人食い森のネネとルル
4章:ネネとルルと恋心 - 4 -
ネネに声をかけた女性は、いろんな意味で、一目見たら忘れられないような美女だった。
背中に流した波打つ豊かな黒髪、宝石のようなアメシストの瞳、爪も唇もアイメイクも黒、タイトなマーメイドラインのドレスも黒。
爪先から頭の天辺まで黒一色だ。
全身黒づくめの中、唯一色彩を放つアメシストの瞳は何かを連想させたが……、正体は掴めなかった。
壁際に立っているにも関わらず、通り過ぎて行く男も女も、皆美女を振り返っている。
「お嬢さん、お名前は?」
「あ……、ネネ……」
女性はにっこりと笑った。
「ネネ、可愛らしい名前だわ。わたくしはアウロラ……、どうかよろしく」
アウロラと名乗った美女は、きゅっとネネの両手を握りしめた。
綺麗なほっそりした指の感触に、心臓は大きく跳ねた。こんなに綺麗な女性に、触れられたのは人生で初めての経験だ。
「ネネも大聖堂 へ行くの?」
「え!?」
「今日は花冠祭 ですもの。ご存知かしら?」
「あ……!」
一度も参加したことはないが、毎年教会で開催されていることは知っている。奴隷時代、主人達も毎年着飾って教会へ出掛けたものだ。
今日はガブール信仰の唯一神、女神ガブリールが若い娘達を祝福する日とされ、教会には一日を通して大勢の娘達が訪れる。
この特別な日に、教会で聖水の清めを受けると、美しさや、恋の成就の恩恵を授かることができると言われている。今日は、恐らく街中の娘達が教会を訪れることだろう。
道理で行き交う娘達が華やいだ恰好をしているわけだ。
街中を飾る、色とりどりの花の意味もようやく判った。
――タイミングを間違えたな。出直そうかな……。
考え込んでいると、アウロラはネネの手を取ったまま、颯爽と歩き出した。
「あ……! ちょっと、何処へっ!?」
「花冠祭ですもの。もっと着飾らなくちゃ」
「へっ!?」
アウロラは大通りの洒落た仕立て屋へ、ネネを引きずるようにして連れて行った。
店の売り子に構わず、ネネを鏡の前に立たせると、靴やドレスをあれこれ身体に合わせて、勝手にコーディネートを始める。ルルに引けを取らない強引さだ。
「あ、あの……、いや、あの……」
強引迫力美女のアウロラにされるがまま、あれよという間にふんわりしたシフォンのドレスに着替えさせらえていた。
「――とっても可愛いわ、ネネ。褐色の肌にパールホワイトが映えて、すごく素敵」
「いや……」
何て応えればいいのか判らない……。
寒くはないが、肩が開いていて落ち着かない。股下に風が入り込んでスースーする。
ちょっと疾走したら、風でスカートが捲 れて、下着まで見えてしまうのではないだろうか……。
そもそも、こんな踵のある靴では、三歩も歩けない気がする。
パールホワイト生地のシフォンドレスに、腰で結わいた淡いピンク色のリボン。アウロラはどこから持って来たのか、薔薇の生花で造ったコサージュや、ベルトをプラスしてくれた。
見る分には可愛らしいが、着たいわけではない。
「あの、アタシ、もう行かないと……」
服を脱いで退散しようとしたら、アウロラは「そうよね、ごめんなさい」と眉を寄せ、何故かパパッとネネに薄化粧を施した。
「困る。買うつもりはない」
「もちろんだわ。わたくしからのプレゼントですもの」
――ん?
どうも、話が噛みあわない……。
アウロラは「急がなくちゃ」とせわしくなくネネを仕立て屋から連れ出すと、いつの間に呼んだのか、店の前に停まっている黒塗りの馬車にネネを押し込んだ。
馬も馬車も御者の恰好までが、上から下まで黒一色だ。
――よっぽど、黒が好きなんだな……。
呆気にとられて、そんなことを思った。
はっと我に返り、慌てて逃げ出そうとした時には、馬車は動き出していた。強引かつ鮮やかな手際の良さだ。
俊敏なネネが彼女の行動についていけない。
――く……っ、次こそ……! 止まったら走って逃げる……!
ところが、いざ大聖堂を前にすると、圧倒されてしまい、逃げるどころか立ち止まってしまった。
仰ぎ見る尖塔のなんと高いことか。
あらゆる部分に彫刻や装飾が施され、一際大きな中央のガブリール石像は、優しい笑みを湛えて両手を地上へと差し伸べている。
神様を信じていないネネですら、思わずその手を取りたくなるほどだ。
さすがガブール教の歴史の中でも、特に古い歴史を持つと言われているだけあって、立派で重厚な大聖堂である。
扉前の広場へと続く、黄金色のキングサリのトンネルがまた素晴らしかった。豊かな庭園に目を奪われるうちに、気づけば堂内へと足を踏み入れていた。
背中に流した波打つ豊かな黒髪、宝石のようなアメシストの瞳、爪も唇もアイメイクも黒、タイトなマーメイドラインのドレスも黒。
爪先から頭の天辺まで黒一色だ。
全身黒づくめの中、唯一色彩を放つアメシストの瞳は何かを連想させたが……、正体は掴めなかった。
壁際に立っているにも関わらず、通り過ぎて行く男も女も、皆美女を振り返っている。
「お嬢さん、お名前は?」
「あ……、ネネ……」
女性はにっこりと笑った。
「ネネ、可愛らしい名前だわ。わたくしはアウロラ……、どうかよろしく」
アウロラと名乗った美女は、きゅっとネネの両手を握りしめた。
綺麗なほっそりした指の感触に、心臓は大きく跳ねた。こんなに綺麗な女性に、触れられたのは人生で初めての経験だ。
「ネネも
「え!?」
「今日は
「あ……!」
一度も参加したことはないが、毎年教会で開催されていることは知っている。奴隷時代、主人達も毎年着飾って教会へ出掛けたものだ。
今日はガブール信仰の唯一神、女神ガブリールが若い娘達を祝福する日とされ、教会には一日を通して大勢の娘達が訪れる。
この特別な日に、教会で聖水の清めを受けると、美しさや、恋の成就の恩恵を授かることができると言われている。今日は、恐らく街中の娘達が教会を訪れることだろう。
道理で行き交う娘達が華やいだ恰好をしているわけだ。
街中を飾る、色とりどりの花の意味もようやく判った。
――タイミングを間違えたな。出直そうかな……。
考え込んでいると、アウロラはネネの手を取ったまま、颯爽と歩き出した。
「あ……! ちょっと、何処へっ!?」
「花冠祭ですもの。もっと着飾らなくちゃ」
「へっ!?」
アウロラは大通りの洒落た仕立て屋へ、ネネを引きずるようにして連れて行った。
店の売り子に構わず、ネネを鏡の前に立たせると、靴やドレスをあれこれ身体に合わせて、勝手にコーディネートを始める。ルルに引けを取らない強引さだ。
「あ、あの……、いや、あの……」
強引迫力美女のアウロラにされるがまま、あれよという間にふんわりしたシフォンのドレスに着替えさせらえていた。
「――とっても可愛いわ、ネネ。褐色の肌にパールホワイトが映えて、すごく素敵」
「いや……」
何て応えればいいのか判らない……。
寒くはないが、肩が開いていて落ち着かない。股下に風が入り込んでスースーする。
ちょっと疾走したら、風でスカートが
そもそも、こんな踵のある靴では、三歩も歩けない気がする。
パールホワイト生地のシフォンドレスに、腰で結わいた淡いピンク色のリボン。アウロラはどこから持って来たのか、薔薇の生花で造ったコサージュや、ベルトをプラスしてくれた。
見る分には可愛らしいが、着たいわけではない。
「あの、アタシ、もう行かないと……」
服を脱いで退散しようとしたら、アウロラは「そうよね、ごめんなさい」と眉を寄せ、何故かパパッとネネに薄化粧を施した。
「困る。買うつもりはない」
「もちろんだわ。わたくしからのプレゼントですもの」
――ん?
どうも、話が噛みあわない……。
アウロラは「急がなくちゃ」とせわしくなくネネを仕立て屋から連れ出すと、いつの間に呼んだのか、店の前に停まっている黒塗りの馬車にネネを押し込んだ。
馬も馬車も御者の恰好までが、上から下まで黒一色だ。
――よっぽど、黒が好きなんだな……。
呆気にとられて、そんなことを思った。
はっと我に返り、慌てて逃げ出そうとした時には、馬車は動き出していた。強引かつ鮮やかな手際の良さだ。
俊敏なネネが彼女の行動についていけない。
――く……っ、次こそ……! 止まったら走って逃げる……!
ところが、いざ大聖堂を前にすると、圧倒されてしまい、逃げるどころか立ち止まってしまった。
仰ぎ見る尖塔のなんと高いことか。
あらゆる部分に彫刻や装飾が施され、一際大きな中央のガブリール石像は、優しい笑みを湛えて両手を地上へと差し伸べている。
神様を信じていないネネですら、思わずその手を取りたくなるほどだ。
さすがガブール教の歴史の中でも、特に古い歴史を持つと言われているだけあって、立派で重厚な大聖堂である。
扉前の広場へと続く、黄金色のキングサリのトンネルがまた素晴らしかった。豊かな庭園に目を奪われるうちに、気づけば堂内へと足を踏み入れていた。