メル・アン・エディール - 飛空艦と少女 -
1章:古代神器の魔法 - 12 -
雫が笑っている……。
あの日、二人で楽しみにしていた、ナッツベリー・ファームのウォーターライドに乗って、水飛沫を浴びながら悲鳴を上げている。
“超濡れたんだけどぉーっ!”
水に浮かぶ丸いカートは、飛鳥と雫を乗せてくるくると回る。滝の水が頭から降り注ぐベスト・ポイントで、雫の座席がちょうど真下にきた。狙ったように頭から水を被り、ずぶ濡れになっている。
“お姉ちゃん、写真撮ってあげよっか”
“壊れるから駄目! 耐水じゃないんだから!”
レインコートなんて、あってないようなものだ。雫ほどではないけれど、飛鳥も十分びしょ濡れだ。真夏で良かった。髪や肌を濡らす水が心地いい。
――あぁ……、私は今、夢を見ているんだ。
これが夢だと判る。現実に、雫がいるわけがない。雫は、あの日あの事故で、死んでしまったのだから……。
夢の中で会いに来てくれた。一緒に乗ろうって、約束していたから――。
“靴脱いでおけば良かったー、びしょびしょだよ”
“私サンダルだから平気ー”
雫が勝ち誇ったように笑う。飛鳥も笑っている。夢だと判っていても、楽しくて仕方がない。いつまでも水飛沫を浴びていたいのに、終わりが近づいている。
“もう一回乗ろうよ!”
雫が笑う。大賛成だ。何度でも乗りたい。ずっと乗っていたい。けれど、とうとうスタート地点に着いて、カートから降りた。
スニーカーはびしょ濡れで、歩く度にカエルの潰れたような音が聞こえる。飛鳥の無様な恰好を見て、雫が笑っている。外で待っていた両親が手を振ると、雫は駆けだした――。
“濡れたー”
“待ってよ、お姉ちゃん……”
体は目覚めつつあるが、離れ難くて、微睡にしがみつくように手を伸ばした。ずっと夢を見ていたい。いつまでも……。
「ン……」
はだけたシーツを、体の上に掛け直された。少し肌寒かったので、ちょうどいい……。優しい手つきで頬にかかる髪を払われる。微睡から目覚めた飛鳥は、ルーシーの青い瞳を見て固まった。
「――っ」
『****、アスカ』
“起きた?”
「ルーシー……」
ルーシーはベッドに腰掛けて、飛鳥の髪を撫でている。
脳が覚醒すると共に、とてつもない落胆に襲われた。あれは夢で、これが現実……、逆なら良かった。これが夢で、さっきまで見ていた、幸せな世界が現実だったら、どんなに……。
胸が痛い……。
あっという間に視界が潤んだ。顔を背けた途端に、涙が頬を伝う。背けた頬に、ルーシーの視線を感じた。今は見ないで欲しい。背を向けて手で顔を隠したら、頭を撫でられた。
『*******……』
思考を読むまでもなく、慰めを口にしていることは判る。けれど、その優しさは全てまやかしだ。
緩慢な動作で起き上がると、ボサボサになっているだろう髪を手櫛で梳いた。寝起きを見られるのは、かなり恥ずかしい。
いくら子供と思っているからって、寝起きに会いに来ないで欲しい。パジャマ姿だし、ブラもつけていないのに……。厚い生地だから透けてはいないけれど、意識したら急に恥ずかしくなってきた。
『******……』
“どうして泣いた? 夢?”
「お早うございます……」
寝起きの顔を見られたくなくて、俯いたままお辞儀したら、大きな手で優しく頭を撫でられた。
“大丈夫?”
居心地が悪くて仕方ない。視線を泳がせていると、額に掠めるようなキスをされた。
「ちょっと!」
飛鳥の思考は完全に停止した。ドキドキし過ぎて、口から心臓が飛び出しそうだ。額を押さえる飛鳥を、ルーシーは優しい眼差しで見つめている。
『**********』
“案内したいが、平気? 様子を見るか……”
どうやら艦内を案内してくれるらしい。頷きそうになるのを堪えていると、ルーシーは飛鳥の頭を軽く撫でて、ベッドから立ち上がった。
「ルーシー?」
『アスカ、******』
ルーシーは、眩しい笑顔で「また来る」といった意味合いの言葉を口にすると、今度こそ颯爽と部屋を出て行った。
では今は、何しに来たのだろう。
まさか、お早うのキスをする為だけに……。……。飛鳥は顔を赤らめて、シーツに視線を落とした。
あの日、二人で楽しみにしていた、ナッツベリー・ファームのウォーターライドに乗って、水飛沫を浴びながら悲鳴を上げている。
“超濡れたんだけどぉーっ!”
水に浮かぶ丸いカートは、飛鳥と雫を乗せてくるくると回る。滝の水が頭から降り注ぐベスト・ポイントで、雫の座席がちょうど真下にきた。狙ったように頭から水を被り、ずぶ濡れになっている。
“お姉ちゃん、写真撮ってあげよっか”
“壊れるから駄目! 耐水じゃないんだから!”
レインコートなんて、あってないようなものだ。雫ほどではないけれど、飛鳥も十分びしょ濡れだ。真夏で良かった。髪や肌を濡らす水が心地いい。
――あぁ……、私は今、夢を見ているんだ。
これが夢だと判る。現実に、雫がいるわけがない。雫は、あの日あの事故で、死んでしまったのだから……。
夢の中で会いに来てくれた。一緒に乗ろうって、約束していたから――。
“靴脱いでおけば良かったー、びしょびしょだよ”
“私サンダルだから平気ー”
雫が勝ち誇ったように笑う。飛鳥も笑っている。夢だと判っていても、楽しくて仕方がない。いつまでも水飛沫を浴びていたいのに、終わりが近づいている。
“もう一回乗ろうよ!”
雫が笑う。大賛成だ。何度でも乗りたい。ずっと乗っていたい。けれど、とうとうスタート地点に着いて、カートから降りた。
スニーカーはびしょ濡れで、歩く度にカエルの潰れたような音が聞こえる。飛鳥の無様な恰好を見て、雫が笑っている。外で待っていた両親が手を振ると、雫は駆けだした――。
“濡れたー”
“待ってよ、お姉ちゃん……”
体は目覚めつつあるが、離れ難くて、微睡にしがみつくように手を伸ばした。ずっと夢を見ていたい。いつまでも……。
「ン……」
はだけたシーツを、体の上に掛け直された。少し肌寒かったので、ちょうどいい……。優しい手つきで頬にかかる髪を払われる。微睡から目覚めた飛鳥は、ルーシーの青い瞳を見て固まった。
「――っ」
『****、アスカ』
“起きた?”
「ルーシー……」
ルーシーはベッドに腰掛けて、飛鳥の髪を撫でている。
脳が覚醒すると共に、とてつもない落胆に襲われた。あれは夢で、これが現実……、逆なら良かった。これが夢で、さっきまで見ていた、幸せな世界が現実だったら、どんなに……。
胸が痛い……。
あっという間に視界が潤んだ。顔を背けた途端に、涙が頬を伝う。背けた頬に、ルーシーの視線を感じた。今は見ないで欲しい。背を向けて手で顔を隠したら、頭を撫でられた。
『*******……』
思考を読むまでもなく、慰めを口にしていることは判る。けれど、その優しさは全てまやかしだ。
緩慢な動作で起き上がると、ボサボサになっているだろう髪を手櫛で梳いた。寝起きを見られるのは、かなり恥ずかしい。
いくら子供と思っているからって、寝起きに会いに来ないで欲しい。パジャマ姿だし、ブラもつけていないのに……。厚い生地だから透けてはいないけれど、意識したら急に恥ずかしくなってきた。
『******……』
“どうして泣いた? 夢?”
「お早うございます……」
寝起きの顔を見られたくなくて、俯いたままお辞儀したら、大きな手で優しく頭を撫でられた。
“大丈夫?”
居心地が悪くて仕方ない。視線を泳がせていると、額に掠めるようなキスをされた。
「ちょっと!」
飛鳥の思考は完全に停止した。ドキドキし過ぎて、口から心臓が飛び出しそうだ。額を押さえる飛鳥を、ルーシーは優しい眼差しで見つめている。
『**********』
“案内したいが、平気? 様子を見るか……”
どうやら艦内を案内してくれるらしい。頷きそうになるのを堪えていると、ルーシーは飛鳥の頭を軽く撫でて、ベッドから立ち上がった。
「ルーシー?」
『アスカ、******』
ルーシーは、眩しい笑顔で「また来る」といった意味合いの言葉を口にすると、今度こそ颯爽と部屋を出て行った。
では今は、何しに来たのだろう。
まさか、お早うのキスをする為だけに……。……。飛鳥は顔を赤らめて、シーツに視線を落とした。