ラージアンの君とキス

3章:宇宙戦争 - 15 -

 シュナイゼルに抱っこされて中へ入ると、コックピットの中は無人だった。どうやら脱出用の機体を遠隔で送り届けてくれたらしい。
 夏樹には用途不明な装置を、シュナイゼルは次々に起動させていく。
 またしても無重力、かつ一歩も身動き出来ない状態に身体は固定された。こうなったら、諦めてじっとしているしかない。
 フッと正面のスクリーンに、見慣れた少女の顔がアップで映し出された。

『夏樹!』

「ディーヴァ!」

『良かった、シュナイゼルは間に合ったみたいだね。ごめんね、リリアンが迷惑かけて』

「ごめんって、ねぇ……」

『わーっ、ごめん! 怒らないで! きっちりお仕置きしておくから!』

「私、死にかけた!」

 ディーヴァは胸の前でぱんっと拝み手をすると、ぺこりと頭を下げた。人間くさい……というか、日本人じみた仕草だ。

『ごめんなさい』

「いいよ、もう。助けに来てくれたから……。でも、ちゃんとリリアンの誤解は解いておいてよ。私をラージアンの女王候補と勘違いしてるって聞いたけど、ありえないから!」

『えへ、ありえないかなー? 本当に女王候補になってみる? ちょこーっと肉体改造は必要だけど――』

「もーっ! 反省してるの!? 本当に、怖かったんだからね!」

 思わずカッとなって、ディーヴァの言葉を遮って叫んだ。

『う……、ごめん。怖い思いをさせてごめんね。お詫びする。こいつら片付けて、ワールドカップを見届けたら、夏樹を地球に帰してあげるよ』

「え……っ」

『とにかく、上昇しておいで。同胞の進撃隊が控えているから。母艦マザーシップで待ってるね』

 ディーヴァはひらひらと手を振って、一方的に通信を切った。途端にスクリーン一面に、無限の宇宙が拡がる。

「もう宇宙に出たの?」

「そうだ。当機体は同胞に保護された。もう大丈夫だ」

「そっか……」

 青色の光彩を放つ戦闘機が、無数に宇宙に浮いている。ディーヴァの話していた進撃隊だろう。
 ようやく助かったのだ……と思ったもの束の間、たった今脱出した惑星から、無数の戦闘機が現れた。

「またっ!?」

「心配ない。ラージアンの敵ではない」

「戦うの?」

「この銀河はディーヴァの支配域だ。刃向う者には容赦しない。陸の交戦は銀河法廷の制約が多いが、宇宙域であれば自由に撃退可能だ。間もなく反乱鎮圧に向けて総攻撃を開始する」

「えっ!?」

「心配はいらない。当機体は母艦への帰還を最優先する。必ず、夏樹を安全に母艦へ届けるので、安心して欲しい」

「心配してないよ……。シュナイゼルと一緒だもん」

 それだけは、自信もって言える。
 シュナイゼルは長い尾を滑らかに揺らしただけで返事はしなかった。こちらを振り向いてくれなかったけれど、今どんな信号の色をしているか、何となく判った気がした。

 ――嬉しい時のきらきらした水色か、照れている時の、ちょっと濃い青色……かな。そうだといいな……。

 夏樹を乗せた機体が、戦隊から離脱して左舷さげんに傾く一方で、青白く輝くラージアンの戦闘機達は、無数に現れるバルカナス達に向けて一斉に加速し始めた。

「皆、大丈夫だよね」

「無論だ、我々ラージアンの敵ではない。それに、ディーヴァは楽しんでいる」

 シュナイゼルは力強く頷いた。
 彼の言う通りだ。
 超光速を開始する直前、ラージアンの攻撃を受けて、バルカナスを乗せた機体が火を吹き上げたのだ。
 無慈悲な殺戮の始まりだ。
 宇宙の真空では爆破音も衝撃音も伝わらない。無音の闇を縫って、機体は無残にばらけ、破片が弾丸のように駆け抜けて行く。

「母艦に接舷せつげん完了。コロニーの気圧と重力を調整――完了」

「もう、着いたの……?」

「そうだ。夏樹、コロニーに帰ろう」

 身動きのとれない戒めから解放されて、夏樹は再びシュナイゼルに抱き上げられた。
 もうすっかり馴染んだ体勢だ。
 青い筒状の廊下を通りコロニーへ戻ってくると、ようやく帰ってこれた、という気がした。地面に降ろしてもらうと、夏樹は胸を拡げて思いっきり深呼吸をした。

 ――ここを、懐かしいと感じるだなんて……。

 攫われて来た当初を想えば、信じられない心境の変化だ。でも紛れもなく、コロニーの澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで、心からほっとしている。

「夏樹……、私は、君を守りたい」

 唐突な言葉に、足を止めてシュナイゼルを振り返った。額の信号は深い青色で、星の煌めきのように、金色の光が浮いては消えた。

「ここにいる間は、シドではなく、私に守らせてほしい。二度と傷つけない。必ず守ると約束する」

 ドクンと心臓が跳ねた。
 返す言葉が見つからずに沈黙していると、シュナイゼルは後ろへ下がった。夏樹の返事も聞かずに、行ってしまうのかと、思わず手を伸ばした。

「夏樹?」

「どうして……、そう思うの?」

「夏樹が――。大切だから……」

 額の信号は海のような深い青色に変わり、星が瞬くように煌めいた。その宝石のような輝きは、夏樹に寄せる想いの深さを教えてくれた。

 ――シュナイゼル……ッ!

 夏樹がシュナイゼルを想うように、彼もまた、夏樹を想ってくれている。
 喜びが胸に溢れる。だけど――。

 ”……ワールドカップを見届けたら、夏樹を地球に帰してあげる”

「私も、シュナイゼルが大切だよ……」

 そう言うのが精一杯だった。
 本当は、好きだよって言いたい。言いたい……。でも言えない。言っても、その先がない……。
 シュナイゼルは夏樹の腕を取って引き寄せると、しっぽで腰を押さえつけるようにして、きつく抱きしめた。
 お互いにもどかしいと思いながら、それ以上の言葉を口にできない。
 ただ身体を寄せて、離れ難くて……、いつまでもそうしていた――。