ラージアンの君とキス

2章:生きるか死ぬか - 2 -

 右耳のサポートギアを両手で押さえながら、すがるような気持ちで呼びかけた。

「シュナイゼル……」

『すまない、同胞が驚かせてしまったようだ。彼等は夏樹を傷つけたりはしないので、安心して欲しい』

「な、何で、あんなに……? アースって、携帯にもなるんですか?」

『夏樹に関する情報は、既に全個体に並列化されて共有されている。彼等は夏樹に興味があり、話したかったようだ。アースには遠隔通信機能が組み込まれている。母艦マザーシップから一定距離内であれば通信可能だ』

「じゃあ、私からシュナイゼルに連絡することも出来る?」

『可能だ』

「後でやり方を教えてください」

『アースに、私に通信を繋いで欲しいと言えばいい』

「へぇ。簡単……」

『夏樹、様子を見に行きたい。家に入ってもいいだろうか?』

「はい。あ、玄関が今……、ちょっと待って」

 玄関の前を片づけなくてはと思ったが、シュナイゼルは「問題ない」と応えた。
 一階へ降りてみると、積み上げられたはずの障害物は綺麗になくなっていた。何事もなかったかのように、シュナイゼルが玄関に立っている。
 彼の額の信号は、柔らかい水色をしていた。

「お早う、ございます」

「お早う、夏樹」

「すごい散らかってたはずなんだけど……」

「私はアースの上書きコードを持っている。この家の中で起きる、あらゆることに対応が可能だ」

 ――判るような、判らないような……。

「夏樹、恐い思いをさせてすまなかった」

 優しい言葉に慰められて、ようやく笑みらしきものが顔に浮かんだ。

「大丈夫です。すぐ来てくれて、ありがとう」

「ラージアン達はもう、夏樹を脅かしたりはしない。やむをえず傍へ寄ることはあるかもしれないが、決して害意はないので、どうか怖がらないでほしい」

「はい……」

「夏樹、ディーヴァが呼んでいる。一緒に来てほしい」

「ディーヴァが?」

 恐ろしい外見に反してフレンドリーに話しかけるラージアンの女王、ディーヴァを思い浮かべた。

「そうだ」

「今すぐ?」

「まだ少し早いが、向かった方がいい。ディーヴァは、夏樹と共にサッカー観戦をしたいと言っている」

「え?」

「昨日、地球で行われた、グループBのスペイン対オランダ戦の放送と、これから開始されるコートジボワール対日本戦を共に観たいそうだ」

 シュナイゼルの口から流暢りゅうちょうな日本語で、しかもサッカートークが出るのは、かなりシュールに感じられた。

「本当にサッカーに興味があるんですね……」

 胡乱うろんな眼差しを向ける夏樹に、シュナイゼルは「そうだ」といつもの口調で肯定した。

「彼女は対戦表を全て調べ、昨日行われた試合の中では、スペイン対オランダ戦に特に注目しているようだ」

 ディーヴァの好奇心には恐れ入る。ワールドカップについて、地球人の夏樹よりも遥かに詳しいだろう……。

「判りました。行きます」

「同じコロニーの中ではあるが、距離がある。抱きかかえて運んでもいいだろうか?」

「あ、はい……」

 シュナイゼルは壊れ物を扱うような手つきで、夏樹の膝裏に手を入れると、体重なんて感じていないように、軽々と片腕で持ち上げた。まるで子供を片手で抱き上げるような体勢だ。
 二メートルはあるシュナイゼルに抱っこされると、視界はぐんと高くなり、思わず自ら硬質なシュナイゼルの首に腕を回してしまった。

「落としたりしないので、安心して欲しい」

「うん……」

 シュナイゼルは夏樹を抱えたまま、重力を無視して地上から一メートル程浮き上がった。そのまま滑るように、空中をスライドし始める。
 風の抵抗は感じるが、非常に安定した飛行で、揺れは全く感じない。

 ――どうやって、飛んでいるんだろう……。

 彼にこうして運ばれるのは、これまでにも何度かあったが、原理がさっぱり判らない。これもまた、地球人の夏樹では推し量れない技術の結晶なのだろう……。