人食い森のネネとルル
3章:人食い森と追跡者 - 5 -
日が暮れた人食い森。闇に潜む者達が目覚める頃――。
調査隊と不気味な一団は、今夜も睡蓮沼を中心に集まっている。その様子を、ネネは獣のように琥珀の目を光らせて、茂みの奥からじっと見つめていた。
「ネネ……」
ルルの小さな呼びかけを「シィ」と唇に指を当てて制する。
調査隊一行は、睡蓮沼で点呼を取った後、五隊に別れて、それぞれ別の茂みに分け入った。最初の頃に比べて、動きに迷いがなく無駄がない。明らかに統率が生まれている。
――今夜も分隊で探索か。なら、一番遠くへ行く隊が、最初の獲物だ。
睡蓮沼から距離を取ると、枯草の上に、蛇から搾り取った血を垂らした。
「何してるの……?」
「生き血は撒き餌だ。死霊が集まる。後でここに、分隊を追い込むのさ。さ、次に行こう」
そうして適当に移動しては、枯草の上に生き血を撒いてまわった。
そろそろ、聞こえてくる頃合いだろう……。耳を澄ませていると、カラコロ……と、小さな鳴子の音が微かに聞こえた。
ネネの耳は遠く離れた羽音も捕える。
にやりと口端を上げると、音のした方へ獣のように忍び寄った。
――いたいた……。祓魔師 もいるぞ。
四人の調査隊に、フードを被った祓魔師が一人混じっている。
先ずは枝に吊るした蛇玉だ。カタパルトに小石をあてて、狙いを定める――絶対に外さない。シュッと風を切る音と共に、地面に仕込んだトリガーを起動させた。
「うわぁ――っ!?」
「何だっ!?」
「へ、蛇!」
五人小隊の中に、何人か蛇が苦手な者がいたらしく、転がるように隊を離れて茂みに駆けこんだ。残された仲間が慌てて後を追う。
鳴子をしかけた道は、左右を大樹や茂みに挟まれた一本道だ。追い詰めるのは容易い。逃げる彼等の背後から、足元を狙って油玉を飛ばした。続けて虫を呼ぶ、無味透明な液体を背中に投げつける。彼等は滑り、転ぶうちに、パニックになり始めた。
「な、何だっ!?」
「おい、押すな!」
茂みから、幹の上に立つルルに合図を送る。ルルは目をきらきらさせて、禍々しい不気味な大王蜂の巨大な巣を落とした――。
ブワッ!
怒れる蜂の大群が彼等の背後を襲う。
「うわぁ――っ!?」
――逃げろ! 逃げろ! その先は死霊のたまり場だ。お手並み拝見してやる!
ネネは狩の本能が目覚めていくのを感じていた。仕留めてやる――単純で静かな闘志が身体中を駆け巡る。
蛇の血の周りに、不気味な黒い影が蠢 いていた。血に呼ばれて集まった、死霊達だ。
追い込まれて戦々恐々としている調査隊の中で一人、祓魔師だけは動じることなく立ちあがった。
さぁ、どうする気だろう……。
ルルと一緒に眺めていると、腰のホルダーから聖銀銃を取り出し、恐れることなく死霊に打ち込んだ。忽 ち黒い影は霧散して消える。
流石に専門家だけあって、対処に問題はないようだ。
死霊は人の恐怖を嗅ぎ分ける。対峙したら、恐れを消して、真っ直ぐに聖銀を撃ち込むことこそ正解なのだ。
しかし冷静に対処できたのは祓魔師一人だけで、他の調査隊は、しきりにベースへ戻ろうと喚いた。
「落ち着きなさい。作為的な罠です」
「でも、怖ぇ! やっぱり来るんじゃなかった!」
「とにかく一度戻ろう、皆に報告するんだ……っ」
――む……、まだ粘る気か?
彼等は散々逃げ回り、怯えているものの、森を出ようとはしなかった。ネネは更に脅かしてやろうと、煙玉を投げこもうとしたが、その手を横からルルに掴まれた。
――何で!?
――流石にわざとらしいよ。そろそろ気付かれる……。
目線で会話を交わすうちに、彼等は立ち上り、冷静さを取り戻そうとしていた。
グルル……ッ!
闇夜にアメシストの瞳が光る。それだけではない、魔性を帯びた赤い目が、いくつも闇夜に浮いて見えた。
「うあぁっ!?」
「魔物だ!」
「逃げろっ!」
祓魔師がピストルを構える間もなく、魔性の獣達は一斉に襲いかかった。数十はいる魔性の群れに、流石に一行は背を向けて逃げ出した。
まるで嵐が通り過ぎていったようだ。
茂みを凝視していると、しばらくして、黒いのが「キューン」と鼻を鳴らして戻ってきた。
「黒いの……? 助けにきてくれたの?」
黒いのは、綺麗なアメシストの瞳でじっとネネを見つめた。まるで「そうだよ」と言っているようだ。
「お前、賢いっ!」
艶やかな毛並みを撫でて額にキスをすると、後ろでルルが「私と扱いが違う……」と不満そうに呟いた。ネネが悪いのだろうか……。
調査隊と不気味な一団は、今夜も睡蓮沼を中心に集まっている。その様子を、ネネは獣のように琥珀の目を光らせて、茂みの奥からじっと見つめていた。
「ネネ……」
ルルの小さな呼びかけを「シィ」と唇に指を当てて制する。
調査隊一行は、睡蓮沼で点呼を取った後、五隊に別れて、それぞれ別の茂みに分け入った。最初の頃に比べて、動きに迷いがなく無駄がない。明らかに統率が生まれている。
――今夜も分隊で探索か。なら、一番遠くへ行く隊が、最初の獲物だ。
睡蓮沼から距離を取ると、枯草の上に、蛇から搾り取った血を垂らした。
「何してるの……?」
「生き血は撒き餌だ。死霊が集まる。後でここに、分隊を追い込むのさ。さ、次に行こう」
そうして適当に移動しては、枯草の上に生き血を撒いてまわった。
そろそろ、聞こえてくる頃合いだろう……。耳を澄ませていると、カラコロ……と、小さな鳴子の音が微かに聞こえた。
ネネの耳は遠く離れた羽音も捕える。
にやりと口端を上げると、音のした方へ獣のように忍び寄った。
――いたいた……。
四人の調査隊に、フードを被った祓魔師が一人混じっている。
先ずは枝に吊るした蛇玉だ。カタパルトに小石をあてて、狙いを定める――絶対に外さない。シュッと風を切る音と共に、地面に仕込んだトリガーを起動させた。
「うわぁ――っ!?」
「何だっ!?」
「へ、蛇!」
五人小隊の中に、何人か蛇が苦手な者がいたらしく、転がるように隊を離れて茂みに駆けこんだ。残された仲間が慌てて後を追う。
鳴子をしかけた道は、左右を大樹や茂みに挟まれた一本道だ。追い詰めるのは容易い。逃げる彼等の背後から、足元を狙って油玉を飛ばした。続けて虫を呼ぶ、無味透明な液体を背中に投げつける。彼等は滑り、転ぶうちに、パニックになり始めた。
「な、何だっ!?」
「おい、押すな!」
茂みから、幹の上に立つルルに合図を送る。ルルは目をきらきらさせて、禍々しい不気味な大王蜂の巨大な巣を落とした――。
ブワッ!
怒れる蜂の大群が彼等の背後を襲う。
「うわぁ――っ!?」
――逃げろ! 逃げろ! その先は死霊のたまり場だ。お手並み拝見してやる!
ネネは狩の本能が目覚めていくのを感じていた。仕留めてやる――単純で静かな闘志が身体中を駆け巡る。
蛇の血の周りに、不気味な黒い影が
追い込まれて戦々恐々としている調査隊の中で一人、祓魔師だけは動じることなく立ちあがった。
さぁ、どうする気だろう……。
ルルと一緒に眺めていると、腰のホルダーから聖銀銃を取り出し、恐れることなく死霊に打ち込んだ。
流石に専門家だけあって、対処に問題はないようだ。
死霊は人の恐怖を嗅ぎ分ける。対峙したら、恐れを消して、真っ直ぐに聖銀を撃ち込むことこそ正解なのだ。
しかし冷静に対処できたのは祓魔師一人だけで、他の調査隊は、しきりにベースへ戻ろうと喚いた。
「落ち着きなさい。作為的な罠です」
「でも、怖ぇ! やっぱり来るんじゃなかった!」
「とにかく一度戻ろう、皆に報告するんだ……っ」
――む……、まだ粘る気か?
彼等は散々逃げ回り、怯えているものの、森を出ようとはしなかった。ネネは更に脅かしてやろうと、煙玉を投げこもうとしたが、その手を横からルルに掴まれた。
――何で!?
――流石にわざとらしいよ。そろそろ気付かれる……。
目線で会話を交わすうちに、彼等は立ち上り、冷静さを取り戻そうとしていた。
グルル……ッ!
闇夜にアメシストの瞳が光る。それだけではない、魔性を帯びた赤い目が、いくつも闇夜に浮いて見えた。
「うあぁっ!?」
「魔物だ!」
「逃げろっ!」
祓魔師がピストルを構える間もなく、魔性の獣達は一斉に襲いかかった。数十はいる魔性の群れに、流石に一行は背を向けて逃げ出した。
まるで嵐が通り過ぎていったようだ。
茂みを凝視していると、しばらくして、黒いのが「キューン」と鼻を鳴らして戻ってきた。
「黒いの……? 助けにきてくれたの?」
黒いのは、綺麗なアメシストの瞳でじっとネネを見つめた。まるで「そうだよ」と言っているようだ。
「お前、賢いっ!」
艶やかな毛並みを撫でて額にキスをすると、後ろでルルが「私と扱いが違う……」と不満そうに呟いた。ネネが悪いのだろうか……。