ラージアンの君とキス

4章:君にハグ&キス - 1 -

 七月十四日、早朝(日本時間、午前三時四五分)。
 夏樹はディーヴァ邸で寛いでいた。これからワールドカップ決勝、ドイツ対アルゼンチン戦を観戦するのだ。
 ラージアンに攫われてから、もう一月が経つ。
 あの日――、ディーヴァ達はバルカナスを撃墜し、女王認可自治惑星ザザの窮地を救った。
 夏樹を陥れた張本人、リリアンの誤解も解いてくれたようで、ディーヴァと共に夏樹の家まで謝罪しにきた。
 一応、和解している。
 リリアンにちょっかいを受けることはもうない……というより、姿を見かけない。敵認定から除外されて、興味を失くしてくれたのかもしれない。彼女の存在は最早トラウマなので、会わないで済むのなら万々歳だ。

 ――いよいよかぁ……。これを観終ったら、地球に、帰れるんだよね……。

 これから始まるワールドカップ決勝戦の観戦が終わったら、夏樹を地球に帰すとディーヴァは約束してくれた。
 早朝でもお構いなしにテンションの高いディーヴァは、ドイツ国旗カラーの帽子を被って、鼻歌を口ずさんでいる。夏樹も一緒になって歌ってもいいはずなのだが……、そんな気分にはなれなかった。

「夏樹、始まるよー?」

「眠い……」

 塞いだ気持ちを誤魔化すように、わざと欠伸をした。
 落ち込んでいる夏樹と違って、ラージアン達は楽しそうにしている。ディーヴァ、シドとシュナイゼルはキックオフを待ち遠しそうに、サッカー談義を交わしている。
 カーツェは無言でスクリーンを眺めているが、額の信号は穏やかな水色をしているので、それなりに楽しんでいるのかもしれない。

 ――皆、楽しそう……。しょんぼりしているのは、私だけか……。

 キックオフを迎えると、ディーヴァはメガホンまで持ち出して、スクリーンに向かってエールを叫び始めた。
 ラージアン達も集中してスクリーンを見つめている。
 白熱する決勝戦を前にしても、夏樹は心ここに在らずで、ぼうっと眺めていた。

「ドイツ強かったねぇ」

 延長戦でドイツが点を取り、見事優勝を果たすと、ディーヴァは思いっきり背伸びをした。本当に、人間くさい仕草が板についたものだ。

「あーあ、ワールドカップも終わりかー……。あっという間だなぁ」

「そうだね……」

「ラージアンカップも、ワールドカップも終わったし。寂しいけど、夏樹を帰してあげないとね……」

 ディーヴァは少し寂しそうに微笑んだ。その笑顔を見たら、ぎゅっと胸が締めつけられた。

「楽しかったよ! 夏樹」

 うまく笑えない夏樹の代わりに、ディーヴァはお日様みたいに笑った。おまけに、バシッと痛いくらいの力で背中を叩かれる。

「ぐえっ」

「ディーヴァ」

 蛙が潰れたような声を出す夏樹を見て、シュナイゼルは窘めるようにディーヴァの名を呼んだ。

「ごほっ……、わ、私も楽しかったよ」

 咳き込みながら笑うと、ディーヴァは「ごめーん!」と言いながら背中をさすってくれた。
 シドもシュナイゼルも、額の信号を穏やかなに水色に染めたまま、こちらを見つめている。

 ――これでいいんだよ……。やっと、地球に帰れるんだから。喜ばなくちゃ……。

「やっぱり、寂しいなぁ……、夏樹ともお別れかぁ……」

「……」

「夏樹の電磁波に、私達はすっかり馴染んじゃった。いつもドキドキしていて、震えていて、でも優しい感情がいっぱい詰まっていて、可愛くって……、目が離せないんだよね。もう感知できなくなるのかと思うと、寂しいよ」

 ディーヴァは、そっと夏樹を抱きしめた。優しい抱擁に、夏樹も切ない想いを噛みしめながら、背中に腕を回して抱きしめた。

「最初は、我がままで傲慢で怖くて、逆らったら殺されると思ってたよ! でも、すごく優しくて、可愛くて、誘拐されたくせにあれだけど……、楽しかった。ありがとうね」

「夏樹っ!」

「げほっ」

 感極まったディーヴァに抱き潰されそうになっていると、シュナイゼルが助け出してくれた。

「私も、夏樹を決して忘れない。ありがとう」

「……」

 どう応えようか迷っていると、カーツェが初めて夏樹に声をかけた。

「ナツキ。ディーヴァを楽しませてくれたこと、お礼申し上げます。どうかお元気で」

「カーツェ、初めて名前を呼んでくれたね! ありがとうっ!!」

「ナツキ、楽しい時間をありがとう。サッカーは実に面白かった。会えなくなるのは残念だが……、地球に帰るといい。同胞と幸せに暮らせ。元気でな」

「シド……」

 全員から代わる代わるお別れの言葉をかけられて、胸が苦しくなった。

「やだな、なんだか、ここでお別れみたいだよ……。もうちょっと、一緒にいられるでしょう?」

 現在、母艦マザーシップは地球から百四〇億光年以上離れた、アートゥラ銀河に停泊している。地球から途方もなく遠く離れているのだ。
 オーバーテクノロジーを持つラージアンにとって、距離などあってないようなものだと知ってはいるが、最後くらい、急がずゆっくり移動してもいいのではないだろうか……。
 ディーヴァはキョトンと小首を傾げた後、夏樹の願望を察したように、優しく微笑んだ。

「そうだね。地球に着くのは、もう少し先かな……。着いたら教えてあげるから、家で待ってて」

「うん……」

 ディーヴァ邸の玄関まで、全員が見送ってくれた。この後、夏樹はシュナイゼルに抱っこされて、家の前まで送ってもらう予定だ。

「――大好きだよ、夏樹」

 別れる間際、ディーヴァは夏樹を抱きしめた。

「私もだよ。明日も、会えるでしょ?」

「うん!」

 ディーヴァはにっこり笑った。無邪気で眩しい笑顔なのに、なんだか見ていると不安になる。
 だから、くどいかなとは思っても……、

「また明日!」

 そう言わずにはいられなかった。