人食い森のネネとルル
4章:ネネとルルと恋心 - 5 -
ネネは生まれて初めて、大聖堂 に足を踏み入れた。
大聖堂の中心軸、主身廊の天上ははるかに高く、大きな高窓のおかげで一際明るい。降り注ぐ光の中で、時がとまったように塵が煌めいて見える。
林立する巨大な石柱に囲まれて、まるで石の森に分け入ったような錯覚を覚えた。
石でひんやりと冷やされた空気。微妙な風の流れが運ぶ、不思議な香り。
正面に穿 たれた薔薇窓のステンドグラスから光が降り注ぎ、床石に色とりどりの影を生み出している。
生まれて初めて見る大聖堂はとても美しく、ネネを深く感動させた。
――神様なんて信じていない……、だけど……、ここはとても綺麗だ……。
着飾った娘達が、明るい笑顔を浮かべて祭壇へと歩いて行く。さっきはやぼったい恰好を笑われたが、今のネネを見て笑う者はいない。
むしろ、素晴らしい美女、アウロラの隣を歩いていることもあり、賞賛と羨望の眼差しを浴びている。
悪い気はしないが、注目を集めるのは得策ではない。
――ここはもう、ミハイルの手の内だ。変装に近いくらい、前回会った時と恰好が違うから、ばれないだろうか……。
それでも祭壇の傍へ寄るのは止めておいた方が良さそうだ。
祭壇の噴水から汲み上げた聖水をいただくことこそ、花冠祭 の要だが、もしかしたら祭壇にはミハイルがいるかもしれない。
「ネネ、聖水をもらいに行かないの?」
「アタシはここでいいよ。アウロラこそ、花冠祭にきたかったんでしょ? もらってきなよ」
「え?」
「え?」
アウロラは不思議そうに首を傾げる。ネネも不思議に思い首を傾げた。
――あれ、花冠祭にきたかったんじゃないの? わざわざ馬車まで用意していたのに……。
「そうね……。わたくし、もらってきますわ……。直ぐ戻りますから、少しだけ待っていてくださいな」
ネネが不審そうにアウロラを見つめていると、アメシストの瞳が慌てたように泳いだ。とってつけたように祭壇を指して歩き出す。
愛想よく手を振り返しながら、ネネは逃げる気満々だった。
――それにしても、初めて会った気がしないのは、どうしてだろう……。あんな美女、一度会ったら忘れないはずなんだけど……。
アウロラの後ろ姿を眺めながら、思わず首を捻 る。
強引だけど何だか可愛らしくて、憎めない人だった。女同士の買い物なんてしたことがなかったから、とても新鮮だった。
さて、退散しよう――そう思った矢先、大聖堂のパイプオルガンが響き渡った。美しい聖なる音楽に気を取られて、思わず足を止める。
祭壇の奥にあるパイプオルガンを眺めていると、純白の聖衣を着たミハイルと、その隣に紺色のジュストコールを着たルルの姿を見つけた。
――ルルッ! 何でこんなところに……!? どうしてミハイルと一緒に?
思わぬところでルルを見つけた。しかしよりによって、どうしてミハイルと一緒なのだろう。傍へ行きたくてもいけないではないか。
もしかしたらルルは、何かやっかいごとに巻き込まれたのかもしれない。例えばミハイルに弱みを握られて……。
仮説を立ててみた。
先日はネネに会いに森へ来る余裕があったけれど、その後、何かが起きて、ミハイルと行動を共にせざるをえなくなった……。
或いは、ルルはやっぱり恐ろしい魔性――リヴィヤンタンで、大聖堂を訪れる信徒を誑 かしているのだろうか……。
――考えたって、判らない。本人に聞くしかないよ。
ネネは琥珀の瞳をきらりと輝かせた。
どうにかして二人の後をつけて、ルルが一人になったら声をかけよう。ここからだと、祭壇までかなり距離があるが、視力の良いネネなら問題ない。
綺麗なルルの顔まではっきりと見える。
――ルルだ……。一先ず、酷いことはされてなさそう……。良かった……。
早く声をかけたいけれど、内陣の傍へ寄ったら、見つかってしまいそうだ。
石柱に隠れながら、交差廊からうまいこと堂内の奥へ忍び込めないだろうか。
祭壇へ向かう娘達に紛れて、主身廊を進んで行く。
顔を伏せた方がいいのかもしれない。けれど、ルルから目を離すことなんて、出来なかった。
――あ……、目が合ってしまいそう……。
視線が交差する瞬間に慌てて顔を伏せた。娘達の影に隠れるようにして、肩を縮める。心臓がバクバクしていた。
よく考えたら、ミハイルに見つからなければいいだけで、ルルに気づいてもらえる分には、問題ないのではないだろうか。
そうは思っても、身体は何故か勝手に石柱の影へと隠れてしまった。ルルと瞳が合いそうになっただけで、異様なほど心臓がどきどきしている。
――あ、あれ……? アタシ、どうしちゃったんだろう……。
石柱にもたれて胸を押さえているネネを、行き交う娘達が不思議そうに見ている。ここにいては目立ってしまう。
交差廊の奥の扉も解放されているらしく、ちらほらと娘達が扉の外へ出て行く。よし、と思いネネも娘達の後ろに隠れるようにして扉の外へ出た。
――よし……って、逃げてどうするんだ……。せっかくルルを見つけたのに。
大聖堂の中心軸、主身廊の天上ははるかに高く、大きな高窓のおかげで一際明るい。降り注ぐ光の中で、時がとまったように塵が煌めいて見える。
林立する巨大な石柱に囲まれて、まるで石の森に分け入ったような錯覚を覚えた。
石でひんやりと冷やされた空気。微妙な風の流れが運ぶ、不思議な香り。
正面に
生まれて初めて見る大聖堂はとても美しく、ネネを深く感動させた。
――神様なんて信じていない……、だけど……、ここはとても綺麗だ……。
着飾った娘達が、明るい笑顔を浮かべて祭壇へと歩いて行く。さっきはやぼったい恰好を笑われたが、今のネネを見て笑う者はいない。
むしろ、素晴らしい美女、アウロラの隣を歩いていることもあり、賞賛と羨望の眼差しを浴びている。
悪い気はしないが、注目を集めるのは得策ではない。
――ここはもう、ミハイルの手の内だ。変装に近いくらい、前回会った時と恰好が違うから、ばれないだろうか……。
それでも祭壇の傍へ寄るのは止めておいた方が良さそうだ。
祭壇の噴水から汲み上げた聖水をいただくことこそ、
「ネネ、聖水をもらいに行かないの?」
「アタシはここでいいよ。アウロラこそ、花冠祭にきたかったんでしょ? もらってきなよ」
「え?」
「え?」
アウロラは不思議そうに首を傾げる。ネネも不思議に思い首を傾げた。
――あれ、花冠祭にきたかったんじゃないの? わざわざ馬車まで用意していたのに……。
「そうね……。わたくし、もらってきますわ……。直ぐ戻りますから、少しだけ待っていてくださいな」
ネネが不審そうにアウロラを見つめていると、アメシストの瞳が慌てたように泳いだ。とってつけたように祭壇を指して歩き出す。
愛想よく手を振り返しながら、ネネは逃げる気満々だった。
――それにしても、初めて会った気がしないのは、どうしてだろう……。あんな美女、一度会ったら忘れないはずなんだけど……。
アウロラの後ろ姿を眺めながら、思わず首を
強引だけど何だか可愛らしくて、憎めない人だった。女同士の買い物なんてしたことがなかったから、とても新鮮だった。
さて、退散しよう――そう思った矢先、大聖堂のパイプオルガンが響き渡った。美しい聖なる音楽に気を取られて、思わず足を止める。
祭壇の奥にあるパイプオルガンを眺めていると、純白の聖衣を着たミハイルと、その隣に紺色のジュストコールを着たルルの姿を見つけた。
――ルルッ! 何でこんなところに……!? どうしてミハイルと一緒に?
思わぬところでルルを見つけた。しかしよりによって、どうしてミハイルと一緒なのだろう。傍へ行きたくてもいけないではないか。
もしかしたらルルは、何かやっかいごとに巻き込まれたのかもしれない。例えばミハイルに弱みを握られて……。
仮説を立ててみた。
先日はネネに会いに森へ来る余裕があったけれど、その後、何かが起きて、ミハイルと行動を共にせざるをえなくなった……。
或いは、ルルはやっぱり恐ろしい魔性――リヴィヤンタンで、大聖堂を訪れる信徒を
――考えたって、判らない。本人に聞くしかないよ。
ネネは琥珀の瞳をきらりと輝かせた。
どうにかして二人の後をつけて、ルルが一人になったら声をかけよう。ここからだと、祭壇までかなり距離があるが、視力の良いネネなら問題ない。
綺麗なルルの顔まではっきりと見える。
――ルルだ……。一先ず、酷いことはされてなさそう……。良かった……。
早く声をかけたいけれど、内陣の傍へ寄ったら、見つかってしまいそうだ。
石柱に隠れながら、交差廊からうまいこと堂内の奥へ忍び込めないだろうか。
祭壇へ向かう娘達に紛れて、主身廊を進んで行く。
顔を伏せた方がいいのかもしれない。けれど、ルルから目を離すことなんて、出来なかった。
――あ……、目が合ってしまいそう……。
視線が交差する瞬間に慌てて顔を伏せた。娘達の影に隠れるようにして、肩を縮める。心臓がバクバクしていた。
よく考えたら、ミハイルに見つからなければいいだけで、ルルに気づいてもらえる分には、問題ないのではないだろうか。
そうは思っても、身体は何故か勝手に石柱の影へと隠れてしまった。ルルと瞳が合いそうになっただけで、異様なほど心臓がどきどきしている。
――あ、あれ……? アタシ、どうしちゃったんだろう……。
石柱にもたれて胸を押さえているネネを、行き交う娘達が不思議そうに見ている。ここにいては目立ってしまう。
交差廊の奥の扉も解放されているらしく、ちらほらと娘達が扉の外へ出て行く。よし、と思いネネも娘達の後ろに隠れるようにして扉の外へ出た。
――よし……って、逃げてどうするんだ……。せっかくルルを見つけたのに。