人食い森のネネとルル
2章:ルルの秘密 - 3 -
久しぶりに狩を成し遂げて、ネネは意気揚々と棲家へ戻った。
新鮮な生肉への興奮が抑えられない。帰るなり納屋に閉じこもり、日が暮れるまで解体作業に熱中した。
「ルルーッ! 畑に火石 入れておいてー! あと椎茸もー!」
納屋から叫ぶと、ルルはぶうぶうと不平を垂れた。
「ネネ、人使い荒いっ!」
「いつも、”何でもしてあげる”……って言ってるじゃん」
ルルの口真似をしたら、「後でたっぷり食餌させてもらうからね!」と言い返されて、若干自分の言動を後悔した。ねちっこいルルの食餌を思うと、「うぅ……」と思わず呻き声が出る。
気を取り直して、さあ調理しようと台所に立ったところで、遠くからすっかり聞きなれた銃声と、微かな悲鳴が聞こえてきた。
連中もそろそろ学習して、森から出て行けばものを……。
ネネはやれやれと首を振らずにはいられなかった。
しかし、こんがり焼けた鹿肉を見ると、思わずにんまりと笑顔になる。
新鮮な鹿肉は素晴らしく美味だった。
腹一杯食べて満足していると、ルルはいそいそとネネの後ろへやってきて、腕をまわして首に抱きついた。
「ネネ、獣臭い……」
顔を顰 めるルルを見て、ネネは意地悪く「イイヒッ」と笑った。実はわざとだ。鹿を捌 いてから、まだ湯を浴びていないのだ。
「ほらほら」
掌を陶器のようなルルの頬に押しつけてやった。
「もー、外に浴槽を作ってあげたのに。入ってきなよ」
「明日でいいよ。今日はもう疲れた」
「疲れてたって、湯を浴びることくらい出来るでしょ」
「いいや、面倒くさいね!」
「うわっ、信じられない。ネネって、それでも女の子なの?」
「見て判るでしょ。失礼な奴だな」
食餌をするつもりがないなら、結構なことだ。しめしめと思いながら、席を立つと、さり気なく腕を掴まれた。
「――食餌、まだしてない」
――チッ……。
「うわっ、今舌打ちしたの? 酷くない?」
「うっさいな、早くしてよ」
諦めて木椅子にどかりと腰を下ろすと、ルルはネネの正面にまわり跪いた。青い勿忘草 の瞳にじっと見つめられる。
とっとと済ませてしまおう。ネネの方から左手を差し出したが、ルルはその手を取らずに、両手でネネの頬を包み込んだ。人形みたいに綺麗な顔が近づいてくる――。
「――っ!」
逃げる暇もなく、唇が重なった。食餌の時に、唇から吸われたことは一度しかない。納屋で猪を捌いていた時、不意打ちみたいに奪われた、あの一回きりだ。
目を閉じることもできずにいると、唇を割って舌が口内に潜り込んできた。
「――っ!?」
――何で……っ? さっきの仕返し!?
舌を搦 め捕られて強く吸われた。展開についていけない、ルルの胸に添えた手に少しも力が入らない。後頭部を大きな手で押さえられて、口づけは更に深くなった。
「っ、は……、ぅ……!」
自分のものとは思えない、弱々しい声が喉の奥から漏れた。
――ルル……ッ!!
怒りが芽生えて、無遠慮に口内を荒す舌に噛みついてやった。
ルルは小さく呻いて顔を離したが、それくらいじゃ腹の虫が治まらない。綺麗な面 を叩いてやろうと手を振り上げたら、「おっと」と言いながらひらりと躱 された。
「何で逃げるの!」
「逃げないと、叩かれちゃうじゃない。ネネの乱暴者」
「唇はなしって言ったでしょ!?」
「えー、聞いてないよ」
「アタシとの約束、その六! 唇からの食餌はなしっ! 分かった!?」
「ネネって、お子様だよね……。私にキスされて、そんな反応するの、ネネくらいだよ」
ブチ切れそうになった。怒りのあまり唇が戦慄 く。拳を握りしめて仁王立ちでルルの前に立つと、罵詈雑言の限りを頭に思い浮かべた。よっぽど口にしてやろかと思ったけれど、なけなしの理性を総動員させてどうにか思いとどまった。
「――ルルの尺度で測るな。アタシは、唇は嫌。分かった?」
「そんなに怒らなくてもいいのに……」
「気に入らないなら、出て行きなよ。どうぞ?」
ルルは傷ついた顔をした。冷たく睨みつけていたネネだが、その顔を見たら、何だか罪悪感が込み上げてきた。
怒っているのはネネの方なのに……。
新鮮な生肉への興奮が抑えられない。帰るなり納屋に閉じこもり、日が暮れるまで解体作業に熱中した。
「ルルーッ! 畑に
納屋から叫ぶと、ルルはぶうぶうと不平を垂れた。
「ネネ、人使い荒いっ!」
「いつも、”何でもしてあげる”……って言ってるじゃん」
ルルの口真似をしたら、「後でたっぷり食餌させてもらうからね!」と言い返されて、若干自分の言動を後悔した。ねちっこいルルの食餌を思うと、「うぅ……」と思わず呻き声が出る。
気を取り直して、さあ調理しようと台所に立ったところで、遠くからすっかり聞きなれた銃声と、微かな悲鳴が聞こえてきた。
連中もそろそろ学習して、森から出て行けばものを……。
ネネはやれやれと首を振らずにはいられなかった。
しかし、こんがり焼けた鹿肉を見ると、思わずにんまりと笑顔になる。
新鮮な鹿肉は素晴らしく美味だった。
腹一杯食べて満足していると、ルルはいそいそとネネの後ろへやってきて、腕をまわして首に抱きついた。
「ネネ、獣臭い……」
顔を
「ほらほら」
掌を陶器のようなルルの頬に押しつけてやった。
「もー、外に浴槽を作ってあげたのに。入ってきなよ」
「明日でいいよ。今日はもう疲れた」
「疲れてたって、湯を浴びることくらい出来るでしょ」
「いいや、面倒くさいね!」
「うわっ、信じられない。ネネって、それでも女の子なの?」
「見て判るでしょ。失礼な奴だな」
食餌をするつもりがないなら、結構なことだ。しめしめと思いながら、席を立つと、さり気なく腕を掴まれた。
「――食餌、まだしてない」
――チッ……。
「うわっ、今舌打ちしたの? 酷くない?」
「うっさいな、早くしてよ」
諦めて木椅子にどかりと腰を下ろすと、ルルはネネの正面にまわり跪いた。青い
とっとと済ませてしまおう。ネネの方から左手を差し出したが、ルルはその手を取らずに、両手でネネの頬を包み込んだ。人形みたいに綺麗な顔が近づいてくる――。
「――っ!」
逃げる暇もなく、唇が重なった。食餌の時に、唇から吸われたことは一度しかない。納屋で猪を捌いていた時、不意打ちみたいに奪われた、あの一回きりだ。
目を閉じることもできずにいると、唇を割って舌が口内に潜り込んできた。
「――っ!?」
――何で……っ? さっきの仕返し!?
舌を
「っ、は……、ぅ……!」
自分のものとは思えない、弱々しい声が喉の奥から漏れた。
――ルル……ッ!!
怒りが芽生えて、無遠慮に口内を荒す舌に噛みついてやった。
ルルは小さく呻いて顔を離したが、それくらいじゃ腹の虫が治まらない。綺麗な
「何で逃げるの!」
「逃げないと、叩かれちゃうじゃない。ネネの乱暴者」
「唇はなしって言ったでしょ!?」
「えー、聞いてないよ」
「アタシとの約束、その六! 唇からの食餌はなしっ! 分かった!?」
「ネネって、お子様だよね……。私にキスされて、そんな反応するの、ネネくらいだよ」
ブチ切れそうになった。怒りのあまり唇が
「――ルルの尺度で測るな。アタシは、唇は嫌。分かった?」
「そんなに怒らなくてもいいのに……」
「気に入らないなら、出て行きなよ。どうぞ?」
ルルは傷ついた顔をした。冷たく睨みつけていたネネだが、その顔を見たら、何だか罪悪感が込み上げてきた。
怒っているのはネネの方なのに……。