人食い森のネネとルル
1章:底なし沼の珍事と共生のはじまり - 6 -
小鳥が囀 り、靄 が晴れ、森が目覚める頃。
ネネは目を開けた。いつもこれくらいの時間には、自然と目が覚める。一日の仕事を頭の中で組み立て始めた時、視界に青銀色が映った。
「――ッ……!」
少年だ。昨日会った、あの謎の少年が、ネネと同じ寝台で眠っている。
混乱と共に、昨日の出来事を断片的に思い出した。睡蓮沼、鋼鉄の檻、聖銀の鎖、抱える程の火石 ――。
腰に少年の腕がのっていることに気づいて、慌てて腕を跳ねのけた。逃げるように四つん這いで寝台から降りると、ナイフを手に持ち、動機を抑えながら少年の様子を伺う。
少年は、レースシャツの胸元を寛げて、人の寝台で気持ち良さそうに眠っていた。けぶるような青銀色の睫毛が、目元に濃い陰影を落としている。滑らかな真珠のような肌、形の良い唇……。こんなに綺麗な顔は生まれて初めて見た。綺麗過ぎて、微かに胸が上下していなければ、血の通わないビスクドールのように見える。
顔の造りをつぶさに眺め、自然とシーツの上に散った、艶やかな青銀色の髪に視線が流れた。
いろんな青がオーロラのように重なり、不思議な光沢を帯びている。こんな髪色見たことない。髪結師に売れば、いい金になりそうだ……。
触れてみたくなり、つと手を伸ばした。想像以上に滑らかで、絹のような手触りに思わず瞠目する。
「お早う」
「――ッ!?」
慌てて飛びのいた拍子に、体勢を崩して尻餅をついた。勿忘草 のような青い瞳が、楽しそうに煌めいている。
声をかけられるまで、まるで気づなかった。あまりにも綺麗だから、知らず魅了されていたらしい……。
「元気になったね」
「アンタ、何で寝てるの」
床についた腕に力をこめたら、指先に布の擦れる感触が伝わった。見れば、舞台衣装のように煌びやかな上着と、シャツについていたレースのジャボを尻で踏んづけていた。立ち上がりながら拾い上げると、少年に向かって投げつけた。
「出て行って」
「え? 嫌だよ……。貴方は、火石を採ってきたら、傍にいていいって言いました」
少年は拗ねたように、何故か敬語で答えた。
「勝手に人の寝台で寝るような奴、信用できない。昨日の話はなしだ」
「だって、一緒にいてもいいって、言ったもの。どうして、同じ寝台で寝たらいけないの?」
話が通じなさすぎて眩暈がする。
「とにかく、火石はいらない。下にあるの? 持って行っていいから、出て行け」
「えぇっ? 横暴! 嘘つき!」
少年は子供っぽい非難を飛ばした。
――魔性相手に、横暴って罵 られてもなぁ……。
「いいから、もう。出て行って」
「嫌!」
埒 が明かない。二人はしばらく睨みあい……、ネネが折れた。
「はぁ……、とりあえず身支度させて。アンタ、下で座って待ってて」
少年はまだ不満そうな顔をしていたが、上着に袖を通すと、言われた通り寝室から出て行った。
扉が閉まるのを見届けると、ネネは額を押さえてため息をついた。
着古したシャツにズボン、革のブーツ。肩に届くくらいの髪は、後ろで一つに結い上げる。手際よくいつものスタイルに着替えると、少年の待つ二階へ降りた。
台所に入ると、異質な少年が視界に飛び込んでくる。茶色の多い質素な室内で、少年は実に浮いていた。彼の周りだけ、世界が色づいているようだ。
少年は、年季の入った木椅子に腰かけて、机の上に置いてあった果物を、勝手に咀嚼 していた。遠慮のない男だ……。
「アンタ、果物も食べるんだ。人間みたいだね」
「食べれないこともないけど、人間の食べ物じゃ、お腹は膨れないよ」
「じゃ、食べるなよ……」
机の上に置かれた、山のような火石を目にしたら、やはり手放すのは惜しい気がしてきた。
やっかいごとはご免だが……、これだけ質のいい火石を、みすみす逃すのはもったいない……。
ネネの葛藤を読んだように、少年はニヤリと笑った。
「私を此処に置いてくれるなら、いつでも採ってきてあげる。どう?」
「それで……、アタシは代わりに何をすればいいわけ?」
「ほんのちょっぴり、精気を分けてくれるだけでいいよ」
ネネは盛大に顔を顰 めた。少年が慌てたように続ける。
「痛くないし、危なくもないよ。昨日はちょっと失敗したけど、もう間違えないから。気持ちよくなるだけだよ」
「アンタ、もしかして淫魔の類……?」
淫魔は人を誘惑して精気を貪 る、闇の眷属 の総称だ。彼等は姿を変える技に長けていて、見目麗しい人の姿で現れることが多い。
人を堕落させる性質の悪い魔性として、聖職者には嫌われている。だから、聖銀の檻に囚われ、沼に落とされたのではないだろうか。
「そうかもしれないね」
少年は、まるで他人事のように微笑んだ。
ネネは目を開けた。いつもこれくらいの時間には、自然と目が覚める。一日の仕事を頭の中で組み立て始めた時、視界に青銀色が映った。
「――ッ……!」
少年だ。昨日会った、あの謎の少年が、ネネと同じ寝台で眠っている。
混乱と共に、昨日の出来事を断片的に思い出した。睡蓮沼、鋼鉄の檻、聖銀の鎖、抱える程の
腰に少年の腕がのっていることに気づいて、慌てて腕を跳ねのけた。逃げるように四つん這いで寝台から降りると、ナイフを手に持ち、動機を抑えながら少年の様子を伺う。
少年は、レースシャツの胸元を寛げて、人の寝台で気持ち良さそうに眠っていた。けぶるような青銀色の睫毛が、目元に濃い陰影を落としている。滑らかな真珠のような肌、形の良い唇……。こんなに綺麗な顔は生まれて初めて見た。綺麗過ぎて、微かに胸が上下していなければ、血の通わないビスクドールのように見える。
顔の造りをつぶさに眺め、自然とシーツの上に散った、艶やかな青銀色の髪に視線が流れた。
いろんな青がオーロラのように重なり、不思議な光沢を帯びている。こんな髪色見たことない。髪結師に売れば、いい金になりそうだ……。
触れてみたくなり、つと手を伸ばした。想像以上に滑らかで、絹のような手触りに思わず瞠目する。
「お早う」
「――ッ!?」
慌てて飛びのいた拍子に、体勢を崩して尻餅をついた。
声をかけられるまで、まるで気づなかった。あまりにも綺麗だから、知らず魅了されていたらしい……。
「元気になったね」
「アンタ、何で寝てるの」
床についた腕に力をこめたら、指先に布の擦れる感触が伝わった。見れば、舞台衣装のように煌びやかな上着と、シャツについていたレースのジャボを尻で踏んづけていた。立ち上がりながら拾い上げると、少年に向かって投げつけた。
「出て行って」
「え? 嫌だよ……。貴方は、火石を採ってきたら、傍にいていいって言いました」
少年は拗ねたように、何故か敬語で答えた。
「勝手に人の寝台で寝るような奴、信用できない。昨日の話はなしだ」
「だって、一緒にいてもいいって、言ったもの。どうして、同じ寝台で寝たらいけないの?」
話が通じなさすぎて眩暈がする。
「とにかく、火石はいらない。下にあるの? 持って行っていいから、出て行け」
「えぇっ? 横暴! 嘘つき!」
少年は子供っぽい非難を飛ばした。
――魔性相手に、横暴って
「いいから、もう。出て行って」
「嫌!」
「はぁ……、とりあえず身支度させて。アンタ、下で座って待ってて」
少年はまだ不満そうな顔をしていたが、上着に袖を通すと、言われた通り寝室から出て行った。
扉が閉まるのを見届けると、ネネは額を押さえてため息をついた。
着古したシャツにズボン、革のブーツ。肩に届くくらいの髪は、後ろで一つに結い上げる。手際よくいつものスタイルに着替えると、少年の待つ二階へ降りた。
台所に入ると、異質な少年が視界に飛び込んでくる。茶色の多い質素な室内で、少年は実に浮いていた。彼の周りだけ、世界が色づいているようだ。
少年は、年季の入った木椅子に腰かけて、机の上に置いてあった果物を、勝手に
「アンタ、果物も食べるんだ。人間みたいだね」
「食べれないこともないけど、人間の食べ物じゃ、お腹は膨れないよ」
「じゃ、食べるなよ……」
机の上に置かれた、山のような火石を目にしたら、やはり手放すのは惜しい気がしてきた。
やっかいごとはご免だが……、これだけ質のいい火石を、みすみす逃すのはもったいない……。
ネネの葛藤を読んだように、少年はニヤリと笑った。
「私を此処に置いてくれるなら、いつでも採ってきてあげる。どう?」
「それで……、アタシは代わりに何をすればいいわけ?」
「ほんのちょっぴり、精気を分けてくれるだけでいいよ」
ネネは盛大に顔を
「痛くないし、危なくもないよ。昨日はちょっと失敗したけど、もう間違えないから。気持ちよくなるだけだよ」
「アンタ、もしかして淫魔の類……?」
淫魔は人を誘惑して精気を
人を堕落させる性質の悪い魔性として、聖職者には嫌われている。だから、聖銀の檻に囚われ、沼に落とされたのではないだろうか。
「そうかもしれないね」
少年は、まるで他人事のように微笑んだ。