メル・アン・エディール - 飛空艦と少女 -
2章:キスと魔法と逃走 - 10 -
隔離室に戻された後、ルーシーは部屋を出て行き、やがて、湯気の立つ料理を持って戻ってきた。
『アスカ、*******?』
“お腹空いたでしょう?”
そう言われると、そろそろ夕食の時間だ。しかし、空腹感はどこへ飛んでしまっている。いらない、と言うように首を左右に振ったが、ルーシーは銀のトレーを机の上に置いた。
どうにもならない沈黙が落ちる……。飛鳥がいつまでも席につかずにいると、ルーシーは諦めたように話し始めた。
『アスカ、******』
“予定が変わりました。当艦はヴィラ・サン・ノエル城から針路変更、現在、北東に位置するゴットヘイルを目指して高速移動中です”
「ゴットヘイル……?」
飛鳥が声に出すと、ルーシーは「そうだ」と言うように頷いた。
“バビロン北東にある重要港湾都市です。基地管制の報告では、昨夜未明、クリークダウン空賊団がバビロン領空、ゴットヘイル島を侵犯し、襲撃開始。抗戦を続けるも状況は劣勢だそうです。ルジフェル閣下から、我が艦に撃墜命令が下りました”
海賊ではなく、空賊……。空しかない世界だからか。撃墜、ということは、ルーシーも闘うのだろうか。じっと見上げていると、ルーシーは更に説明を続けた。
“バビロンは目前でしたが、可及的速やかに……、ということですので仕方ありません。現場に直行します。クリークダウン空賊団の船長、ウルファン・バーキッツを捕えてから、バビロンに帰還することになりました”
「戦うんですか……?」
『******?』
“どうかしましたか?”
言葉を続けられずに口を閉ざすと、安心させるように頭を撫でられた。
“すぐに片付きますよ”
「ユーノは?」
ルーシーは微笑んだ。
“今、ファウストが調律をしています。明日には会えるでしょう”
心の底からほっとした。
しかし、激突した操縦士を想うと、気鬱は晴れない。誰が乗っていたのかは知らない。何の罪もない人だ。飛鳥のせいで、恐ろしい事故を引き起こしてしまった。
悄然として俯いていると、ルーシーに頭を撫でられた。
“――未帰還機は一機でしたが……”
勢いよく顔を上げると、ルーシーは安心させるように微笑んだ。
“心配していた? 安心してください。操縦士は脱出して無事です。僚機が連れ帰りました。破損機の修理や代機との交換にも着工しています。明日には、完全な陣容に復するでしょう”
「あぁ……っ、神様……っ」
飛鳥は両手で口を抑えた。無事だった。乗っていた人は、無事だったのだ。飛鳥は人殺しではなかった。
視界は忽 ち潤み、熱い雫が頬を滑り落ちた。
『アスカ……』
「ありがとうございます……っ」
それだけ言うのがやっとだった。ルーシーは飛鳥をじっと見つめた後、両腕を伸ばして抱き寄せた。少々照れ臭かったが、慰めてくれるのだろうと身を任せていると、瞼の上にキスされた。
「――っ」
柔らかな感触に、鼓動が跳ねる。
慰めるにしても、度を超していないだろうか。少なくとも、飛鳥の感覚では。胸に手をついて押しのけようとしたら、その手を掴まれた。
“――……”
ルーシーの淡い思考を読み取り、飛鳥はたじろいだ。慌てて彼の思考から目を背ける。覗いてはいけない気がした。
『******……』
飛鳥が怯えたように身を引くと、ルーシーは気まずそうに飛鳥の手を離して、視線を逸らした。ぽん、と飛鳥の頭を一撫でして、静かに部屋を出て行く。
一人になった途端に、心臓は煩いくらい早鐘を打ち始めた。
ルーシーは、さっき何を思ったのか――キスしたい――本当にそう思ったのだろうか。そんなわけない……、と否定しながらも、胸に湧きあがる喜びを止めることは難しかった。
『アスカ、*******?』
“お腹空いたでしょう?”
そう言われると、そろそろ夕食の時間だ。しかし、空腹感はどこへ飛んでしまっている。いらない、と言うように首を左右に振ったが、ルーシーは銀のトレーを机の上に置いた。
どうにもならない沈黙が落ちる……。飛鳥がいつまでも席につかずにいると、ルーシーは諦めたように話し始めた。
『アスカ、******』
“予定が変わりました。当艦はヴィラ・サン・ノエル城から針路変更、現在、北東に位置するゴットヘイルを目指して高速移動中です”
「ゴットヘイル……?」
飛鳥が声に出すと、ルーシーは「そうだ」と言うように頷いた。
“バビロン北東にある重要港湾都市です。基地管制の報告では、昨夜未明、クリークダウン空賊団がバビロン領空、ゴットヘイル島を侵犯し、襲撃開始。抗戦を続けるも状況は劣勢だそうです。ルジフェル閣下から、我が艦に撃墜命令が下りました”
海賊ではなく、空賊……。空しかない世界だからか。撃墜、ということは、ルーシーも闘うのだろうか。じっと見上げていると、ルーシーは更に説明を続けた。
“バビロンは目前でしたが、可及的速やかに……、ということですので仕方ありません。現場に直行します。クリークダウン空賊団の船長、ウルファン・バーキッツを捕えてから、バビロンに帰還することになりました”
「戦うんですか……?」
『******?』
“どうかしましたか?”
言葉を続けられずに口を閉ざすと、安心させるように頭を撫でられた。
“すぐに片付きますよ”
「ユーノは?」
ルーシーは微笑んだ。
“今、ファウストが調律をしています。明日には会えるでしょう”
心の底からほっとした。
しかし、激突した操縦士を想うと、気鬱は晴れない。誰が乗っていたのかは知らない。何の罪もない人だ。飛鳥のせいで、恐ろしい事故を引き起こしてしまった。
悄然として俯いていると、ルーシーに頭を撫でられた。
“――未帰還機は一機でしたが……”
勢いよく顔を上げると、ルーシーは安心させるように微笑んだ。
“心配していた? 安心してください。操縦士は脱出して無事です。僚機が連れ帰りました。破損機の修理や代機との交換にも着工しています。明日には、完全な陣容に復するでしょう”
「あぁ……っ、神様……っ」
飛鳥は両手で口を抑えた。無事だった。乗っていた人は、無事だったのだ。飛鳥は人殺しではなかった。
視界は
『アスカ……』
「ありがとうございます……っ」
それだけ言うのがやっとだった。ルーシーは飛鳥をじっと見つめた後、両腕を伸ばして抱き寄せた。少々照れ臭かったが、慰めてくれるのだろうと身を任せていると、瞼の上にキスされた。
「――っ」
柔らかな感触に、鼓動が跳ねる。
慰めるにしても、度を超していないだろうか。少なくとも、飛鳥の感覚では。胸に手をついて押しのけようとしたら、その手を掴まれた。
“――……”
ルーシーの淡い思考を読み取り、飛鳥はたじろいだ。慌てて彼の思考から目を背ける。覗いてはいけない気がした。
『******……』
飛鳥が怯えたように身を引くと、ルーシーは気まずそうに飛鳥の手を離して、視線を逸らした。ぽん、と飛鳥の頭を一撫でして、静かに部屋を出て行く。
一人になった途端に、心臓は煩いくらい早鐘を打ち始めた。
ルーシーは、さっき何を思ったのか――キスしたい――本当にそう思ったのだろうか。そんなわけない……、と否定しながらも、胸に湧きあがる喜びを止めることは難しかった。