奇跡のように美しい人
2章:謳歌 - 4 -
最近、レインジールの元気がない。
硝子温室で本を捲りながら、佳蓮は今朝も沈んだ表情をしていた少年のことを思い浮かべた。
お気に入りの冒険物語シリーズを読んでいるのに、内容がちっとも頭に入ってこない。同じ文章を繰り返し眼で追い駆けていることに気付き、こりゃだめだと本を閉じた。
今夜も遅くまで工房に詰めているのだろうか……
昏れなずむ空を仰いで、工房へいってみようかと閃いた。
思えば、レインジールに工房へ連れていって欲しいと頼んでから、一月が経とうとしている。向こうも忘れているのかもしれない。
様子を見て、忙しそうにしていたら引き返せばいい。そう思い、軽い気持ちで塔を降りた。
星詠機関は時計塔の下層にあり、十階までを占める広大な建物だ。
時計塔は一〇〇階を越える高層で、六〇階から上は、全てレインジールの私物である。佳蓮が普段生活しているのは、主に六十二階。地上から大分離れているが、エレベーターより楽チンな魔導転送盤のおかげで簡単に下へ降りられる。
一階へ降りた佳蓮は、柱の影から見知った顔がないか視線を走らせた。無事に脱出できたと判ると、何食わぬ顔で人に紛れる。
玄関は、古い駅舎のような造りになっている。
硝子張りの弧を描く屋根に、正面には金縁の豪華な大時計。
公的機関と学び舎の融合した巨大施設は、カルチェ・ラタンのように雑多で魅力的だ。
ここには魔導の権威や、知識人達が大勢集まっており、黒い制服を纏った学生の姿も多い。
緑や噴水の設置された、ちょっとした憩いの場が無数にあり、至るところに本棚が置かれている。
新鮮な気持ちで歩いていたが、笑いながら道行く学生を眼にして足を止めた。じっとりと手汗が滲む。
(……あれ?)
星詠機関が学校の運営も担っていることは承知していた。以前は倒れてしまったが、もう平気だろうと思っていたのに。考えが甘かったのだろうか?
いよいよ気分が悪くなり、引き返そうか迷っていると、熱い視線に気がついた。複数の学生がこちらを見ている。
「え、女神様?」
「本当だ。流星の女神だ!」
「うっわぁ、お綺麗だなぁ……」
「キャーッ、流星の女神だわ」
一人が声を上げると、あっという間に伝染した。
同じ年頃の学生達が、頬を上気させて、憧憬の眼差しで佳蓮を見ている。嘲りや嘲笑ではなく、空気を眺めるような平坦な眼差しでもない。
賞賛の眼差しに、佳蓮はゆっくり自分を立て直した。笑みを浮かべると、彼等に手を振ってみせる。
「わぁ……」
「キャーッ」
あちこちから歓声が上がる。まるで芸能人にでもなった気分だ。
集まってきた群衆を見渡して、見知っている顔を探すと、つられたように彼等も顔を見合わせた。
誰をお探しなのかな――ささめきが聞こえてくる。
人が増えるにつれて、佳蓮は怖くなった。ひとまず移動しようと踵 を返すと、
「女神様」
背中に声をかけられた。振り向くと、素朴な顔立ちの少年が追い駆けてきた。なかなかの美男子なのであろう少年は、佳蓮を見て眼元を染めた。
「あの、どちらへ? お急ぎですか?」
「レインジールの……長官のいる工房はどちらでしょうか?」
「あぁ、もっと奥ですよ。良ければ、案内いたします」
言葉の語尾が、少し震えている。勇気を振り絞って差し伸べたのであろう手に眼を落とし、佳蓮は逡巡してから手を重ねた。
「……では、お言葉に甘えて」
「はい!」
頬を紅潮させる少年の初々しさに、思わず笑みが零れる。
他愛もない会話をしながら歩いていると、廊下の奥から息を切らして、レインジールが走ってきた。
「佳蓮!」
「あ、レイン」
「お一人でいらしたのですか!?」
「うん」
背後に列を成す学生を見て、レインジールは咎めるような眼差しを佳蓮に向けた。
「護衛もつけず、不用心ですよ」
「大丈夫だよ」
「貴方は少しも判っていない」
不機嫌も露わに眉をあげるレインジールを、まぁまぁと佳蓮は宥めた。
「レイン、そう怒らないで」
手を伸ばして髪を撫でると、レインジールは身体を強張らせた。周囲からは悲鳴のような歓声が沸き起こる。
「か、佳蓮……!」
興奮したような観衆の反応に、佳蓮は怯んだ。背後をちらりと振り返り、再びレインジールに視線を戻した。
「ごめん……」
紅潮した顔を俯けるレインジールを見て、佳蓮も気まずげに謝罪した。
「もう! いいからこちらへ」
レインジールは佳蓮の手を掴むと、駆け出すように歩き始めた。
「レイン、ごめん。怒らないで」
「怒っていません」
そういう声が怒っている。大人しく従っていると、念願の工房に通された。
部屋は広く、天上は高い。
壁に穿たれた色硝子の窓から、陽が斜めに降り注ぎ、美しい色彩を床に描いている。
部屋の中央に鎮座した大きな雪花石膏 の机には、様々な硝子瓶、工具類、複雑な図形や文字が綴られた書面が無造作に散らばっていた。机に置かれた小型望遠鏡を、小柄な少年が覗きこんでいる。
「ジラン。少し外してください」
「は、はい!」
研究に勤しんでいた少年、ジランは飛び上がらんばかりに驚いた。とても愛らしい顔をしている。佳蓮を見て眼を丸くした後、内気そうに顔を俯けたまま慌ただしく出ていった。
扉が閉まると、レインジールはやれやれ、といったように小さく息を吐いた。
「えっと、素敵なお部屋だね。これ、差し入れ」
菓子の入った籠を渡すと、レインジールは不機嫌を溶かして微笑んだ。
「ありがとうございます。散らかっていてすみません」
「全然散らかってないよ」
「どうぞ、こちらにかけてください。埃がつかない程度には、掃除をしていますから」
促されるまま、佳蓮はゆったりとした籐椅子 に腰を下ろした。
机の傍に、樹のように大きな観葉植物が配置されており、天井からも、大小様々な緑が吊るされている。
「温室みたいだね。素敵。居心地が良くて、落ち着く」
「前任者の趣味です。私の師でもある女性で、薬草学を専門にしていました」
「へぇ、女性だったの」
「はい。自由な人で、後継に私を選んだ後は、辺境に隠居してしまいました」
「今は、どこにるの?」
尋ねながら、煉瓦の壁に張られた大きな地図の傍へ寄った。
アディールの俯瞰図だ。複雑精緻な文様の隙間は、二進符号 のような線の羅列で埋められている。
隣に並んだレインジールは、大陸の端を指さした。
「ここ? 端っこだね」
「妖魔から国を守る、古い要塞都市の一つですよ」
「そんな危ない所で隠居生活を送れるの?」
「心配無用です。師は、主力一個隊を遥かに凌駕する、非常に優秀な魔導師ですから」
「へぇ……」
相槌を打ちながら、隣の少年の様子を盗み見る。視線に気付いて、レインジールは顔を上げた。
「どうかしましたか?」
「レイン、最近元気ないよね。何かあった?」
「え? いえ……」
「仕事忙しいの?」
「いえ、そんなことは」
「嘘。最近、遅くまで工房に籠ってるじゃん。ちゃんと休んでる?」
「心配をおかけして、すみません」
「無理してないならいいんだけど。今朝も沈んだ表情をしていたし、気になっちゃって」
「佳蓮……」
「レインは弱音とか全然吐かないから、心配だよ。いろいろ頑張り過ぎてない? 私で良ければ、愚痴くらい聞くからね」
頭を撫でると、レインジールは苦しそうな顔をした。思い詰めたような表情をしたかと思えば、微笑みを浮かべて顔を上げた。
「では……少しだけ、つきあっていただけますか?」
「いいよ」
「こちらへどうぞ。最上階の星詠宮へお連れします」
差し伸べられた手を取ろうとした時、ふと左手の甲が視界に映った。
「あれ、流星痕……」
朱金の紋様は、以前と少し形が違っていた。ついこの間まで、羽を畳んだ片翼の形をしていたのに、今は双翼になりつつある。
「なんか、大きくなっているね」
「聖杯が満ちると共に、流星痕も成長するのです」
「ふぅん?」
曖昧に頷く佳蓮を見て、レインジールは微笑んだ。さぁ、と差し出された掌に、そっと手を重ねる。次の瞬間には球状の白い空間に立っていた。
「――わ、すごっ」
白い壁は忽 ち透明になり、四方を夜闇の星空に囲まれた。空を埋め尽くす、無数の星と星。空恐ろしいほどの満点の星空を、佳蓮はぽかんと口を開けて仰いだ。
「……すごい、降るような星空」
「ここなら、全方向の空を仰げます。佳蓮の部屋からは、見れない光景でしょう?」
「うん……」
「あの最も明るい惑星状星雲の中央に、佳蓮のいらした天上の楽園はあると言われています」
アンドロメダのように青く輝く星雲に眼を凝らして、佳蓮は不得要領に頷いた。地球で眺めていた星空とはまるで違うが、この広大な宇宙のどこかに、天の川銀河も存在しているのだろうか?
「佳蓮。私が傍にいて、不満はありませんか?」
唐突な質問に、佳蓮は少年の顔をまじまじと見つめた。
「ないよ」
「本当に?」
「何でそんなこと訊くの?」
「……佳蓮にだけは、つまらない男だと思われたくありません。至らない点があれば、遠慮なくおっしゃってくだい」
「レインに問題なんてないよ。あるとしたら、私の方だ」
レインジールは力なく首を振ると、天を仰いだ。
「私では、佳蓮の聖杯を満たせないかもしれません……」
憂いを帯びた横顔に、佳蓮は不安を掻き立てられた。
「……それって、何か問題あるの? 私は全然平気だけど」
確か、アディールに佳蓮の存在を定着させる為に、聖杯を満たす必要がある、そうレインジールは話していた。
ここの環境にもすっかり馴染んだし、昏倒することもなくなった。佳蓮としては、もうとっくに定着しているつもりだった。
「聖杯がどうかしたの?」
佳蓮を見上げたレインジールは、不安な表情を消して、美しい笑みを浮かべた。
「――いいえ。何も。少しずつ、満ちてきましたね」
いつもと変わらない、天使のような微笑。美しい笑顔に、何か大切なことを隠している気がして、佳蓮は少しだけ不安になった。
硝子温室で本を捲りながら、佳蓮は今朝も沈んだ表情をしていた少年のことを思い浮かべた。
お気に入りの冒険物語シリーズを読んでいるのに、内容がちっとも頭に入ってこない。同じ文章を繰り返し眼で追い駆けていることに気付き、こりゃだめだと本を閉じた。
今夜も遅くまで工房に詰めているのだろうか……
昏れなずむ空を仰いで、工房へいってみようかと閃いた。
思えば、レインジールに工房へ連れていって欲しいと頼んでから、一月が経とうとしている。向こうも忘れているのかもしれない。
様子を見て、忙しそうにしていたら引き返せばいい。そう思い、軽い気持ちで塔を降りた。
星詠機関は時計塔の下層にあり、十階までを占める広大な建物だ。
時計塔は一〇〇階を越える高層で、六〇階から上は、全てレインジールの私物である。佳蓮が普段生活しているのは、主に六十二階。地上から大分離れているが、エレベーターより楽チンな魔導転送盤のおかげで簡単に下へ降りられる。
一階へ降りた佳蓮は、柱の影から見知った顔がないか視線を走らせた。無事に脱出できたと判ると、何食わぬ顔で人に紛れる。
玄関は、古い駅舎のような造りになっている。
硝子張りの弧を描く屋根に、正面には金縁の豪華な大時計。
公的機関と学び舎の融合した巨大施設は、カルチェ・ラタンのように雑多で魅力的だ。
ここには魔導の権威や、知識人達が大勢集まっており、黒い制服を纏った学生の姿も多い。
緑や噴水の設置された、ちょっとした憩いの場が無数にあり、至るところに本棚が置かれている。
新鮮な気持ちで歩いていたが、笑いながら道行く学生を眼にして足を止めた。じっとりと手汗が滲む。
(……あれ?)
星詠機関が学校の運営も担っていることは承知していた。以前は倒れてしまったが、もう平気だろうと思っていたのに。考えが甘かったのだろうか?
いよいよ気分が悪くなり、引き返そうか迷っていると、熱い視線に気がついた。複数の学生がこちらを見ている。
「え、女神様?」
「本当だ。流星の女神だ!」
「うっわぁ、お綺麗だなぁ……」
「キャーッ、流星の女神だわ」
一人が声を上げると、あっという間に伝染した。
同じ年頃の学生達が、頬を上気させて、憧憬の眼差しで佳蓮を見ている。嘲りや嘲笑ではなく、空気を眺めるような平坦な眼差しでもない。
賞賛の眼差しに、佳蓮はゆっくり自分を立て直した。笑みを浮かべると、彼等に手を振ってみせる。
「わぁ……」
「キャーッ」
あちこちから歓声が上がる。まるで芸能人にでもなった気分だ。
集まってきた群衆を見渡して、見知っている顔を探すと、つられたように彼等も顔を見合わせた。
誰をお探しなのかな――ささめきが聞こえてくる。
人が増えるにつれて、佳蓮は怖くなった。ひとまず移動しようと
「女神様」
背中に声をかけられた。振り向くと、素朴な顔立ちの少年が追い駆けてきた。なかなかの美男子なのであろう少年は、佳蓮を見て眼元を染めた。
「あの、どちらへ? お急ぎですか?」
「レインジールの……長官のいる工房はどちらでしょうか?」
「あぁ、もっと奥ですよ。良ければ、案内いたします」
言葉の語尾が、少し震えている。勇気を振り絞って差し伸べたのであろう手に眼を落とし、佳蓮は逡巡してから手を重ねた。
「……では、お言葉に甘えて」
「はい!」
頬を紅潮させる少年の初々しさに、思わず笑みが零れる。
他愛もない会話をしながら歩いていると、廊下の奥から息を切らして、レインジールが走ってきた。
「佳蓮!」
「あ、レイン」
「お一人でいらしたのですか!?」
「うん」
背後に列を成す学生を見て、レインジールは咎めるような眼差しを佳蓮に向けた。
「護衛もつけず、不用心ですよ」
「大丈夫だよ」
「貴方は少しも判っていない」
不機嫌も露わに眉をあげるレインジールを、まぁまぁと佳蓮は宥めた。
「レイン、そう怒らないで」
手を伸ばして髪を撫でると、レインジールは身体を強張らせた。周囲からは悲鳴のような歓声が沸き起こる。
「か、佳蓮……!」
興奮したような観衆の反応に、佳蓮は怯んだ。背後をちらりと振り返り、再びレインジールに視線を戻した。
「ごめん……」
紅潮した顔を俯けるレインジールを見て、佳蓮も気まずげに謝罪した。
「もう! いいからこちらへ」
レインジールは佳蓮の手を掴むと、駆け出すように歩き始めた。
「レイン、ごめん。怒らないで」
「怒っていません」
そういう声が怒っている。大人しく従っていると、念願の工房に通された。
部屋は広く、天上は高い。
壁に穿たれた色硝子の窓から、陽が斜めに降り注ぎ、美しい色彩を床に描いている。
部屋の中央に鎮座した大きな
「ジラン。少し外してください」
「は、はい!」
研究に勤しんでいた少年、ジランは飛び上がらんばかりに驚いた。とても愛らしい顔をしている。佳蓮を見て眼を丸くした後、内気そうに顔を俯けたまま慌ただしく出ていった。
扉が閉まると、レインジールはやれやれ、といったように小さく息を吐いた。
「えっと、素敵なお部屋だね。これ、差し入れ」
菓子の入った籠を渡すと、レインジールは不機嫌を溶かして微笑んだ。
「ありがとうございます。散らかっていてすみません」
「全然散らかってないよ」
「どうぞ、こちらにかけてください。埃がつかない程度には、掃除をしていますから」
促されるまま、佳蓮はゆったりとした
机の傍に、樹のように大きな観葉植物が配置されており、天井からも、大小様々な緑が吊るされている。
「温室みたいだね。素敵。居心地が良くて、落ち着く」
「前任者の趣味です。私の師でもある女性で、薬草学を専門にしていました」
「へぇ、女性だったの」
「はい。自由な人で、後継に私を選んだ後は、辺境に隠居してしまいました」
「今は、どこにるの?」
尋ねながら、煉瓦の壁に張られた大きな地図の傍へ寄った。
アディールの俯瞰図だ。複雑精緻な文様の隙間は、
隣に並んだレインジールは、大陸の端を指さした。
「ここ? 端っこだね」
「妖魔から国を守る、古い要塞都市の一つですよ」
「そんな危ない所で隠居生活を送れるの?」
「心配無用です。師は、主力一個隊を遥かに凌駕する、非常に優秀な魔導師ですから」
「へぇ……」
相槌を打ちながら、隣の少年の様子を盗み見る。視線に気付いて、レインジールは顔を上げた。
「どうかしましたか?」
「レイン、最近元気ないよね。何かあった?」
「え? いえ……」
「仕事忙しいの?」
「いえ、そんなことは」
「嘘。最近、遅くまで工房に籠ってるじゃん。ちゃんと休んでる?」
「心配をおかけして、すみません」
「無理してないならいいんだけど。今朝も沈んだ表情をしていたし、気になっちゃって」
「佳蓮……」
「レインは弱音とか全然吐かないから、心配だよ。いろいろ頑張り過ぎてない? 私で良ければ、愚痴くらい聞くからね」
頭を撫でると、レインジールは苦しそうな顔をした。思い詰めたような表情をしたかと思えば、微笑みを浮かべて顔を上げた。
「では……少しだけ、つきあっていただけますか?」
「いいよ」
「こちらへどうぞ。最上階の星詠宮へお連れします」
差し伸べられた手を取ろうとした時、ふと左手の甲が視界に映った。
「あれ、流星痕……」
朱金の紋様は、以前と少し形が違っていた。ついこの間まで、羽を畳んだ片翼の形をしていたのに、今は双翼になりつつある。
「なんか、大きくなっているね」
「聖杯が満ちると共に、流星痕も成長するのです」
「ふぅん?」
曖昧に頷く佳蓮を見て、レインジールは微笑んだ。さぁ、と差し出された掌に、そっと手を重ねる。次の瞬間には球状の白い空間に立っていた。
「――わ、すごっ」
白い壁は
「……すごい、降るような星空」
「ここなら、全方向の空を仰げます。佳蓮の部屋からは、見れない光景でしょう?」
「うん……」
「あの最も明るい惑星状星雲の中央に、佳蓮のいらした天上の楽園はあると言われています」
アンドロメダのように青く輝く星雲に眼を凝らして、佳蓮は不得要領に頷いた。地球で眺めていた星空とはまるで違うが、この広大な宇宙のどこかに、天の川銀河も存在しているのだろうか?
「佳蓮。私が傍にいて、不満はありませんか?」
唐突な質問に、佳蓮は少年の顔をまじまじと見つめた。
「ないよ」
「本当に?」
「何でそんなこと訊くの?」
「……佳蓮にだけは、つまらない男だと思われたくありません。至らない点があれば、遠慮なくおっしゃってくだい」
「レインに問題なんてないよ。あるとしたら、私の方だ」
レインジールは力なく首を振ると、天を仰いだ。
「私では、佳蓮の聖杯を満たせないかもしれません……」
憂いを帯びた横顔に、佳蓮は不安を掻き立てられた。
「……それって、何か問題あるの? 私は全然平気だけど」
確か、アディールに佳蓮の存在を定着させる為に、聖杯を満たす必要がある、そうレインジールは話していた。
ここの環境にもすっかり馴染んだし、昏倒することもなくなった。佳蓮としては、もうとっくに定着しているつもりだった。
「聖杯がどうかしたの?」
佳蓮を見上げたレインジールは、不安な表情を消して、美しい笑みを浮かべた。
「――いいえ。何も。少しずつ、満ちてきましたね」
いつもと変わらない、天使のような微笑。美しい笑顔に、何か大切なことを隠している気がして、佳蓮は少しだけ不安になった。