PERFECT GOLDEN BLOOD
1章:十七歳の誕生日 - 6 -
「えっ!? な、どうして」
「驚かせてごめん。やっぱり、送ろうと思って」
ルイは微笑を浮かべていった。
小夜子は衝撃のあまり、すぐに言葉がでてこなかった。彼が正面に現れるはずがないのだ。現実の物理的法則を飛び超えて、瞬間移動したとしか思えない。
「……そんな、気にしないでください」
やっとの思いで小夜子はいったが、手を握られ、頭のなかが真っ白になった。
「怖がらないで」
「いえ、あの……」
「小夜子が送らせてくれるなら、離してあげる」
「えっ」
「この先の道は昏いでしょう? 危ないよ」
小夜子は訝しんだ。どういうわけか、この先にある公園で、とても怖い思いをしたような気がする。真っ黒な葉茂みが不気味に揺れる様が思いだされ、背筋がぞくりと震えた。
「大丈夫、怖くないよ」
ルイは小夜子の肩をぎゅっと抱きしめた。
不思議なことに、その温もりに小夜子は安堵を覚えた。ほんのさっきまではルイが怖ったのに、今は彼のそばにいれば安全という気がしている。
「ほら、いこう」
手を引かれるがまま、小夜子は歩き始めた。繋いだ手に意識が集中する。掌が汗で湿ってしまいそうで、気を紛らわせようと視線を彷徨わせたが、少し後悔した。
ぼんやりとした白い靄 が視界の端に映ったが、目をあわせることはしなかった。
「きっと君は、人よりも感受性が豊かなんだね」
「え?」
小夜子が顔をあげると、銀色の瞳と遭った。
「気配を読むことに、君はとても敏感だから」
「え……」
「いきなり変なことをいって、ごめん。人には誰だって、秘密の一つや二つあるものだよね」
「……」
「僕にも、人にはいえない秘密があるんだ」
ルイは謎めいた笑みを浮かべた。
「あの、ルイさんは」
「ルイでいいよ」
「でも、」
「ルイって呼んでみて、ほら」
「……ルイ?」
「なぁに?」
ルイは花が綻ぶような笑みを浮かべた。あまりの美しさに、小夜子はくらりと倒れこみそうになった。
「今何かいいかけたでしょう?」
「……あの、どうして、私を誘ってくれたんですか?」
「さっきいった通りだよ。財布を拾ってくれたお礼、っていうのは口実で、小夜子ともっと話してみたいと思ったから」
その説明は、食事をしている時にも聞いたが、小夜子にはどうしても不思議だった。目立つタイプではないのに、一体小夜子の何が、ルイをそう思わせたのだろう?
「そんなに見つめられると、照れるな」
「ご、ごめんなさい」
「謝ることはないよ。俯かないで」
しどろもどろになる小夜子を見て、ルイは綺麗な笑みを浮かべた。
「ね、家族はどうしているの?」
「静岡にいます。私は東京の高校に通うために、一人暮らしをしているんです」
「そう。一人暮らしは大変じゃない?」
「最初は少し……でも、もう慣れましたから」
小夜子はそれ以上の説明はしたくなくて、曖昧にほほえんでごまかした。
「普段、友達とはどんなことをして遊ぶの?」
「え、なんだろう……週末は皆バイトや予定が入っているから、学校帰りに遊ぶことが多いです。カラオケにいったり、お茶したり」
小夜子は少々見栄を張った。本当は友達らしい友達は一人もいないのだ。子供の頃から内向的な性格をしており、こみいった事情を抱えていることから、誰かとプライベートな約束をすることは滅多になかった。決して他人とのコミュニケ―ションを疎んじているわけではないのだが、自分から声をかけて仲良くなることが極めて稀であり、苦手だった。
「それじゃ、今度は僕とカラオケにいこう」
にこやかに提案するルイに、小夜子は本心からの笑みを顔に浮かべた。社交辞令と判っていても嬉しい。
アパートが見えてくると、小夜子は落ち着かない気持ちになった。ルイのような美しい人に対して、自意識過剰と思われそうだが、出会って間もない人に、家に入るところを見られたくなかった。
「あの、もうすぐですから、ここで……」
急によそよそしい態度をとられても、ルイは穏やかな表情を崩さなかった。
「ん、判った。気をつけてね」
「はい、それじゃ……」
小夜子はほっとして、背を向けた。
「小夜子」
振り向くよりも先に、背中から抱きしめられた。首に吐息が触れる。深々と息を吸いこむ気配を感じて、小夜子は身震いした。心臓が壊れそうなほど音を立てて鳴っている。
「小夜子……」
「はいっ」
上擦った声で返事をすると、大きな手が宥めるように小夜子の髪を撫でた。
「やっぱり、お休みのキスをしてもいい?」
「えっ?」
両肩を大きな手に包まれて、振り向かされる。通行止めの細い路地に引っ張りこまれ、背を壁に押しけられた。端正な顔が驚くほど近くにある。覆い被さるようなルイの肢体に、小夜子は圧倒された。
「だ、だめです」
彼にとってキスは挨拶かもしれないが、小夜子にとっては一大事だ。どう考えても友達の範疇を越えているし、親密すぎる。
「だめ?」
「だめ」
小夜子は視線を泳がせながら拒んだ。
「……でも、どうしてもしたい」
両頬を掌に包まれて、上向かされる。月光の陰影で彼の表情はよく見えない。それなのに、銀色の瞳は仄かな光彩を放っているようだった。
柔らかくも、恐ろしく強固な拘束を、小夜子には振りほどくことができなかった。
「ルイさん……っ」
端正な顔が降りてくる。吐息が触れた瞬間、首をすくめてぎゅっと目を閉じた。触れた唇はとても優しくて、暖かった。胸を甘く締めつけられる。
唇が離れていき、小夜子がうっとり瞼をもちあげた時、ルイは恐れをなしたようにあとずさり、茫然とした表情で小夜子を見つめていた。
「……ルイさん?」
彼は一言も口をきかなかった。銀色の瞳を驚きに見開いたまま、二歩、三歩とあとずさり、黒い永劫の羽を広げる闇夜に消えた。
「驚かせてごめん。やっぱり、送ろうと思って」
ルイは微笑を浮かべていった。
小夜子は衝撃のあまり、すぐに言葉がでてこなかった。彼が正面に現れるはずがないのだ。現実の物理的法則を飛び超えて、瞬間移動したとしか思えない。
「……そんな、気にしないでください」
やっとの思いで小夜子はいったが、手を握られ、頭のなかが真っ白になった。
「怖がらないで」
「いえ、あの……」
「小夜子が送らせてくれるなら、離してあげる」
「えっ」
「この先の道は昏いでしょう? 危ないよ」
小夜子は訝しんだ。どういうわけか、この先にある公園で、とても怖い思いをしたような気がする。真っ黒な葉茂みが不気味に揺れる様が思いだされ、背筋がぞくりと震えた。
「大丈夫、怖くないよ」
ルイは小夜子の肩をぎゅっと抱きしめた。
不思議なことに、その温もりに小夜子は安堵を覚えた。ほんのさっきまではルイが怖ったのに、今は彼のそばにいれば安全という気がしている。
「ほら、いこう」
手を引かれるがまま、小夜子は歩き始めた。繋いだ手に意識が集中する。掌が汗で湿ってしまいそうで、気を紛らわせようと視線を彷徨わせたが、少し後悔した。
ぼんやりとした白い
「きっと君は、人よりも感受性が豊かなんだね」
「え?」
小夜子が顔をあげると、銀色の瞳と遭った。
「気配を読むことに、君はとても敏感だから」
「え……」
「いきなり変なことをいって、ごめん。人には誰だって、秘密の一つや二つあるものだよね」
「……」
「僕にも、人にはいえない秘密があるんだ」
ルイは謎めいた笑みを浮かべた。
「あの、ルイさんは」
「ルイでいいよ」
「でも、」
「ルイって呼んでみて、ほら」
「……ルイ?」
「なぁに?」
ルイは花が綻ぶような笑みを浮かべた。あまりの美しさに、小夜子はくらりと倒れこみそうになった。
「今何かいいかけたでしょう?」
「……あの、どうして、私を誘ってくれたんですか?」
「さっきいった通りだよ。財布を拾ってくれたお礼、っていうのは口実で、小夜子ともっと話してみたいと思ったから」
その説明は、食事をしている時にも聞いたが、小夜子にはどうしても不思議だった。目立つタイプではないのに、一体小夜子の何が、ルイをそう思わせたのだろう?
「そんなに見つめられると、照れるな」
「ご、ごめんなさい」
「謝ることはないよ。俯かないで」
しどろもどろになる小夜子を見て、ルイは綺麗な笑みを浮かべた。
「ね、家族はどうしているの?」
「静岡にいます。私は東京の高校に通うために、一人暮らしをしているんです」
「そう。一人暮らしは大変じゃない?」
「最初は少し……でも、もう慣れましたから」
小夜子はそれ以上の説明はしたくなくて、曖昧にほほえんでごまかした。
「普段、友達とはどんなことをして遊ぶの?」
「え、なんだろう……週末は皆バイトや予定が入っているから、学校帰りに遊ぶことが多いです。カラオケにいったり、お茶したり」
小夜子は少々見栄を張った。本当は友達らしい友達は一人もいないのだ。子供の頃から内向的な性格をしており、こみいった事情を抱えていることから、誰かとプライベートな約束をすることは滅多になかった。決して他人とのコミュニケ―ションを疎んじているわけではないのだが、自分から声をかけて仲良くなることが極めて稀であり、苦手だった。
「それじゃ、今度は僕とカラオケにいこう」
にこやかに提案するルイに、小夜子は本心からの笑みを顔に浮かべた。社交辞令と判っていても嬉しい。
アパートが見えてくると、小夜子は落ち着かない気持ちになった。ルイのような美しい人に対して、自意識過剰と思われそうだが、出会って間もない人に、家に入るところを見られたくなかった。
「あの、もうすぐですから、ここで……」
急によそよそしい態度をとられても、ルイは穏やかな表情を崩さなかった。
「ん、判った。気をつけてね」
「はい、それじゃ……」
小夜子はほっとして、背を向けた。
「小夜子」
振り向くよりも先に、背中から抱きしめられた。首に吐息が触れる。深々と息を吸いこむ気配を感じて、小夜子は身震いした。心臓が壊れそうなほど音を立てて鳴っている。
「小夜子……」
「はいっ」
上擦った声で返事をすると、大きな手が宥めるように小夜子の髪を撫でた。
「やっぱり、お休みのキスをしてもいい?」
「えっ?」
両肩を大きな手に包まれて、振り向かされる。通行止めの細い路地に引っ張りこまれ、背を壁に押しけられた。端正な顔が驚くほど近くにある。覆い被さるようなルイの肢体に、小夜子は圧倒された。
「だ、だめです」
彼にとってキスは挨拶かもしれないが、小夜子にとっては一大事だ。どう考えても友達の範疇を越えているし、親密すぎる。
「だめ?」
「だめ」
小夜子は視線を泳がせながら拒んだ。
「……でも、どうしてもしたい」
両頬を掌に包まれて、上向かされる。月光の陰影で彼の表情はよく見えない。それなのに、銀色の瞳は仄かな光彩を放っているようだった。
柔らかくも、恐ろしく強固な拘束を、小夜子には振りほどくことができなかった。
「ルイさん……っ」
端正な顔が降りてくる。吐息が触れた瞬間、首をすくめてぎゅっと目を閉じた。触れた唇はとても優しくて、暖かった。胸を甘く締めつけられる。
唇が離れていき、小夜子がうっとり瞼をもちあげた時、ルイは恐れをなしたようにあとずさり、茫然とした表情で小夜子を見つめていた。
「……ルイさん?」
彼は一言も口をきかなかった。銀色の瞳を驚きに見開いたまま、二歩、三歩とあとずさり、黒い永劫の羽を広げる闇夜に消えた。