3EMI - 転生した平凡令嬢が好感度マイナスの義兄から溺愛されるまで

1章:マイナスって0より酷い - 1 -

 かすかな物音で目が醒めた。
 とても長い夢を見ていた気がする……
 ぼんやりした思考で起きあがると、大きな緞帳が左右に割れて、清らかな朝陽が射しこんだ。思わずエイミーは手を顔にかざして目を細めた。
「お目覚めですか、お嬢様」
 クラシックな黒いドレスを纏った女性が、銀縁眼鏡の向こうからじっとエイミーを見つめている。誰だっけ? と考えたのは一瞬で、すぐにマイヤ夫人だと思いだした。背が高く、スタイルの良い未亡人で、とても六十過ぎには見えない。銀髪が素敵で、公爵家に三十年も仕えている義母の側近だ。義母と義父の彼女に対する信頼は絶大であり、エイミーにとっては天敵……だった・・・
「お早うございます、エイミーお嬢様。七歳の誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう、マイヤ夫人」
 今日は八月一日。赤ん坊のエイミーが孤児院の前に置き去りにされた日であり、七歳の誕生日だ(本当の誕生日は知らないけれど、院長先生がそうお決めになった)。
 壮大な夢を見たせいか、頭がうまく働かない。長途の旅から戻ってきたばかりで、まだぼんやりしている。
「なぁに?」
 マイヤ夫人と目があったので、エイミーは子供らしく笑って訊ねてみた。マイヤ夫人は、びっくりしたように目を瞬いている。
「……いえ、お仕度を始めましょう。先ほど、グラスヴァーダム魔法学院からエミリオ様がお戻りになりましたよ」
「エミリオ様……?」
 ぼんやりした表情でつぶやくエイミーを、マイヤ夫人は呆れたように見つめた。
「まだ夢を見ているのですか? エイミーお嬢様の義兄君、小公爵様のことですよ」
「あッ」と、エイミーは目を瞬いた。
「そうでした。お義兄さま、お戻りになったのですね」
 九歳の義兄は、六歳の時からグラスヴァーダム魔法学院の寄宿舎で暮らしている。顔をあわせるのはおよそ半年ぶりだ。
 息を吸うように「グラスヴァーダム魔法学院」について脳に埋めこまれた並列化水晶バベルで検索しそうになったが、思考回路がぐちゃぐちゃになりそうで、慌てて回線を閉じた。
「ええ、そうです。今回は三日間の滞在と聞いています」
 マイヤ夫人が答えた。
「三日? 夏休みなのに?」
 エイミーは小首を傾げた。新学期が始まるまでひと月もあるのに……と疑問に思ったところで、自分が義兄に蛇蝎のごとく嫌われていることを思いだした。そういえば去年も厭そうな顔をしていたっけ。今日もエイミーの誕生パーティーのせいで、不本意ながら帰省したのだろうな。
「ううん、なんでもない。気にしないで」
 こんな基本的な情報を忘れるなんてどうかしている。マイヤ夫人が物言いたげな目でこちらを見ているが、気づかないふりをした。
「お仕度を始めてもよろしいでしょうか?」
「お願いします」
 エイミーが丁寧に返事をすると、いよいよマイヤ夫人は奇妙な顔をした。
 じぃぃっと見つめられて、エイミーは内心で焦る。ごまかし笑いを浮かべるしかない。そうだった。エイミーはかなりの問題児だった。
 三歳で初めて里子にだされてから、素行の悪さで三回も孤児院に返却されている。四歳で大公爵家に引き取られてからも、常に反抗的態度で、投石、蹴とばし、器物破損、落書き、庭に火を点けたこともある。お行儀よく「お願いします」なんてお返事、マイヤ夫人に対して初めてしたかもしれない。
「……何か、隠し事でもしているのではありませんか」
 疑問符のない疑問口調でマイヤ夫人が訊ねた。
「違いますぅ」
 焦るエイミー。
 今なら分別ある行動ができるのに、これまでのエイミーが酷すぎて、正常な言動が逆に奇異の目で見られてしまうとは。
「誕生日だから、そわそわしてしまって」
 無邪気を装うエイミーを、マイヤ夫人は怪訝そうな目で見ていたが、気を取りなすように顔をあげた。
「……あまり時間もありませんし、すぐに湯浴みしましょう。浴室へいらしてください」
 と、彼女が仕事を再開してくれたので、エイミーはほっとした。
 ベッドから降りようとして、床までの遠さに驚く。天蓋もついているし、まるでお姫様のベッドだ。なんと足置き場まである。羽毛の室内履きに脚をすべらせ、絨毯のうえに立つと、部屋の広さと高さに圧倒された。
 爽やかなミントグリーンの壁紙に、白い縁取りの柱と壁装飾。格調高い家具が並び、ミントグリーンを基調にしたソファーや緞帳、黄金装飾の照明。モダンとアンティークが調和したセンスの良いお部屋だ。
「お嬢様?」
 扉を開けたところで、マイヤ夫人が不思議そうにこちらを見ている。
「はぁい」
 エイミーは今度こそ、マイヤ夫人の傍に駆け寄った。
 案内された浴室もまた、素晴らしかった。床は光沢のある白いタイル張りで、壁と浴槽は白と淡いベージュのマーブル模様の大理石。天井は驚くほど高く、物音が反響して聴こえる。
「うわぁ……」
 思わず讃嘆のため息を漏らしてしまい、マイヤ夫人にじろじろ見られたので、エイミーは眺めまわすのをやめた。
 じっとしていると、三人のメイドがやってきて、粛々とエイミーの世話をし始めた。髪から爪の先まで綺麗に磨きあげられ、美容マッサージまで施された。
 ペールブルーの優雅な絹のガウンを羽織り、安楽椅子にかけて、髪を梳かれながら、胡瓜きゅうりのアイマスクにミントのスクラブを顔に塗りたくられる。洗い流して、檸檬とハーブの香りのする化粧水で肌を整え、薄化粧を施されると、平凡な顔立ちがちょっぴりかわいくなった気がした。
 それから広大な衣装部屋へいき、衣装選びから始まった。黒、群青、濃紺のモノトーンから、ビビッドなフューシャ、ローズ、淡いピンク、檸檬といったお姫様カラーまで、あらゆる色と縫製のドレスが一通りそろっている。なかでも黒いゴシックな衣装が多いのは、エイミーの趣味である。
 重めのゴシック・ロリータも素敵だが、今日は柔らかなグレーとクリーム色を基調としたエプロンドレスを選んだ。大きな丸襟、絞られた長袖のパフスリーブ、ボリューム感のあるスカートのフリルとレースの装飾が、まるで不思議の国のアリスみたいだ。
 大きな鏡の前に立つと、左右からメイドが手を伸ばし、ドレスを着せてくれる。この時代のファッションは、パニエや補正下着はあるけれど、躰を締めつけるコルセット文化は廃れているので助かる。
 ちなみにメイドは、クラシックな黒地のワンピースに白いヘッドドレスとエプロン姿だ。ついつい彼女たちの動く姿を目で追ってしまう。エイミーはメイドに見慣れていても、笑美は見慣れていない。今のエイミーは笑美の感性が溶けているせいか、今まで当たり前だったことを、いちいち新鮮に感じるようだ。
「お嬢様、正面を向いてください」
 メイドに注意されて、頭の位置を直された。鏡に向きあうと、七歳になった女の子と目があった。
 アッシュブラウンの豊かな髪、茶色の瞳。ごく平凡な顔立ち。薄い眉は整えられているが短く、小さなつり目と相まって、意地悪な印象を与える。そばかすの散った広がり気味の小鼻は、エイミーの最大のコンプレックスだ。
 でも、くちびるはぽってりと色っぽいし、肌も髪も瑞々しくて綺麗だと笑美は思う。エイミーは自分の容姿も色も嫌いみたいだけど、笑美の感覚では、明るい髪と瞳の色は素敵だと思う。笑美はいつも、エイミーのような髪色に染めていた。この世界ではありふれた茶髪だけど、暗すぎず、明るすぎず、笑美としては理想の髪色だ。
 ――私は、エイミー・アガサ・ゼラフォンダヤ。
 笑美とエイミー。名前が似ていることに、不思議な縁を感じる。これも女神様の采配だろうか?
 ゼラフォンダヤ家は王国を支える三大公爵家の一柱ひとはしらで、最高位の貴族階級であり、古来連綿と魔力に秀でた黄金種ベルハーが爵位を継ぐことで、莫大な資産を築いてきた。
 先ずはここ、ラドガ湖に広大な土地を有し、オーブ近くの葡萄園と王都にある白亜のベルダンディー宮殿も所有している。私有の宿泊・娯楽施設や劇場を幾つも所有し、魔光学に関する科学、流通、医療、娯楽など、あらゆる分野に投資している。純資産は七〇億ルアー(日本円で一兆円)以上! 世界人口の〇.〇〇〇〇三%に属する超大金持ちだ。
 孤児院育ちのエイミーは四歳の時に、気まぐれで訪れた義母の目に留まり、養子として迎えられた。院長先生には、貴方は信じられないほど幸運の持ち主だといわれた。(捨て子なのに笑える、とエイミーは皮肉っていたが)
 当時の義母は慈善活動に燃えていて、貧しい孤児院に足しげく通い、多額の援助をしていた。そして、問題児のエイミーの噂を聞きつけて、わざわざ会いにやってきたつわものだ。エイミーは初対面から酷い態度だったが、彼女は引きさがらなかった。
 義母は気まぐれな楽天家だが、無責任ではなく、エイミーの素行の悪さを身をもって知った後も、人任せにしたり、孤児院に戻そうとはしなかった。
「さぁ、できましたよ」
 マイヤ夫人が背中のリボンを結んでくれるのを待って、エイミーは、鏡の前でくるっとまわってみた。水色のエプロンドレスがかわいい。気分はすっかり不思議の国のアリスだ。
 鏡のなかでマイヤ夫人と目があった。まるで珍獣を見るような目でこちらを見ている。
「お似合いですよ」
 にこりともせず彼女はいった。相変わらずの鉄面皮だが、新生エイミーには後光が射して見える。悪童エイミーの部屋つきメイドは、これまでに何人も辞めているが、マイヤ夫人だけは、変わらず根気よく傍にいてくれた。エイミーは鉄女と悪態をついていたが、いやはや菩薩のような女性だと思う。
 鏡のなかで、エイミーはにこっと笑みかけた。感謝の気持ちをこめて。
「ありがとう」
 エイミーは不愛想な少女だったが、笑美はよく笑う方だった。平凡な容姿をしていたが、笑顔は明るくて素敵だと褒められたことがある。笑顔でいると、相手も笑顔を返してくれることが多いのでお得だ。
 残念ながら、マイヤ夫人には気味が悪いとでもいいたげな目で見られてしまったが……
 支度が整い、一階の優雅なリビングルームに足を踏みいれると、家族が珍しく勢ぞろいしていた。赤い天鵞絨びろうどのソファに腰をかけて寛いでいる。
「エイミー、誕生日おめでとう」
 義母の、オリヴィア・ルイーゼ・ゼラフォンダヤが笑顔でいった。明るい銀髪にくっきりとした碧眼の華やかな美貌の女性だ。白地に群青の縞模様のドレスが素晴らしく似合っている。二歳になる息子のシドニーを腕に抱く姿は、女神のように美しく神々しい。
「ありがとう、お義母さま」
 エイミーはにっこりした。
「おめでとう、エイミー」
 少し冷たい声で義父がいった。彼の名前は、エドガー・ルドヴィシャス・ヘリオス・アーケン・R・ゼラフォンダヤ。名前が長すぎる三十四歳の若き魔法軍総帥にして、ゼラフォンダヤ大公爵だ。
 とても長身で、組んだ脚は驚くほど長い。果たして何頭身あるのだろう? 黒髪に紫の瞳を持つ冷たい印象の美男子だが、家族のことは大事にしている。特に妻を。そしてエイミーのことは面倒に思っている。
 いつもは略式の軍装だが、今日は深い黒を基調とした礼装姿だ。頭に細い金の冠を戴き、繊細な刺繍が施された長衣は、金の肩章や胸の階級章が豪華で、威厳を感じさせる。そして首元には金鎖に吊るされた、公爵家の紋章が刻まれた星のペンダントが、彼の絶対的な権力を象徴するかのように煌めいていた。
「ありがとう、お義父さま」
 エイミーは上品にスカートの裾を摘まんでお辞儀をしたあと、義兄のエミリオを見た。
 両親の遺伝子をばっちり受け継いだ、天使のように美しい、上品で洗練された貴公子だ。
 金の肩章のついた深い紺色の上着に、灰色のスラックス。真っ白なシャツに、首元にはクラシックな黒のリボンタイが結ばれている。胸に金と紫の装飾が施された公爵家の徽章きしょうをつけて、垂れさがる繊細な金鎖が上着のボタンにかかり、厳粛な雰囲気に豪華な印象を与えている。
 そんな絶世の美少年が、冷たい眼差しでエイミーを見ている。とても祝福の言葉をかけてくれそうにはない。
 エイミーが自分の容姿に劣等感を抱いているのは、この美しい義兄によるところが大きい。
 先ずエイミーより小顔で、そばかすひとつないし、肌は内側から光り輝くように白くて滑らかだ。義母譲りのさらさらの銀髪に、義父譲りの煌めく菫色の瞳。陶磁器人形ビスクドールのような中性的な美貌は、九歳にして危うい色香すらあり、エミリオを初めて見る人は讃嘆のため息を漏らさずにはいられない。
 彼らの耳と犬歯は少し尖っている。文字通り黄金の血液が流れる黄金種ベルハーの特徴だ。一方、捨て子で養子になった混血種アミーのエイミーは、耳の形は丸いし、歯も尖っていない(しかも歯並びが良くない)。血の色はもちろん赤。魔力もない。生まれも育ちも種族も、何もかも違う。つまり、誰が見てもエイミー以外の三人は親子だと一目で判る。
 ――ずるい。
 エイミーのなかに、幼い頃からくすぶっている嫉妬の炎が燃えあがるのを感じた。両親に似ているエミリオが羨ましくて仕方ないのだ。そう客観的に思えるのは、笑美の人格が重なっているせいだろう。
 しかし分別を身に着けても、美しい公爵家の人々に近づいていくのは、少々勇気が必要だった。白鳥の群れに迷いこんだ、本当にあひるの子だから。
「お久しぶりです、お義兄さま」
 にこっと笑みかけると、エミリオも、義父も、義母も驚いた顔をした。エイミーは笑顔を保とうとしたが、思わず目を瞠った。エミリオの頭上に、光の粒子が集まりだしたのだ。金色の火炎のような、浮遊する光はやがて形を変え、数字を顕した。
 “-28%”
 唖然とするエイミーを、エミリオはまるで見知らぬ他人を見るような目で見ていた。警戒しているのか、紫の瞳は魔力を帯びて輝きを増している。魔力をもたないエイミーには、絶対に纏えない神秘の輝きだ。
「あらあら、エイミー、とっても素敵よ」
 義母が嬉しそうな声でいった。エイミーは、この美しく華やかで気まぐれな義母のことも苦手だった。社交界の宝石と謳われる義母に憧憬しょうけいの念を抱く一方で、劣等感と、偽善ぶってるくせに……というひねくれた感情を抱いていた。
 しかし、この義母が気まぐれで孤児院に立ち寄らなければ、エイミーは逆立ちしたって公爵家に拾われることはなかった。救済の女神といっても過言ではない。
「ありがとう、お義母様」
 エイミーがにっこりすると、義母は嬉しそうに笑った。さりげなくエミリオの頭上をうかがうと、不思議な数字は消えていた。義父と義母の頭にも目をやったが、数字は見えない。
 今のは、なんだったんだろう?
 もしかして、夢のなかで女神様が言っていた祝福?
 ――きっとそうだ。相手の好意が一目で判るようにしてあげると話していた。具体的な数字で顕れるとは予想外だが、確かに一目瞭然だ。
 この世界も地球と同じように十進法で、%の概念もエイミーと笑美で一致している。となると、好意は0から100までの間? と思ったところで、マイナス表示されていたことを思い出した。
 28%ではなく、-28%。マイナスって……
 いや、無理もない。エイミーが蛇蝎のごとくエミリオを嫌っていたように、向こうも蛇蝎のごとくエイミーを嫌っている。今のエイミーはエミリオを嫌っていないが、そんなこと向こうは知るよしもないのだ。
「久しぶり。誕生日おめでとう」
 エミリオは、綺麗なボーイ・ソプラノでいった。その表情は冷たい。彼は、わずか六歳で家をでて寄宿舎に移るほどエイミーを嫌っていて、めったに帰省もしない。
 と、今のエイミーは冷静に洞察できるが、問題児のエイミーは誕生日のエミリオの冷たい態度に腹を立てていた。
「ありがとう」
 エイミーはぎこちなく、ほほえんだ。いつもなら憎まれ口を叩くところだが、今日は悪態をつく気になれない。エミリオは訝しげな様子だが、エイミーは頑張って笑み続けた。
「ほら、リオ」
 義母にいわれて、エミリオは、渋々といった様子で手に持っていた赤い布の包みを差しだした。金色のリボンが巻かれたそれを、エイミーは今度こそ笑顔で受け取った。
「どうもありがとう」
 エミリオが目を瞠っている。受け取った包みは、とても軽くて柔らかい。中身を確かめるように親指で表面を撫でながら、エイミーはそわそわと義兄を見た。
「開けていい?」
「どうぞ」
 赦しを得て早速包みを開けると、リボンが入っていた。光沢のある素材で、薄い水色のような、菫色が混ざったような、美しい色合いのリボンが二つ入っている。
「ありがとう、お義兄さま」
「……どういたしまして」
 彼の頭上に数字が顕れた。小さな光がくるくると集まり、“-22%”という数字が顕れた。
 さっきは-28%だった。6%増えた!? 好感度があがったということ?
 驚きのあまり硬直するエイミーを、義兄だけでなく、義父も警戒するように見おろしていたが、取り繕う余裕はなかった。
「どうも様子が変だな。今日は、この子から目を離さないでくれ」
 義父がマイヤ夫人に指示しているのを、エイミーは素知らぬ顔で聞いていた。お行儀よくしているだけなのに、日頃の行いのせいで全く信用されていない。
 問題児のエイミーも、両親の前では比較的、良い子を演じていた。孤児院に戻されることを恐れてのことだが、公爵家に来たばかりの頃に受けたしつけがあまりに強烈だったためでもある。
 ある日、庭に火をつけたエイミーを、義父は罰として一晩檻に閉じこめた。その夜はとても眠れなかった。闇魔法に精通する義父によって、明け方まで悪霊に脅かされたのだ。死ぬほど怖かった。その経験で、彼にだけは逆らってはいけないと、頭と躰で理解させられた。
 けれど義兄に対しては別だった。理知的で静かな義兄に対しては、ある意味で甘えていたのだ。何をしても赦してくれる身近な庇護者だと勘違いしながら、強烈な敵愾心を抱いていた。
 その結果が今だ。
 絶世の美少年に、まるで害虫を見るような眼差しを向けられている。
 彼に嫌悪されていると思うと、心のうちにかつての憎悪と嫉妬が芽生えそうになるが、笑美の人格がそれを抑えこむ。
 ――私が間違っていたんだ。
 そう思いながらも、義兄の視線に耐えることが精一杯だった。義父の厳しい躾、義兄との確執、義母の気まぐれで家族になれたこと。豊かで美しい公爵家の人々に囲まれて、孤立した存在として生きてきたエイミーが、反撥している。
 折り合いをつけるには、時間がかかりそうだ。
 でも、笑美はエイミーが嫌いじゃなかった。素行については反省しなければいけないが、ものすごい行動力の持ち主でもある。そして芯が強い。ゼラフォンダヤの家名を赦されても、それを自慢したり、傲慢に振舞うことはしなかった。
 だからきっと、変わることができる。
 そう心に決めて、エイミーは家族に笑みかけた。その笑顔は、かつてのひねくれた笑みではなく、真の温かさを帯びていた。
「今日はお祝いしてくれて、どうもありがとう」
 あらためて礼をいうと、家族は皆、びっくりしていた。エミリオも。彼の視線が一瞬揺らいだのを、エイミーは見逃さなかった。