ラージアンの君とキス

2章:生きるか死ぬか - 1 -

 夏樹は目を覚ますと、ぼんやりとシーツに触れて……盛大に顔をしかめた。
 ガバッと勢いよく跳ね起きる。

 ――えっ!?

 夏樹の知っている部屋とはまるで違う、壁も天井もベッドもシーツも、何もかも真っ白な部屋だ。とても広々としていて、ベッドと窓以外には何もない。

「いやいやいや……」

 そんな馬鹿な……と窓辺に立つと、突き抜けるような青空の下に、どう考えても見たことのないSF都市のような街並みが広がっていた。

「――……」

 しばらく呆然と、言葉もなくコロニーの街並みを見つめていた。

 ――夢じゃ、なかったんだ……。

 ようやく我に返ると、のろのろと洗面台に向かい顔を洗った。
 鏡に映る、見慣れた自分の顔を見つめる。
 こうしていると、いつもの朝の風景なのに、夏樹以外の周囲の様子が、日常とかけ離れ過ぎている。
 ここは、地球ではないのだ。
 宇宙最強の戦闘種だというラージアンに攫われて、こんなところまで来てしまった。正確には、ラージアンの女王、ディーヴァに興味を持たれてしまったせいで……。

 ――そういえば、起きる頃、迎えに来るって言ってたっけ……。

 サポートギアの存在を思い出して、右耳につけると、ピッと小さな電子音が鳴り、イヤーフックのように右耳に自動的にフィットした。

「アース、下着の変えが欲しい。適当に色違いで……」

『かしこまりました、マスター』

 こんなアバウトなお願いでも、アースはきちんと応えてくれた。
 シンプルな色違いのブラとショーツを五点、ベッドの上に用意してくれる。出現は唐突で原理は不明だが、受け入れるしかない。
 昨日と同じ格好、デニムに青のストライプシャツに着替えると一階へ降りた。
 リビングの中央に置かれたテーブルに向かい、一つしかない椅子を引く。それにしても、何て殺風景な部屋なんだろう……。生活感がまるでない。

「アース、卵のサンドイッチちょうだい」

『かしこまりました、マスター』

 この家にいる限り、アースに一言頼めば何でも叶う。電子レンジでチンするより簡単だ。

 ――地球に持ち帰れないかな……。

 碌でもないことを考えながら朝食を済ませて、歯磨きも済ませた。
 くせ毛のショートヘアは、毎朝ヘアスタイルが微妙に変わる。不自然さはなく、むしろパーマをかけているように見えるので、夏樹は気に入っていた。軽く櫛を入れて終わりなので、楽なものだ。

 ――シュナイゼル、いつ来るんだろう……。

「アース、今何時?」

『午前六時です、マスター。コロニーは、マスターの暮らしていた日本時間との誤差をゼロに調整してあります』

「早っ」

 それはシュナイゼルも迎えに来ないだろう……。
 普段は七時過ぎにならないと起きないのに、いつもより早く目が覚めてしまったようだ。
 何もない部屋でじっとしているのも飽きてしまい、外へ出てみることにした。
 恐る恐る玄関に近付くと、正面の壁はホログラフィーのように消えて……、息を飲んだ。

「ひ……っ」

 家の外に、見渡す限り、ラージアンがいたのだ。
 恐怖に後じさると玄関は元に戻り、外の様子は見えなくなったが、夏樹は半狂乱で叫んだ。

「アース! ドアを塞いで! 重いもの、重いもの、冷蔵庫とか箪笥とか、ドアの前に置いて!」

 支離滅裂な注文を続けるうちに、玄関の前は大変なことになった。
 ごちゃっと、冷蔵庫やら椅子やら桐箪笥やらがゴミのように積み上げられている。それでもまだ、安心はできなかった。肩で息をしながら、部屋を見渡して窓に目を留めると、同じように叫んだ。

「アース! 窓も塞いで、鉄板で覆って! 重いものを置いて!」

 家中が大変なことになった。
 穴という穴を塞いでいくらか冷静になると、彼等の中にシュナイゼルもいたのでは……と心配になった。
 でも、もう一度外へ出て確かめる勇気はない……。
 鳥肌が立つくらい、恐ろしい光景だった。

 ――どうしよう……。

『マスター、シュナイゼルから通信が入っています』

「えっ」

 体育座りで項垂れていた顔を、ガバッと勢いよく上げた。

『繋いでも宜しいですか?』

「う、うん……」

『夏樹』

 落ち着いた優しい声を聞いて、身体中から力が抜けた。