人食い森のネネとルル
1章:底なし沼の珍事と共生のはじまり - 7 -
ふわふわした受け答えをする少年に、ネネは呆れた眼差しを送った。
「アンタ、自分のこと、何も判らないの?」
「ん――、本能に近いことは、判るかなぁ。食餌とか、力の使い方とか……。でも私に関する記憶は、全然ない。名前、生まれ、どうして沼にいたのか……」
「火石 のことは知ってたの?」
「うん、そういう知識はある。実は昨日、カタルカナユ・サンタ・ガブリールにも行ってみたんだ。でも、私の知っている街とは大分違っていた」
「いつから睡蓮沼にいたの?」
「さぁ……、覚えてないなぁ。もう随分昔だよ」
「何で沈まなかったの? あの沼に沈んで浮き上がってきたのは、アンタが初めてだ」
「完全に沈まないように、堪えていたから。あの檻は、鉄と聖銀の質量が黄金比で造られていて、私とは相性が悪かったの。大変だった。何とか沼からは出たけど、血でも流さないと黄金比を破れなくて……、昨日は貴方のおかげで、本当に助かったよ。どうもありがとう」
「まぁ、こっちも聖銀もらえるしね。アンタさ……、何でアタシと一緒にいたいの?」
「貴方、美味しいし。カタルカナユ・サンタ・ガブリールより、此処にいた方が面白そうだから」
美味しいと言われても嬉しくない。けれど、魅力的な取引だ。指でカツカツと机を鳴らしながら、目まぐるしく計算した。
「火石はすごく欲しいけど……、アンタを傍に置くにあたって、絶対に譲れない条件がある」
「なあに?」
「その一。アタシに危害を加えないこと」
「もちろん」
「その二。アンタは床で寝ること」
「えぇ?」
「当たり前だ。家主はアタシなんだ」
「まぁ……、ちゃんと食餌させてくれるならいいよ」
「食餌の頻度は?」
「毎日食べたいよ」
「一日何回?」
「貴方は、一日何回なの?」
「朝と夜の二回。昼は狩が多いから、殆ど食べない」
「なら、貴方が食べる時に合わせて、私も食べる」
「じゃ、それで。その三。アタシは、街の人間に見つかりたくない。此処は隠れ家なの。だから、アンタを此処に置いて、もし面倒が起きたら即出て行ってもらう」
「どうして見つかりたくないの?」
「その四。なんで此処に住んでいるかは教えない。聞くのもなし、アタシが此処に住んでいることは、もちろん他言無用」
「……」
「その五。アタシの言うことは、守ること。この森は只の森じゃないんだ。アンタは平気かもしれないけど、アタシは生者だってことを忘れずに。アンタがトチって、私まで沼に沈んだりしたら、祟 ってやるからね」
少年はおかしそうに笑った。「祟られるの?」と何故か嬉しそうにしている。
「いいよ。譲れない条件は、それで全部?」
ネネは腕を組んで考え込んだ。
大分言いつくした気がするけど、他に何かあるだろうか……。
「あ、火石が必要になったら、また採ってきてくれる?」
条件というよりは、お願いする口調になった。
少年は笑顔で頷いた。
「いいよ。あとは?」
「……思いついたら、付け足す」
「じゃあ、交渉成立だね。貴方、名前はなんていうの?」
「ネネ。アンタは……」
――そうか、記憶がないのか。
ふ、と笑みが零れた。少年は不思議そうに小首を傾げる。
「いや、アンタを見た時、瞳の色が勿忘草 だと思ったんだ。”私を忘れないで”……なんて花言葉があるのに、自分が忘れてりゃ世話ないね」
「酷い」
少年の拗ねたような、悲しそうな顔を見て、ネネは「イヒヒッ」と意地悪く笑った。
「じゃあ、アンタのこと、ルルって呼ぶよ」
「ルル?」
「ネネとルル、いいんじゃない?」
ネネが笑うと、少年も目を輝かせて、天使のような笑みを浮かべた。
「アンタ、自分のこと、何も判らないの?」
「ん――、本能に近いことは、判るかなぁ。食餌とか、力の使い方とか……。でも私に関する記憶は、全然ない。名前、生まれ、どうして沼にいたのか……」
「
「うん、そういう知識はある。実は昨日、カタルカナユ・サンタ・ガブリールにも行ってみたんだ。でも、私の知っている街とは大分違っていた」
「いつから睡蓮沼にいたの?」
「さぁ……、覚えてないなぁ。もう随分昔だよ」
「何で沈まなかったの? あの沼に沈んで浮き上がってきたのは、アンタが初めてだ」
「完全に沈まないように、堪えていたから。あの檻は、鉄と聖銀の質量が黄金比で造られていて、私とは相性が悪かったの。大変だった。何とか沼からは出たけど、血でも流さないと黄金比を破れなくて……、昨日は貴方のおかげで、本当に助かったよ。どうもありがとう」
「まぁ、こっちも聖銀もらえるしね。アンタさ……、何でアタシと一緒にいたいの?」
「貴方、美味しいし。カタルカナユ・サンタ・ガブリールより、此処にいた方が面白そうだから」
美味しいと言われても嬉しくない。けれど、魅力的な取引だ。指でカツカツと机を鳴らしながら、目まぐるしく計算した。
「火石はすごく欲しいけど……、アンタを傍に置くにあたって、絶対に譲れない条件がある」
「なあに?」
「その一。アタシに危害を加えないこと」
「もちろん」
「その二。アンタは床で寝ること」
「えぇ?」
「当たり前だ。家主はアタシなんだ」
「まぁ……、ちゃんと食餌させてくれるならいいよ」
「食餌の頻度は?」
「毎日食べたいよ」
「一日何回?」
「貴方は、一日何回なの?」
「朝と夜の二回。昼は狩が多いから、殆ど食べない」
「なら、貴方が食べる時に合わせて、私も食べる」
「じゃ、それで。その三。アタシは、街の人間に見つかりたくない。此処は隠れ家なの。だから、アンタを此処に置いて、もし面倒が起きたら即出て行ってもらう」
「どうして見つかりたくないの?」
「その四。なんで此処に住んでいるかは教えない。聞くのもなし、アタシが此処に住んでいることは、もちろん他言無用」
「……」
「その五。アタシの言うことは、守ること。この森は只の森じゃないんだ。アンタは平気かもしれないけど、アタシは生者だってことを忘れずに。アンタがトチって、私まで沼に沈んだりしたら、
少年はおかしそうに笑った。「祟られるの?」と何故か嬉しそうにしている。
「いいよ。譲れない条件は、それで全部?」
ネネは腕を組んで考え込んだ。
大分言いつくした気がするけど、他に何かあるだろうか……。
「あ、火石が必要になったら、また採ってきてくれる?」
条件というよりは、お願いする口調になった。
少年は笑顔で頷いた。
「いいよ。あとは?」
「……思いついたら、付け足す」
「じゃあ、交渉成立だね。貴方、名前はなんていうの?」
「ネネ。アンタは……」
――そうか、記憶がないのか。
ふ、と笑みが零れた。少年は不思議そうに小首を傾げる。
「いや、アンタを見た時、瞳の色が
「酷い」
少年の拗ねたような、悲しそうな顔を見て、ネネは「イヒヒッ」と意地悪く笑った。
「じゃあ、アンタのこと、ルルって呼ぶよ」
「ルル?」
「ネネとルル、いいんじゃない?」
ネネが笑うと、少年も目を輝かせて、天使のような笑みを浮かべた。