ラージアンの君とキス
1章:ラージアンと私 - 10 -
青褪める夏樹を見て、シュナイゼルはぽつりと呟いた。
「どうか、怯えないで欲しい。君に危害を加えないと約束した」
「でも、あなた達は、ヨシ兄を……」
「確かに、夏樹が不安に思うのも仕方がない。ラージアンを代表して、改めて謝罪させてほしい。夏樹の同胞を傷つけて、彼にも、夏樹にも怖い思いをさせた」
「シュナイゼルが……、命令したの? ヨシ兄を、殴れって」
「シドはディーヴァの命令に従った。私を含め、全てのラージアンは女王の手足として動く。光互換水晶 さえあれば、銀河を越えても女王のマスターコントロールの支配下にあるんだ」
「つまり……、ディーヴァが、私を殺せと言ったら、殺すの?」
「――いや、殺さない。夏樹は殺さない」
「どうして?」
「……」
シュナイゼルの額の宝石は、水色から青色に変色した。
「額の信号、青色に変わったけど……」
「その色は、少し複雑なんだ。自我にふけって考え込むと、その色になることがある」
ということは、今シュナイゼルは夏樹の問いかけに対して、熟考してくれているのだろうか。
「ディーヴァに逆らうことなんて、出来るの?」
「難しいだろう。それでも、夏樹は殺さないし、殺させない。理由は、私がそうしたいからだ」
「どうして?」
シュナイゼルは沈黙した。何となく、困っているようにも見える。
純粋に不思議だった。
夏樹よりもはるかに強いラージアンの中でも、司令塔と呼ばれるシュナイゼルが、どうしてそこまで夏樹を気にかけてくれるのだろう……。
「もしかして、それもディーヴァのマスターコントロールってやつなの? 私の面倒を見ろって命令されたから、私を守ってくれるの?」
「そうかもしれない……」
シュナイゼルの返事を、夏樹は淡々と受け止めた。
「じゃあ私は……、絶対にディーヴァを怒らせたらいけないんだね」
夏樹を生かすも殺すも、ラージアンの女王次第というわけだ。
――私は、一人なんだ……。
じわじわと孤独が重く伸し掛かってきて、顔は自然と下を向いた。
目を閉じていると、頭の上に大きな手がぎこくちなく乗り、労わりに満ちた仕草でそろりと髪を撫でられた。
「――もし、ディーヴァが夏樹を殺せと命じても、私は夏樹を優先するだろう。何故だか、君を殺すことはとても難しいようだから……。ここにいる間は、全ての危険から、私自身からさえも夏樹を守ると約束しよう」
「本当……?」
そろりと顔を上げた。
無条件に示される好意は、孤独に押しつぶされそうな今の夏樹には、あまりにも魅力的すぎる。一度その言葉を受け取ったら、もう二度と返せなくなりそうなくらい……。
「約束しよう」
「絶対?」
「信じてほしい」
迷いのないしっかりした返事に、夏樹はようやく笑みを浮かべた。ここへ来てから、初めて笑えた気がする。
シュナイゼルの額の信号は、タンザナイトのように、黒に近い紺に変色した。
「それは、どういう状態?」
「?」
「額の信号、すごく濃くなったから……」
「……」
シュナイゼルは沈黙した。何となく、困っているようにも見える。
彼の個性なのかもしれない。困ったり、熟考する時は沈黙してしまう、判り易い癖。
「その色も、複雑なんですか?」
夏樹が微笑むと、シュナイゼルは「そうだ」と短く答えた。その瞬間、シュナイゼルに対する恐怖心は消えて、ほんのりと暖かい気持ちが芽生えた。
「ところで、夏樹。君には休息が必要だ。空腹と疲労を感じているはず」
「そうですね……」
確かに、疲れた――。
すっかり冷めてしまったハンバーガーに、ようやく手を伸ばした。思いのほか美味しい。
顔を綻ばせる夏樹を見て、シュナイゼルの額の信号が優しい水色に戻り、きらきらと煌めいた。
勘だけれど、今のシュナイゼルの気持が少しだけ判った気がした。
嬉しい、もしくは、ほっとした……、そんなところじゃないだろうか。
「ゆっくり休むといい。夏樹が目を覚ます頃に、また迎えに来よう。判らないことは、アースに聞くといい」
背を向けて歩き出すシュナイゼルを見て、夏樹は慌てて立ち上った。椅子がガタッと大きな音を立てる。自分でも意外なほど、せっぱつまった衝動だった。
「夏樹?」
「あ……」
自分でも、何がしたかったのかよく判らない。
言葉を続けられずにいると、シュナイゼルは夏樹の傍へ戻ってきた。額の信号がうっすらと紫を帯びている。
心配してくれている。
そう思った瞬間、シュナイゼルを引き留めた理由が判った。この真っ白でクリーンな空間に、一人で残されることに耐えられなかったのだ。
腕を伸ばして、恐る恐るシュナイゼルに抱き着いた。
「夏樹?」
「……」
シュナイゼルは腕を回して、壊れ物を扱うように夏樹を抱きしめてくれた。
夏樹とは違う、ひんやりした、艶やかな身体。
頬を硬い胸に押し当てると、殆ど弾力なんてないのに、不思議と癒された。
トクトクと刻む、優しい鼓動の音が聞こえる。
子猫を引き寄せるように、懐に招いてくれるけれど、彼だって、夏樹を強引に攫ってきたラージアンの仲間だ。それも司令塔と呼ばれる存在なのに……。
たった一日の間に、随分と依存してしまった。
でも実際、シュナイゼルだけが頼りだ。
地球に帰れる日まで、自分から彼の傍を離れることは、恐らく出来ないのだろう――確信めいた予感がした。
「どうか、怯えないで欲しい。君に危害を加えないと約束した」
「でも、あなた達は、ヨシ兄を……」
「確かに、夏樹が不安に思うのも仕方がない。ラージアンを代表して、改めて謝罪させてほしい。夏樹の同胞を傷つけて、彼にも、夏樹にも怖い思いをさせた」
「シュナイゼルが……、命令したの? ヨシ兄を、殴れって」
「シドはディーヴァの命令に従った。私を含め、全てのラージアンは女王の手足として動く。
「つまり……、ディーヴァが、私を殺せと言ったら、殺すの?」
「――いや、殺さない。夏樹は殺さない」
「どうして?」
「……」
シュナイゼルの額の宝石は、水色から青色に変色した。
「額の信号、青色に変わったけど……」
「その色は、少し複雑なんだ。自我にふけって考え込むと、その色になることがある」
ということは、今シュナイゼルは夏樹の問いかけに対して、熟考してくれているのだろうか。
「ディーヴァに逆らうことなんて、出来るの?」
「難しいだろう。それでも、夏樹は殺さないし、殺させない。理由は、私がそうしたいからだ」
「どうして?」
シュナイゼルは沈黙した。何となく、困っているようにも見える。
純粋に不思議だった。
夏樹よりもはるかに強いラージアンの中でも、司令塔と呼ばれるシュナイゼルが、どうしてそこまで夏樹を気にかけてくれるのだろう……。
「もしかして、それもディーヴァのマスターコントロールってやつなの? 私の面倒を見ろって命令されたから、私を守ってくれるの?」
「そうかもしれない……」
シュナイゼルの返事を、夏樹は淡々と受け止めた。
「じゃあ私は……、絶対にディーヴァを怒らせたらいけないんだね」
夏樹を生かすも殺すも、ラージアンの女王次第というわけだ。
――私は、一人なんだ……。
じわじわと孤独が重く伸し掛かってきて、顔は自然と下を向いた。
目を閉じていると、頭の上に大きな手がぎこくちなく乗り、労わりに満ちた仕草でそろりと髪を撫でられた。
「――もし、ディーヴァが夏樹を殺せと命じても、私は夏樹を優先するだろう。何故だか、君を殺すことはとても難しいようだから……。ここにいる間は、全ての危険から、私自身からさえも夏樹を守ると約束しよう」
「本当……?」
そろりと顔を上げた。
無条件に示される好意は、孤独に押しつぶされそうな今の夏樹には、あまりにも魅力的すぎる。一度その言葉を受け取ったら、もう二度と返せなくなりそうなくらい……。
「約束しよう」
「絶対?」
「信じてほしい」
迷いのないしっかりした返事に、夏樹はようやく笑みを浮かべた。ここへ来てから、初めて笑えた気がする。
シュナイゼルの額の信号は、タンザナイトのように、黒に近い紺に変色した。
「それは、どういう状態?」
「?」
「額の信号、すごく濃くなったから……」
「……」
シュナイゼルは沈黙した。何となく、困っているようにも見える。
彼の個性なのかもしれない。困ったり、熟考する時は沈黙してしまう、判り易い癖。
「その色も、複雑なんですか?」
夏樹が微笑むと、シュナイゼルは「そうだ」と短く答えた。その瞬間、シュナイゼルに対する恐怖心は消えて、ほんのりと暖かい気持ちが芽生えた。
「ところで、夏樹。君には休息が必要だ。空腹と疲労を感じているはず」
「そうですね……」
確かに、疲れた――。
すっかり冷めてしまったハンバーガーに、ようやく手を伸ばした。思いのほか美味しい。
顔を綻ばせる夏樹を見て、シュナイゼルの額の信号が優しい水色に戻り、きらきらと煌めいた。
勘だけれど、今のシュナイゼルの気持が少しだけ判った気がした。
嬉しい、もしくは、ほっとした……、そんなところじゃないだろうか。
「ゆっくり休むといい。夏樹が目を覚ます頃に、また迎えに来よう。判らないことは、アースに聞くといい」
背を向けて歩き出すシュナイゼルを見て、夏樹は慌てて立ち上った。椅子がガタッと大きな音を立てる。自分でも意外なほど、せっぱつまった衝動だった。
「夏樹?」
「あ……」
自分でも、何がしたかったのかよく判らない。
言葉を続けられずにいると、シュナイゼルは夏樹の傍へ戻ってきた。額の信号がうっすらと紫を帯びている。
心配してくれている。
そう思った瞬間、シュナイゼルを引き留めた理由が判った。この真っ白でクリーンな空間に、一人で残されることに耐えられなかったのだ。
腕を伸ばして、恐る恐るシュナイゼルに抱き着いた。
「夏樹?」
「……」
シュナイゼルは腕を回して、壊れ物を扱うように夏樹を抱きしめてくれた。
夏樹とは違う、ひんやりした、艶やかな身体。
頬を硬い胸に押し当てると、殆ど弾力なんてないのに、不思議と癒された。
トクトクと刻む、優しい鼓動の音が聞こえる。
子猫を引き寄せるように、懐に招いてくれるけれど、彼だって、夏樹を強引に攫ってきたラージアンの仲間だ。それも司令塔と呼ばれる存在なのに……。
たった一日の間に、随分と依存してしまった。
でも実際、シュナイゼルだけが頼りだ。
地球に帰れる日まで、自分から彼の傍を離れることは、恐らく出来ないのだろう――確信めいた予感がした。