PERFECT GOLDEN BLOOD
2章:
夏は陽が沈むのが遅い。ゆっくりと黄昏が訪れ、木々の葉は沈みゆく最後の陽光を受け、金色に燃えあがった。
午後六時。窓のシャッターはようやくもちあがり、硝子に朱金の陽を反射して煌めいた。
その日、小夜子はルイと共に食事をしていた。一緒に過ごすのは久しぶりで、小夜子もだが、ルイも機嫌が良かった。
彼は先ほどから、甲斐甲斐しく小夜子に給仕をしている。マッシュポテトをすくおうとするルイの手首に、小夜子は手を置いた。
「もう食べられそうにありません」
お腹をさする小夜子を見て、ルイは首を傾げた。
「まだ食べられるでしょ?」
「いえ、お腹いっぱいです」
「じゃあ、あと一口だけ」
「ん」
口の前にスプーンを運ばれて、小夜子は口をあけた。咀嚼する小夜子を、ルイは嬉しそうに見ている。信じられないが、彼にちやほやされることに慣れつつある。
「ごちそうさまでした。もうお腹いっぱいです」
ルイはほほえんで銀盆を片づけると、また小夜子の傍へ戻ってきた。何をするでもなく隣に座り、気ままに小夜子の髪を撫でる。小夜子が上目遣いに端正な顔をうかがうと、ルイは何かをこらえるような顔つきになった。
「そんな風に見ないでほしい」
「え?」
「僕に襲われたら困るでしょ?」
小夜子は朱くなったが、否定しなかった。ルイに押し倒されるところを想像してみると、それは魅力的な展開のように思えてしまう。
妄想の途中で、ぎくりとなった。ふいに、ルイの銀色の瞳の虹彩が紫と金に輝き、彼の背に翼のような黒影が見えた気がしたのだ。
「どうかした?」
表情を強張らせる小夜子を見て、ルイは首を傾げた。
「……時々、ルイさんの背中に影が見えるんです」
ルイはぱっと身体を離した。何かに対して身構えている。小夜子は呆気にとられて、ぽかんと口をあけた。
「小夜子は感覚が鋭いんだね。僕の……これは、悪いものではないから、どうか気にしないで」
「嫌なものでないことは判ります。ただ、気になるだけ」
ルイは困ったように笑った。
「本当に気にしないで。僕のことを怖がらないでくれると嬉しいんだけど」
「怖くありません」
「無理しなくていいよ。なんといっても僕は、君を攫うようにここへ連れてきてしまったし」
ルイはきまり悪げにいった。小夜子が何かいおうとした時、扉をノックする音が聴こえた。ルイは無視して小夜子の目を見つめてきたけれど、今度は激しく扉を叩かれた。
ルイは諦めたようにため息をつくと、小夜子の髪を撫でながら囁いた。
「全く、アラスターを殺してやりたいよ」
「え? アラスターさんなの?」
小夜子も声を潜めて囁き返した。三度目のノックが響いたが、ルイはため息をつくだけで、首を振ると、小夜子の肩を撫でた。
「でるまで、奴はノックをし続けるだろうな。追い払ってくるよ」
そういってルイは苛立たしげに大股で入り口までいって、荒々しく扉を開けた。開口一番に、
「うせろ」
そういってルイは唸った。しかし、アラスターがいつになく強張った表情をしているので、険を和らげて訊き返した。
「どうした ?」
「すまん 、ウルティマスがお呼びだ 」
アラスターはルイの背後の部屋を覗きこみ、小夜子を見て手をあげた。ルイは不快げに眉を顰めると、腕を組んでアラスターの視線を引き戻した。
「なんて?」
「話は礼拝堂でする」
「今いえよ」
不機嫌そうにルイがいうと、アラスターは思念で伝えてきた。至急を要する食屍鬼 の問題だと判り、ルイは深く息を吐いた。
「すぐにいく。五分待ってくれ」
アラスターは頷くと、扉をしめた。ルイは不安そうにしている小夜子の前に戻ると、片膝をついて彼女の手をとり、下から顔をのぞきこんだ。
「ごめん、小夜子。すっごく嫌だけど、上司に呼ばれたから、でかけないといけない」
「どこにいくんですか?」
「先ず上司から話を聞いて、そのあとはいつも通り、化け物退治かな」
状況が判らず、小夜子は不服げに押し黙った。彼等が、小夜子には判らぬフランス語で会話したことも、やましい何かがあるからではないかと勘繰ってしまう。
無言の不満を察し、ルイは、小夜子の膝に置かれた手をそっと握った。
「食事の途中なのに、ごめん。レディをおいていくなんて、本当に礼儀に反するけど……どうしてもいかないといけなくて」
「……判りました」
小夜子は力なく頷いた。がっかりしたことを隠すことができなかった。今夜は久しぶりに会えたのに、今度はいつ会えるのだろう?
「小夜子……」
ルイは両手で小夜子の頬を包んだ。美貌に浮かんだ狂おしげな表情を見て、小夜子は目を瞠った。銀色の虹彩に、紫と金の粒子が散っている。
「ルイ……?」
キスされそうになり、咄嗟にルイの唇を手で覆おうと、ルイは貪るように小夜子を見つめてきた。手をゆっくり掴んではがし、掌に唇を押し当てる。
「好きだよ……」
心臓がどっと音を立てた。小夜子が身動きできずにいると、ルイは情熱を抑制するように身体を引いた。
起きあがると、視線を伏せたまま部屋に入っていき、黒いトレンチコートを羽織って戻ってきた。そのまま玄関へいこうとする背中に、小夜子は焦ったように声をかけた。
「あの、気をつけて」
ルイは足を止めると、小夜子を振り向いて笑顔を見せた。
「ありがとう。さっさと片づけて、小夜子のもとに戻ってくるよ」
そういって静かに扉をしめた。
午後六時。窓のシャッターはようやくもちあがり、硝子に朱金の陽を反射して煌めいた。
その日、小夜子はルイと共に食事をしていた。一緒に過ごすのは久しぶりで、小夜子もだが、ルイも機嫌が良かった。
彼は先ほどから、甲斐甲斐しく小夜子に給仕をしている。マッシュポテトをすくおうとするルイの手首に、小夜子は手を置いた。
「もう食べられそうにありません」
お腹をさする小夜子を見て、ルイは首を傾げた。
「まだ食べられるでしょ?」
「いえ、お腹いっぱいです」
「じゃあ、あと一口だけ」
「ん」
口の前にスプーンを運ばれて、小夜子は口をあけた。咀嚼する小夜子を、ルイは嬉しそうに見ている。信じられないが、彼にちやほやされることに慣れつつある。
「ごちそうさまでした。もうお腹いっぱいです」
ルイはほほえんで銀盆を片づけると、また小夜子の傍へ戻ってきた。何をするでもなく隣に座り、気ままに小夜子の髪を撫でる。小夜子が上目遣いに端正な顔をうかがうと、ルイは何かをこらえるような顔つきになった。
「そんな風に見ないでほしい」
「え?」
「僕に襲われたら困るでしょ?」
小夜子は朱くなったが、否定しなかった。ルイに押し倒されるところを想像してみると、それは魅力的な展開のように思えてしまう。
妄想の途中で、ぎくりとなった。ふいに、ルイの銀色の瞳の虹彩が紫と金に輝き、彼の背に翼のような黒影が見えた気がしたのだ。
「どうかした?」
表情を強張らせる小夜子を見て、ルイは首を傾げた。
「……時々、ルイさんの背中に影が見えるんです」
ルイはぱっと身体を離した。何かに対して身構えている。小夜子は呆気にとられて、ぽかんと口をあけた。
「小夜子は感覚が鋭いんだね。僕の……これは、悪いものではないから、どうか気にしないで」
「嫌なものでないことは判ります。ただ、気になるだけ」
ルイは困ったように笑った。
「本当に気にしないで。僕のことを怖がらないでくれると嬉しいんだけど」
「怖くありません」
「無理しなくていいよ。なんといっても僕は、君を攫うようにここへ連れてきてしまったし」
ルイはきまり悪げにいった。小夜子が何かいおうとした時、扉をノックする音が聴こえた。ルイは無視して小夜子の目を見つめてきたけれど、今度は激しく扉を叩かれた。
ルイは諦めたようにため息をつくと、小夜子の髪を撫でながら囁いた。
「全く、アラスターを殺してやりたいよ」
「え? アラスターさんなの?」
小夜子も声を潜めて囁き返した。三度目のノックが響いたが、ルイはため息をつくだけで、首を振ると、小夜子の肩を撫でた。
「でるまで、奴はノックをし続けるだろうな。追い払ってくるよ」
そういってルイは苛立たしげに大股で入り口までいって、荒々しく扉を開けた。開口一番に、
「うせろ」
そういってルイは唸った。しかし、アラスターがいつになく強張った表情をしているので、険を和らげて訊き返した。
「
「
アラスターはルイの背後の部屋を覗きこみ、小夜子を見て手をあげた。ルイは不快げに眉を顰めると、腕を組んでアラスターの視線を引き戻した。
「なんて?」
「話は礼拝堂でする」
「今いえよ」
不機嫌そうにルイがいうと、アラスターは思念で伝えてきた。至急を要する
「すぐにいく。五分待ってくれ」
アラスターは頷くと、扉をしめた。ルイは不安そうにしている小夜子の前に戻ると、片膝をついて彼女の手をとり、下から顔をのぞきこんだ。
「ごめん、小夜子。すっごく嫌だけど、上司に呼ばれたから、でかけないといけない」
「どこにいくんですか?」
「先ず上司から話を聞いて、そのあとはいつも通り、化け物退治かな」
状況が判らず、小夜子は不服げに押し黙った。彼等が、小夜子には判らぬフランス語で会話したことも、やましい何かがあるからではないかと勘繰ってしまう。
無言の不満を察し、ルイは、小夜子の膝に置かれた手をそっと握った。
「食事の途中なのに、ごめん。レディをおいていくなんて、本当に礼儀に反するけど……どうしてもいかないといけなくて」
「……判りました」
小夜子は力なく頷いた。がっかりしたことを隠すことができなかった。今夜は久しぶりに会えたのに、今度はいつ会えるのだろう?
「小夜子……」
ルイは両手で小夜子の頬を包んだ。美貌に浮かんだ狂おしげな表情を見て、小夜子は目を瞠った。銀色の虹彩に、紫と金の粒子が散っている。
「ルイ……?」
キスされそうになり、咄嗟にルイの唇を手で覆おうと、ルイは貪るように小夜子を見つめてきた。手をゆっくり掴んではがし、掌に唇を押し当てる。
「好きだよ……」
心臓がどっと音を立てた。小夜子が身動きできずにいると、ルイは情熱を抑制するように身体を引いた。
起きあがると、視線を伏せたまま部屋に入っていき、黒いトレンチコートを羽織って戻ってきた。そのまま玄関へいこうとする背中に、小夜子は焦ったように声をかけた。
「あの、気をつけて」
ルイは足を止めると、小夜子を振り向いて笑顔を見せた。
「ありがとう。さっさと片づけて、小夜子のもとに戻ってくるよ」
そういって静かに扉をしめた。