メル・アン・エディール - 飛空艦と少女 -

3章:ゴットヘイル襲撃 - 7 -

 隔離室に戻った後も、ルーシーはすぐに出て行こうとしなかった。

「リオンは、これからどうなるんですか?」

 無言を埋めるように飛鳥が呟くと、

“……そんなに、気になりますか?”

 不服そうに応える。

『はい』

“……彼は、アスカの情報を密かに流していた内通者ですよ”

『はい』

 ルーシーは迷ったように告げたが、揺るがない飛鳥の様子を見て眉根を寄せた。

“リオンから話を聞いた?”

『はい』

“なら、どうして……”

 はい、としか言えないことが辛い。ルーシーこそ、リオンから真相は聞いたのだろうか? 言葉を伝えられないことが、もどかしくて仕方がない。

“なぜ、そんなにリオンを庇うんですか?”

「なぜって……」

 戸惑う飛鳥を、青い双眸で探るように見下ろす。視線を逸らした途端、ルーシーの明瞭な思考は霞のようにぼけた。

“やましいことでも? リオンが大切?”

 疑念。困惑。苛立ち……微かな、嫉妬。錯雑とした思考を読み取り、飛鳥は視線を背けたまま目を見開いた。
 慌てて思考傍受を遮断するが、覗いてしまった。
 リオンへの妬心。
 そんなことがあるのだろうか。
 嫉妬それは、彼の職務とは完全に別にある感情だ。こんな立派な艦の、艦長を務めるようなひとが、得体も知れぬ飛鳥に――?

『アスカ、******』

『は、はい』

 混乱の極地にいると、焦れたように名を呼ばれた。心の内を読まないといけないらしい。

“私に……魔法はかけていませんよね?”

 疑念に満ちた言葉が、ぐさりと心に突き刺さる。そんなにも、信用されていないのだろうか……。
 力なく首を左右に振ると、ルーシーは躊躇いがちに言葉を続けた。

“……念の為、解呪を唱えてもらえますか?”

 内心ガックリしながら、要望通り、ルーシーを見上げて解呪を唱えた。

「ルーシー、メル・サタナ」

 当然だが、ルーシーに変化はない。飛鳥をじっと見下ろしたまま、呆然自失したように動かない。
 思考は非常に不明瞭で、彼にしては珍しく錯綜さくそうしている。

『アスカ……』

『はい』

 様子のおかしいルーシーを見上げて、真正面から見つめ合う……つくづく思うが、ルーシーはすごく綺麗だ。金色の星屑の浮いた青い双眸は、綺羅星のよう。
 不意に見惚れてしまい、我に返るなり俯いた。
 冷静になろうとしていると、形の良い指先が視界に映り、おとがいをすくわれた。上向いた途端、青い双眸に囚われる。
 距離が近すぎる。
 腕を伸ばして押しのけようとしたら、逆に腕を取られて抱きしめられた。頬を撫でられ、唇を親指で触れられる。

“魔法のせいじゃない”

「ルーシー」

 意味もなく呟いた瞬間、掠めるように唇にキスされた。柔らかな感触は、すぐに離れていったけれど、飛鳥の思考は完全に停止した。

『*****……』

「……」

 ルーシーも時を止めたかのように、瞳を見開いて飛鳥を見下ろしている。瞳に互いの姿を映して、なんとも気まずい沈黙が降りる。
 扉をノックする音が聞こえた時、飛鳥だけでなく、ルーシーも弾かれたように振り向いた。

『アスカ……ルーシー?』

“どうした?”

 扉の外に、怪訝そうな顔のカミュが立っていた。