ラージアンの君とキス

3章:宇宙戦争 - 2 -

 日は進み、ラージアンに攫われてから半月が経過した。
 ディーヴァは相変わらずサッカーに夢中で、夏樹もしょっちゅう観戦に付き合わされている。
 オフサイドはおろか、フリーキックやゴールキックさえ何のことか判らなかったのに、今では大分詳しくなった。
 家で寛いでいると、いつものことだが、ディーヴァにいきなり呼び出された。

 ――十時か。試合はないはずだよね……。

 ディーヴァの影響で、決勝トーナメントの日程は頭に入っている。
 この時間帯、特に試合はないはずだ。ということは、観戦に付き合わされるわけではないのだろうか。
 白いタンクトップに、デニムの短パン姿で、スニーカーをひっかけて外に出た。手には暇潰しに眺めていた、サッカー・ルールブックを持っている。
 青空が眩しい……といっても、青空はホログラフィーのフェイクである。
 しかし、歩道には本物の、背の高いヤシの木が風に揺れている。ディーヴァがハワイを意識して、最近植えさせたのだ。
 遠くからは、岸部に打ち寄せる波音と、優雅なカモメの声まで聞こえてくる。
 宇宙に浮かぶ巨大なコロニーの中に、美しいエメラルド・グリーンの海が広がっているのだ。ワールドカップに熱中しているディーヴァの影響で、コロニーは今、夏を迎えていた。

「夏樹ー!」

 爽やかな街並みにそぐわない、漆黒の戦闘機が音もなく空から降りてくる。
 レモンカラーのサマードレスを着たディーヴァは、着地も待たずに、戦闘機から飛び降り、満面の笑みで駆け寄ってきた。
 金髪美少女が、ビーチ・サンダル姿で駆けてくる姿を見ると、まるで本当にロング・ビーチかワイキキにでも立っているかのような錯覚を覚える。
 しかし、ここは太陽系第三惑星――地球から十億キロメートル以上離れた宇宙のど真ん中である。

「聞いてーっ! やっとチームと選手が決まったの。ワールドカップの決勝トーナメントを参考に十六チーム選抜したよ」

「十六チームも?」

「たった十六だよ。皆試合に出たがるから大変だった! というわけで……、今日からラージアンカップ開幕だから! さ、乗って!」

「今日!?」

 相変わらず、ディーヴァは唐突だ。
 しかし、地球時間で今日から七月に入り、FIFAワールドカップもちょうど決勝トーナメントを迎えている。試合日程を意識して合わせたのだろう。
 戦闘機の上部がゆっくり縦方向にスライドすると、シュナイゼルの隣に座る、見慣れない少女と目が合った。
 ディーヴァ以外で、人間に擬態しているラージアンを見るのは初めてだ。
 目を丸くする夏樹の視線を辿り、ディーヴァは「あ」という顔をした。

「そうそう、彼女はリリアン、私の後継の一柱だよ。夏樹に会いたいって言うから、連れてきた」

 リリアンは、ディーヴァにも引けを取らない美少女だ。正確には、美少女に擬態している。
 夏樹と同じ黒髪のショートヘアでも、印象はまるで違う。
 さらさらとしたショートボブで、ぱっちりとした瞳は、ディーヴァと同じ宝石のようなパライバトルマリンだ。
 ただディーヴァと違い、彼女の夏樹を見る眼差しには、好奇心ではなく敵意が浮かんでいた。
 美少女が凄むと迫力がある。
 シュナイゼルにしなだれかかるリリアンの態度を見て、理由はすぐに判った。

 ――あの子、シュナイゼルのこと、好きなのかな……。私に構ってばかりいたから、面白くなかったのかも……。

 足を止めた夏樹を見て、ディーヴァは「おや?」という顔をした。夏樹に顔を寄せて、内緒話をするように小声で囁く。

「リリアン、連れて来ない方が良かった?」

「なんで?」

「やきもち?」

「は?」

 この女王様は、何を言い出すのだ。
 夏樹が絶句する様を、ディーヴァはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべて見ている。

「それは、リリアンの方でしょ。シュナイゼルのこと、好きなんじゃないの?」

「好きっていうか、後継と司令の関係だからね。まぁ距離は近いよ」

「後継……」

「そうだよ。私の後継の中では、リリアンが最有力候補なんだ。いずれシュナイゼルも、彼女に仕えることになると思う」

 ちくりと胸が痛んだ。
 シュナイゼルはいつだって夏樹の傍にいてくれたけれど、彼にもラージアンとしての役割がある。当たり前だが、いつでも一緒にいられるわけではないのだ。

「彼女、どうして人間の姿をしてるの?」

 ディーヴァはニヤリと笑った。

「判ってるくせに」

 ――擬態が必要だから? それとも……、私に対抗して? まさかね……。

「ふふ……。後継の本体は、私と同じで大きいからね。いずれにせよ、移動には擬態が必要なんだよ」

「ふぅん」

「夏樹がお願いするなら、リリアンを帰らせてもいいよ」

 ディーヴァが変なことを言うから、またしても夏樹は絶句してしまった。