人食い森のネネとルル

3章:人食い森と追跡者 - 6 -

 ネネとルルで力を合わせ、そして時々黒いのにも助けられながら、五隊のうち三隊までを散らした。
 残り二隊は、さすがに異常事態を察して、神経を尖らせている。忍び足で、別れた仲間の行方を追っていた。

「そら、血糊弾だ」

 ネネは幹の遥か高みから、無情にもカタパルトで血糊弾を調査隊にお見舞いしてやった。後頭部にくらった男は、血濡れの死霊のような有様だ。盛大な悲鳴を上げてくれているが、血は本物ではなく、木の実をすり潰して作った、なんちゃって血糊だ。

「うわぁっ!?」

「あぁ――っ!?」

「逃げろっ! 殺される……っ」

 森に散った仲間が次々と姿を消していく中、彼等は恐怖に震えあがり、少しずつ正常な判断力を失っていった。
 今では軽く音を立ててやるだけで、踊るように飛び上がる。
 腕の良い祓魔師エクソシストも、人食い森の中にあっては、真価を発揮することはなかなか難しいようだ。中には蛇玉だけで逃げ去った者もいた。

「イヒヒッ、うまくいった……」

 ほうほうのていで逃げ出して行く彼等の背中を見て、ネネはほくそ笑んだ。もはや、残すところ一隊だけだ。
 遠くから鳴子の音が聞こえると、ほくほくと足を向けた。

「――ネネ」

「ん?」

 うきうきと振り返ると、ルルは唇に指を当てて「シィ」と呟いた。ルルの警戒する様子を見て、ネネも顔を引き締める。
 カラコロ、カラコロ、カラコロ……。
 鳴子は、まるで「ほら、ここだよ。おいで」とでも言うように、景気よく音を立てている。これは確かに妙だな、とネネも周囲を警戒した。

「勇み足だよ、ネネ。あの音は不自然だ」

「気付かれたか……」

 どうやら最後の一隊には、森を知っている目利きの者がいるようだ。調子よく四隊を散らせたから、少々いい気になっていたようだ。気をつけなければ……。

「――ありがとう、ルル。慎重にいこう」

 ネネはフードを目深にかぶり直すと、獣のように、静かに茂みへと分け入った。その途中で、獣道に密かに仕掛けておいた罠が、外されていることに気がついた。

 ――アタシの罠を見抜くなんて……、これは相当な手練れだ。

 ここへきて初めて、背筋が冷えた。
 ルルに目線で「静かに」と伝えると、ネネが先行して鳴子の聞こえた方へと、そろりと足を運んだ。微かな梢の揺れを、耳が捉えた――。

 ――しまった、敵の射程範囲だ……!

 察知すると共に、ルルを抱きしめて後ろへ飛んだ。パァンッ――空気を裂く発砲音に続いて、火薬の匂いが立ち込める。
 間一髪で弾丸をかわした。
 ネネが立ち上るよりも早く、ルルは瞳に魔性を宿して吠えた。

「――よくも、ネネを撃ったな!!」

 連続する発砲を物ともせず、ルルは堂々と茂みを突き進んだ。目には見えない膜で、聖銀弾を受け留めているようだ。もはや、只の魔性に成せる技とは思えないが、気にしている余裕はなかった。
 スリングショットを構えて、油断なくルルの後に続く。
 視界の開けた場所に出ると、周囲をぐるりと調査隊に囲まれた。聖銀弾をこめた銃の口が、全てこちらを向いている。
 ネネの撒いた蛇の血は、乱暴に砂をかけられ消されていた。
 この中に、人食い森について詳しい者がいるらしい。
 一際背の高い、ショットガンを構えた大男は、にやりと悪党面を歪ませて、ネネとルルを不気味な昏い眼差しで見つめた。

「ようやく見つけたぞ、ネネとルル……」

「――っ!?」

 見知らぬ男から名を呼ばれて、ネネは目を丸くした。ルルも男を警戒するように、ネネを自分の背中に隠す。

「領主様がお探しだ。一緒に来てもらおうか」

「領主だって!?」

 領主――大司教ミハイル・アルベルト。カタルカナユ・サンタ・ガブリールの街で出会った、玲瓏れいろうとした美貌の男を思い出した。

「お前は誰なんだ」

「この森の森林監察官をしている、ゴトフリーだ」

 言われて気がついた。確かに、二年前、この森で暮らし始めてから、時折見かけたことのある男だ。巨漢で酷い悪人面なので、密猟者だと思っていたのだが……、どうやら役人だったらしい。

 ――名前も、どこかで聞いたことがあるような……?

 しかし、思い出そうとするほどに、記憶の片鱗は沼に沈み込むように消えていった。

「私たちに、何の用?」

「さぁね……、領主様は、ルルと話をされたいそうだ。ついでにお前も連れて行こう、ネネ」

「話って……?」

 ドォンッ!!
 突然、轟音と共に鋼鉄の檻が頭上から落ちてきた。
 思わず悲鳴を上げるネネをルルが強く抱きしめる。
 鋼鉄の檻は枯草を散らし、土をえぐって地面にめり込み、ネネとルルを閉じこめた――。