人食い森のネネとルル
3章:人食い森と追跡者 - 1 -
カタルカナユ・サンタ・ガブリールの領主から、ミゼルフォールの森の監察強化という名目で、調査隊が人食い森に大量に送り込まれてきた。
昼でも薄暗い人食い森を、武装した兵士達、そして黒いフード被った不気味な一団までもが何かを探すように歩いている……。
その様子を、ネネは茂みに隠れて眺めていた。小声で隣にいるルルに悪態をつく。
「あれが調査兵って顔つきかよ……、なぁ?」
「急に増えたよね」
「密猟者なんて、とうに狩り尽くしたろうに……。あのフードの連中、祓魔師 だよ。今度は死霊狩でも始めるつもりかな……」
「今日はどうするの?」
「流石に、狩はやめとく……」
仕方がない、人数が多すぎる。出歩けば見つかる可能性が高い。数日もすれば、彼等も諦めて引き上げるだろう――。
ところが、連中はしつこかった。
数日経っても、調査隊一行は相変わらず森に出入りし続けた。まるで何かを探すように、眼を皿のようにして、執念深く、ぐるぐると森を歩き回っている。
やっかいなことに、専門家を連れ歩くことにより、調査隊は次第に人食い森に慣れ始めていた。最初の頃に比べて、銃声と悲鳴を聞く回数が格段に減ってきたのだ。
ネネは狩に出歩けず、苛立ちが募り「あいつらこそ死霊だ!」と喚 き散らした。
――これは、待ってるだけじゃ解決しないな……。このままだと、ここも見つかるのは時間の問題だ……。
畑仕事をしながら悩んでいると「ウァンッ!」と懐かしい声が聞こえた。
「黒いの――!」
美しい黒い獣がネネの傍に駆け寄ってきた。姿を見るのは久しぶりだ。首にまふっと抱きつくと、花の良い香りがした。思わず、スンと鼻を鳴らす。とても獣とは思えない、華やかな香りだ。
「――また来たの、そいつ」
屋根の上で寛いでいたルルは、いつの間にかネネの隣に立っていた。
「黒いの、心配したよ。あいつらに見つからなかった?」
黒いのは「キューン」と鼻を鳴らすと、踵 を返して茂みに分け入り、野兎を咥えて戻ってきた。
「え、お土産!?」
三つに分かれた尾を、ぱたりぱたりと嬉しそうに揺らしている。宝石のように綺麗なアメシストの瞳も、喜びに溢れて煌めいている。
「お前って、賢い!」
思わずがばっと抱きついてしまった。ここ最近は狩に出られず、肉を食べられない日々が続いていたのだ。尖った口元にちゅっとキスをすると、後ろでルルが「あ――っ!」と叫んだ。
「ネネ! ひどい!」
「何が?」
「言っとくけど、そいつはね――」
ルルが何かを言いかけると、お行儀の良い黒いのにしては珍しく、ぐるる……と警戒するように牙を向いた。
「お前達、仲悪いよね……」
「フンッ、私なら熊だって仕留められるよ」
「アンタ、熊を舐めてかかると、殺 られるよ?」
「あのね……、私を誰だと思ってるの?」
「スケベな魔性」
「違う!」
「じゃあ、何?」
じっと見つめると、ルルはぐっ、と返答に詰まった。
「お、認めた?」
にやにや笑っていると、黒いのも、同意するようにフッと鼻を鳴らした。悔しがるルルが面白くて、ネネは「イヒヒッ」と笑ってやった。
「――とにかく、私に出来ないことはないの」
「判った判った、ルルは強くて偉大な魔性だよ。アタシがちゃーんと知ってるから、そう怒らない。でも、熊に手出すのはやめときな。人に気づかれる」
「もう。でもさ……、ずっと隠れているわけには、いかないんじゃない?」
「うん……」
ルルの言う通りだ。逃げの一手では、いずれ捕まってしまう。
そもそも、街で聞いた噂が本当なら、森の監察強化は建前で、鉄道完成前に不正密猟の一斉検挙が真の目的じゃないのか。
執拗な調査隊の追跡により、密猟者なんて一人残らず森から逃げている。この森で息を潜めている生者は、ネネくらいのものだ……。
森を出歩けない。満足に狩も出来ない。いずれここも見つかる危険性がある。どれもこれも、忌々しい調査隊のせいではないか……。
考えているうちに、沸々と闘志が込み上げてきた。
「あー、イライラする! あいつらアタシに、どこまで我慢させれば気が済むんだ。隠れるのは止めだ。打って出てやる」
ルルは楽しそうに目を煌めかせ、黒いのは同意するように「ウァンッ!」と吠えた。
昼でも薄暗い人食い森を、武装した兵士達、そして黒いフード被った不気味な一団までもが何かを探すように歩いている……。
その様子を、ネネは茂みに隠れて眺めていた。小声で隣にいるルルに悪態をつく。
「あれが調査兵って顔つきかよ……、なぁ?」
「急に増えたよね」
「密猟者なんて、とうに狩り尽くしたろうに……。あのフードの連中、
「今日はどうするの?」
「流石に、狩はやめとく……」
仕方がない、人数が多すぎる。出歩けば見つかる可能性が高い。数日もすれば、彼等も諦めて引き上げるだろう――。
ところが、連中はしつこかった。
数日経っても、調査隊一行は相変わらず森に出入りし続けた。まるで何かを探すように、眼を皿のようにして、執念深く、ぐるぐると森を歩き回っている。
やっかいなことに、専門家を連れ歩くことにより、調査隊は次第に人食い森に慣れ始めていた。最初の頃に比べて、銃声と悲鳴を聞く回数が格段に減ってきたのだ。
ネネは狩に出歩けず、苛立ちが募り「あいつらこそ死霊だ!」と
――これは、待ってるだけじゃ解決しないな……。このままだと、ここも見つかるのは時間の問題だ……。
畑仕事をしながら悩んでいると「ウァンッ!」と懐かしい声が聞こえた。
「黒いの――!」
美しい黒い獣がネネの傍に駆け寄ってきた。姿を見るのは久しぶりだ。首にまふっと抱きつくと、花の良い香りがした。思わず、スンと鼻を鳴らす。とても獣とは思えない、華やかな香りだ。
「――また来たの、そいつ」
屋根の上で寛いでいたルルは、いつの間にかネネの隣に立っていた。
「黒いの、心配したよ。あいつらに見つからなかった?」
黒いのは「キューン」と鼻を鳴らすと、
「え、お土産!?」
三つに分かれた尾を、ぱたりぱたりと嬉しそうに揺らしている。宝石のように綺麗なアメシストの瞳も、喜びに溢れて煌めいている。
「お前って、賢い!」
思わずがばっと抱きついてしまった。ここ最近は狩に出られず、肉を食べられない日々が続いていたのだ。尖った口元にちゅっとキスをすると、後ろでルルが「あ――っ!」と叫んだ。
「ネネ! ひどい!」
「何が?」
「言っとくけど、そいつはね――」
ルルが何かを言いかけると、お行儀の良い黒いのにしては珍しく、ぐるる……と警戒するように牙を向いた。
「お前達、仲悪いよね……」
「フンッ、私なら熊だって仕留められるよ」
「アンタ、熊を舐めてかかると、
「あのね……、私を誰だと思ってるの?」
「スケベな魔性」
「違う!」
「じゃあ、何?」
じっと見つめると、ルルはぐっ、と返答に詰まった。
「お、認めた?」
にやにや笑っていると、黒いのも、同意するようにフッと鼻を鳴らした。悔しがるルルが面白くて、ネネは「イヒヒッ」と笑ってやった。
「――とにかく、私に出来ないことはないの」
「判った判った、ルルは強くて偉大な魔性だよ。アタシがちゃーんと知ってるから、そう怒らない。でも、熊に手出すのはやめときな。人に気づかれる」
「もう。でもさ……、ずっと隠れているわけには、いかないんじゃない?」
「うん……」
ルルの言う通りだ。逃げの一手では、いずれ捕まってしまう。
そもそも、街で聞いた噂が本当なら、森の監察強化は建前で、鉄道完成前に不正密猟の一斉検挙が真の目的じゃないのか。
執拗な調査隊の追跡により、密猟者なんて一人残らず森から逃げている。この森で息を潜めている生者は、ネネくらいのものだ……。
森を出歩けない。満足に狩も出来ない。いずれここも見つかる危険性がある。どれもこれも、忌々しい調査隊のせいではないか……。
考えているうちに、沸々と闘志が込み上げてきた。
「あー、イライラする! あいつらアタシに、どこまで我慢させれば気が済むんだ。隠れるのは止めだ。打って出てやる」
ルルは楽しそうに目を煌めかせ、黒いのは同意するように「ウァンッ!」と吠えた。