ラージアンの君とキス

2章:生きるか死ぬか - 4 -

 感心したように部屋を眺めていると、ディーヴァは嬉しそうに笑った。

「知れば知るほど、地球が好きになっちゃった」

 リビングには大きな天窓が穿うがたれ、青色のステンドグラスが煌めいている。外光が射して、床に硝子の色を映し出す様はとても美しい。
 天窓に魅入る夏樹の腕を、ディーヴァはそっと引いて優雅なソファーへと促した。

「じゃ、どっち応援する?」

「え?」

「顔にペイントする? 仮装は?」

「ん?」

 戸惑う夏樹にディーヴァは、世界のサポーター達の様子を、六〇インチはありそうな巨大なスクリーンに映して見せた。
 彼等は、頬に国旗のペイントを入れたり、自国カラーのウィッグや帽子をかぶったり……、実にユニークな恰好をしている。

「何も、ここまでやらなくても……」

 思わず頬を引きつらせたが、ディーヴァの不満そうな顔を見て、ぎくりとした。

 ――逆らったら、だめだ。

 彼女の機嫌を損ねることは、得策ではない。
 目の前のコーヒーテーブルにずらりと置かれた小道具を見て、適当にオランダチームの応援用と思われる、面白眼鏡をかけた。度は入っていない。

「じゃ、オランダで……」

 ディーヴァはにっこり笑うと、スペインカラーの赤いシルクハットをかぶった。顔を背けて拒むシュナイゼルにも、被らせようとしているので笑ってしまった。顔の左右についた光互換水晶クリスタルが邪魔をして、ちっとも被れていない。
 子供みたいな女王様は、スクリーンに試合を映すと、テーブルの上にポップコーン、コーラ、オレンジジュース……様々なスナック菓子を並べた。

「好きに食べて、飲んで」

「ありがとう……。ラージアンも食べるの?」

「ううん、私たちはあらゆる電磁波をエネルギー変換できるから。でも消化器官を体内に造ることも可能だよ。今の私みたいに」

「水も飲まないの?」

「普段はね。今は別」

 ディーヴァはご機嫌な様子で、コーラに口をつけた。
 状況はカオスだが……、何だか同年代の友達と、それもとびっきり可愛い女の子と遊んでいるみたいだ。
 サッカーのルールはてんで判らないが、素人の夏樹が見ていても、さかんにゴールの決まる動的な試合で、見ていて飽きなかった。
 オランダの帽子を被っているので、一応オランダを応援している。
 試合は次第にオランダ優勢の流れに変わったが、スペインを応援しているディーヴァは機嫌を悪くすることもなく、楽しそうにしている。

「オランダ強い! ロッベン、スナイデル、ファンペルシーは特に素晴らしい」

「ああ。いいストライカーだ」

 選手の名前と顔も一致しない夏樹と違い、ディーヴァとシュナイゼルは両者の選手名をきちんと把握しているらしい。
 確かに、素人の夏樹の目にも、すごいと思うゴールシーンが何度もあった。かなりの長距離を決めたヘディングシュートはまさにミラクルだ。

「あーん、DF甘いっ!」

「先制点は冴えていたが……」

 ディーヴァもシュナイゼルも楽しそうだ。夏樹もどんどんリラックスしていって、靴を脱いでソファーの上で膝を抱えると、ディーヴァも真似をした。

「あの選手と戦ってみたいな。攫っちゃおうかな……」

「やめて。今、ワールドカップ中だから」

 思わずディーヴァの肩を掴んで、真顔で止めてしまった。
 気安かっただろうかと心配になったけれど、ディーヴァは気にした風もなく「そぉ?」と残念そうに首を傾げただけだった。
 一対五でオランダの圧勝だった。
 サッカーを一試合通して観たのはこれが初めてだが、意外とあっという間の二時間だった。
 ディーヴァはスペインの帽子を脱ぐと、くるくると指で回しながら、スクリーンに様々な地球のサッカーの試合やニュースを流した。

「スペインのサッカークジで、このスコアを只一人的中させた男性が、十万ユーロを手にしたみたいだよ」

「へぇー、十万ユーロ……っていくらだろう」

「日本円なら、約一三八〇万円だ」

 シュナイゼルが教えてくれた。

「そんなに!?」

「これから始まる日本戦は、私達も何か賭けようか」

「賭けるって?」

「そうだなぁ。よーし、夏樹が勝ったら地球に帰してあげる」

「えっ!?」

 目を輝かせる夏樹を見て、ディーヴァは楽しそうに笑った。