3EMI - 転生した平凡令嬢が好感度マイナスの義兄から溺愛されるまで

1章:マイナスって0より酷い - 2 -

 パーティーは贅沢かつ豪奢だった。
 壁一面に施された金色の縁取りは、まるで宝石箱のような輝きを放ち、精緻なフレスコ画が飾る高いアーチ型の天井には、クリスタル製のシャンデリアが垂れさがり、アンティーク風の蝋燭が優しく客人たちを照らしだしている。それに加えて、素晴らしい料理の数々。惜しげもなく振る舞われる最高級の葡萄酒や蒸留酒が、さらなる華やかさを演出していた。
 優雅な空間の高いところを舞う金色の蝶たちは、魔法で生みだされた公爵邸の守護者ガーディアンだ。不埒な行いをする者がいれば、忽ち蝶の鱗粉で眠らせてしまう。
 しかし、招かれている客人が問題を起こす心配は殆どないだろう。招待客はすべて義母が吟味し、義父により承認された、超上流階級の紳士淑女ばかりだ。
 残念ながら、エイミーの知り合いはひとりもいない。
 そもそもエイミーに友達はいない。同級生と殴り合いの喧嘩の果てに魔法学院を退学していることを考えれば、推して然るべきだ。
 義母は、そんなエイミーに友人を作ってほしいのだろう。先ほどからエイミーを連れて、子供連れの招待客にばかり話しかけている。
 エイミーは愛想笑いを浮かべながら、積極的に友達を作る気にはなれなかった。義母の意図を理解しつつも、過去の自分が築いた壁は高く、そう簡単に崩せそうにない。華やかな宴のなかにいても、静かな孤独の炎を感じてしまう。
 それでも、笑美の記憶は確実にエイミーに影響を与えている。
 新たな自分を模索するエイミーに、七歳の自覚はあまりなかった。同年代の子供と話すよりも、穏やかで静かな大人と会話する方が、よっぽど気楽だった。
 それに、ここにいる優雅な人々は皆、選ばれた特権階級だ。養子で混血種アミーのエイミーは、どうしても気後れしてしまう。彼らの華やかな笑顔の裏には、冷淡な視線が潜んでいるから。
 この国は自由社会を謳っているけれど、実際は黄金種ベルハーの特権階級が支配する、格差社会だ。
 ゼラフォンダヤ公爵家は突出しているが、連綿と続く血筋を守る貴族は多い。もちろん混血種アミーでも、才能や功績が認められて一代限りの爵位を授かる者は少なくないが、なかなか貴族社会の仲間入りを果たすことは難しい。(彼らも好んでそうしたいとは思わないかもしれないけれど)
 一刻ほど歓談したところで、義母はエイミーをソファーに座らせた。心得たように侍従がやってきて、銀盆にのせたシャンパンとジュースを差しだす。義母は華奢なグラスを受け取り、林檎ジュースをエイミーに渡した。
「エイミー、いい子ね。今日はとってもお行儀が良いわ」
 義母は上機嫌でいった。
「ありがとう、お義母さま」
「お友達になりたい子はいた?」
「うーん……とくには」
 義母は少しがっかりした表情を浮かべた。
「そう? 愛想よくしていたのに。オリー子爵の御子息なんて、熱心に見ていたじゃない?」
「そんなことないよ」
 エイミーは曖昧にほほえんだ。熱心に見ていたつもりはないが、彼らの頭上はチェックしていた。
 なかには、エイミーと年の近い少年もいたが、今のところ、エミリオ以外で頭上に数字が顕れた者はいない。同年代の異性なら誰でも数字が顕れるわけではないらしい。
 ……そもそも、本当にエミリオの頭上に数字は顕れたのだろうか?
 彼があまりにも美少年で、エイミーと不仲だったことを思いだしたから、好感度の低さを実感するあまり数字の幻を見たとか……或いは、笑美とエイミーの記憶と感性が融合したせいで、並列化水晶バベルがバグを起こしたのかも?
「エイミーの初恋はいつかしらね?」
 義母の面白がるような質問に、エイミーはドキッとした。
 一瞬、義母の姿に女神様が重なって見えた気がした。その問いかけは、まるでエイミーの心の奥底に眠る感情を引きずりだそうとするかのようで……
 義母の瞳に映る自分の姿が、笑美と重なって見える。まるで二つの魂が一つの体に宿っているかのような感覚に囚われて、エイミーは心を静めようとした。
「わたしの初恋……それは、まだ判らないわ」
 慎重に答えるエイミーに、義母はほほえみ、エイミーの手を軽く握った。その手の温かさが、彼女の心に少しだけ安心感をもたらした。
「私より、お義兄さまは平気でしょうか」
 エイミーは話題を変えることにした。ご婦人と令嬢に取り囲まれているエミリオの姿が、ここからでも見てとれる。義母はエイミーの視線を追い、ふっと微笑した。
「毎年恒例ね。あの子はどこにいても大人気だから、躱し方にも慣れているわよ」
 確かに、エミリオは卒のない少年だった。秋波を向けられると塩対応を発揮するが、そうでなければ、当たり障りのない親切さで紳士的に振舞っている。
 令嬢たちも、冷たくあしらわれないラインを探りながら、エミリオにアタックしているようだ。随分ませているな、と笑美は感じるが、上流階級の社交では当たり前なのかもしれない。
 この国の結婚市場は長く続くが、有望株は注目を浴びるのも早い。
 今日ここに来ている令嬢たちは、エイミーの誕生日を祝うよりも、エミリオとお近づきになりたくて来ているのだ。なんといっても次期ゼラフォンダヤ公爵で天才魔導士、しかも目も眩むような絶世の美少年となれば、声をかけずにはいられないのだろう。
 しかし、あんな風に囲まれては、さすがのエミリオも疲れるだろう。ちっとも注目されないエイミーがこれだけ疲弊しているのだから。
「内心では困っているかも。お義母さま、お助けしてあげたら?」
 エイミーは助け船をだすつもりで提案してみた。義母は少し考える素振りを見せたが、そうね、と頷いた。
「そろそろ鵞鳥のレースを始めましょうか。リオと合流しましょう」
 義母が並列化水晶バベルで侍従に指示したのだろう、チリンチリンと鈴の音が鳴り、侍従が硝子の拡声器で案内を始めた。

<ご歓談中の皆さまにお知らせします。間もなく、中庭で鵞鳥のレースが始まります。ぜひお気に入りの鵞鳥に投票してください>

 その声が響くと、客人たちの注目が一斉に中庭に向けられた。エイミーはほっと息をつきながら、義母に伴われてエミリオの方へ向かった。エミリオは義母を見て、紫の瞳に安堵を浮かべたが、エイミーに気がつくと、いつもの冷静な面持ちに戻った。
「リオ、いきましょう。鵞鳥のレースが始まるわ」
 義母に促され、エイミーとリオは中庭へと向かった。
 招待客たちも期待に満ちた笑みを浮かべながら、大広間からテラスへ、そして中庭へと移動し始めた。
 公爵家自慢の庭は、ボーダーに植えられた緑の芝が陽に照り輝いて眩しい。アカシアの樹々、銀色の針葉樹、ハーブと色とりどりの草花が完璧にデザインされた庭は、どこを切り取っても絵になる美しさだ。
 この国では今、懐古主義ノスタルジーが大流行している。
 流行に敏感な義母もこの大波ビック・ウェーブに乗り、邸のインテリアから衣装、庭までアンティークな要素をふんだんに取り入れている。守護者ガーディアンが蝶の姿をしているのも、義母の趣味だ。
 この世界はパラレル・アースだと笑美は思っているが、二十二世紀の地球より遥かに技術が進んでいる。電気の代わりに魔光が普及しており、配線不要のため見栄えも良い。豪華な照明も空調機も、すべて魔光で動いている。アンティークな馬車をひくのは馬ではなく、魔光で生みだされた一角獣ユニコーンだ。
 インターネットではなく魔光科学により、情報は一瞬で世界中に共有される。そしてそれは、スマートフォンのような端末を必要とせず、脳に直接映像と音声が共有される。
 なぜなら、国民は三歳になると、脳に極小の並列化水晶バベルを移植することが義務づけられているのだ。これにより、いつどこにいても意思疎通が可能となっている。それも写真ピクチャー文字キャラクターといった平面情報ではなく、五感を通じたリアルさで再生される。
 並列化水晶バベルは強力な人工知能も備えていて、訊けばなんでも答えてくれるし、どんな言語も計算式も自動生成してくれる。人々は並列化水晶バベルなくして生活できない。
 七歳のエイミーが国政と市井の状況を把握できるのも、並列化水晶バベルのおかげだ。必要な情報は、ひとに訊ねるまでもなく瞬時に脳にインストールされる。
 昨日までのエイミーは今の生活に何の疑問も抱いていなかったが、今のエイミーは、地球での経験とのすりあわせでいちいち驚くことばかりだ。並列化水晶バベルを通じて得られる情報は膨大で、その正確さと速さに圧倒されてしまう。
 驚くべきことに、この世界では光速を超えることにも成功している。
 瞬間転移や上位次元干渉が既に実現している。昼でもうっすらと白く空に浮かぶ三つの衛星のうち一つは人工衛星で、居住区域があり、庶民でも旅行できるほど身近なものとなっている。
 ……と、このように発展しすぎた科学を憂いて、懐古主義ノスタルジーは誕生した。
 なかには、脳に埋めこまれた並列化水晶バベルを取りだすために、違法摘出手術を受ける人もいるらしい……
 さて、特設されたレース場には招待客たちが集まり、それぞれお気に入りの鵞鳥に勝利を委ねて投票しているところだ。
「エイミーはどの鵞鳥にする?」
 義母がエイミーに訊ねた。
「赤いリボンの子がいい」
 答えると、義母はほほえんだ。次にエミリオを見て同じことを訊ねると、彼は青いリボンの鵞鳥を指さした。
「三番の鵞鳥がいい。速そうだ」
「そうかもね」
 義母はウィンクすると、侍従に子供たちが選んだ鵞鳥を伝えた。
 全員が賭け終わると、鵞鳥レースは始まった。
 しかし、門が開いても動かない鵞鳥がいたりして、笑いが起こる。
 それでも人々の手拍子や囃し立てる声に追いやられて、鵞鳥たちは躰を左右に振りながら、ゴールを目指して走っていく。走るというよりは、散歩しているような呑気さだが。
 レースの光景は、どこか非現実的でありながらも、華やかな宴の一部として自然に溶けこんでいて、エイミーは、その様子を静かに見つめながら、微笑を浮かべた。
「六番が一着だ!」
 どうやら当てたらしい男性が、嬉しそうに声をあげた。
 エイミーが選んだ鵞鳥は六位で、エミリオの選んだ鵞鳥は二位だった。一位を当てた人には、鵞鳥を意匠された純金のメダルが贈られ、彼らは大いに喜んだ。
 歓談の最中、大広間から音楽が聴こえてきた。おや、という顔で人々が振り返る。エイミーも思わず振り返ると、青空のしたでゼラフォンダヤ邸の白煉瓦と金箔を塗った煉瓦が照り映えて眩しい。
「ダンスが始まったみたいよ。貴方たちも踊ってきたら?」
 義母は、手で顔に日陰を作りながら、悪戯っぽくエイミーとエミリオを見つめていった。
「僕はいい」「やめておきます」
 ふたりの声が重なった。
 義母は苦笑をこぼしている。エミリオもエイミーもダンスは習っているが、手を繋いで踊れというのは、エイミーはともかくエミリオには酷だろう。
 その後、エイミーは庭園を散歩したり、ソファーに座って紅茶を飲んで過ごした。主役であるエイミーが放っておかれるのはいつものことだ。エミリオとは別行動だが、親戚と歓談している姿をホールで見かけた。
 午後三時の鐘が鳴り、パーティーはつつがなく終了した。
 庭園は夜まで解放されているので、残って歓談している大人もいるが、子供連れの招待客たちは帰り始めた。浮遊機械自動車で帰る者もいれば、魔光の一角獣ユニコーンに引かせたアンティークな馬車で去っていく客もいる。自動車も馬車も落ち着いた単色が多いが、なかには眩い金や鮮やかな赤の車体もあり、視界が賑やかだ。
 見送りがひと段落したところで、義母は子供たちに声をかけた。
「ふたりとも、疲れたでしょう? もう部屋で休んでいいわよ。リオ、エイミーを部屋まで送ってあげてちょうだい」
 義母の言葉に、エミリオは無表情で頷いた。エイミーを見る目は冷たい。
 エイミーは気落ちして、足元に視線を落とした。会話もなく廊下を歩き、それぞれの部屋の分かれ道で脚を止めた。
「それじゃあ、また」
 エイミーは笑みを浮かべていった。
「……今日は随分大人しいね」
 エミリオが探るような目で見てくる。その声が冷たくて、思わずエイミーはエミリオの頭上に目をやった。数字は顕れない。心臓がドキドキしてきた。
「……今まで、ひどい態度をとって、ごめんなさい。色々と……お義兄さまが羨ましくて」
 エイミーは緊張しながらエミリオを見た。紫の瞳が、冷たくきらりと光った気がした。
「急にどうしたの?」
「……きちんと謝りたくて」
「今さら?」
 エミリオは冷ややかに嗤った。凍りつくエイミーを、軽蔑と嘲笑の眼差しで見ている。銀髪の上に、光の粒子が集まりだした。
“-25%”
 数字だ! 最後に見たときは22%だったのに、3%さがった?
「お前が謝るのは、筋だと思う。本当に酷かったから。それで赦せるわけじゃないけれど」
 冷たく断言されて、エイミーは心拍数が跳ねあがるのを感じた。ドッ、ドッ、ドッ、心臓の音が聴こえる。振りおろされるさらなる言葉の刃に備えて、拳をぎゅっと握りしめた。
「今朝、お前をバレン島の女子寄宿学校に預けてほしいと父上に進言したけれど、保留されたよ」
「えっ」
 驚きに目を瞠るエイミーを見て、エミリオは小首を傾げた。
「……父上に聞いたから、謝ったんじゃないの?」
「違う、よ。ただ、謝りたかったの」
 焦るエイミー。冷ややかな視線が怖い。
「安い謝罪だね」
 エミリオの言葉は刃のように鋭く、エイミーの心に深く突き刺さった。その冷たさに怯えながらも、エイミーは何とかして自分の真意を伝えたいと思った。
「謝って赦してもらえるとは思わないけど、それでも、先ずは謝りたかったんです。本当に」
「ふぅん……さすがのお前も、バレン島にいくのは厭なのかと思った。あそこは規律が厳しいことで有名だしね。その我儘で狡猾な性格も、矯正してくれるといいんだけれど」
 エイミーは蒼白な顔で、頸を横に振った。
「そんな所にいかなくても、今日から矯正できます。もう迷惑はかけません」
「今日から? 大きくでたね。まぁ、いずれにせよ今日のところは保留だ。却下ではなく、あくまでも保留だから。お前を寄宿学校に入れることを諦めたわけじゃない」
「……はい、判りました」
 どうやら猶予期間をもらえたらしい。エイミーはかしこまったが、エミリオは不快そうに眉をひそめた。頭上の数字は、-26%に変わった。また1%さがった。
「お前が学院を退学になった時、そのまま矯正学校へ送れば良かったものを、父上と母上は、まだ子供だからと思い留まったんだ。僕はふたりのように甘くないから。お前が復学資格を得たとしても、僕のなかで今と評価が変わらなければ、今度こそ追いだしてやる。どんな手を使っても、必ず」
 その言葉と表情は、決意に満ちていた。今は何をいっても怒らせてしまいそうで、エイミーは黙って耳を傾けるしかないと思った。
「静かだね。いつもみたいに、奇声を発しないの?」
「……しません」
 エイミーは苦虫を潰したような顔で答えた。もう癇癪を起して暴れたりしない。
「お前のこと気違いだと思ってたけど、ようやく人間の自覚が芽生えたのかな? その殊勝な態度が気まぐれでないことを祈るよ」
 ふっとエミリオは冷笑をこぼした。
「今後は僕にいわれた言葉を、よく考えて行動してほしい」
 殊勝に頷くエイミーを見おろして、エミリオは鼻白んだ様子でいたが「お休み」といって踵を返した。
 彼の頭上の数字は、-26%のままだ。
 昨日少しは回復したと思ったのに、たった一日で逆戻りだ。薄っぺらい謝罪が、彼の神経を逆撫でしてしまった。
 とり残されたエイミーは、ふらふらと自分の部屋に戻った。寝室着に着替えて、顔を洗って歯を磨いて、鏡の前でぼんやりしていると、メイドが御用聞きにやってきた。
「お嬢様、温かいミルクをお持ちしましょうか?」
「ううん、いい。ありがとう……」
 力なく答えるエイミーを気遣うように、メイドは静かに扉をしめた。
 ひとりになると、水差しを傾けてグラスに注ぎ、ひとくち飲んだ。
 片側の緞帳を閉じてから寝台にあがり、白いリネンのシーツとフリルが施されたクッションに包まれて、ランプの明かりを消した。
 目を閉じても、とても眠れる気がしなかった。エミリオにいわれた言葉が頭から離れない。
 エイミーは本当に問題児だった。手がつけられないほど素行が悪く、自分が不利になると黙りこむ。自己中心的で、傲慢な子供だった。両親の本当の子供であるエミリオのことが、妬ましくて、憎らしくて、だけど憧れもあって、彼に向かう感情は一言ではいい表せないほど複雑だった。
 エミリオにしてみれば、いい迷惑だっただろう。楽しそうに振る舞うとエイミーの機嫌が悪くなるから、エミリオは次第にエイミーの前で笑わなくなった。
 エイミーの悪行は度を越していた。数えあげればきりがないが、エミリオにとって一番最悪な出来事は、恐らく彼が六歳の時に苦労して完成させた論文データを、エイミーが破壊したことだろう。魔導の才に嫉妬したエイミーが、腹いせにやったのだ。その後エミリオは不眠不休で復元した。結果は彼の勝利だ。学会は無事に終わり、最終的に公爵は赦してくれたけれど、エミリオは絶対に許さなかった。当たり前だ。あれは子供の悪戯では済まされない、犯罪だった。
 ……いや、もっと酷い出来事があった。
 義父から射撃を教わるエミリオが妬ましくて、ダダをこねて狩場に連れていってもらったことがある。あろうことか、エミリオを誤射してしまったのだ。彼の脚は黄金こがね色の血に染まった。決してわざとではなかったが、エミリオには信じてもらえなかった。癇癪を起したエイミーは、エミリオを責めて、彼の精神にさらなる苦痛を与えてしまった。
 それまでにもエイミーは数えきれないほど問題を起こしてきたけれど、あの事故はエミリオとの関係を決定的に壊した。怪我が癒えるとエミリオはすぐに、公爵家をでて寄宿舎に移ってしまったのだ。
 義父と義母も、エミリオとエイミーをしばらく離した方がいいと判断し、当時六歳の息子が寄宿舎で生活することを認めた。エミリオも本音では、両親の傍にいたかっただろうに……
 本当に、申し訳ないことをしてしまった。
 公爵夫妻も、よくエイミーを諦めなかったものだ。これまでの里親なら、とっくにエイミーを孤児院に返却していた。恐らく義父はそうしたかったのだろうが、義母が説得したに違いない。しかし当時のエイミーは、もっと早く迎えに来てほしかったと彼らに対しても不満を抱いていた。卑屈で傲慢で、人の親切に感謝を返せない子供だった。
 布団を頭までかぶりながら、エイミーはそっとため息をついた。本当に酷いことをしてしまった……どうして、今になって前世を思い出したのだろう?
 どうせなら、取り返しのつかない失敗をする前に思いだしたかった。
 せっかく女神様から頂いた祝福だが、エミリオに対して有効に活用できる自信がない。落ちていく数字を見るのは辛い……
 もう一度女神様にお会いして、助言を仰ぎたいと思ったが、夢のなかで会うことは叶わなかった。