人食い森のネネとルル

2章:ルルの秘密 - 7 -

 ふっと意識が再び戻った時には、きちんと夜着をまとい、寝台の上に寝かされていた。

 ――いつの間に……!

 慌てて跳ね起きて、ぎくりとした。部屋の隅で、ルルが腕を組んでこちらを見ている。

「ルル」

「ごめんね、少し吸い過ぎちゃったかな……」

 ルルの表情はどこか固い。一体どうしたというのだろう……。無意識のうちに、いつものルルを探して、顔色を伺っていた。

「ルル、どうしたんだよ……」

 自分とは思えない、頼りない声が口から出た。
 ルルの瞳が、さっきからずっと魔性を帯びて、青く光っているせいかもしれない。ルルじゃないみたいで、見ていると不安になる――。

「私がその気になれば、ネネをどうにでも出来るんだよ」

  ルルは寝台に近寄ると、冷たい目でネネを見下ろした。本能的に逃げようと後じさる身体を、強い力で押さえつけてくる。

 ――怖い……。

 ネネの恐怖を感じ取ったのか、ルルは微かに口の端を上げると、震えるネネを寝台に押し倒した。顔を囲うように腕をついて、蠱惑的な笑みを浮かべる。

「ルルなの……?」

「――ルルだよ?」

「本当に……?」

「本当だよ……。どうしてそんなことを聞くの?」

「ルルじゃ、ないみたいだから……」

 ルルはネネの頬を両手で挟むと、ちゅっと額に優しいキスを落とした。どうしてか感情が溢れて、視界が潤んだ。

「どうしようかな。ネネが望むなら、ルルでいてもいいかなぁ……」

 ――何、言ってんだろう……。

 長い指で、唇をかたどるようになぞられる。口の端に触れられた時、ぴりっとした痛みが走った。
 そういえば……と、止まっていた思考が働く。睡蓮沼で調査隊の話を聞いていた時、思いっきり唇を噛みしめていたっけ――。
 ルルは綺麗な顔を寄せて、労わるように噛み痕に舌を這わせた。優しい仕草なのに……、いたぶられているみたいだ。
 顔を背けた拍子に涙が一筋流れて、熱い舌で舐めとられた。もう止めて欲しい。変わり果ててしまったルルを見て、閃く想いがあった。

「っ、う……、嫌だ……」

 ――アタシは、優しい、いつものルルが……。

「ネネ、可愛い。この気持ちだけは変わらなかったな……」

「ルル……」

「ん?」

「もしかして……、記憶が戻ったの?」

「――どうして?」

「別人みたいだから」

「こういう私は嫌い?」

「嫌いだ。アタシとの約束、その六、唇はなしって、言ったじゃないか……」

 言いながら、また涙が零れてきた。

「ふふ、ネネって可愛い。お子様だなぁ」

「お子様でいい……、もう、アンタとは一緒に暮らせない……、出て行って」

「怒ったの? ごめんね、驚かせてしまって」

「出て行って」

 腕を交差して顔を隠すと、優しい手つきで頭を撫でられた。

「私がいなくなったら、困るでしょう? また人間が大勢、森へやって来るよ。そしたら、流石のネネも隠れていられないよ」

 顔を覆っていた腕を、やんわりと引き剥がされた。青い魔性の瞳に、からかいの色を浮かべて、楽しそうにネネを見下ろしている。

「どういうこと……、ルルは、あいつらに狙われているの?」

「そうみたい。私をあの沼に沈めたのは、ガブール教の聖職者だよ。遥か昔の話だけど……、ちゃんと覚えている人間がいたんだね。死んだと思った私が生きているから、真っ青になっているんじゃないかな」

「アンタは、淫魔の類なの……?」

「淫魔ね、まぁ間違ってはいないかな……。とても強い、古い古い、魔性だよ」

「本当は……、なんていう名前なの?」

 ルルは見る者を魅了する笑みを浮かべた。