ラージアンの君とキス

1章:ラージアンと私 - 9 -

 あれこれ考えていると、シュナイゼルはリビングの真ん中に置かれた、シンプルな四角いタイル地のテーブルに向かって、声をかけた。

「アース、夏樹に水を」

『かしこまりました』

 フォンッ……という軽い電子音に次いで、いきなり透明な空のコップが、テーブルの上に現れた。目を見開いた次の瞬間には、たぷん、と透明な水が満たされていた。

「喉が渇いているのでは?」

「ありがとう……」

 言われて気がついた。確かに喉が渇いている。ついでに言えば空腹だ……。
 シュナイゼルは夏樹のために、背もたれのついた、シンプルな椅子を引いてくれた。紳士的な仕草が妙に似合う。
 ありがたく座ると、遠慮なくグラスに手を伸ばした。とても美味しい、冷たい水だ。

「アースは端的な命令でも、状況やニュアンスを読み取って最適なサポートをする。欲しいものがあれば、何でも命令するといい」

「じゃあ……。アース、ハンバーガー食べたい」

『かしこまりました』

 仕組みは謎だが、またしてもテーブルの上に、いきなりお皿に乗ったハンバーガーが現れた。ほかほかしていて、いい匂い。とても美味しそうだ。

「どうなってるの……」

「無理やり言葉にするなら、瞬間生成機能とでも言うのだろうか。地球には存在しない技術だろう」

 それは間違いない。近未来どころか、数百年先の世界を見ているようだ。
 この家には最低限の家具しかないと思ったけれど、今みたいに、必要なものを、必要なタイミングに応じて出現可能なのだろうか。
 ふと煩雑とした自分の部屋を思い出して、自然と祐樹の顔が思い浮かんだ。

「あの、祐樹達は無事ですか?」

「無事だ。夏樹以外の人間は、全員元いた場所へ帰した」

 その答えを聞いて、さっきから何度も考えている疑問がまたしても首をもたげた。つまり――どうして夏樹だけが、こんな所にいるのか……。

「あれだけの人間が、シュナイゼル達を見たんだから、今頃、地球では大騒ぎになっているかも……」

「その心配は無用だ。もちろんここで見た記憶は消去してある」

「えっ……、じゃあ私は、皆にどう思われているんですか?」

「夏樹を知る者の記憶を、仮の記憶で塗り替えてある。夏樹は今、遠方の知り合いと共に、長期旅行へ出掛けていると思われている」

「……っ!?」

 そんな出鱈目なことが、本当に出来るのだろうか。遠方の知り合いって、具体的に誰なのだ。食い入るように見つめていると、シュナイゼルは安心させるようにつけ足した。

「心配しなくても、地球へ戻る時に不都合のないよう取り計らおう……」

 夏樹はコクリと頷いた。
 それにしても、夏樹が食い入るように見つめていたことを、知っていたようだ。

「あの……、目は見えているんですか?」

 シュナイゼルは、耳のように顔の左右についている、時折青く光るヘッドギアのような器官に手で触れた。

「我々ラージアンは、左右についている光互換水晶クリスタルで、電磁波を捕えている。あらゆる知覚が可能だ」

「それで、見たり、聞いたり、出来るんですか?」

「そうだ」

「額の、光っているのは何ですか?」

「これは、他種族とのコミュニケーションに用いられる信号だ。感情が見えやすいように、造られた器官だ」

「感情?」

「そうだ。今は何色をしている?」

「綺麗なブルー」

 ――宝石みたいな、パライバトルマリン……。

「平常――リラックス状態にある証拠だ」

「へぇ、そうなんですか?」

「そうだ」

「じゃあ、薄紫は?」

「淡い紫色の場合は、何かを案じている状態だ」

「……」

 ということは……、シュナイゼルは何度か夏樹を心配してくれていたということだ。
 最初にいた青い部屋に、一人ぼっちで置いて行かれた時、彼は初めて夏樹の名前を呼んだ。あの時、額の光は確かに淡い紫色をしていた。

「宝石みたいで、綺麗。最初に見た時は、ロボットみたいって、思ったんですけど……」

 今はもう、シュナイゼルをロボットとは思わない。
 見た目は人とは大分違うが……、彼は夏樹を案じる心を持っている。思えば、ここへ来る途中にも、何度も細やかな気遣いを見せてくれた。

「ロボットではないが、ラージアンの祖先はオーバーテクノロジーを有した知的生命体によって開発された、戦闘特化生物兵器だ」

「えっ……」

「アルカナと呼ばれた恒星惑星は、既に消滅している。彼等は使いこなせいオーバーテクノロジーにより、遠い昔に自滅してしまった。ラージアンが惑星の死から逃げおおし、独自の繁栄を続けてこれたのは、女王による完全専制のもとにコロニーを形成しているからだ。我々ラージアンは統率が取れていて、決して同族の裏切りがない。高い科学力と戦闘力、情報を瞬時共有できる並列化能力で、どの銀河を渡っても無敵を誇る最強の戦闘種だと自負している」

 戦闘特化生物兵器。なんて禍々しい言葉なんだろう……。