メル・アン・エディール - 飛空艦と少女 -
3章:ゴットヘイル襲撃 - 8 -
“今度こそバビロンに向かっている。到着まであと五日だ”
カミュはルーシーに説明しながら、飛鳥を見て思考でも話しかけてきた。
『はい』
彼がきてくれて助かった。密かに胸を撫で下ろしながら返事をすると、カミュは一つ頷いてから言葉を継ぐ。
“それまでに、アスカに最低限の宮廷挨拶を覚えてもらう。恐れ多くも、エルヴァラート皇帝陛下に拝謁を賜 るのだからな”
内心で小さく呻いた。果たして自分に出来るだろうか……。その瞬間を想像するだけで緊張する。強張った飛鳥の表情を見て、カミュは付け加える。
“アスカが言葉を解せないことは、陛下もご存知だ。流暢 に喋ろうなど、考えなくていい。最低限の礼儀がなっていれば、後はどうにかする。拝謁の際は、ルーシーと私も同行するからな”
それを聞いて少し安心した。ルーシーがいてくれるのは心強い。
カミュも魔法の後遺症なのか、飛鳥に対して大分険が取れたように思う。彼が飛鳥を“兵器”と喩えたことを忘れたわけではないが、表面上だけでも棘を引っ込めてくれるのはありがたい。
“礼儀作法の指導はファウスト、身支度はロクサンヌに任せる”
ファウストの名を聞くと気が滅入る。襲撃のごたごたで忘れていたが、彼から指導を受けねばならないのだった。ロクサンヌはいいとして、ファウストはできることなら変えて欲しい。無理と知っていても……。
「リオンが良かった」
口の中だけでこっそりと囁いたつもりが、聞こえてしまったらしい。カミュだけでなくルーシーにまで睨まれた。
“艦から内通者が出るとはな……”
カミュは忌々しそうに吐き捨て、ルーシーも“責任は私にある”と苦々しく応えた。カミュはルーシーを気遣わしげに見る。
“あまり気に病むな。艦なんてものは、大きくなればなるほど過酷な職場だ。一千人を越える兵士が乗りこんでる。戦闘時に偽装して乗りこまれたら、はっきり言って注意を回せない”
ルーシーは憂鬱そうに、こめかみを押さえた。
“最たる原因は、ルジフェル閣下が動いたからだ”
二人は既にルジフェルの詭計 を承知しているらしい。リオンは情報を開示したのだろうか。
今回の襲撃のせいで、バビロンへの到着が怖くなってしまった。特に、ルジフェルには会いたくない……。
この部屋を出ても、決して安全とは限らない。むしろ、ルーシーやロクサンヌ達と離れるのかと思うと心細く思う。
『ルーシー、******』
“さて、管制室に……”
カミュは次の用事を思い浮かべながら、部屋を出て行こうとする。飛鳥は無意識のうちに、カミュの袖を掴んでいた。
『アスカ?』
驚いたようにカミュは飛鳥を見下ろす。
「あ……すみません」
すぐに袖から手を離したが、カミュはその場に留まり、飛鳥を見下ろした。
『****、アスカ******?』
“どうしたんだ?”
頭部に二人の視線を感じるが、気まずくて顔を上げられない。
『******?』
『******……』
俯いたまま足元を見つめていると、二人は少し言葉を交わし、やがてルーシーはため息をついた。彼は今、何を考えているのか……恐くて心を覗けない。
恐る恐る顔を上げると、カミュは胡乱げにルーシーを見つめていた。
“本気か? アスカに――”
一瞬、カミュの心を傍受すると、自分の名前が出てきて慌てて遮断した。やはり怖くて無理だ。顔を伏せても、頬のあたりにルーシーの視線を感じる。
『アスカ、******』
中途半端に顔を上げると、ルーシーに頭を撫でられた。数回撫でて手は離れてゆく。そして、ルーシーもカミュと一緒に部屋を出て行った。
「ルーシー……」
誰もいなくなった部屋で一人、ひっそりと呟いてみる。
唇の感触を思い出して、思わず甲で押さえた。彼はどうしてキスしたのだろう。
もしかして、本当に飛鳥に惹かれている……?
だとしたら嬉しい。
でも――
あと五日。バビロンに着けば、飛鳥は引き渡され、任務を終えた艦は……ルーシーは次の任務へ向かうのだろう……。
この想いはどうにもならない。あと五日で、ルーシーとお別れなのだ……。
カミュはルーシーに説明しながら、飛鳥を見て思考でも話しかけてきた。
『はい』
彼がきてくれて助かった。密かに胸を撫で下ろしながら返事をすると、カミュは一つ頷いてから言葉を継ぐ。
“それまでに、アスカに最低限の宮廷挨拶を覚えてもらう。恐れ多くも、エルヴァラート皇帝陛下に拝謁を
内心で小さく呻いた。果たして自分に出来るだろうか……。その瞬間を想像するだけで緊張する。強張った飛鳥の表情を見て、カミュは付け加える。
“アスカが言葉を解せないことは、陛下もご存知だ。
それを聞いて少し安心した。ルーシーがいてくれるのは心強い。
カミュも魔法の後遺症なのか、飛鳥に対して大分険が取れたように思う。彼が飛鳥を“兵器”と喩えたことを忘れたわけではないが、表面上だけでも棘を引っ込めてくれるのはありがたい。
“礼儀作法の指導はファウスト、身支度はロクサンヌに任せる”
ファウストの名を聞くと気が滅入る。襲撃のごたごたで忘れていたが、彼から指導を受けねばならないのだった。ロクサンヌはいいとして、ファウストはできることなら変えて欲しい。無理と知っていても……。
「リオンが良かった」
口の中だけでこっそりと囁いたつもりが、聞こえてしまったらしい。カミュだけでなくルーシーにまで睨まれた。
“艦から内通者が出るとはな……”
カミュは忌々しそうに吐き捨て、ルーシーも“責任は私にある”と苦々しく応えた。カミュはルーシーを気遣わしげに見る。
“あまり気に病むな。艦なんてものは、大きくなればなるほど過酷な職場だ。一千人を越える兵士が乗りこんでる。戦闘時に偽装して乗りこまれたら、はっきり言って注意を回せない”
ルーシーは憂鬱そうに、こめかみを押さえた。
“最たる原因は、ルジフェル閣下が動いたからだ”
二人は既にルジフェルの
今回の襲撃のせいで、バビロンへの到着が怖くなってしまった。特に、ルジフェルには会いたくない……。
この部屋を出ても、決して安全とは限らない。むしろ、ルーシーやロクサンヌ達と離れるのかと思うと心細く思う。
『ルーシー、******』
“さて、管制室に……”
カミュは次の用事を思い浮かべながら、部屋を出て行こうとする。飛鳥は無意識のうちに、カミュの袖を掴んでいた。
『アスカ?』
驚いたようにカミュは飛鳥を見下ろす。
「あ……すみません」
すぐに袖から手を離したが、カミュはその場に留まり、飛鳥を見下ろした。
『****、アスカ******?』
“どうしたんだ?”
頭部に二人の視線を感じるが、気まずくて顔を上げられない。
『******?』
『******……』
俯いたまま足元を見つめていると、二人は少し言葉を交わし、やがてルーシーはため息をついた。彼は今、何を考えているのか……恐くて心を覗けない。
恐る恐る顔を上げると、カミュは胡乱げにルーシーを見つめていた。
“本気か? アスカに――”
一瞬、カミュの心を傍受すると、自分の名前が出てきて慌てて遮断した。やはり怖くて無理だ。顔を伏せても、頬のあたりにルーシーの視線を感じる。
『アスカ、******』
中途半端に顔を上げると、ルーシーに頭を撫でられた。数回撫でて手は離れてゆく。そして、ルーシーもカミュと一緒に部屋を出て行った。
「ルーシー……」
誰もいなくなった部屋で一人、ひっそりと呟いてみる。
唇の感触を思い出して、思わず甲で押さえた。彼はどうしてキスしたのだろう。
もしかして、本当に飛鳥に惹かれている……?
だとしたら嬉しい。
でも――
あと五日。バビロンに着けば、飛鳥は引き渡され、任務を終えた艦は……ルーシーは次の任務へ向かうのだろう……。
この想いはどうにもならない。あと五日で、ルーシーとお別れなのだ……。