ラージアンの君とキス

2章:生きるか死ぬか - 3 -

 シュナイゼルに抱っこされたまま飛行を続け、やがて、一際大きなドーム状の白い建物の前で降ろされた。

「ディーヴァの住居の一つだ」

 ――あの大きな身体で、玄関を通れるのかな……。

 昨日見たディーヴァの姿は、シュナイゼル達の五倍はありそうな巨体だった。腹部も大きく張り出していて、身動きするにも一苦労に見えた。
 シュナイゼルの後ろに続いて玄関に近付くと、夏樹はどきどきしながら気を引き締めた。これからラージアンの女王に会うのだ。
 夏樹が無事に地球に帰れるかどうかは、全て彼女次第だ。

 ――機嫌を損ねないよう、気をつけないと……。

「いらっしゃーい!」

「――っ!?」

 突然、玄関から弾丸のように少女が飛び出してきて、勢いよく夏樹に抱き着いた。
 咄嗟に反応できなかった。
 固まる夏樹に、ふわふわプロチナブロンドの少女は、すりすりと頬を寄せる。身長百六〇センチの夏樹と、同じくらいの背丈だ。

「夏樹ー」

「ディーヴァ!?」

 姿形はまるで違うが、声だけは昨日聞いた、ディーヴァと同じ声だ。

「そうだよ」

「え、えっ?」

 ――何で、人間……!?

 しかも、とびっきりの美少女。
 腰まである、艶やかなふわふわプラチナブロンド。宝石のような、パライバトルマリンの双眸。端正な人形めいた顔立ち。メイクをしているようには見えないのに、肌も唇もふるふるしていて、つやつやだ。
 改めて全身を眺めてみると、恰好までお人形のようだった。
 真珠のネックレスにイヤリング、オーガンジーのリボンカチューシャ、白いコサージュのついた女の子らしいワンピース……。

「驚いた? 本体だと移動し辛いから、外へ出る時は適当に擬態してるんだ。今日は夏樹に合わせて、地球人に擬態してみたよ」

「変身できるんだ……」

「ラージアンの標準能力だよ。誰でも出来る」

「そうなの!?」

 姿恰好が同い年に近いせいか、中身がディーヴァと知っていても、つい同級生のような気安さを覚えてしまう。敬語を使い辛い……。

「このお洋服、かわいいでしょ。夏樹もサポートギア、もらったでしょ? 好きな格好するといいよ」

「ディーヴァって、美少女だったんだね……」

 昨日の姿を見ているだけに、目の前の変貌っぷりが信じられない。

「変幻自在な擬態能力だからね。夏樹そっくりにも擬態できるよ」

「やめて」

「あはっ!」

 ディーヴァは楽しそうに笑った。

 ――じゃあ、シュナイゼルも擬態……、人間の姿になれるのかな……。

 もやもやした想いを噛みしめていると、ディーヴァに腕を引かれた。か弱い少女の外見に反して、腕を引く力はとても強い。

「ったぁ……」

「ディーヴァ」

 痛みに顔をしかめていると、シュナイゼルはディーヴァから夏樹を引き剥がした。

「あ、ごめん! 今の痛かった?」

「ちょっと……」

「人間って弱いもんね。忘れないようにしなきゃ。さ、入って。日本戦の前に、スペイン対オランダ戦を観なくちゃ」

 ディーヴァに続いて中へ入ると、西洋のお屋敷のような内装に目を丸くした。

「いろいろ地球の文化を調べてね、アール・ヌーヴォーのインテリアで統一してみた」

「アール・ヌーヴォー?」

「知らない? 十九世紀末から二十世紀初頭にかけて、ヨーロッパの都市は、典雅な曲線の造形美に彩られていたんだよ」

 ディーヴァの回答はよどみない。言われていれば、そのようなことを美術史で習った気もする。
 内装のコンセプトは、何となく判った。
 草花を描いたモリスの壁紙、猫脚の調度品、そこかしこに飾られた硝子の工芸品。美しいガレの陶器に、教科書で見たような十九世紀のフランス画家、ロートレックの絵画まで飾られている。

 ――あれって、ムーランルージュ? よく調べたなぁ……。