人食い森のネネとルル

2章:ルルの秘密 - 6 -

 慎重に睡蓮沼に戻りながら、妙に森が静かなことに気づいた。さっきは調査隊の前に姿を晒したから、今頃応援を呼んでネネを捜索していると思ったのに……。
 遠くから睡蓮沼の様子を伺い、目を瞠った。ルルがぽつんと突っ立っている。周囲に調査隊の姿は見えない。

「ルル……」

 小さな呟きだったが、ルルはパッと振り向いた。
 闇の中で魔性に煌めく青い瞳が、異様に光って見える――禍々しいとすら感じた。

 ――ルルだよ……、怯んでどうする?

 ルルの様子に違和感を覚えながら、傍へ駆け寄り……更にぎくりとした。ルルの白い頬に、赤い血がついている。

「ネネ……」

「ルル、顔に血が……」

「あぁ、違うよ、私の血じゃない」

 ルルは面倒そうに、袖で顔を拭った。

 ――じゃ、誰の……。

「調査隊の人間なら、ここにはもういないよ」

「!?」

「全員、沼に引きずりこまれたんだ」

「でも、さっきまで追いかけられていたんだ。まだ森の中に何人か残っているかも」

「心配いらないよ、全員、引きずりこまれたんだ」

「ルル……」

 ごくりと生唾を呑み込んだ。
 いつもと雰囲気が違うから、聞くことを躊躇ってしまう。いくら人食い森でも、都合よく調査隊の人間だけ沼に引きずりこまれるなんて、ありえるのだろうか。

 ――ルルがやったの……?

「ネネ。もしかして、私が怖いの?」

 するりと頬を撫でられて、びくりと肩が跳ねた。否定はできない。今のルルは何だか……。

「ネネを追いかけている人間が、目障りだったから……、ちょっと脅かしてやっただけだよ。勝手に森に食われたんだ。本当だよ」

「ルル、アンタは森のお役人に、姿を見られている可能性が高い。調査隊が話しているのを聞いたんだ……、睡蓮沼の底をさらっているのは、ルルの痕跡を探そうとしているのかもしれない。さっきも子供が……」

 必死に頭を整理しながら喋っていたら、ルルに顔を上向かされた。魔性の瞳がネネを捕える。心の内を覗かれているような、いてもたってもいられない気持ちにさせられた。

「何……っ」

 頬に伸ばされた手を振り払おうと、腕を振り上げたら、逆にその手を取られた。口元に運ばれて、赤い舌がちろりと覗く――。

 ――食われる……っ!?

 ルルの異様な雰囲気に、一瞬本気でそう思った。けれど、ルルはいつものように、ネネの指に舌を這わせただけ……。
 魔性の瞳から視線を逸らせない。何故だか、身体はいつも以上に熱くさせられた。

 ――まさか、アタシを、魅了しようとしている……?

 ルルは本来、力ある淫魔のたぐいだ。
 普段はネネの傍で、無邪気に振る舞うから忘れがちだが、今はまざまざと思い知らされる。こんな危険な魔性と、むしろどうして今まで一緒にいられたのだろう。
 近づいてくる美しい顔を、拒むことができなかった。
 くたりと力の抜けた四肢を、ルルがふわりと抱きしめる。ネネを魅了して、征服しようとしているのに、やけに優しい手つきだった。

「――っ、ん」

 唇が重なる――。
 感触を楽しむように食まれて、ぺろりと割れ目を舌でつつかれた。嫌だと思っても、自由の利かない身体では拒めない。従順に唇を開くと、するりと熱い舌がもぐりこんできた。

 ――信じられない! またしても……っ!!

 さっきは舌を噛んでやったけれど、今度は出来そうにない。悔しいと思っても、水音の立つようなキスを終わらせられない。

「あ、ぁ……、んっ……!」

 さんざん貪られて、ようやく唇は離された。つぅと唇の合間に垂れた銀糸を、ルルが仕上げとばかりに舌でからめ捕る。濡れた瞳も唇も、魔性そのものだった。

「ネネ……」

 深い口づけと共に精気を奪われて、呪縛を解かれても身体に力なんて入らなかった。崩れ落ちる身体をルルが支えてくれる。

「何で……」

 思いっきり責めてやりたいのに、掠れた声しか出ない。意識も油断すると飛んでしまいそうだ。
 ルルは力なく倒れ込むネネを、片腕でしっかりと抱き上げると、風のように疾走して、棲家へと連れ帰った。