

「働いたから、お腹空いたの」

 何だ、だらしない。ネネは猪を触っていた手を、ルルに突き出した。嫌そうに顔を背けるルルに、意地悪く「うりうり」と手を押し付ける。
 するとルルは、突き出したネネの腕を引っ張り、腰を抱いて抱き寄せると、素早く唇を重ねた。

「――っ!?」

 ネネは目を丸くして、硬直した。ルルは青い瞳でネネを見つめたまま、やんわり上唇を食むと、最後にちゅっと音を立てて唇を離した。

「ふん、労働の対価と、嫌がらせの慰謝料だからね」

 ルルは何故かえらそうに言い放った。

「はぁっ!?」

 別に憧れなんてないけれど……、唇へのキスは、生まれて初めての体験だったのに。こんな獣臭い部屋で、慰謝料として奪われるって……。いくらなんでも酷くないだろうか。

「食事は一日二回じゃなかったの?」

 ルルはつーんと横を向いている。生意気な態度だ。せっかく少し見直してやったというのに。

「いいよ、もう。睡蓮沼に行ってくる」

 納屋を出て狩猟準備を始めると、背中にルルの視線を感じた。無視して棲家を離れると、後ろからルルもついてきた。
 しばらく背後に気配を感じたまま、無言で森を進んだ。深い茂みに分け入ると、ぱたりと音が途絶えたので、気になって初めて後ろを振り向いた。

「ルル……?」

 木立ちの揺れる音に顔を上げると、ルルは樹の上に立っていた。ルルは樹の上に立っていた。幹に背を預けて地上を見下ろしている。

 ――いつの間に……。あんなことも出来るんだ。

 しばらく見つめ合った後、ネネの方から視線を逸らした。別に、ついてきたいのなら、好きにすればいい。
 ルルとつかず離れずの距離を保ったまま、睡蓮沼についた。
 昨日、聖銀を埋めた地面を見つけて掘り起こすと、キラリと輝く聖銀が顔を覗かせた。ネネはにんまりと笑った。これだけあれば、ちょっとした一財産だ。気軽に街へ降りれる身なら、半分は換金したいところだが……。ベル金貨、三枚くらいには化けるだろうか。
 売り払えなくても、使い道はいろいろある。矢じりにしてもいい。この森に暮らす以上、聖銀矢はいくらあっても困らない。
 ルルが後ろに立つ気配を感じたが、気にせず地面を掘り起こして、聖銀を掻き出す作業に熱中した。
 泥を落として、革袋に全てしまうと、結構な重さになった。

 ――あんまり遠くへは行けないか……、ネマガリダケ採って帰ろうかな……。

「――っ!?」

 進路を決めて茂みに分け入ろうとしたら、後ろからいきなり抱きしめられた。一瞬、ルルのことを忘れていたので、かなり驚いた。

「ネネ、怒ったの……?」

「えっ?」

「無視しないで」

 ――ごめん、ルルのこと忘れてた……。

 しょんぼりしている様子のルルを見て、思わず手を伸ばして頭を撫でてやった。