ラージアンの君とキス

3章:宇宙戦争 - 1 -

 地球日本日時。六月二三日、午前六時三〇分。
 ラージアンに攫われてから九日目。
 早朝からディーヴァのモーニングコールに叩き起こされ、夏樹は寝ぼけまなこで家の外に出た。

「お早う、夏樹」

 ディーヴァはどこで買ったのか、ソフトクリームを頬張っている。

「お早う……」

「迎えにきたよー」

 彼女の後ろには、漆黒の戦闘機が宙に浮いていた。まるで映画かゲームに登場する戦闘機そのものだ。両翼に砲撃らしきものまでついている。側面は時折青く光り、その度に微かな電子音を立てた。とても静かで、不思議とエンジン音は聞こえない。

「何だか、物騒なデザインだね……」

「宇宙も飛べる戦闘機だからね。さ、乗って」

 ディーヴァのサッカー熱はまだ冷めていない。
 むしろ日を追うごとにヒートアップしていた。その熱中ぶりは、彼女の恰好を見れば判る。
 今日は豊かなプラチナブロンドをポニーテールにして、つばの広いキャップを被っている。赤と青のストライプ柄のタンクトップに、デニムのホットパンツ。白いソックスにナイキの蛍光イエローのスニーカー。ほっぺたにはアメリカの国旗のペイント……。

「アメリカを応援してるの?」

「七時からアメリカ対ポルトガル戦だよ。一緒に見よ」

「朝から元気だね。ふぁ……」

 欠伸する夏樹の前で、フシュー……と静かな音を立てて、戦闘機の上部は縦にスライドした。未来を感じさせるアクションだ。
 操縦席にはカーツェ、後部座席にはシュナイゼルが乗っている。紳士なシュナイゼルは、タラップに足をかけて乗り込む夏樹に手を貸してくれた。

「お早う、夏樹」

「お早う、シュナイゼル……」

 戦闘機の座り心地は予想外に素晴らしく、ディーヴァ邸に着くまでの短い間、シュナイゼルに寄り掛かって眠りこけた。

「――夏樹」

「ン……。あ、ごめん!」

「到着した。随分と眠そうだが……」

「ふぁ……まだ七時前だもん」

 勝手知ったるディーヴァ邸に入り、ソファーに身体を沈めると、ディーヴァは怪しげな飲み物をコーヒーテーブルの上に並べ出した。

「滋養剤、飲む?」

「いらない……」

 果たして人間が飲んでも、平気な代物なのだろうか。それより、ゆっくり眠らせて欲しい……。
 昨夜も遅くまでゲームに付き合ったのに、翌朝七時から遊ぶってどういうことだ。

「アメリカの試合好きなんだ。この間のガーナ戦も面白かった」

「そうなの?」

「うん。アメリカの試合は、ピュアで真っ直ぐな感じがいいんだよねー」

「ピュア?」

「倒れてもすぐ起きるし、展開速いよ。流れが止まらないから、見ていて楽しい。ああいう姿勢は好きだよ」

「へぇ……、他の試合は違うの?」

「わざと倒れてファウルを取ることもあるしね。その点、アメリカはとにかく純粋に頑張るから、見てて面白いよ」

「ふぅん」

「アメリカはアメフト、バスケ、野球がメジャーで、それに比べたらサッカーはマイナーでしょ。だからサッカーはフロンティア精神に溢れているんじゃないかなぁ」

「詳しくなったねぇ……」

「そぉ?」

「うん、地球で暮らしていけるよ」

 ディーヴァは嬉しそうに笑った。
 試合が始まっても眠くてうとうとしていたが、前半わずか五分でポルトガルが先制点を入れると、大きな歓声が起こり、自然と目が覚めた。
 後半になり、アメリカが点を取り返すと、ディーヴァは興奮したように立ち上った。

「ジャーメイン! 今のシュート見た!?」

「際どかったね」

 アメリカ対ポルトガル、二対一で迎えたロスタイムに、クリスチアーノロナウドがグループリーグ敗退を救った。ドラマティックな展開だ。
 クロスボールからの得点には、夏樹も思わず「すごい」と声に出した。ディーヴァは隣で大興奮している。

「サッカーの貴公子! 攫っちゃおーかなぁ!」

「やめてっ」

「あはっ!」

 ディーヴァが言うと冗談に聞こえない。実際、夏樹は彼等に攫われて、今ここにいる。

「そういえば、チーム選抜は順調?」

「難航してるよー」

「ディーヴァが命令すれば、一瞬で決まるんじゃないの?」

「それじゃつまらない。うー、皆出たいっていうし、平等に決めるのも大変だね……」

 ディーヴァは渋い顔をした。
 伝家の宝刀――女王命令マスターコントロールを使いたくはないが、一向に決まらない選抜に、いろいろとジレンマがあるようだ。