ラージアンの君とキス

1章:ラージアンと私 - 8 -

 シュナイゼルに子供のように抱きかかえられたまま、コロニーと呼ばれる、宇宙に浮かぶ巨大な居住区に降ろされた。

「コロニーの環境を、地球とほぼ同じにした。歩いてみるといい」

 シュナイゼルはそっと夏樹を地面に降ろした。足の裏に、確かな芝生を踏みしめる感触が伝わってくる。

「本当だ……」

 ちゃんと歩ける。重力って、何て素晴らしいのだろう……。
 感動してその場で足踏みしていると、シュナイゼルに背中を押された。目の前には、白いドーム型の大きな建物がある。

「夏樹のために用意した家だ」

「ここで、暮らすんですか?」

「そうだ。夏樹でも過ごしやすいように手を加えてある。中を説明しよう」

 どこに扉があるのか不明だったが、近づくと、よく出来たホログラフィーのように、壁に縦長の口が開いた。
 シュナイゼルの後ろに続いて中へ入ってみると、意外と普通だった。そこまで予想外な内装はしていない。
 一面真っ白で、吹き抜けの天上はとにかく高いけれど……。
 玄関もリビングも、見れば用途が判るくらいには、夏樹の常識が通用する。

「外側は他と同じだが、中の造りは地球の知識を参考にカスタマイズしてある。内装は好きに変えることが可能だ。後で夏樹の好きなようにするといい。それから、これを渡しておく」

 シュナイゼルは銀色の片耳イヤホンのようなものを、夏樹に手渡した。

「どっちにつければ……」

「好きな方で構わない。自動調節機能がある。それは夏樹用のサポートギアだ。識別コードはアース。聞きたいことがあれば、アース、と声に出してから質問すれば、大抵のことならAIが答えてくれる」

「アース?」

『はい、マスター』

「わっ!」

 耳元で聞こえた女性の声に、慌ててイヤホンを外した。落ち着いてから、もう一度つけると、恐る恐る口を開いた。

「アース?」

『はい、マスター』

「日本語、通じるの?」

『はい。日本語を含む、二十以上の地球言語が登録されています』

「……シュナイゼルも、ディーヴァも、どうして日本語を話せるんですか?」

「地球のデータを解析した。日本に限らず、停滞していた大都市の言語は全て解析済だ」

「喋れるのは、シュナイゼルと、ディーヴァだけですか?」

「そんなことはない。同族同士の会話に声帯は不要だが、声帯機能自体は全個体が備えている」

「シュナイゼル……さんが、日本語を話せて良かった」

 つくづく思う。言葉すら通じなかったら、本当に今頃発狂していたかもしれない。

「我々に地球言語に基づいた敬称は不要だ。個体名か役名で呼んでくれて構わない」

「役名?」

「我々ラージアンは全個体が役割を有している。一億個体を総べる女王を頂点にして、彼女を守る八体の近衛、女王候補の三体の後継、兵隊を指揮する八体の司令、残りを雌雄で分けて、それぞれ支援と兵隊という。私は八体いる司令のうちの司令塔を務めている」

 ――女王に、兵隊……。何だか、蜂や蟻の生態みたい。

「シュナイゼルは、偉いんですね。ディーヴァも、極めて優秀なラージアンって褒めていましたね」

「そうだ」

「ディーヴァが飽きたら、私は本当に地球に帰してもらえるんでしょうか?」

「彼女はとても攻撃的で残酷だが、コロニーに招いた者に酷いことはしない。夏樹への好奇心が満たされれば、故郷へ帰してくれるだろう」

「だといいんですけど……。どんどん地球から離れて行くみたいで……」

 夏樹は泣きそうになりながら、満点の星の浮かぶ空を見上げた。
 ここへ来てから、まだ数時間しか経っていない気がするのに、既に途方もなく遠いところへ来てしまった。何せ、輪っかの浮いた土星まで見えるのだから。
 仮にディーヴァの気が変わって、地球に帰してくれると言っても、その時果たして物理的に帰還可能なのだろうか……。

「心配は無用だ。我々ラージアンは、宇宙域を自由に行き来できるほどの、オーバーテクロノロジーを有している」

 それは、恐らくそうなのだろう。
 彼等は地球よりはるかに進んだ科学を手に入れている。だから、ディーヴァは地球の科学に興味はないと言ったのだろう。

「ラージアンって、どこから来たんですか? 今どこに向かっているんですか?」

「我々が故郷と呼ぶ惑星は、既に消滅している。一億個体を乗せるこの母艦マザーシップが故郷だ。行先に決まりはなく、あてどない旅の果てに、惑星を巡って戦争をすることもある。我々ラージアンは既に七つの銀河、百を越える恒星惑星をディーヴァの支配下に置いている。それらの惑星に、ディーヴァの気分次第で寄港することもある」

「――……」

「夏樹?」

 呼ばれて我に返った。一瞬、思考が停止していたようだ。

「どうして、地球は侵略しなかったんですか?」

「ディーヴァの闘争心を満たす生命体が存在しなかったからだ。夏樹を連れてきたとき、我々は既に世界中の大都市上空を密かに占領していた。その気になれば数十秒で征圧できたが、手応えの無い勝利に彼女は興味がない」

「じゃあ、もしディーヴァが興味を持つような、強い生き物がいたら?」

「地球と全面戦争になっていただろう」

「……」

 彼女の闘争心が満たされなくて良かった。下手をしたら、地球全滅もありえた。