人食い森のネネとルル

4章:ネネとルルと恋心 - 9 -

 ルルに手を引かれて、人気のない裏庭まで連れてこられた。黄金色のゴールデン・アカシアが視界いっぱいに広がる。
 風が流れて、前を歩くルルの青銀色の長い髪を、ふわりと揺らした。
 深緑に溶け込む青色がすごく綺麗で、恐ろしい魔性のはずなのに、一瞬、ルルは森の精霊なんじゃないかと思ってしまった。

「ルル、どこまで行くの」

 問いには答えず、ルルは緑の中を突き進む。
 淡いピンク色のランブラーローズが絡まる、可愛らしい四阿あずまやまで来ると、ルルはようやく足を止めた。

「ルル?」

「――ネネ、私の本当の名前は、リヴィヤンタンなんだ。ミハイルがネネに話したことは、本当のことなんだ……」

「うん」

 ネネを見ようとしないルルの手を、ぎゅっと握りしめた。不安に揺れる青い瞳が、そっとネネに向けられる。
 強くて恐ろしい闇の魔性なのに。まるでネネを心底恐れているみたいだ。

「だけど、ネネを好きだという気持ちも、本当なんだ。たとえネネに嫌われても、遠くへなんか、行けなかった」

「ルル……」

「ネネと一緒にいたい」

「じゃあ……、一緒にいる?」

 ドキドキしながら問いかけると、ルルは目を見開いて絶句した。

「アタシは、森に帰るけど……。ルルはどうする?」

「一緒に、いてもいいの?」

「いいよ」

「私のこと、許してくれるの?」

 ネネはにっこり笑った。

「山に登ったら、ルルに怒ってたことなんか、忘れちゃったよ。アタシも、ルルがいなくて寂しかった」

「ネネッ!」

 ルルは感極まったようにネネに抱き着いてきた。頬や目元にキスの雨を降らせる。

「ちょ、ちょっと……!」

 頬を撫でられて顔を寄せられると、思わず綺麗な顔を、手で思いっきり押さえつけてしまった。

「――ネネ」

「何するの!」

「キスしたい」

「な、何でっ!?」

「今、そういう流れじゃなかった?」

 ルルの立ち直りの早さについていけない。
 ついさっきまで、しおらしく項垂れていたのに。あれは目の錯覚だったのだろうか。

「調子に乗るなよ!」

「だって、ネネ、すごく可愛いんだもん。さっきからずっと思ってた」

 ルルはネネを見下ろして、しみじみと呟いた。ネネの結い上げた髪を撫でて「とっても可愛い」と甘く微笑む。
 頬がカッと熱くなった。

「うわー、ネネ可愛い! 食べちゃいたい!」

「え……!」

 食べる、と言われて、思わず自分が解体されるところを想像してしまった。

「違うよ、そういう意味じゃないから」

「怖いこと言うなよ!」

「普通は、そう思わないんだけどね……。ネネって誕生日いつ?」

 きょとんとしてしまった。
 生まれた日なんて知らない。物心ついた時には、鎖に繋がれ、奴隷として生きていた。年が明ける度に、一つ歳を重ねていただけだ。

「さぁ……」

「じゃあさ、今日っていうことにしよう。誕生日おめでとう、ネネ! 今日から十六歳だね」

「なんで今日なの?」

「この国の法律では、女の子は十六歳から結婚できるんだよ」

「はー!?」

「私と結婚して、ネネ! そして、ずっと一緒にいて。ミハイルにネネとの婚姻を認めさせよう。ついでに市民権も貰おう……。いつでも気兼ねなく、街に遊びに行けるよ」

「無茶言うなよ!」

 ネネは思いっきりルルを突き飛ばした。