人食い森のネネとルル
4章:ネネとルルと恋心 - 7 -
ルルに抱きしめられている間、どこを触っていいのか判らなくて、おずおずと腕に手を置いてみた。
髪を結い上げているせいで、露わになった首筋にルルの吐息がかかる――。
次第にドキドキしてきた。
早鐘を打つ鼓動が、抱き合っているルルに聞こえてしまうのではないだろうか。
――あれ、ルルの鼓動も早い……?
ルルの鼓動は、ネネと同じくらい速かった。
しばらく腕の中でじっとしていたが、ルルの背中ごしにミハイルと目が合い、はっとなる。呑気に抱き合っている場合ではなかった。
「ルル、逃げる!?」
「え?」
ルルは不思議そうにとぼけた。何をぽやぽやしているのだ。
「ミハイルッ!」
「あぁ……、ミハイル――先に戻ってろ」
「かしこまりました、マスター」
ミハイルは何処か精気の抜けた顔で、来た道を引き返して行った。
――どういうこと……?
「ネネ、私の話を聞いてくれる?」
凪いだ瞳を見上げて、こくりと頷いた。ネネもたくさん話したいことがある。でも先ずは、この一言だ。
「ルル、酷いことを言ってごめん」
「ネネ……」
「ルルがいなくなって、すごく後悔した。あの時、話も聞かないで……、ほっぺた叩いてごめん」
手を伸ばして、するりと綺麗な頬を撫でた。腫れはとうに引いているが……、あの時は本気で叩いたから、かなり痛かったはずだ。
ルルは目を丸くした。魔性のくせに目元を朱に染めて、ふいと恥ずかしそうに視線を逸らす。
顔を両手で覆ったと思ったら、恐る恐るネネを見つめた。
「私も寂しかったよ。ずっとネネが恋しかった。もう、許してもらえないと思ってた……」
「山で死にかけた時……、助けにきてくれたよね?」
ルルは思い出したように顔を顰 めた。
「そうだよ。一人で登るなんて無謀だよ! ネネの気配が森にないことに気づいて、探しに行ったんだ。私が気づいていなかったら、どうなっていたと思う?」
「うん……、ありがとう」
あれはやっぱりルルだったのだ……。
仲違いしていても、ネネを心配してくれたのだ。ルルの正体が何であれ、やはりルルは、ネネの知っている優しいルルだ。
嬉しくてにこにこしていると、ルルは仕方なさそうにため息をついて、さっきネネが投げつけた靴を取ってきてくれた。
白いウッドチェアに並んで腰かけると、ルルの方から口を開いた。
「ネネと別れた後、ミハイル達を暗示にかけたんだ。魂を抜いたわけじゃないよ……。全員、生きてる。ただ二度と森にやってこないよう、強い暗示をかけた」
「それでミハイルは、ルルのことをマスターって呼んでいたの?」
「うん。服従の暗示をかけているからね。私の命令に逆らえないんだ。彼は王都のある権威と通じている。だから、暗示を解くわけにはいかないんだ」
「でも、もうすぐ鉄道が完成するよ……。王都から人がいっぱい来るかも」
ミハイルが暗示にかけられていることを、気づかれてしまうのではないだろうか。森にも人がやってくるかもしれない……。
今度こそ、ネネの棲家が見つかってしまう。
憂鬱に思っていると、ルルに肩を抱きしめられた。
「そんなことはさせない。それにミハイルは、睡蓮沼の経緯を、全て上に報告しているわけじゃなかったんだ。私を捕えて使役したかったらしい。ミハイルは聖職者として完全に異端だよ」
確かに森で追い詰められた時、ミハイルに従っていた覆面の男達は人間ではなかった。
あんな恐ろしい魔性達を、平気で従えているミハイルも普通ではない。
「ミハイルは、ガブール信仰の権威、枢機卿と密かに通じている。けれど、言いなりというわけでもなくて、枢機卿を足掛かりに、いずれ教皇になりたいと考えているみたい。闇の魔性を従えて、クーデターを起こすつもりだったんだ」
何だか物騒な話だ。聖職者がそんなに野心に溢れていて、いいのだろうか……。
「ミハイルは、本当にもう、何もしてこない?」
「本当は殺してやりたいけど……、生かしておいた方が役に立つからね。心配しなくても、ネネを脅かすことは二度とないよ。絶対に解けない、強力な暗示をかけたから」
「どんな暗示?」
「一つ、睡蓮沼の秘密を誰にも話さないこと。二つ、ネネに関わらないこと。三つ、森から手を引くこと」
さらっと言ったけれど、それほど手のこんだ暗示をかけるのは、大変だったのではないだろうか。現に今もこうして、大聖堂に留まりミハイルの傍にいる。
「どうして、ルルは逃げなかったの?」
――ルル一人なら、何処へでも行けたのに。
ルルは何かを言いかけて、迷ったように途中で止めた。
髪を結い上げているせいで、露わになった首筋にルルの吐息がかかる――。
次第にドキドキしてきた。
早鐘を打つ鼓動が、抱き合っているルルに聞こえてしまうのではないだろうか。
――あれ、ルルの鼓動も早い……?
ルルの鼓動は、ネネと同じくらい速かった。
しばらく腕の中でじっとしていたが、ルルの背中ごしにミハイルと目が合い、はっとなる。呑気に抱き合っている場合ではなかった。
「ルル、逃げる!?」
「え?」
ルルは不思議そうにとぼけた。何をぽやぽやしているのだ。
「ミハイルッ!」
「あぁ……、ミハイル――先に戻ってろ」
「かしこまりました、マスター」
ミハイルは何処か精気の抜けた顔で、来た道を引き返して行った。
――どういうこと……?
「ネネ、私の話を聞いてくれる?」
凪いだ瞳を見上げて、こくりと頷いた。ネネもたくさん話したいことがある。でも先ずは、この一言だ。
「ルル、酷いことを言ってごめん」
「ネネ……」
「ルルがいなくなって、すごく後悔した。あの時、話も聞かないで……、ほっぺた叩いてごめん」
手を伸ばして、するりと綺麗な頬を撫でた。腫れはとうに引いているが……、あの時は本気で叩いたから、かなり痛かったはずだ。
ルルは目を丸くした。魔性のくせに目元を朱に染めて、ふいと恥ずかしそうに視線を逸らす。
顔を両手で覆ったと思ったら、恐る恐るネネを見つめた。
「私も寂しかったよ。ずっとネネが恋しかった。もう、許してもらえないと思ってた……」
「山で死にかけた時……、助けにきてくれたよね?」
ルルは思い出したように顔を
「そうだよ。一人で登るなんて無謀だよ! ネネの気配が森にないことに気づいて、探しに行ったんだ。私が気づいていなかったら、どうなっていたと思う?」
「うん……、ありがとう」
あれはやっぱりルルだったのだ……。
仲違いしていても、ネネを心配してくれたのだ。ルルの正体が何であれ、やはりルルは、ネネの知っている優しいルルだ。
嬉しくてにこにこしていると、ルルは仕方なさそうにため息をついて、さっきネネが投げつけた靴を取ってきてくれた。
白いウッドチェアに並んで腰かけると、ルルの方から口を開いた。
「ネネと別れた後、ミハイル達を暗示にかけたんだ。魂を抜いたわけじゃないよ……。全員、生きてる。ただ二度と森にやってこないよう、強い暗示をかけた」
「それでミハイルは、ルルのことをマスターって呼んでいたの?」
「うん。服従の暗示をかけているからね。私の命令に逆らえないんだ。彼は王都のある権威と通じている。だから、暗示を解くわけにはいかないんだ」
「でも、もうすぐ鉄道が完成するよ……。王都から人がいっぱい来るかも」
ミハイルが暗示にかけられていることを、気づかれてしまうのではないだろうか。森にも人がやってくるかもしれない……。
今度こそ、ネネの棲家が見つかってしまう。
憂鬱に思っていると、ルルに肩を抱きしめられた。
「そんなことはさせない。それにミハイルは、睡蓮沼の経緯を、全て上に報告しているわけじゃなかったんだ。私を捕えて使役したかったらしい。ミハイルは聖職者として完全に異端だよ」
確かに森で追い詰められた時、ミハイルに従っていた覆面の男達は人間ではなかった。
あんな恐ろしい魔性達を、平気で従えているミハイルも普通ではない。
「ミハイルは、ガブール信仰の権威、枢機卿と密かに通じている。けれど、言いなりというわけでもなくて、枢機卿を足掛かりに、いずれ教皇になりたいと考えているみたい。闇の魔性を従えて、クーデターを起こすつもりだったんだ」
何だか物騒な話だ。聖職者がそんなに野心に溢れていて、いいのだろうか……。
「ミハイルは、本当にもう、何もしてこない?」
「本当は殺してやりたいけど……、生かしておいた方が役に立つからね。心配しなくても、ネネを脅かすことは二度とないよ。絶対に解けない、強力な暗示をかけたから」
「どんな暗示?」
「一つ、睡蓮沼の秘密を誰にも話さないこと。二つ、ネネに関わらないこと。三つ、森から手を引くこと」
さらっと言ったけれど、それほど手のこんだ暗示をかけるのは、大変だったのではないだろうか。現に今もこうして、大聖堂に留まりミハイルの傍にいる。
「どうして、ルルは逃げなかったの?」
――ルル一人なら、何処へでも行けたのに。
ルルは何かを言いかけて、迷ったように途中で止めた。