PERFECT GOLDEN BLOOD
2章:
目が醒めると、暖かな眼差しにみおろされていることに気がついた。まだ夢を見ているのかと思い、小夜子はほほえんだ。甘えるようにルイの胸にもたれてみる。彼はうっとりするような笑みを浮かべて、小夜子の髪にキスをした。
「お早う」
のどぼとけが上下して、声は立体感をもって響いた。随分とリアルな夢――はっとして、小夜子は瞼をこじ開けた。
「ルイさん?」
「朝の五時前だよ。まだ眠っていていいよ」
ルイは悪戯っぽく笑った。どきっとするほど格好良くて、小夜子は一瞬にして顔が熱くなるのを感じた。同じベッドで眠ってしまったなんて、信じられない。
その時、ボーン、と時計が鳴った。
随分と早朝に鳴るんだな……不思議に思っていると、部屋の窓を覆うシャッターが、一斉におり始めた。
「な、なにっ?」
驚嘆に目を瞠る小夜子を、ルイは宥めるように抱きしめた。
「いっておけばよかったね。この邸では、日の出の一分前に時計が鳴るんだ。遮光シャッターが自動で降りる仕組みになっている」
「へぇ……?」
随分と徹底した遮光対策だ。これから日の出なのだから、むしろシャッターを開けるべきでは? 訝しむ小夜子の髪を、ルイは優しく撫でた。
「まだ起きるには早いよ。もう少し眠った方がいい」
「ルイさんは、寝ないんですか?」
「ん、休んでいたよ」
彼は曖昧に答えて、小夜子の寝ぐせのついた前髪を指ですいた。どきどきして、余計に眠れなくなる。
窓を覆うシャッターが完全に下りると、部屋全体が薄暗くなった。小夜子の八畳間のアパートよりずっと広い部屋なのに、閉鎖的で、空気も希薄になったように感じられた。
「でも私、朝からバイトがあるし、そろそろ帰らないと……」
小夜子が再び起きあがろうとすると、ルイは敏捷な動きで手首を掴んだ。思わずびくっとなる。
「ごめん。少なくとも、君の安全を確認するまでは帰せないんだ」
「安全?」
ルイは頷いた。
「大丈夫。ここにいれば安全だから」
彼は真剣な声と表情でいったが、小夜子は困惑して、銀色の瞳を見つめ返した。
「……でも、シフト入っているし、休んだらバイト先に迷惑がかかるから」
夏休みに入ったので学校はないが、その分、アルバイトのシフトを増やしているのだ。が、ルイは不満そうに片方の眉をつりあげた。
「自分の命とバイトと、どっちが大切なの?」
「そりゃ命ですけど、悪霊にいちいち怯えていたら、何もできなくなっちゃう」
「悪霊じゃない、食屍鬼 だよ。昨夜怖い思いをしたばかりなのに、もう忘れちゃった?」
ルイはぱちんと指を鳴らした。瞬間、封印されていたような恐怖が蘇り、小夜子は震えだした。
「っ、……怖い。私、なんか変だ」
これまでにも怖い思いはしてきたが、昨夜のような、あんな恐怖は経験したことがなかった。黒い瘴気から生まれたような、悍 ましい異妖な怪物。不気味な唸り声。びっしりと並んだ牙を剥いて、小夜子に襲いかかってきた――ルイがいなければ、どうなっていたか判らない。
「……ごめん、怖がらせるつもりはないんだ。ここにいれば安全だよ」
ルイは小夜子を優しく抱きしめた。
「だけど、バイトを休むわけには」
「僕に任せて。うまく説明しておくから」
「ルイさんが?」
「僕はあちこちに顔が利くんだ。心配しないで。しばらく休んでも問題ないように、小夜子の職場に伝えておくよ」
小夜子は訝しむようにルイを見た。
「……どうして、そこまでしてくれるんですか?」
「小夜子が特別だから。君の力になりたいんだ」
ルイは目を覗きこむようにしていった。真剣な口ぶりだったが、過剰な誉め言葉と小夜子は受け取った。
「やめてください、そんな風にいうの」
「嘘じゃない、本当だよ」
小夜子の表情は強張った。美貌で、資産家で、ゴージャスな仲間に囲まれて、カーストの頂点にいるような人が、世界を跪かせることだってできそうな人が、どうして小夜子なんかに構うのだろう?
押し黙る小夜子を見て、ルイは歯痒げな表情を浮かべた。
「難しいと思うけど……いつか、小夜子にも判ってほしい」
微妙な空気が流れかけたが、小さな振動音によって破られた。ルイはサイドテーブルに置いた携帯をとると、小夜子を気にする素振りを見せながら、端末を耳に押しあてた。
「……判った。すぐにいく」
どきっとするほど低い声で応じたあと、手短に通話を切った。
「何かあったんですか?」
「ん、仕事の話。ここにて。僕はでかけるけど、すぐに戻るから」
「え?」
「困ったことがあれば、これを使って。ジョルジュや千尋の連絡先を入れておいたから」
新品のiPhoneを手渡され、小夜子は戸惑った目をルイに向けた。
「ルイさんは、どこにいくんですか?」
「ロンドンだよ」
「ロンドンッ?」
ぎょっとする小夜子を見て、ルイは困ったようにほほえんだ。
「夕方には戻るよ」
「!?」
往復だけで一日以上かかる場所へ、どうやって今日中に戻るというのだろう?
「えーっと……ごめん。心配しないで」
ルイは言葉を探して視線を彷徨わせたが、結局、説明を放棄した。困惑している小夜子を残して、寝室をでていってしまう。
ややして小夜子が部屋をでると、彼は、近所に繰りだすような軽装で、廊下にでようとしていた。鞄すら持っていないとは、どういうことなのか。
背中に目でもついているのか、ルイはぱっと振り向いて、所在なげに立つ小夜子に目を留めた。
「小夜子」
彼はつかつかと小夜子の前にやってくると、何もいわずに、ぎゅっと小夜子を抱きしめた。吃驚 している小夜子の顔を覗きこみ、そっと額にキスをした。
「ッ」
赤くなる小夜子の頬を、ルイの大きな手が包みこんだ。
「……すぐに戻る」
そういって彼は踵を返した。額を押さえて茫然と立ち尽くす小夜子の目の前で、施錠音と共に、扉は閉じられた。
(いっちゃった……ロンドンへ??)
とびっきりの美男子だが、謎多き人である。車がでていく様子が見れるかもしれないと思い、窓際に寄ってみた。しかし、黒い鋼鉄のシャッターが降りていて、びくともしない。とても手で開けられそうになかった。
仕方がなく部屋に戻り、身支度を整えてから廊下へでようとしたら、部屋の扉が開かなかった。
「え?」
鍵がかかっている。ガチャガチャと何度か音を立てて、小夜子は首をひねった。
「開かないんだけど?」
昨日渡された真鍮の鍵を思いだしたが、内側に鍵孔は見当たらない。ひねる形式のつまみならあるが、どちらに回しても結果は変わらなかった。壊れているのだろうか?
ノブは半分しか回らない。突っかかりを感じる。あまり力をこめると壊してしまいそうで、小夜子は諦めて扉から離れた。iPhoneを起動すると、LINEにルイやジョルジュ、昨日紹介された住人たち全員の連絡先が登録されていた。少し迷い、ジョルジュにかけてみると、すぐに通話に切り替わった。
<はい、小夜子さま?>
「お早うございます、小夜子です。あの、すみません、部屋をでたいのですが、ドアが開かなくて」
<申し訳ありません。日中は鍵をかけさせていただいております。旦那さまがお戻りになるまで、どうかお部屋でお待ちください>
一瞬、何をいわれたのか判らなかった。ジョルジュの言葉を心のなかで反芻し、
「……え、開けてくれないんですか?」
<申し訳ありません。ご入用なものがあれば、お部屋までお持ちいたします。何なりとお申しつけください>
「そんな、どうして開けてくれないのですか?」
<申し訳ありません、旦那さまのご命令ですから……>
彼は心底すまなそうな声でいった。小夜子は困ると尚も訴えたが、ジョルジュにはどうしようもできないようだった。
「でも、ルイさんはロンドンにいくといって、さっきでていったんですけれど」
<ええ、夕方にはお戻りになるかと>
「……」
だから、なぜ夕方に戻れるのだろう。ロケットにでも乗っていくのだろうか?
「……判りました、とりあえず、ルイさんに電話して訊いてみます」
小夜子は首をひねりながら通話を切ると、今度はルイに電話してみた。が、繋がらなかった。自分のスマホからもかけてみたが、同じだった。運転中なのかもしれない。
どうしたものか……小夜子は途方に暮れて、窓辺の椅子に腰をおろした。シャッターがおりているので、外の様子は一切判らない。
(なんで? どうして外にだしてくれないの?)
困惑の気持ちと共に、憤りの気持ちがわきあがってきた。誰も彼も、説明が足りなさすぎるのだ。
「もうっ!」
癇癪を起しても、返事をくれる人は誰もいない。もう一度ジョルジュに電話してみたが、答えは同じだった。
時計の針が九時を回ると、とにかくアルバイト先に欠勤の連絡をしなければならないと思い、恐る恐る電話をかけてみた。が、本当にルイがうまくいってくれたようで、何のお咎めもなかった。
「希望校の選考がかかっているんでしょ? ルイさんだっけ? 随分熱心に話していたよ。こっちは気にしないでいいから、頑張ってください」
と、激励の言葉までもらった。小夜子は安堵に胸を撫でおろしたものの、夏休みが終わるまでシフトはお休み、退職するかどうかは保留で良いという申しでに、今度は困惑させられた。小夜子が戸惑ったような反応をしても、店長は、奇妙な暗示にかけられているみたいに、同じ説明を繰り返した。
仕方がなく、小夜子はもう一度欠勤の謝罪をしてから電話を切った。ルイの手回しの良さに舌を巻くばかりだ。
することもなく、部屋で鬱々としているうちに時間は過ぎ、夕方になってようやく、ルイから着信があった。弾かれたように端末を耳に押し当てると、
<小夜子?>
落ち着いたルイの声を聞いて、小夜子の張りつめていた緊張は緩んだ。
「ルイさん、今どこにいるんですか?」
<これから帰るところ。もうすぐ戻るよ>
「……ロンドンって、そんなに近いんですか?」
<Alors ……Maintenant ……>
いきなりフランス語でぼかされたので、小夜子はむっとして、きつい口調でいってやった。
「私、部屋のドアに鍵をかけられていて、外にでられないんです」
<ああ、ごめん。説明していなかったね。帰ったら開けるから、もう少しだけ待っていて>
彼が平然と認めたので、小夜子はあっけにとられた。
「ルイさんが鍵をかけたんですか?」
沈黙。電話の向こうで、彼が逡巡している気配がした。
<ごめん、仕方がなかったんだ。帰ったらきちんと説明する>
「え、本当に? ……なんで鍵をかけたの?」
<ごめんね……廊下にでなければ、リビングでもキッチンでも、自由に使っていいから。それじゃ、またあとで>
ルイはすまなそうにいって、電話を切った。
「ルイさんっ!」
すぐにかけ直したが、もう繋がらなかった。
わけが判らない――閉じこめられてはいるが、携帯を使うことは許されている。その気になれば、警察に通報もできるのだ。そう思うと増々混乱して、小夜子は項垂れた。
「お早う」
のどぼとけが上下して、声は立体感をもって響いた。随分とリアルな夢――はっとして、小夜子は瞼をこじ開けた。
「ルイさん?」
「朝の五時前だよ。まだ眠っていていいよ」
ルイは悪戯っぽく笑った。どきっとするほど格好良くて、小夜子は一瞬にして顔が熱くなるのを感じた。同じベッドで眠ってしまったなんて、信じられない。
その時、ボーン、と時計が鳴った。
随分と早朝に鳴るんだな……不思議に思っていると、部屋の窓を覆うシャッターが、一斉におり始めた。
「な、なにっ?」
驚嘆に目を瞠る小夜子を、ルイは宥めるように抱きしめた。
「いっておけばよかったね。この邸では、日の出の一分前に時計が鳴るんだ。遮光シャッターが自動で降りる仕組みになっている」
「へぇ……?」
随分と徹底した遮光対策だ。これから日の出なのだから、むしろシャッターを開けるべきでは? 訝しむ小夜子の髪を、ルイは優しく撫でた。
「まだ起きるには早いよ。もう少し眠った方がいい」
「ルイさんは、寝ないんですか?」
「ん、休んでいたよ」
彼は曖昧に答えて、小夜子の寝ぐせのついた前髪を指ですいた。どきどきして、余計に眠れなくなる。
窓を覆うシャッターが完全に下りると、部屋全体が薄暗くなった。小夜子の八畳間のアパートよりずっと広い部屋なのに、閉鎖的で、空気も希薄になったように感じられた。
「でも私、朝からバイトがあるし、そろそろ帰らないと……」
小夜子が再び起きあがろうとすると、ルイは敏捷な動きで手首を掴んだ。思わずびくっとなる。
「ごめん。少なくとも、君の安全を確認するまでは帰せないんだ」
「安全?」
ルイは頷いた。
「大丈夫。ここにいれば安全だから」
彼は真剣な声と表情でいったが、小夜子は困惑して、銀色の瞳を見つめ返した。
「……でも、シフト入っているし、休んだらバイト先に迷惑がかかるから」
夏休みに入ったので学校はないが、その分、アルバイトのシフトを増やしているのだ。が、ルイは不満そうに片方の眉をつりあげた。
「自分の命とバイトと、どっちが大切なの?」
「そりゃ命ですけど、悪霊にいちいち怯えていたら、何もできなくなっちゃう」
「悪霊じゃない、
ルイはぱちんと指を鳴らした。瞬間、封印されていたような恐怖が蘇り、小夜子は震えだした。
「っ、……怖い。私、なんか変だ」
これまでにも怖い思いはしてきたが、昨夜のような、あんな恐怖は経験したことがなかった。黒い瘴気から生まれたような、
「……ごめん、怖がらせるつもりはないんだ。ここにいれば安全だよ」
ルイは小夜子を優しく抱きしめた。
「だけど、バイトを休むわけには」
「僕に任せて。うまく説明しておくから」
「ルイさんが?」
「僕はあちこちに顔が利くんだ。心配しないで。しばらく休んでも問題ないように、小夜子の職場に伝えておくよ」
小夜子は訝しむようにルイを見た。
「……どうして、そこまでしてくれるんですか?」
「小夜子が特別だから。君の力になりたいんだ」
ルイは目を覗きこむようにしていった。真剣な口ぶりだったが、過剰な誉め言葉と小夜子は受け取った。
「やめてください、そんな風にいうの」
「嘘じゃない、本当だよ」
小夜子の表情は強張った。美貌で、資産家で、ゴージャスな仲間に囲まれて、カーストの頂点にいるような人が、世界を跪かせることだってできそうな人が、どうして小夜子なんかに構うのだろう?
押し黙る小夜子を見て、ルイは歯痒げな表情を浮かべた。
「難しいと思うけど……いつか、小夜子にも判ってほしい」
微妙な空気が流れかけたが、小さな振動音によって破られた。ルイはサイドテーブルに置いた携帯をとると、小夜子を気にする素振りを見せながら、端末を耳に押しあてた。
「……判った。すぐにいく」
どきっとするほど低い声で応じたあと、手短に通話を切った。
「何かあったんですか?」
「ん、仕事の話。ここにて。僕はでかけるけど、すぐに戻るから」
「え?」
「困ったことがあれば、これを使って。ジョルジュや千尋の連絡先を入れておいたから」
新品のiPhoneを手渡され、小夜子は戸惑った目をルイに向けた。
「ルイさんは、どこにいくんですか?」
「ロンドンだよ」
「ロンドンッ?」
ぎょっとする小夜子を見て、ルイは困ったようにほほえんだ。
「夕方には戻るよ」
「!?」
往復だけで一日以上かかる場所へ、どうやって今日中に戻るというのだろう?
「えーっと……ごめん。心配しないで」
ルイは言葉を探して視線を彷徨わせたが、結局、説明を放棄した。困惑している小夜子を残して、寝室をでていってしまう。
ややして小夜子が部屋をでると、彼は、近所に繰りだすような軽装で、廊下にでようとしていた。鞄すら持っていないとは、どういうことなのか。
背中に目でもついているのか、ルイはぱっと振り向いて、所在なげに立つ小夜子に目を留めた。
「小夜子」
彼はつかつかと小夜子の前にやってくると、何もいわずに、ぎゅっと小夜子を抱きしめた。
「ッ」
赤くなる小夜子の頬を、ルイの大きな手が包みこんだ。
「……すぐに戻る」
そういって彼は踵を返した。額を押さえて茫然と立ち尽くす小夜子の目の前で、施錠音と共に、扉は閉じられた。
(いっちゃった……ロンドンへ??)
とびっきりの美男子だが、謎多き人である。車がでていく様子が見れるかもしれないと思い、窓際に寄ってみた。しかし、黒い鋼鉄のシャッターが降りていて、びくともしない。とても手で開けられそうになかった。
仕方がなく部屋に戻り、身支度を整えてから廊下へでようとしたら、部屋の扉が開かなかった。
「え?」
鍵がかかっている。ガチャガチャと何度か音を立てて、小夜子は首をひねった。
「開かないんだけど?」
昨日渡された真鍮の鍵を思いだしたが、内側に鍵孔は見当たらない。ひねる形式のつまみならあるが、どちらに回しても結果は変わらなかった。壊れているのだろうか?
ノブは半分しか回らない。突っかかりを感じる。あまり力をこめると壊してしまいそうで、小夜子は諦めて扉から離れた。iPhoneを起動すると、LINEにルイやジョルジュ、昨日紹介された住人たち全員の連絡先が登録されていた。少し迷い、ジョルジュにかけてみると、すぐに通話に切り替わった。
<はい、小夜子さま?>
「お早うございます、小夜子です。あの、すみません、部屋をでたいのですが、ドアが開かなくて」
<申し訳ありません。日中は鍵をかけさせていただいております。旦那さまがお戻りになるまで、どうかお部屋でお待ちください>
一瞬、何をいわれたのか判らなかった。ジョルジュの言葉を心のなかで反芻し、
「……え、開けてくれないんですか?」
<申し訳ありません。ご入用なものがあれば、お部屋までお持ちいたします。何なりとお申しつけください>
「そんな、どうして開けてくれないのですか?」
<申し訳ありません、旦那さまのご命令ですから……>
彼は心底すまなそうな声でいった。小夜子は困ると尚も訴えたが、ジョルジュにはどうしようもできないようだった。
「でも、ルイさんはロンドンにいくといって、さっきでていったんですけれど」
<ええ、夕方にはお戻りになるかと>
「……」
だから、なぜ夕方に戻れるのだろう。ロケットにでも乗っていくのだろうか?
「……判りました、とりあえず、ルイさんに電話して訊いてみます」
小夜子は首をひねりながら通話を切ると、今度はルイに電話してみた。が、繋がらなかった。自分のスマホからもかけてみたが、同じだった。運転中なのかもしれない。
どうしたものか……小夜子は途方に暮れて、窓辺の椅子に腰をおろした。シャッターがおりているので、外の様子は一切判らない。
(なんで? どうして外にだしてくれないの?)
困惑の気持ちと共に、憤りの気持ちがわきあがってきた。誰も彼も、説明が足りなさすぎるのだ。
「もうっ!」
癇癪を起しても、返事をくれる人は誰もいない。もう一度ジョルジュに電話してみたが、答えは同じだった。
時計の針が九時を回ると、とにかくアルバイト先に欠勤の連絡をしなければならないと思い、恐る恐る電話をかけてみた。が、本当にルイがうまくいってくれたようで、何のお咎めもなかった。
「希望校の選考がかかっているんでしょ? ルイさんだっけ? 随分熱心に話していたよ。こっちは気にしないでいいから、頑張ってください」
と、激励の言葉までもらった。小夜子は安堵に胸を撫でおろしたものの、夏休みが終わるまでシフトはお休み、退職するかどうかは保留で良いという申しでに、今度は困惑させられた。小夜子が戸惑ったような反応をしても、店長は、奇妙な暗示にかけられているみたいに、同じ説明を繰り返した。
仕方がなく、小夜子はもう一度欠勤の謝罪をしてから電話を切った。ルイの手回しの良さに舌を巻くばかりだ。
することもなく、部屋で鬱々としているうちに時間は過ぎ、夕方になってようやく、ルイから着信があった。弾かれたように端末を耳に押し当てると、
<小夜子?>
落ち着いたルイの声を聞いて、小夜子の張りつめていた緊張は緩んだ。
「ルイさん、今どこにいるんですか?」
<これから帰るところ。もうすぐ戻るよ>
「……ロンドンって、そんなに近いんですか?」
<
いきなりフランス語でぼかされたので、小夜子はむっとして、きつい口調でいってやった。
「私、部屋のドアに鍵をかけられていて、外にでられないんです」
<ああ、ごめん。説明していなかったね。帰ったら開けるから、もう少しだけ待っていて>
彼が平然と認めたので、小夜子はあっけにとられた。
「ルイさんが鍵をかけたんですか?」
沈黙。電話の向こうで、彼が逡巡している気配がした。
<ごめん、仕方がなかったんだ。帰ったらきちんと説明する>
「え、本当に? ……なんで鍵をかけたの?」
<ごめんね……廊下にでなければ、リビングでもキッチンでも、自由に使っていいから。それじゃ、またあとで>
ルイはすまなそうにいって、電話を切った。
「ルイさんっ!」
すぐにかけ直したが、もう繋がらなかった。
わけが判らない――閉じこめられてはいるが、携帯を使うことは許されている。その気になれば、警察に通報もできるのだ。そう思うと増々混乱して、小夜子は項垂れた。